中長期ビジョンの中核に位置付けられた新思考入試/早稲田大学

WASEDA Vision 150の核心戦略

 早稲田大学は2032年に迎える創立150周年に向け、2012年に「WASEDAVision 150」を公表し、「世界に貢献するWASEDA」を確立するための13の核心戦略とそれらの実現策を定めた。その多岐にわたる改革の1つに「入試戦略」が位置付けられ、近年「新思考」を銘打つ入試を打ち出し始めている。その第一弾として文化構想学部・文学部・商学部・人間科学部・スポーツ科学部で「新思考入学試験(地域連携型)」の2018年度からの新設を発表した。グローバルな視野と高い志を持ち、社会的・文化的・学術的に地域へ貢献する人材を育成・輩出することを目的とし、高校までの学習や地域での活動等を通して地域に貢献する意識を培い、卒業後も地域の発展に寄与することを志向する学生が対象である(Uターン就職を強制するものではない)。既設の事前予約型奨学金「めざせ!都の西北奨学金」(一都三県以外出身者対象。半期分の授業料を4年間免除)の申請資格に当てはまる場合は、支給を確約する。

 「現在、入試は13ある学部で個々に設計しています。学部別にポリシーも教育も求める人材像も異なるため、入試と教育を一貫設計するのは整合性があります。一方で学外から見た早稲田とは大学全体を指すのであり、大学全体で早稲田としての価値をどう担保していくのかという課題もあります。新思考の取り組みはそうした流れに対応するものでもあります」と、入学センター入試開発オフィス長の沖 清豪教授は話す。

学力型と総合型の比率を4:6へ

 現在、早稲田大学の入試制度別入学者比率は、一般入試等の学力ベースの入試が6割、AO入試等学力以外の要素も含める総合型の入試が4割という状況である。それに対し、現状の学部入試設計の大枠はそのままに、多様性・国際性・地域連携等、ビジョンで示された大学として強化する重点課題については、スモールスタートで「新思考」を冠した入試を始め、狙いに即した成果が出ればそれを拡げていくことが想定されている。即ち、フィジビリティスタディの意味合いも含んでいる。学部の入試事務とは別に、大学全体を見る「入試開発検討会」で入試方法提案を行い、「入試開発オフィス」で開発を行い、「入学者選抜オフィス」で新思考入試を実施し、成果を再び検討会にて分析する、という流れだ(図表1)。成果検証をどこまで行うかは難しいが、新思考枠の有意性を示すには、最低でも新思考枠で入学した学生が卒業に至るまでにどう成長したかの軌跡を追うことが必要である。大学としては150周年に至る20年をかけて、EMIR※含め検証を継続し、最終的には現在の学力型6:総合型4の比率を4:6に逆転させるのが目安だという。

 現在6割を占める学力型による入学者は基礎学力をしっかり培ってきており、学習習慣と集中力があり、大学教育の準備が整っている層と言える。しかし、現在早稲田では一般入試で合格する層の首都圏比率が相対的に高くなり、学生像がやや画一化している現状があるという。戦後40%程度で推移していた地方出身者の比率は、今や30%にまで落ちている。あるいは有名校である早稲田に合格することがゴールになってしまう受験層は、入学後燃え尽き症候群に陥る傾向が比較的強く、GPAが低い等修学上の問題を抱えることもままある。そして何より、建学以来全国から多様な学生が集い切磋琢磨する環境がバイタリティの源泉だった早稲田にとって、多様性の欠如は大学のアイデンティティに関わる問題である。そうした懸念点が、入試に多様な尺度が必要との議論へ発展したのだという。

 そうした背景もあり、新思考入試では地方の学生に焦点を当てたものが多く、評価する対象も学力だけでなく、高校までの生活やスキル・マインドを重点的に測るものが多い。高次のものでなくても自ら課題を設定し、探求する実践を踏み、思考を深める経験をしてきている層が欲しいという。沖教授は、「社会の変化に対応しながら大学が求める学生像を明確にする一方で、高校時代の成長や経験を大学教育にきちんと接続する必要がある。だからきちんとそうした経験を生徒に積ませてほしいという、高校側へのメッセージでもあります」と言う。新思考枠の入学者については、入学後の教育や就職キャリアにも紐付けながら、独自の能力開発を遂げていくことを想定している。ただ、そうした独自カリキュラム等を設計し拘束するというよりは、最低限の枠組みは用意しながら、最終的には学生個人が自分に必要なものを自ら選んで意思決定できるよう、設計に自由度を持たせるという。

全学組織の整備が大学像の明確化につながる

 早稲田のように大規模かつ学部自治が強い大学で、大学全体を見据えた体制を整備することは言うほど簡単なことではない。しかし、Vision150では、そうした組織変革も含めた大きな地図を描いている。現在早稲田で全学的な基盤教育を主に担うのは、グローバルエデュケーションセンター(GEC)。Vision150で掲 げるグローバルリーダー育成のため、2013年に設置された。早稲田生であれば学部を問わず全員必須のスキルを「WASEDA式アカデミックリテラシー」と位置付け、「Tutorial English」やアカデミック・ライティング、数学・統計等に至るまで、様々なスキル設計と、リベラルアーツ教育プログラムを提供している。各学部はこうした共通教育部分との連携を踏まえながら学部独自の基礎教育を設計し、学部教育の質を保証するPDCAを回す。学部の個性を活かしながら、不足するものについてはチューニングを行える体制だ。その一方で、全学的な教育成果検証のため、2014年には全学IR組織である大学総合研究センターも設置された。前述した新思考入試に関連する体制と合わせて、徐々に大学の内部に横串を刺す体制が整備されてきたと言えるだろう。

 早稲田らしさを損なわず、課題を解決する人材確保を行い、また時代が要請する人材育成を行うための基盤を構築する。中長期計画により方向性は示された。私大の雄の今後の動向を見守りたい。

(本誌 鹿島 梓)