カレッジマネジメント Vol.241 Jul.-Sep.2024

若者はなぜ移動するのか

編集長・小林浩が語る 特集の見どころ


重要なのは、この地域や大学でしか得られないワクワクした「経験価値」

 都市に人口が集中し、地方との格差が拡大している。大学においても状況は深刻である。カレッジマネジメント2021年228号の特集「地方大学の新たな選択肢」で、日本私立学校振興・共済事業団に、私立大学定員厳格化前後の2015年と2020年の比較を行っていただいたが、直前の駆け込み定員増の影響もあり、三大都市圏の大学の入学定員が2万人も増加していた。それだけ、都市部の学生吸収力が強まったと言える。コロナ禍が収束し、地域間移動に対しての抵抗が少なくなった2024年度の入試結果を見ると、地方から都市部への受験生の移動は一層強まっているように思える。
 

受験生が地元を離れる理由は「学びたい大学や分野がないから」

 では、なぜ若者は地域間で移動するのか。今回の特集では、大学入学、そして大卒就職という「進路選択」の機会を中心に視点を提供した。特に大学入学時については、グラフに示した通り、高校生が地元の大学に進学する理由のトップは、「下宿や仕送り等でお金がかかる」という経済的理由である。続いて「行きたい学校が地元にあるから」「地元から出る理由がないから」という“地元で十分”という理由が続く。一方、地元ではない大学に進学する理由としては、上位は「行きたい学校が地元になかった」「学びたい分野を学べる学校が地元にはなかった」というネガティブな選択であり、「新しい土地で新しい経験をしたい」というポジティブな選択を上回っている。 特に大都市圏以外では、ネガティブ選択が大都市圏を大きく上回っていることが分かる。大都市圏には、大学の数のみならず、総合大学も多く、学びたい学部・学科が地元に揃っている。そのため、地元で進学する理由で、わざわざ「地元を離れる必要性を感じない」が相対的に高くなっているのも理解できる。

考えられる打ち手とは

 では、大都市圏以外の大学は、どうしたら良いのか。調査結果や取材等からは、いくつかの打ち手が考えらえる。

  • 学部・学科のラインアップの充実。
    全国を取材等で回ると、同じ地域に同じような学部構成の大学が複数あることに気づく。個別大学で強みや個性を打ち出すことはもちろんだが、地域の大学が連携して、その地域である程度の学問分野をカバーしていくことも検討が必要ではないか。
  • 経済的支援・生活支援は十分か。
    地元を離れない理由のトップは経済的な理由である。逆に考えると、経済的な目途が立てば地域間移動は活発になることが考えられる。地元企業や自治体と連動した給付型奨学金や、有償インターンシップの充実、寮や生活の支援等も考えられる。高校生への別の定性調査では、「一人暮らしすること」への不安や期待の大きさが垣間見え、学ぶこと以外への心情的な側面も無視できないことが分かった 。経済的支援に加えて、居場所や仲間作り等生活面での支援も重要な要素となる。
  • オンライン等の通信教育課程。
    地域や場所、通学時間にこだわらず学べる、新しいスタイルの大学の形である。2025年に設置認可を申請している4大学の内3大学は完全オンラインの通信制大学である。また、2026年には世界の7都市を巡りながら先進的な教育を行う米国のミネルバ大学が8つ目の拠点として東京にやってくる。都市と地方以外の新たな競合が次々と生まれてくることになる。
  • この地域や大学でしか得られない学びや経験価値の充実。
    取材やインタビューを通じて、分かってきたのは、わざわざ大都市圏から地方大学に進学するのは、その地域や大学でしか経験できない教育や研究である。これは、以前の特集「小さくても強い大学(小強大学)」でもお伝えしたが、ほかのどこでもなく、この地域や大学でしか学べない内容や研究、課外活動や地域活動等、将来に向けての「経験価値」につながるものである。若者言葉にすると、ワクワクと心が動く「エモい」期待である。

