教えて!『多様性と共通性』の順に変更した意義は?

 中央教育審議会の高校ワーキンググループ(WG)が、中間まとめ を行いました。遠隔授業で規制緩和を提言したというので概要を見たら、「『多様性への対応』と『共通性の確保』を果たしていくことが望まれる」とありました。これまでは「共通性と多様性」というキーワードでなじんでいたので、違和感を覚えました。なぜ順序が変わったのでしょうか。

 

8月31日付で公表された中教審初等中等教育分科会「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に向けた学校教育の在り方に関する特別部会」高等学校教育の在り方WG中間まとめの本文では、これからの高校の在り方として、生徒の多様化を踏まえ「生徒一人一人の個性や実情に応じて多様な可能性を伸ばす『多様性への対応』を図りつつ……義務教育において育成された資質・能力を更に発展させながら、全ての生徒がその後の進路にかかわらず、社会で生きていくために広く必要となる資質・能力を共通して身に付けられるよう『共通性の確保』を併せて進めることが必要である」と指摘しています。

実は案文が初めて示された8月24日の高校WG段階では、この後に続けて「共通性の確保」、「多様性への対応」の順番で展開する構成になっていました。しかも、前者の行数は後者の3倍以上あります。とりわけ選挙権年齢や成年年齢の引き下げ、生成人工知能(AI)の普及などを踏まえ、どの課程・学科でも▽自己を理解し、自己決定・自己調整ができる力の育成 ▽自ら問を立て、多様な他者と協働しつつ、その問に対する自分なりの答えを導き出し、行動することのできる力の育成 ▽自己の在り方生き方を考え、当事者として社会に主体的に参画する力の育成 ▽義務教育において修得すべき資質・能力の確実な育成など、知・徳・体のバランスのとれた土台の形成――に共通して取り組むことが重要だとしているのが注目されます。

この日の会合では、委員の塩瀬隆之・京都大学 総合博物館 准教授から「多様性」と「共通性」に順序を変えられないかと提案があり、他の意見も含めて荒瀬克己主査が修正の一任を取り付けました。田村知子主査代理(大阪教育大学 連合教職大学院 教授)や文部科学省事務局とも相談し、入れ替えることになったわけです。そんな経緯のため、塩瀬委員が主張したような「価値の転換」まで議論を詰めたわけではありません。
 ただし、9月7日の初中分科会と特別部会の合同会議で荒瀬主査(初中分科会長、特別部会長)は、順番を変えた理由について「多様性をしっかり受け止めて対応するのと同時に、共通に担保するものは何なのかを考えていく、という発想の転換を図ろうということ」だと説明しました。中教審会長でもある荒瀬主査の発言は重いと受け止めるべきでしょう。

折しも特別部会の義務教育の在り方WGでは、「学びの多様性」「多様性と包摂性」などのキーワードで議論を続けています。これは、1クラスの中でも ▽発達障害 ▽特異な才能 ▽不登校・不登校傾向 ▽家で日本語をあまり話さない ▽家庭の文化資本の違い――など児童生徒が多様化していることを前提に、これからの学校制度や教員配置、さらには教育課程の在り方も議論しようという布石です。
 もちろん入試を経て生徒が入学する高校では、学力差は大きくありませんが、生徒一人一人が多様な特性や背景を持っていることは確かです。今後の議論で義務WGとも整合性が図られれば、スクール・ミッション/ポリシーに基づいた資質・能力の育成レベルで、多様性への対応が求められることが想定できます。そういう意味でも高校現場は、今から発想や価値観の転換に備えることが必要ではないでしょうか。

【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。近刊に『学習指導要領「次期改訂」をどうする―検証 教育課程改革―』(ジダイ社)。
教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/