【Interview】地域イノベーション・エコシステムへ 大学が貢献するための道筋/静岡理工科大学学長 静岡大学電子工学研究所所長 木村雅和氏
「地方都市の課題で一番重要なのは、どのように地域に魅力を作るかを考えること。それもここにしかない飛びぬけた魅力、オンリーワンの魅力である必要がある」。木村雅和氏は地域と大学の未来についてこう語る。静岡大学工学部准教授時代の1999年から静岡県及び浜松市の数々の産学連携事業を20年以上牽引してきた木村氏は、現在静岡大学に籍を置きながら、2022年度から私立静岡理工科大学の学長を務めている。その経験と実績から紡ぎ出された、地方都市と大学のイノベーション・エコシステム形成の要諦について伺った。
地域のオンリーワン創出に貢献
「今までは効率化を追求するイノベーションが重要でしたが、これからの少子化時代には価値のイノベーションを生み出す時代。地域の新しい価値を生み、オンリーワンのものを作り出せる街になることがこれからより大切になってきます。そして、ここにしかないものを生み出すために、大学が連携できることはたくさんあるはずです」。
オンリーワンの価値を考えるにあたり参考になる表がある(図1)。地域のクリエイティビティを高めていくために必要な要素をまとめたドイツの資料だ。なかでも赤い点線で囲んだものは大学が存在することで地域の特色につながる。文化的、技術的に限らず、新しい何かを生み出す存在として大学があることが重要だ、という考え方だ。
木村氏が現在推進している浜松市の産学官連携の例を見てみよう。静岡県は他の地方都市県同様に人口流出と産業規模への課題を抱えている。東京と名古屋の間に位置するために大都市への人口流出が激しく、人口減少率が全国のワースト2になったこともあるほどだ。また県内の高等教育機関の数も少ないため、必然的に18歳で東京や名古屋の大学へ進学する人も多いが、これまではそれが悪いことだという意識も少なかった。一方、浜松は県内随一の輸送機器の工業都市として潤っていたが、工場の海外移転が進むなか、中小企業が取り残されていった。
次世代を支える産業の模索のさなか、02年の文部科学省のクラスター事業参画時に、浜松市は次世代を見据えたオンリーワンの産業としてイメージング技術を据えることになる。イメージングの産業を「オプトロニクスクラスター」と名付け、静岡大学と浜松医科大学で推進してきた。静岡大学の前身である浜松高等工業で100年前にテレビが発明された歴史があり、以来画像処理技術の研究が綿々と受け継がれてきた歴史から生まれたものでもある。イメージングを中心に据えた産業クラスターも他にはない浜松だけのものだ。オンリーワンの技術を生み出すべく大学と企業で「産業イノベーション・エコシステム」を作り上げてきた。
スタートアップと、地元中小企業との連携
産学のイノベーション・エコシステム形成のためには、「大学は他にはない個性的な研究をやっていることがまず重要」としたうえで、研究を事業化や社会実装にどのように結び付けていくかが重要になる。オプトロニクスクラスターでは、大学としてのスタートアップ企業の立ち上げと、地元中小企業との連携の2つに力を入れ、研究成果の事業化、社会実装化の実現に取り組んでいる。
「事業化や社会実装は簡単なことではありません。製品化まではいくことがあってもそのあとほとんどはうまくいかない。それでも『死の谷』に落ちないように一生懸命続けていくことが大切です。これまでも色々な試行錯誤がありました(図2)」。
静岡大学発のスタートアップは2023年8月現在、45社が生まれている。うち2社がスタートアップとしての出口にたどり着いている。1つはマザーズ上場、1つはM&Aでバイアウトという形だ。さらにあと1社がまもなく大きな資金調達にたどり着く算段がついている。
「スタートアップが最終的に成功に至るまでに、ライセンス、知的財産の管理は戦略を持って管理していかないといけません。そういった育成プロセスが非常に大変ですが、大学の研究がスタートアップで成功した事例ができると、その事実に大学も勇気づけられますし、大学の教員にとっても良い刺激になる。また寄付金としてスタートアップ企業から大学に資金が還元されることもあります。こういった形もエコシステムの一環と言えます」。
新しい産学連携の形「A-SAP」
そしてもうひとつの方法、地元中小企業と大学の研究機能が連携することによって新しいイノベーション・エコシステムを作り出すという取り組みは、産学連携の王道でもある。
「中小企業はそれぞれの固有の技術を持っています。その技術を違う道に展開したり、新たなビジネスに広げていくイノベーションは、地域にとっても次世代に向けた産業を生み出す可能性につながる。そのときに大学と一緒に検討を進めることは産業界にとっても重要であり、大学はこのイノベーションの核になれる存在だと思います」。
