【寄稿】高校における理工系人材の育成強化の取組/文部科学省初等中等教育局高等学校振興課 寺島史朗

はじめに
今、世界規模で人・モノ・金・情報が国境を越えて流通し、産業構造や社会システムが急速かつ非連続的に変化する時代に突入している。AIをはじめとするデジタル技術の目覚ましい進展は、企業活動や産業競争力のみならず、私たち一人ひとりの生活や価値観、さらには社会全体の在り方にまで大きな影響を及ぼしている。知識や情報へのアクセスが容易になる一方で、それらをどのように活用し、新たな価値を生み出していくのかが、あらゆる分野で問われるようになっている。
こうした技術革新と並行して、我が国では、2040年に向けて少子高齢化や生産年齢人口の減少が一層深刻化することが見込まれている。就業構造の変化に関する将来推計では、分野や職種によって労働力需給の偏在が生じるとともに、産業界のニーズに応じたいわゆる理系人材の不足が生じる可能性が指摘されている。こうした状況の中で、経済社会を支え、持続的な成長や地域社会の発展を実現していくためには、将来を見据えた人材育成の在り方を中長期的な視点で捉え直すことが不可欠となっている。
特に教育分野においては、従来の延長線上にある取組のみで、こうした社会変化に十分に対応することは容易ではない。AI等が様々な情報を処理する時代において、単に知識や技能を習得することに加え、生徒一人ひとりが学ぶことの意義を実感しながら、探究的・実践的に学び、問題を発見し、他者と協働しながら解決に向かう力を育成していくことが重要となっている。こうした力は、高校段階のみならず、大学・大学院、さらにはその先の社会へと連なる学びを通じて、継続的・体系的に育成されるべきものである。
高校教育改革に関する基本方針(グランドデザイン)
このような問題意識の下、文部科学省では、高校教育を将来の社会や地域を支える人材を育成する重要な基盤と位置付け、「高校教育改革に関する基本方針」(以下、グランドデザイン)を2026年2月に策定した。グランドデザインは、高校教育を起点として、大学・大学院に至るまでの一貫した改革を通じ、2040年を見据えた高校教育改革の全体像を示す共通ビジョンである。
グランドデザインでは、高校改革を進めるに当たって、三つの視点を重視することとしている。
- 第一に、不確実な時代を自立して生きていく主権者として、AIに代替されない能力や個性を伸長すること。
- 第二に、我が国や地域の経済・社会の発展を支える人材を育成すること。
- 第三に、一人ひとりの多様な学習ニーズに対応した教育機会・アクセスを確保することである。
これら三つの視点は、それぞれ独立したものではなく、相互に関連し合いながら、高校教育改革全体を方向付けるものであり、重視しながら一体的に改革を進めていくことが求められている。
第一の視点である「AIに代替されない能力や個性の伸長」に関しては、生徒の「好き」や「得意」を起点とし、多様な経験を積みながら可能性を広げていく学びへの転換が重要である。リアルな体験とデジタル技術の活用を組み合わせつつ、探究的・実践的な学びを充実させることで、生徒一人ひとりが主体的に学習に取り組むことのできる環境の整備を進めていく必要がある。次期学習指導要領では単位性の柔軟化を大幅に進めることとし、例えば、
- 地域の特色を生かした課題探究を中核にする大胆な教育課程編成
- 探究的な学びを深めたい生徒、丁寧な学び直しをしたい生徒等、生徒集団の実態に応じた対応
- 得意を伸ばす、学習内容を自己決定する等個々の生徒の学習ニーズへの対応
といった観点から、各高校が地域や学校の実態を踏まえた改革を進めることとしている。
視点二を踏まえた高校段階での学びと理数系分野の位置付け
第二の視点である「我が国や地域の経済・社会の発展を支える人材の育成」は、産業構造の変化や技術革新が進展する中にあって、将来の社会や地域を支える多様な人材をいかに育成していくかという観点を示すものである。グランドデザインでは、2040年を見据え、分野や職種によって労働力需給の偏在が生じる可能性や、産業界のニーズに応じたいわゆる理系人材の不足が指摘されていることを踏まえ、高校段階からの人材育成の在り方を見直す必要性を示している。
この視点に基づき、高校改革においては、特定の進路や分野に早期に生徒を振り分けることを目的とするものではなく、生徒一人ひとりが、将来どのように社会や地域と関わっていくのかを主体的に考えられるよう、幅広い学びを通じて基礎的・汎用的な力を身につけていくことを重視している。すなわち、高校段階では、将来の進学や就業に直結する専門性の獲得に先立ち、変化の大きい時代においても社会の一員として役割を果たしていくための素地を育むことが重要としている。
その中で、数理的な思考力や科学的な見方・考え方、情報活用能力といった理数・情報分野に関わる力は、特定の分野に限られたものではなく、成長分野や地域社会の発展を支える人材に広く共通して求められる基盤的な素養として位置付けている。これらの力は、産業界のニーズに応える人材育成という観点にとどまらず、社会課題の理解や解決に向けた思考の基盤としても重要な役割を果たすものである。
