教えて!『主権者教育』でどんな資質・能力を育てる?

 成年年齢の18歳引き下げから2年目、選挙権年齢の引き下げから7年が過ぎました。当初の熱意に比べ、主権者教育は低調のままだと感じます。政治的中立性を考えると学校全体としては取り組みづらく、どうしても公民科に任せがちになります。主権者教育を、どう考えればいいのでしょうか。

 

全国都道府県議会議長会(会長=山本徹・富山県議会議長)が14日、創立100周年記念事業と銘打って、第23回都道府県議会議員研究交流大会を東京都内で開催しました。主権者教育をテーマの一つに掲げ、基調講演の他、第1分科会「主権者教育の推進」が行われました。地方議会として、いかに主権者教育を重視しているかがうかがえます。

分科会のコーディネーターは、黒崎洋介・神奈川県立横浜瀬谷高校教諭(国立教育政策研究所に在籍出向中)が務めました。黒崎教諭は初任の県立湘南台高校時代から主権者教育に取り組み、総務省と文部科学省が連携して作成した高校生向け副教材「私たちが拓く日本の未来」と教師用指導資料(2015年9月)の作成協力者にもなりました。

黒崎教諭は「主権者教育が、あまたある『○○(マルマル)教育』と一緒でいいのか」と疑問を提示。学校教育の理念や「コア」(全ての生徒が共通に身に付けるべき資質・能力)として位置付け、総合的な探究の時間を中心として教科等横断的に取り組む「主権者教育2.0」を提案しました。

それには、「広さ」と「深さ」を備えることが必要だといいます。広さとは、学校だけで主権者教育を担う「自前主義」ではなく、社会の中にこそ主権者としての学びの場を創出することです。一方、深さとは、選挙の仕組みの学習にとどまらず、現実の政治的事象について話し合ったり、実際の地域課題解決に行動したりすることで、資質・能力を身に付けさせることです。実際の議員や議会との連携・協働があってこそ「オーセンティック(真正)な学び」になるといいます。

それは決して、机上の理想論ではありません。登壇した山本会長の富山県議会では、高校生を意識した広報誌編集をきっかけに、高校への出前授業を実施。統一カリキュラムも作成しました。県教育委員会主催の「高校生とやま県議会」も、今年で7回目を迎えています。一方、奈良県議会の池田慎久副議長は、議院運営委員会から本会議までを経験する「奈良県高校生議会」の事例を報告。12年度から実施しており、計11回で延べ71校の約340人が参加したといいます(23年度は8校38人)。

質疑でも参加した議員から、主権者教育に議会が関わる必要性を口々に強調。山本会長は「教員の負担をなるべく少なくしたい。あくまで県議会主体で準備しよう」と呼び掛けながら、市町村議会の方が関心の高いことも指摘。及び腰な教委にも積極的に働き掛けるよう訴えました。多くの地域課題を抱えているからこそ、次代を担う高校生のアイデアや主体的参画を求めているのです。

黒崎教諭は、成年年齢が近づくから主権者教育に取り組むというのではなく、発達段階に応じて「エージェンシー(変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をとる能力)」を育成する必要性も指摘しました。経済協力開発機構(OECD)が提唱する「Education 2030プロジェクト」では、学習者がエージェンシーを発揮し、「ウェルビーイング(個人的にも社会的にも人々が心身ともに幸福な状態)」に向かって学んでいくべきだとされています。

エージェンシーは学習者だけのものではなく、周囲の人たちとの「共同エージェンシー」も不可欠とされます。その重要な一つである「教師エージェンシー」を今こそ発揮し、全教科等を挙げて主権者教育を行うことが期待されていると言えるでしょう。

参考:「The OECD Learning Compass 2030」に見る“Agency”とは? アンドレアス・シュライヒャー(OECD教育・スキル局 局長)

【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。近刊に『学習指導要領「次期改訂」をどうする―検証 教育課程改革―』(ジダイ社)。
教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/