しかし、産学連携で共同研究に取り組んだものの、なかなか成果につながらないという経験をしている大学や企業もあるのではないだろうか。また、自治体が中小企業のイノベーション促進の補助金を出しても、資金繰りの一環として使われるだけでなかなかイノベーションにつながらないという事例も少なくないようだ。
浜松市でも同様の悩みを抱えていたが、状況を脱却し、中小企業のイノベーションを大学や地域企業の力で実現するために「A-SAP(エイサップ・Access Center for Innovation Solutions, Actions and Professionals)」というユニークなシステムを運用している。もともとEUで考え出されたシステムを導入したものになる。
「A-SAP」ではイノベーションを進めるなかで自分達の力だけではどうしても次のフェーズに技術開発やビジネスを進めることができない、という悩みを持っている中小企業に対して、大学やほかの企業を含めたチームを作ってアイデアを出し合い、そのチームでプロトタイプを短期間の間に作り上げて中小企業に渡す。その中小企業単体では到底思いつかないようなやり方や技術で解決していくので、その後本気で展開していくかどうかは中小企業自身で考えていくことになるが、次のフェーズに進む場合は金融機関も積極的に融資を進める。企業と大学が集中的に協力体制を組むことで、地域のイノベーションを加速していこうというシステムだ。
「先のスタートアップと、この中小企業の支援の2つが地域のイノベーション・エコシステムには非常に重要です。スタートアップと中小企業が大きく育てば雇用も増え、新しいビジネス、新しい技術が生まれることが地域の魅力につながっていきます。こういった流れができれば、若者も地域に興味を持ってくれるのではないかと思います」。
日本初の地域内国立私立大学間の連携モデル
実は、「A-SAP」では、大学は地域への貢献として無償で協力するという形になっている。大学の教員は短期間で集中して協力するため、ゴールが見えている分、取り組みやすいという。また、コーディネーターが最新の研究や技術でチームが取り組めるようにまとめあげている点も大きい。
「一般的に通常の共同研究となると、大学教員は自分の論文が書けない、中小企業との連携は研究じゃなく開発の支援でしかないと考えがち。結局何となく本気度がないまま終わってしまうこともあります。A-SAPではチームのコーディネーターが教員の研究と企業のニーズをうまくつなげる役割を担っています。おかげで大学教員も地域の課題解決に本気で取り組む体制ができた。このように、みんなが本気になる仕組み作りはエコシステムを形成するうえで大切になってきます。また、コーディネーターのような役割も重要です。今後は良いコーディネーターの育成が鍵になってくるかもしれませんね」。
もうひとつ、木村氏はクロスアポイントメント制度を活用し、静岡大学に在籍しながら、静岡理工科大学の学長を兼任していることも地域と大学の関係性にいい影響が生まれているという。静岡理工科大学は静岡県内の製造業に技術者人材を輩出するために30年前に作られた私立大学だが、今後人材不足になると言われている半導体や健康・医療の分野へのニーズに応えるため、その分野に見識のある木村氏を学長に迎えた。全国でも例を見ない形だが、木村氏が両大学に軸足を置くことで新しいシナジーも生まれつつあるという。そのメリットを以下のように語る。
「これは日本初の地域内国立私立大学間の連携モデルです。私立大学と連携することで、静岡大学にとってはこれまで接点がなかった地域の中小企業との連携がシームレスにできるようになりました。これは国立大学にとっても非常にメリットがあります。地域イノベーション・エコシステムのなかに地域の大学教育も含めたエコシステムも考えるとよりうまくいくと思います」。
地域共通のビジョンと大学の本気が問われる
木村氏はこれまでの産学連携の経験と研究から、産業と大学のエコシステムに不可欠なものは「地域全体で共有できるビジョン」だと語る。
「地域が変わろうとしている今、その地域にとってコアになるような価値があり、それを地域のビジョンとしてみんなが共有できていることがとても重要です。そして大学は本気で地域イノベーションや地方創生に貢献していくことです。目先の外部資金だけの話ではなく、今後大学が進むべき道は、地域と一緒に発展していくことと定めて、自分の大学を改革するくらいの覚悟を持って取り組む。それこそ新しいエコシステムに必要な要素です」。
(文/木原昌子)
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