夢のある長期ビジョンで2040年問題に挑み、全学で明るい未来を創造する/産業医科大学


画像 産業医科大学キャンパス



産業医科大学 学長 上田陽一氏


産業医を専門に養成する唯一の大学

 産業医科大学は北九州市に所在し、医(医学科)、産業保健(看護学科、産業衛生科学科)の2学部、大学院、学生数約1000名を擁する私立大学である。「産業医学の振興と優れた産業医・産業保健専門職の養成、質の向上」を目的・使命に、1978年に旧労働省(現厚生労働省)の支援で設立された。土屋健三郎初代学長の祝辞をまとめた「建学の使命」の中の文言『哲学する医師』は、建学の精神に相当して卒業生の精神的支柱となっている。

 教育の特徴として、医学部は一般の医学カリキュラムに加え、すべての学年に産業医学関連の講義実習が組み込まれ、より多くの学習内容が要求される。卒業時には医師免許受験資格と産業医資格のW資格を取得できる全国で唯一の大学だ。今年で開学46年を迎え、これまで多くの卒業生が産業医として全国の企業に就職し、第一線で活躍してきた。また、英国タイムズ社の高等教育専門誌『THE(Times Higher Education)』が発表した「THE世界大学ランキング2023」では、日本の大学の中で11位、私立大学では4年連続1位の評価を受けている。

産業医学分野における使命をもって2040年問題に挑む

 同大学では2021年、20年後の2040年に向けた長期ビジョン「産業医大未来構想2040」(以下長期ビジョン)を策定した。2018年の創立40周年を機に、60周年を超える2040年の未来を見据えた時、いわゆる2040年問題にどう対応して、永続的に発展していくべきかを考えたのがきっかけだ。

 「2040年問題とは、少子高齢化に伴う労働人口の極端な減少と超高齢社会の到来を意味します。団塊世代が後期高齢者となり、団塊ジュニア世代が65歳以上の高齢者となる超高齢社会における労働力不足への対峙は、産業医学・産業保健分野の第一人者として本学がまさに果たさなければならない大きな使命だという認識がありました」(上田陽一学長)。

 また同大学では2004年度から国立大学と同じく6カ年ごとの中期目標を定めてきて、2021年度はちょうど第3次終了の年だった。「もともとの目的・使命を達成するための第4次中期目標を策定する上で、より分かりやすい指標となる長期ビジョンが必要となり、タイミングと必要性が重なった」こともあった。


産業医大未来構想2040(概要)


全学による「長期ビジョン策定プロジェクト」が始動

 策定にあたり、2020年に学長直下の全学的プロジェクトチーム「長期ビジョン策定プロジェクト」を立ち上げた。メンバーには上田学長(当時は教育研究担当副学長)を議長に、各学部と産業生態科学研究所、大学病院と若松病院からの委員、各病院長、産業保健担当副学長、法人常務、事務局長(当時は事務局次長)が選ばれた。その下に30代中心の若手で構成する作業部会が設置され、総勢48名による教職協働プロジェクトがスタートした。

 未来予測には、経済産業省「2050年までの経済社会の構造変化と政策課題について」などを活用し、学内の現状と課題の整理、どんなありたい姿に持っていくかなど、1年間かけて議論した。ちょうど2020年度に大学認証評価を受けたばかりで、大学全体を俯瞰し、学内で最も大きい医学部の現状と課題が整理されていたことも、節目の良いタイミングだった。

 各作業部会では、医学部と産業保健学部の作業部会なら講師や准教授、研究所や病院の作業部会なら若手職員によって議論が行われた。上田学長は「経営層では年齢的に保守的で将来を想像できない部分もあるが、若手は20年後に自分達が幹部になっているという切実な思いがあるという意味で、この構成は良かった」と振り返る。

大学で働く全ての人に明るい未来のビジョンを

 長期ビジョンは、全体ビジョンと5つの分野別ビジョンで構成され、6年の第4次中期目標、単年度の事業計画に落とし込んだ。事業計画では毎年、各部署で達成度を確認してPDCAを回す段階で全学への共有・浸透を図っている。また長期ビジョンをきっかけに、第4次中期目標から初めて数値目標を入れ、長期ビジョンをどこまで達成できたかが全員で共有できるようにした。

 さらに長期ビジョンの策定は、途中のプロセスで内容を全学で情報共有し、学内外の意見を聞きながら進めた。「産業医大未来構想2040」というネーミングもアンケート投票で決めたが、「賛否両論あっても、全学的にすることで長期ビジョンをみんなで考える良い機会になった」と上田学長。ちなみに最初のたたき台には「差し障りない内容」など批判的な意見もあったようだが、上田学長はこうも語る。

 「長期ビジョンが目指したのは、本学で働く全ての人が、夢をもって働ける明るい未来を想像するための指標を示すことです。教員は限られた時間の中で教育、研究、臨床に取り組んでいます。医学教育改革はものすごいスピードで進んでいるので、教育と臨床に多くの時間を割かれ、どうしても研究が犠牲になる。将来に向けた夢のあるビジョンが欲しかったのです」。

 批判を受け止め、夢のある具体的なプランが必要だと次の一手に出た。それが大学運営の中の「UOEH ReBORN産業医科大学キャンパスマスタープラン2023」である。今年8月には5階建205床の急性期診療棟(Ⅰ期棟)が誕生、一般病棟(Ⅱ期棟)の計画も見据える。「その後に大学の校舎も新しく建て替える計画であることから、大学教職員、大学病院の教職員、医師、医療関係者にとってとても元気の出るプロジェクトとなっています」(上田学長)。

バックキャストと現実のギャップを埋める

 「長期ビジョンを示し、中期目標・事業計画で積み上げていく方向性も作りました。ただ未来のありたい姿からのバックキャストで、毎年着々と取り組んでいっても、足りない部分とのギャップは生まれてくる」と上田学長は語る。このギャップが今の課題であり、それを埋めるべく、学長直轄の全学横断センター「高年齢労働者産業保健研究センター」「IR推進センター」を立ち上げ、課題解決に向けた検討を始めている。産業医学の第一人者である産業医科大学が、日本を明るく元気にする未来に期待したい。



(文/能地泰代)


【印刷用記事】
夢のある長期ビジョンで2040年問題に挑み、全学で明るい未来を創造する/産業医科大学