航空宇宙産業の「生産技術」に焦点を当てた 産学官金の地域エコシステム形成/岐阜大学 東海国立大学機構 航空宇宙生産技術開発センター
日本の航空機体製造の一大拠点である岐阜・名古屋地域。「航空宇宙生産技術開発センター」は、このエリアの産学官金がタッグを組み、航空宇宙産業の生産技術と人材育成を強化すべく2019年4月に岐阜大学内に発足した。1年後の20年4月に東海国立大学機構が発足してからは機構直轄の組織となり、名古屋大学と岐阜大学が連携した事業となっている。発足から4年、センター設立の背景についてセンター長の小牧博一氏に、さらに岐阜大学の生産技術人材育成の取り組みについて人材育成部門長の伊藤和晃氏にお話を伺った。
航空宇宙関連の産業集積地にある大学が担う課題解決
岐阜・名古屋地域は戦前から航空機体製造の工場が多いエリアだ。現在は川崎重工業、三菱重工業、富士重工業(現スバル)といった大手機体メーカーの工場拠点を中心に、大手メーカーを支える中堅・中小企業が集積し、ボーイング787、H2ロケット等の機体部品がここから生まれている。国は11年に「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」として国際戦略総合特区に指定。しかし近年、新興国の航空宇宙産業の台頭が目覚ましく、日本の航空機産業は国際競争力強化の必要に迫られていると、センター長の小牧氏は説明する。
「新興国の機体メーカーは低コストを打ち出しています。日本の航空機産業は設計にウエイトを置き、いいものを作るということに力点を置いてきましたが、今やそれだけでは勝てない。発注元であるボーイング社も機体製造のコストダウンを意識しているなか、国際競争を勝ち抜くために生産技術を革新し、今までの高コストな体質を変える必要に迫られています。最先端の生産技術の開発と、優れた生産技術者の育成によって、ものづくりの三要素といわれる『コスト』『品質』『納期』の向上を追求する体制づくりが急務になっています」
こうした産業界の状況を背景に、岐阜県が先導して岐阜大学と岐阜に拠点を置く川崎重工業とナブテスコ等の企業が協力し、内閣府の「地方大学・地域産業創生交付金」(図1)と岐阜県の補助金を取得。発足させたのが「航空宇宙生産技術開発センター」だ。
実はセンター長の小牧氏は川崎重工業の出身者。航空機製造の現場を知り尽くした経験からも、大学との連携は非常に意味があるものだと語る。
「企業は生産技術の向上に力を入れていますが、AIやIoT等の活用が追い付いていない部分もある。大学も今変化を求められている。お互いが不得手の部分を協力しあい、大学の研究力がアップし、企業も研究成果を生かして産業振興につながるといったエコシステムを目指したい。さらに企業の研究開発費の数パーセントでも大学への研究アウトソーシング費になればさらにWin-Winの関係が築ける」
また、人材育成の面でも大学への期待は大きい。
「機械や電気、情報といったこれまで大学で学べる専門性に加えて、ものづくりの基本となる設計・生産・評価までの一連を経験し、『コスト』『品質』『納期』の意識といったマインドを学生の頃から持ってもらうと、企業に入ったときにスタートラインが大きく違ってくるでしょう」
大学間連携による技術研究と人材輩出
冒頭にも述べたように、現在、センターは岐阜大学と名古屋大学による東海国立大学機構の直轄で、地域航空宇宙産業との連携事業を展開している。発足当時の目的である「生産技術」の分野は岐阜大学が主体となり、名古屋大学は戦前から続く「航空機設計」の分野で航空宇宙産業を支える役割を担う。大学における事業の柱は企業のニーズに合わせた研究開発と人材育成だ。(図2)
人材育成の施策としては、岐阜大学は「生産システムアーキテクトコース」、名古屋大学は「設計アーキテクトコース」を設置し、学部生3年、4年、大学院1年、2年の最長4年のプログラムを展開する。
コースの策定では、両大学の教員が一緒にカリキュラムを設計し、単位互換等の制度を利用して相互に単位を取得できる仕組みを整えた。2つの大学が足並みを揃えて新しいコース制度を設計することは簡単なことではないが、ちょうど東海国立大学機構の発足というタイミングも功を奏した部分もあるようだ。
