入試は社会へのメッセージ[10]総合型選抜「探究力発掘」/福井県立大学
高校の理系探究学習を支援し大学の教育研究へ接続する
福井県立大学(以下、県大)は生物資源学部生物資源学科で2023年度入試から総合型選抜「探究力発掘」を導入している。「発掘」という名称がいかにも恐竜王国福井県らしいが、その内容や背景について、日竎隆雄学部長、深尾武司学科長、入試担当の伊藤崇志教授にお話を伺った。
高校の探究導入を背景に理系進学者を獲得する入試を設計
入試導入の背景にはいくつかの事情がある。1点目は、福井県が初等中等教育における探究学習に熱心な土地柄で、そうした活動の支援やコンテスト等の審査員で県大に声がかかることが多かったことだ。特に相談が多いのはテーマ設定であるという。「探究を軸にした教育改革の支援は本質的ですが、あくまで授業として行われている探究を自らのテーマやモチベーションに昇華しなければ、研究にはなりません。より高次な探究を志すならば、そこに関与する必要があると考えます」と日竎氏は探究と研究の違いを述べる。だからこそ、大学が関与する必然性があるとも言えそうだ。
2点目は、探究活動が活発な理科教育において、せっかく探究に目覚めた層が県大受験につながらず、県外流出している現状である。「外に出てみたいという考えは否定されるべきものではありませんが、県内にどういう進学先があるのかを知らずに流出してしまうケースも多い。理系の進学先として本学の認知を拡げるべく、接続の観点での入試を設計したい」(日竎氏)。特に生物資源学科が軸足に置く「生物」は、高校の科目においては文系が選ぶ理科科目というケースが多く、理系学生は物理や化学を選ぶ傾向が強い。生物資源学科としては理系学生にもっと入学をしてほしい。だからこそ、理科の探究に熱中したポテンシャルのある生徒に受験してほしいのであり、彼ら・彼女らの選択肢に入る必要がある。
3点目は、県大で目的意識が希薄な学生が増えたという実感値だ。「本学の教育で成長する学生はやはり、自分自身に生命科学に関する核がある学生が多い。そうしたものが入学前からある層と、入学後見いだせる層がいます」と日竎氏は話す。後者は概ね基礎学力がある(知的体力の高い)、一般選抜での選抜層が中心だ。そして本入試は前者を選抜するための方策である。生物資源学はそれまで勉強したことがない生命科学なので、イメージが漠然としている人が多く、何となく「農学でしょ」と括られてしまいがちだという。しかし実際は、医学に資する領域の研究や、農業に関しても天候や水理等を含め様々な学問の複合領域である。大学の専門教育に対する理解が進んでいないことと、そこに自らのテーマ感を見いだせる人が少ないことは連動した課題と言えそうだ。こうした背景を踏まえ、2025年度の新課程対応入試の前にスモールスタートするべく23年度導入となった。
理系探究活動のプロセスを評価し、入学後の研究につなげる
入試の狙いについて、伊藤氏は「高校までに理数系で積極的に探究に取り組んでいて、大学で理系の研究をしたいと思っている人を選抜するための入試です」と述べる。福井県にはSSH校が4校、重複するが探究科を持つ高校が8校あり、SSH同様の教育研究を展開したい高校に県が財政的支援を行う仕組みもある。本入試は探究学習に力を入れる県内出身者が対象で、それら10校の生徒を中心に受験者が増えることを期待しているという。また、県内出身者に留まらず、県外にも対象を広げる構想もあるようだ。
入試の概観を図表に示したが、選考の中心は第2段階選抜だ。自分の探究活動について、内容や思い、大学入学後の研究にどうつなげるかといった考えを言語化することが求められる。そのうえで「探究活動の過程における創意工夫、成果に考察を加えて課題解決しようとするスタンス」を評価する。「高校の探究はチーム活動が多いため、成果の評価だと自分以外の他者や環境による影響も大きくなってしまいます。そうではなくて、自分がその探究で何を担ったのか、どのように振舞ったのかを評価対象としています」と伊藤氏は説明する。
では、探究力を持って入学した後、大学教育においてどのようにその素養を伸ばすのか。県大は「リサーチクレジット」という仕組みを用意している。「高校で探究活動に注力した生徒が、入学後4年次になってからの研究室配属だと、探究と研究の接続にブランクが生じるため、目的意識がしぼんでしまう恐れがあります。そのため、早期に研究をできる制度を作りました」と深尾氏は説明する。23年度は3年次から挙手制で研究室配属・単位化できるようにし、学年の約半数が参加したという。24年度は2年次から参加できるようにさらに制度を前倒す。意欲の高い層を選抜し、大学の実験や卒論に対する態度醸成を図りながら、専門性の高い研究へとつなげる仕組みだ。結果として、こうした仕組みのなかで成長すれば、将来的な活躍へつながるだろうと見立てる。
こうした教育と入試を整備することは、従来のペーパー試験で点数が高い学生に対する教育や評価とは異なる観点を入れることでもある。深尾氏はその意図を次のように説明する。「学校の勉強と社会は違うとよく言われますが、本入試で選抜するのは社会での活動に近い探究という営みに長けた人材です。社会に適合した理系人材をどれだけ増やせるかという挑戦でもあります」。日竎氏も、「探究がベースにある世代の学修は、恐らく脳の使い方が変わってくるはず。それを大学のフィールドでたくさん失敗して、そこから学び、新たな課題解決に挑めるように指導していきたいのです」と補足する。社会活動たる探究に長けたチャレンジを恐れない人材を選抜し、大学がそれに合わせた環境を整備するというのが、この入試改革の本質であるようだ。
探究対応入試である次年度が本番
入試の定員は3名で、学科定員45名に対して約6.7%。県内高校からの農学系進学者の実績等を踏まえて設定した数値だという。農学系と進路を定めているわけではない理系層も含めれば、広報余地は大きいと言えるだろう。今後はこうした状況も踏まえて定員増加も検討中だという。
入試導入初年度は志願者が0名だったが、2年目は3名が志願、2名が合格となった。高校での探究活動のなかで県大の支援を受けたことがある生徒だという。県大は、前述した高校への探究支援のほか、高校教員との情報交換の場の設定、Slackを利用した相談の受付等も行っている。「関心はあるが様子見」という高校が多いことも把握しており、「次年度以降が本番」と日竎氏は気を引き締める。数を狙える入試でないのは自明だが、こうした入試を設計する大学のあり方として、地道な接続活動が効いてくるのであろう。まさに入試は社会へのメッセージである。