【interview】「納得解」の世界を味わい、生きる力を育む

本稿では探究学習の今とこれからについて有識者・実践者にインタビューし、質の高い良い探究とは何か、どのように実現できるのか、推進校の特徴は何か等を探る。
- アーバン(都市部)とは異なるキャリア形成が見込まれるローカルでは、バッターボックスに立つ機会が多く、自分の役割が相対的に大きくなり、フィードバックも得やすい
- こうした状況で育まれるスキルセットは「絶対解(正解)のない納得解の世界を味わって旅できるメンタリティとスキル」であり、これは探究学習で育まれる資質・能力と共通
- 教員も一緒に悩み探究する姿勢を保つことで、生徒は伸びる
- 自律性・有能性・関係性を探究プロセスに組み込み、地域と有機的につながる探究学習を構築してほしい

青森大学 社会学部 准教授
一般社団法人地域・人材共創機構 代表理事
石井重成 氏
実務家教員|産官学を越境|政策領域→関係人口・地域の人事部・DMO・地域キャリア教育・地域循環共生圏・地域おこし協力隊・震災復興・EBPM・越境学習・中間支援組織・官民共創・ローカルキャリアetc.
参考:キャリアガイダンス459号 ローカルキャリアという歩み方
―先生はローカルキャリアという概念を提唱していますが、キャリア形成において「ローカル」と「アーバン(都市部)」を比較しようと思ったのは何故ですか。
一番のきっかけは、自分自身の体験ですね。都市部の大手企業で仕事をスタートしたのですが、東日本大震災後に岩手県釜石市へと移住し、市役所職員として復興まちづくりに携わることになりました。それまでは「親の期待」や「世間の目」といった、他人の物差しに合わせて選択をしていた部分がありました。しかし、縁もゆかりもない釜石市へ飛び込み、地域課題に向き合うなかで、初めて「自分自身の意思で人生の選択をした」と実感できたのです。周りの仲間達も同様に、悩みながらも他者の物差しから解き放たれた生き方を切り拓いています。
―アーバンとローカルでは、身につくスキルや得られる経験にどのような違いがあるのでしょうか。
アーバンの良さの一つは「規模の大きさ」です。個人で生きていたのではまず動かせない規模の事業を動かすスケール感や、高度なビジネススキルの習得は都市部ならではの魅力です。一方で、大企業のBtoB事業などでは、自分が携わっている仕事の先にいる「人間」や「社会への貢献感」が見えづらいというモヤモヤを抱える若手も少なくありません。
ローカルでは、100億円の事業を作るのは難しくても、1億円の事業を一から十まで自分の手で動かすバッターボックス(打席)が数多く用意されています。ゆえに、事業の全体像を捉え、自分の意思で物事を進める力を圧倒的に育むことができます。
さらに重要なのが「フィードバックの循環」です。ローカルでの取り組みには、地域や住民からダイレクトなフィードバックが返ってきます。そうしたやり取りを通じて、単なるビジネススキルを超えた全人的な人間力が養われます。多層的で多様な利害関係者が存在する地域コミュニティに向き合い、課題をアジェンダ化して合意形成・目的達成できた経験は、その後のキャリアにおいて強力な武器になります。生涯ずっとローカルに居続けるのでなくても、人生の数年間を「ローカルキャリア」として歩む経験は、どんな場所で生きていくとしても非常に大きな価値をもたらすと考えています。
―ローカルキャリアで培われる力と、高校で実施されている「探究学習」には、どのような共通点があるのでしょうか。
実は、地域の課題解決を担う人材に求められるスキルセットと、「良い探究学習」を通じて育まれる資質・能力は、本質的に全く同じです。それは「絶対解のない世界を、味わって旅できるメンタリティとスキル」です。
教科教育の多くは「絶対解が存在する世界」であり、先生が正解を知っています。しかし、社会に出れば絶対解など存在しません。多様な変数を見極めながら、自分で問いを立て、検証し、現時点での「最適な納得解」を導き出し、目の前の現実を動かしていかなければならないのです。これはそのまま探究学習のプロセスです。つまり、探究学習そのものが、ローカルで新しい価値を生み出し、自立したキャリアを築くためのトレーニングになっているのです。
―高校段階で、探究学習を通じて地域と関わることにはどんな意義があると思われますか。
大きく2つの意義があります。1つ目は「ふるさとを作る側になる機会」である点です。文化人類学者の川喜田 二郎氏は、「ふるさととは、子どもながらに全力傾注して創造的な行為を行った場所のこと」と示しました。自らの意思で作り手としての体験を積み重ねた場所こそが、結果としてその人にとっての「ふるさと」になっていきます。高校時代に地域に出て探究することは、地域の「作り手」へと一歩踏み出す機会になります。
2つ目は、「絶対解の世界」から「納得解の世界」へ移行するための架け橋になる点です。ローカルキャリアを歩む人々の原体験を紐解くと、かつては特定個人の「特別な出来事」がきっかけになっていることが多く見られました。しかし探究が必修化されたことで、こうした「自己変容や問いの芽生えをもたらす原体験」が、全ての高校生に届く形で民主化されました。高校生という自分の人生を考える時期に、誰もが自分のなかのスイッチが入るフックや機会を持てるようになったことは、非常に大きなポテンシャルを秘めていると言えます。
―先生は県の教育委員会主催の研修会等で精力的に探究支援をされていますが、現場の先生方から寄せられるお悩みにはどのようなものがありますか。
