奈良きもの芸術専門学校 校長 吉川智子氏

伝統を武器に、未来を創る。
100周年を迎える「きもの教育」

始まりは、1928年創立の「和服裁縫専門学院」
 奈良きもの芸術専門学校の歴史は、今からおよそ100年前に設立された「和服裁縫専門学院」から始まります。昭和という新しい時代が始まったばかりの1928年、和服裁縫専門学院は、専門的な技術をもつ女性を育み、彼女たちが社会の中で凛として生きていくことを願って誕生しました。和服裁縫の学びは、自立した女性を世へ送り出そうという目的に、深く合致するものであったに違いありません。当時のことを想像するとき、私は先人たちの祈りのような想いを感じます。「女性が学び、力をもつことが、社会を豊かにする」という信念が、本校の原点であったと思うのです。
 その後、茶道や華道をカリキュラムに導入したり、新校舎を建設したりと、時代の移り変わりとともに、本校は学習内容の改良や教育設備の充実を重ねてきました。1985年には、和裁専門学校としていち早くコンピュータを導入した授業を開始しています。現在の校名である「奈良きもの芸術専門学校」に改称したのは、1986年です。これより、和裁を技術から芸術へと高めるような教育システムの確立に努めてきました。

伝統を守るだけでなく、文化を再創造する学び
 奈良時代に生まれたきもの文化は、1300年以上の時をこえ、現代にまで受け継がれてきました。それは日本の美意識を表す民族衣装であり、世界から注目される伝統文化でもあります。本校では、きものの構造、染織、文様の意味などを一つひとつ理解していく講義や、裁断から仕上げまでの全工程を1年次のうちに体験する「一貫システム」の実習などを通して、基本の知識と技術を着実に身につけられるような指導を行っています。なぜなら、基礎をおろそかにしていては、人の心を打つような革新を起こすことはできないからです。
 奈良きもの芸術専門学校の教育は、伝統を守るだけの学びではありません。文化を再創造する学びです。文化は、守られるばかりでは力を失ってしまいます。時代とともに自ら成長し、姿を変えながら受け継がれるものこそ、本物の伝統文化ではないでしょうか。以上の理由から、本校ではAI技術などを取り入れながら、伝統と最先端を結びつける教育にも注力しています。和裁や着付けを基礎としながらも、アート、デザイン、テクノロジー、ビジネスを横断する教育を実践し、きものを次世代の文化産業へと押し上げる力を育みます。そうすることで、過去と未来をつなぎ、人や文化の架け橋となるような人材を育成したいと考えています。

若い職人たちが、次世代のきもの文化を創る
 私たちがきもの教育において大切にしていることは、「深く学び、そして大胆に創る」という姿勢です。若い人たちの中には、きものに対して「古い、難しい、敷居が高い」といった印象をもつ人もいるかもしれません。しかし、本来きものは、人が自分を美しく表現するための装いです。自由であって良いのです。力強くても良いし、派手やかでも良いし、世界へ飛び出してもかまいません。若い世代の自由な感性には、大きな可能性が詰まっています。昨今の新しい潮流である、洋服の要素を大胆に取り入れた表現もその一つ。そこから感じられるのは、「自分らしくありたい」という強い意志です。そのような思いが込められた一着が、きものの豊かな未来を形づくっていくのです。これからきものの世界を志す方々には、「どうか自分の感性を信じて」とお伝えしたいです。心の内側に灯ったときめきを、決して軽んじてはいけません。その心の震えこそが、世界を動かす原動力になるのです。私たちは、本校を卒業した方々が、デザイナーやアーティストとして国内外で活躍することを期待しています。そして、そんな卒業生たちと一緒に、きものを中心とした新しいコンテンツ産業を創り上げたいと、本気で考えています。

100周年を機に、きもの教育は新しいステージへ
 昨今のきものづくりの現場は、ほかの業界と同様、後継者不足をはじめとするさまざまな課題を抱えています。しかし、私はこの状況こそ、再生と飛躍のきっかけだと捉えています。この世界は今、変革の時を迎えています。きもの文化に携わる私たちは、ビジネスの仕組みや教育のあり方、他分野との向き合い方など、あらゆる点を見直し、変えていかなければなりません。
 奈良きもの芸術専門学校は、2028年に100周年を迎えます。長きにわたる歴史に感謝と誇りをもちながらも、私はこれを挑戦の機会にしたいと考えています。本校は創立以来、和裁という専門性をもって、社会で活躍する力を育んできました。そして今、新たに「文化を創る力」を育てる段階へと歩みを進めています。「変わらない」ために、「変わる」。100年の伝統に甘えることなく、その重みを力に変えて、次の100年を築いていきたいと考えています。これを実現するためには、若い人たちの中に眠っている「まだ見ぬ感性」が欠かせません。私たちは、きものに夢をもつすべての方々を歓迎します。学生一人ひとりが自らの「好き」を極め、それを社会に通用する力へと磨き上げることを、高度な知識と技術をもつ教員たちがサポートします。そして、学生、教員、卒業生、関係者の方々など、きものに関わるすべての方々と力を合わせて、この文化を未来へとつないでいきたいと思います。

【Profile】
吉川智子(よしかわ・ともこ)氏
1955年生まれ。大谷女子大学卒業。奈良きもの芸術専門学校の前身である奈良和裁専門学校にて、初代校長の吉川志保と二代目校長の吉川志津子に和裁の精神と技術を教わる。その後、教員として同校で教鞭をとり、学生の指導に携わる。また、奈良県職業能力技能検定委員として、奈良県の和裁技術者の養成にも従事する。


【奈良きもの芸術専門学校(スタディサプリ進路)】

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