コース内容としては、ものづくりの上流から下流まで一通り体験できるようなカリキュラムを目指している。生産技術と設計技術のカリキュラムで一部相互乗り入れの科目もあり、両大学の特徴を生かしながら航空宇宙産業が求める「設計・生産の両マインドを理解できる人材」の育成に応える工夫もされている。(図3)
0から作り上げた「生産技術」人材育成カリキュラム
岐阜大学が「生産技術」の志向を持った人材を育成する、といっても生産技術というものを大学が学問としてフォーカスすることは珍しい。センターの人材育成部門長を務める岐阜大学工学部教授の伊藤和晃氏は、センター設立の初期から携わってきた人物の一人として次のように語る。
「生産技術というものはどちらかというと企業の現場で仕事をしながら覚えるようなもの。企業によっても考え方が違うので、大学で体系立てて教えるということが難しい分野ではあります。しかし製造業が盛んな中京圏を中心にものづくりの根幹である生産技術を志向した学生を輩出していくことは、岐阜大学としても地域を盛り上げていくために重要であると考えました」
しかし岐阜大学工学部には航空宇宙産業に特化した学科がなかった。そこで機械工学や情報工学を基礎に置き、その上に「生産システムアーキテクトコース」独自の航空宇宙生産技術科目を新たに設置した。
「生産技術とは『コスト』『品質』『納期』のバランスの最適化、つまりいいものを安く安定的に供給するということです。そこでこの3つに関わる科目をそれぞれ用意しました。コストは経営工学、品質は品質工学、納期は生産管理工学。これらの分野を実践的かつ体系立てて教えられる人を見つけるのは難しく、そこで産業界の方や他大学の先生に協力をお願いしました」(伊藤氏)
また、航空宇宙産業に特化した生産技術のテキストを独自に1冊作り上げた。
「川崎重工業で何十年も現場に携わってきたOBの方々の協力を得て、航空機づくりで重要なエッセンスや過去の知見をふんだんに盛り込んで頂きました。このテキストを使ってその方たちに授業も担当頂き、生産技術の本質が学べる講義になっています」(伊藤氏)
このほか、実習系として、ドローンや滑空機を設計・製作する授業も用意した。これらは航空工学の知識も必要になるため、名古屋大学の航空工学に関する単位互換科目を全員受講する。
「今の時代、ものづくりを経験したことがない学生も多くいます。ドローンや滑空機を題材にして設計・生産・評価のものづくりの一連の流れを経験していくのでかなりハードワークなのですが、学生の満足度は高いですね」(伊藤氏)
また大学院向けのカリキュラムの一部は履修証明プログラムの社会人教育にも活用。主に地元の製造業から学びにくる社会人が多いそうだ。
コースづくりでは産業界がどういう人材を欲しているのか理解することも大事だ。そこで企業のニーズを聞いたうえでカリキュラムを作成し、さらにカリキュラムの内容を産業界と一緒に点検してPDCAを回すための会議を年に2回行う。常にカリキュラムが産業界のニーズに即したものになるような仕組みをつくっている。
このように岐阜大学における生産技術の人材育成は、企業や多くの外部の協力者を得ながら産業界のニーズに合ったカリキュラムを着実に確立しつつある。
自治体、企業、大学の本気が成功を呼ぶ
生産システムアーキテクトコースは23年4月で丸3年を迎え、受講修了者数は学部生で60名、大学院生で12名となった。うち、岐阜県内の就職者はKPIにおいた27名を超え32名となり、県内就職率もコース実施前と比べると確実に大きくなる結果を生み出している。(図5)
さらに最近のコース受講者のなかには就職活動で最初から「生産技術をやりたい」という学生も出てきているという。これまでほとんどの学生が「設計をやりたい」というなかで、こういった学生は企業を驚かせているそうだ。
「現在ある程度の実績が出せているのは、やはり参画されている企業さんが本当に一生懸命一緒にやって下さっていることが大きいと思います。小牧センター長もそうですが、企業から出向やOB派遣という形でセンターを盛り上げて頂き、カリキュラムづくりから講義の提供まで責任感を持って全面的にサポートして下さっています。また、大学内でも名古屋大学との単位互換等は両大学の事務方の協力なしでは実現できませんでした。こういった活動は自治体、企業、大学の3つが全部本気になって初めて機能するのだと感じています」(伊藤氏)
(文/木原昌子)
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