高校段階においては、こうした理数・情報分野の学びを、特定の生徒に限定するのではなく、文系・理系の別を問わず、探究的・実践的な学びの中で活用していくことが求められている。地域の課題や身近な社会的テーマを題材とした探究活動等を通じて、理数・情報の知識や見方を、実社会と結び付けながら活用する経験を積むことにより、生徒は学びの意義を実感しやすくなる。
こうした学びを重ねる中で、生徒が自身の興味・関心や得意分野を自覚し、将来の進学や就業について具体的なイメージを持てるようになることが期待されている。また、高校段階で培われた学びの姿勢や基礎的な素養が、大学等における専門的な学修へと円滑につながることで、高校から大学・大学院に至るまでの一貫した人材育成が実現していく。グランドデザインが示す視点二は、こうした連続性を重視しながら、高校教育とその先の高等教育、さらには社会との接続を見据えた改革の方向性を示すものと言える。
高校教育改革促進基金と高等教育機関との連携
グランドデザインに基づく高校改革を着実に進めるため、文部科学省では「高校教育改革促進基金」を創設し、改革先導拠点の創出を進めている。本基金事業では、「理数系人材育成支援」を含む複数の類型を設け、各都道府県が地域の実情や人材育成上の課題を踏まえた取組を計画・実施することとしている。特徴的なのは、こうした取組において、首長部局、産業界、大学等の高等教育機関が構想段階から関与し、地域全体として人材育成に取り組む体制を構築することを求めている点である。
とりわけ、高校と大学が連携・協働することにより、高校段階での探究的な学びが、大学での専門的な学修や研究活動へとつながる実践が広がりつつある。大学教員による助言や評価、大学の教育・研究資源の活用等を通じて、高校での学びの質を高めるとともに、その成果を地域内に普及させていくことが期待されている。
今後の実行計画の策定と安定的な財政支援の確保
こうした取組を一過性のものとすることなく、地域の実情に応じた高校教育改革として着実に推進していくためには、制度面・財政面の両面からの継続的な支援が不可欠である。
このため、グランドデザインでは、今後、各都道府県において、高校教育改革を体系的に進めるための「高校教育改革実行計画」を策定することとしている。
実行計画の策定に当たっては、教育委員会のみならず、首長部局や関係部局、大学、産業界、地域の関係者等、多様な主体が参画し、地域全体として人材育成の在り方を議論することが重要である。高校教育改革は、国任せ、自治体任せ、学校任せで進められるものではなく、地域の課題や将来像を共有したうえで、関係者が役割を分担しながら進める必要がある。
国としては、こうした都道府県の取組が計画倒れに終わることのないよう、実行計画の策定と実装を後押しするための環境整備を進めていく。具体的には、高校教育改革促進基金によるパイロットケースの創出支援を契機としつつ、今後、安定的な財源を確保したうえで、交付金等による新たな財政支援の仕組みを構築していくこととしている。これにより、単年度ごとの事業にとどまらず、中長期的な視点で高校教育改革に取り組むことが可能となることが期待される。
こうした財政支援の枠組みは、全国一律の施策を押し付けるものではなく、各都道府県が地域の実情や課題を踏まえた創意工夫ある取組を展開できるよう、柔軟性を持ったものとすることが重要である。大学や産業界との連携、学校間連携や遠隔教育の活用等、地域ごとの条件や強みを生かした改革が持続的に進むよう、国として引き続き後押しを行っていく考えである。
グランドデザインが示す高校教育改革は、短期間で完結する取組ではなく、2040年を見据えた長期的な変革のプロセスである。実行計画の策定と、安定的な財政基盤の構築を通じて、高校教育改革を着実に前進させるとともに、高校から大学・大学院、さらには社会へと連なる人材育成の流れを、地域に根差した形で確立していくことが求められている。
おわりに──高大一貫で人材育成を進める意義
グランドデザインが目指すのは、高校が単なる進学や就職の通過点にとどまることなく、地域や社会とつながりながら、将来の経済・社会を支える人材を育成する起点としての役割を果たすことである。短期的には、生徒が高校での学びを通じて進路をより具体的に描けるようになること、また大学においても、高校段階で培われた探究力や基礎的な素養を踏まえた教育が進むことが期待される。
中長期的には、高校から大学・大学院、さらに社会へと連なる一貫した人材育成の流れの中で、地域ごとの産業構造や課題に応じた多様な人材が育成され、全国各地での持続的な発展につながっていくことが重要である。そのためにも、高等教育機関の皆様には、高校教育改革の趣旨を共有し、高大接続の質の向上や地域との連携を通じて、共に人材育成に取り組んでいただくことを期待している。