 以上、一部ではあるが、まだまだ打ち手はあるように思える。実際、高校においても、島留学や国内留学が、小さくないマーケットになり、期待も高まっている。彼らやその保護者が求めているのは、高校3年間で都市部ではできない経験を通じてひと回り人間的に大きくなった姿である。大学もそうではないか。 偏差値の単なる序列化で選ばれるのではなく、若いうちの貴重な4年間の経験価値につながるワクワク感で選ばれる大学である。重要なのは、大学の教職員自体が、所属する地域や大学、提供する学びの魅力を実感し、その経験価値にワクワクできているかどうかではないだろうか。



リクルート進学総研所長・リクルート『カレッジマネジメント』編集長 小林 浩

<第1特集>
若者はなぜ移動するのか
座談会

若者の挑戦マインドを喚起し可能性を広げる教育を、高校も大学も
土方清裕 三重県立津東高校 校長
千葉栄美 青森県立大湊高校 校長
舟越 裕 長崎県立松浦高校 校長

COLUMN

高校生の声 「地元内・地元外」の選択

編集部リポート

若者の移動の現状

調査報告

大学生の地域間移動に関するレポート2024より
地域選択は“本質的な地域を知る”ことが鍵
徳永英子 リクルート 就職みらい研究所 研究員

視点提供インタビュー

若者の生態を知る
#「移動」に至るZ世代の価値観 今瀧健登 僕と私と株式会社
#Z世代が「移動」したい場所 大島佳果 兵澤 諒 株式会社電通

事例 外から人を呼び込む学校

芸術文化観光専門職大学
ターゲットに刺さる「ここにしかない教育」で全国から人を呼び込む

東京農業大学 北海道オホーツクキャンパス
オホーツクでしかできない学びと経験で、学生のわくわくと成長を支援

サイバー大学
フルオンラインだからこそ実現する豊かな学修体験が若者ニーズに合致

インタビュー

唯一無二の教育の魅力化で地域への人流を創出
水谷智之 一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム会長・理事

編集長の視点

重要なのは、この地域や大学でしか得られないワクワクした「経験価値」

<第2特集>
認証評価 第4期の重要ポイント
寄稿

第4期の大学評価に向けて大学は何をすべきか
前田早苗 千葉大学 名誉教授

寄稿

大学基準協会
第4期認証評価の方針と特質
公益財団法人 大学基準協会 常務理事 事務局長
工藤 潤

日本高等教育評価機構
第4期の認証評価のポイント及びその背景・要因
公益財団法人 日本高等教育評価機構 常務理事・事務局長
伊藤敏弘

大学教育質保証・評価センター
大学の改善を支援する評価の可能性を探る
一般財団法人大学教育質保証・評価センター 事務局長
中田 晃

大学・短期大学基準協会
大学・短期大学基準協会の評価基準の考え方と変更のポイント
一般財団法人大学・短期大学基準協会 理事
短期大学認証評価委員会 委員長
(学校法人志學館学園 志學館大学・鹿児島女子短期大学 理事長)
志賀啓一

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連載 データで見る高校生の今

#6 高校生が考える“社会で必要とされる能力”と“現在持っている能力”とのギャップとは?

連載 TOP INTERVIEW

保立和夫 豊田工業大学 学長

連載 DXによる新たな価値創出

スーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業による理数系人材の育成について
山本 悟 文部科学省初等中等教育局教育課程課課長補佐

連載 入試は社会へのメッセージ

#10 明星大学 学びの探究入試 大学改革の素地となる探究学習層を専用の入試で獲得

福井県立大学 総合型選抜「探究力発掘」 高校の理系探究学習を支援し大学の教育研究へ接続する

連載 リカレント教育最前線

#7 武庫川女子大学 リカレント教育センター MUKOnoa
ビジョン策定を起点に、運営・募集まで首尾一貫。 開設1年、「リカレント教育センター」は今や入試説明会のアピールポイントに

連載 学ぶと働くをつなぐ

#44 大阪観光大学
設置者変更を経て、教育改革を推進。観光学を通じて楽しむ力を養成
松村直樹

連載 大学を強くする「大学経営改革」

#102 多様性尊重の社会・組織の実現に向けて~ジェンダーギャップ解消の視点から~
吉武博通

連載 新世紀のキャンパス

麗澤大学 さつき