インクルーシブ教育はどうあるべきか

 かつての「特殊教育」が、発達障害も対象に含めた「特別支援教育」に移行して、10年目を迎えています。折しも4月から、社会全体に合理的配慮を求める「障害者差別解消法」がスタートしました。共生社会をつくる第一歩であるインクルーシブ教育は、どうなっているのでしょうか。

教えて!「インクルーシブ教育はどうあるべきか」

 
 2006年12月の国連総会で採択された障害者権利条約を、日本は14年1月に批准しました。インクルーシブ教育は、同条約24条に定められた「インクルーシブ教育システム」に対応するもので、12年7月の中央教育審議会初等中等教育分科会報告が基になっています。一方、障害者差別解消法も、同条約に基づく国内法整備の一環として、13年6月に制定されたものです。

 いずれも障害の有無によって分け隔てられることなく、社会に参加・包容されることを目指しています。負担が重すぎない範囲で、社会的な障壁を取り除くことが、合理的配慮です。教育分野の場合、合理的配慮は一人一人の障害の状態や教育的ニーズによって決定されるべきものですが、学校の設置者によって、人的配置や施設・設備などの「基礎的環境整備」がどれだけ行われているかによっても、提供される合理的配慮の範囲は変わってきます。

 また、教育面では、可能な限り健常児と障害児が一緒に学べるようにする一方、一人一人の教育的ニーズに応じて、通常の学級、通級、特別支援学級、特別支援学校など、多様な場で、その能力を最大限に伸ばし、インクルーシブ社会へと接続させていくことが求められます。

 特別支援教育への理解が進み、高等部での職業教育も充実されてきたこともあって、近年、児童生徒数全体が減っているにもかかわらず、特別支援学校や特別支援学級の在籍者は増加を続け、2015年度はそれぞれ13万7894人(前年度比2277人増)、20万1493人(同1万4393人)となっています。10年前(05年度)と比べると、各1.4倍、2.1倍です。

 この他、通常の学級にも、発達障害の可能性のある児童・生徒が6.5%程度いると推計されています。発達障害には、知的発達の遅れがないため、これまで高校では「少し変わった生徒」として見過ごされがちだった面も否めません。しかし近年は、通常の高校でも本格的なインクルーシブ教育に乗り出すところ(キャリアガイダンス誌掲載 長崎玉成高校和歌山東高校など)が、徐々に増えてきました。今後、更なる取り組みが求められます。

 国の方でも、次期学習指導要領(高校は2022年度入学生から全面実施の見通し)で、全ての学校種や教科・科目等で特別な配慮を求める他、高校でも通級制度を導入したい考えです。小・中学校の通級は1993年度に制度化され、15年度は公立で9万270人が、自校や他校で特別な指導を受けています。高校に関しては現在、 調査研究協力者会議の報告(今年3月)を受けて、▽対象となる障害種は小・中学校と同一とする▽特別支援学校の自立活動に相当する内容を指導する▽年間7単位を超えない範囲で卒業認定単位に含めることができる▽2年以上にわたる授業時数を合算して単位認定できる▽必履修教科・科目などには替えられない――などが検討されています。運用開始は18年度からの予定です。

 ところで、特別支援教育では、こうした教育的ニーズの高まりに対応したり、制度改正を行ったりすることはもちろんですが、合理的配慮の裏付けとなる基礎的環境整備の充実も忘れてはなりません。今は増え続ける児童生徒に対応するため、特別支援学校や特別支援学級の量的整備に追われているのが現状です。公立義務教育諸学校の新たな教職員定数改善計画の策定がなかなか実現しない中、公立高校では改善計画のカの字も聞かれなくなりました。これでは一人一人の教育的ニーズにきめ細かく対応した特別支援教育を十分に行うことは困難です。設置者はもちろん、国を挙げて条件整備に努力してもらうことが求められますし、教員が特別支援教育の研修を受けるための支援策も急務です。

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【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。
教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/