一番多い悩みは「問いの立て方」です。「問いを立てる」と言われると、生徒も先生も難しく考えて固まってしまいます。また、テーマと問いがごっちゃになっているケースも多く見られます。
問いとは、一番平たく言えば「疑問文」のことです。例えば「空き家問題について」というのは単なるテーマであって、問いではありません。テーマでスタートしてしまうとあまりにも広すぎて、途中で何を探究しているのか見失ってしまいます。そうではなく、「空き家について気になる疑問文を、まず百個出し合おう」と提示します。その百個の疑問文のなかから、「自分たちが深掘りする価値があるか」「調べられそうか」「ほかの人がまだ調べていない視点か」といった軸で絞り込ませるのです。こうした具体的な思考フレームを伝えると、先生方も「それなら生徒と一緒にできる!」と視界が拓けていきます。
一番避けたいのは、先生が答えや課題を全てお膳立てしてしまうことです。それでは究極の受け身になってしまい、探究の本質から遠ざかってしまいます。私はよく「横顔のコミュニケーション」と表現するのですが、先生自身も正解を持っているわけではない生徒の「問い」に対して、生徒の横に並んで「先生も正解は分からないけれど、こう考えたよ。君はどう思う?」と一緒に悩み、探究する姿勢を見せることが大切です。失敗を恐れず、一緒に「納得解の世界」を味わう姿勢を大人が示すことで、学校全体に失敗を容認し学び合う健全な組織文化が生まれていきます。
―生徒にとって「良い探究学習」とはどのようなものだと考えますか。
人材育成の「自己決定理論」における3つの要素(自律性・有能性・関係性)が、探究のプロセスにしっかり組み込まれていることが大前提となります。
自律性とは、「自分が決めた」と思えること。有能性とは、「自分にもできそうだ」と感じられること。関係性とは、自分の取り組みに対して他者からフィードバックが得られ、自分の活動に意味や手応えを感じられることです。この3つを感じられる仕組みを学校の学習環境や探究プロセスのなかにどう落とし込めるかが重要です。
特に関係性における「フィードバック」は大切です。先生方の多くは指示とフィードバックをごっちゃにしてしまいがちですが、良い探究が行われている現場では、非常に質の高いフィードバックが行われています。私が参考にしているのは、動画配信大手「Netflix(ネットフリックス)」が掲げるフィードバックのガイドライン(4A)です。
なかでも、4つ目の「Accept or discard」という前提が非常に重要です。フィードバックは指示や命令ではありません。絶対解のない世界だからこそ、大人からのフィードバックを正解として鵜呑みにする必要はありません。この主体が生徒側にあるコミュニケーションが成立すると、生徒は指示待ちから脱却し、探究が劇的に回り始めます。
―高校が地域で「良い探究学習」を実現し、さらに一歩深めていくためには、ほかにどのような取り組みや体制づくりが必要でしょうか。
現在、多くの高校で探究が始まり、地域と関わりながら学ぶベースはできてきました。これは非常に素晴らしい進展です。しかし次のステップとして、「より深く地域課題に踏み込みたい」という意欲的な生徒が出てきた時に、その熱量を受け止め、さらに高く跳躍させるためのジャンプ台を用意することが求められます。
学校というフォーマルな教育の場だけでは、どうしても最大公約数的なアプローチになりがちで、一人ひとりの深い探究を支えきれない状況があります。だからこそ、学外のリソースへスムーズに接続できるコーディネート機能を設けることが不可欠です。高大接続の観点で言えば、大学こそ、本来は「絶対解のない世界を探究する場」そのものです。大学は、高校生の探究学習の学びの価値を定量化・理論化して学術的に証明することや、深い探究を支える専門的リソースとして機能すべきだと思います。
また、学校内の価値観の軸として、「探究」を正当に評価する文化を作ることも大切ではないでしょうか。これまでの学校には主に2つの世界線(評価軸)がありました。1つ目は「勉強ができる子が評価される世界線」、2つ目は「部活やスポーツができる子が評価される世界線」です。探究学習は、これらに並ぶ「第3の世界線」になり得ます。「探究でとことん問いに向き合い、地域を動かした子も正当に評価され、希望する進路を切り拓いていける」という実績や制度の変化が見えてくると、周囲の生徒や教員の見る目も変わります。
地域づくりの真理は、「地域が人を育て、人が地域を育てる」という相互の循環にあります。地域が本気で若者を育てようと投資し、魅力的な探究が成立すれば、5年後・10年後に「この街に貢献したい」「また戻ってきたい」という人材が必ず育ちます。そして戻ってきた人達が地域に新たな価値を生み出し、次の世代の人材を育てていく。探究学習は、この持続可能な循環の真ん中に位置する大切な営みです。
探究学習には、「生徒が自分らしい人生を自ら作る力を養う」という個人への願いと、「地域や社会に貢献する次世代を育てる」というコミュニティの願いという、一見トレードオフにも思える2つの目的が存在します。しかし、地域の探究学習はこの2つを高い次元で融合させ、両立させることができます。
大人が正解を押しつけるのをやめ、自らも問いに向き合い探究する背中を見せながら、生徒と一緒に「納得解の世界」を味わっていく。そんな魅力的な探究の輪が全国の高校や地域へ広がっていくことを、心から期待しています。
取材・文/研究員 鹿島 梓(2026/10/23)
