大学生の地域間移動に関するレポート2024より 地域選択は“本質的な地域を知る”ことが鍵
2014(平成26)年9月3日、まち・ひと・しごと創生本部の設置が閣議決定されたが、その翌年にあたる2015年に、私が所属する就職みらい研究所(以下、当研究所)にて、2016年大学卒業予定者を対象とした『大学生の地域間移動に関するレポート』を発表した。それ以降毎年発表しており、本稿では最新の2024年卒業予定者を対象としたレポート(2024年3月発表)についてデータ等を紹介したいのだが、その前に、このレポートを作成するに至った背景を少し触れておきたい。
「学生は、東京への大学進学をきっかけに、就職先として地元や出身地域等に戻ってこないが、何故戻って来ないのか」「大学卒業後、大学があるこの地域へ留まらないのは何故か」といった問い合わせを、企業をはじめ大学関係者や自治体等から頂戴していた当時、学生の居住地域別での就職活動動向はある程度知り得ていたが、地域移動を考慮したデータ等を紹介できていなかったことで、地域に関する学生の思考や志向等を明らかにしたかったことがはじまりである。
(1)大学キャンパス所在地を基点とした分類
そこで、大学キャンパス所在地を基点に、出身地域と就職予定先地域を組み合わせて図表1のように分類し、学生の動向を分析することとした。分析対象は2024年卒業予定の大学生で、2024年1月調査時点にて就職先確定者としている。なお、就職先地域については、まだ決まっていない場合、本社所在地の回答であることを予めご承知いただきたい。
(2)大学キャンパス所在地から見る4分類の分布及び就職地について
まず、地域の11ブロックごとに、①~④(詳細は図表1参照)の分布を見てみよう。
図表2は、2024年1月時点での調査結果の数値としてご覧いただきたい。
地域によっては、地域内に留まる割合(地域内・計)が高いところもあれば、あまり高くないところも見受けられる。
また、大学キャンパス所在地から見た地域別の就職先分布(図表3)をご覧いただくと、どの地域に就職予定かが分かる。
前述で触れた、東京への大学進学を機に戻ってこないといったことについては、こちらを見る限り、大学キャンパス所在地から首都圏への就職予定者ばかりではないことがお分かりいただけるかと思う(卒年によっては、多少異なる)。
大学キャンパス所在地域においての就職意向について、①大学キャンパス所在地域出身者 と②大学キャンパス所在地域以外出身者 とで分析をしている(『大学生の地域間移動に関するレポート』上での表現と異なるため留意いただきたい)。
また、就職活動前・後の2時点で、その地域で働きたいかどうか(「働きたい(どちらかというと働きたい含む)」、「働きたくない(どちらかというと働きたくない含む)」、「どちらともいえない」)を聞いているが、2時点を見ると、変化している学生もいれば変化が見られない学生もいる。
ここでは就職活動後の就職意向に着目し、就職意向の理由も含め特徴的なものを解説したい。
①大学キャンパス所在地域出身者における地域内就職意向について
大学キャンパス所在地と同地域出身の学生について、その地域に対する就職意向を就職活動後の理由から見てみたい。
まず働きたい理由としては、「慣れ親しんだ地域だから」や「地元に愛着があるから」「地元で貢献したい」「家族や友人・知人の近くにいたい」という声が多く見られる。活動前は働きたくないと考えていても、活動を通してその地域の良さを知り、また、働きたいと思える企業等があることを知り得たことで、考えが変化している様子もうかがえる。
その一方、働きたくない理由は、「地元から離れたかった」「希望する企業・業種・職種などがない」「独り立ちしたかった」等が見られる。活動前は働きたいと考えていたが、「大都市圏と比べて給料が低い」や「転職するとなった場合の働く場所があまりない」「地元にいることで、今後出られないのではないか」等が見られ、これらは不安要素でもあるようだ。また、個人的な情報を知られることを良しとしない学生もいて、あえて異なる地域へ移動するケースも少なくない。
②大学キャンパス所在地域以外出身者における地域内就職意向について
次に、大学キャンパス所在地と異なる出身地域の学生について見てみよう。
働きたい理由は、「4年間でその地域に親しみ・愛着が出た」「慣れてきて生活しやすい」「大学生活を通して、友人・知人ができた」「働くのであれば、大学時代に知り合った人の近くだと安心」等が見られる。入学当初は出身地域に戻ることを考えていたが、活動を通して地域内で就職先を決め留まることを選択した学生もいる。
一方働きたくない理由は、「地元に戻るつもりだった」「地元に戻って貢献したい」「生活しにくい」「地域に愛着がない」等である。中には働きたくないということではなく、「奨学金返済のため、一人暮らしは難しいので実家へ戻る」といった経済的理由を挙げる学生も一定数いるのである。
学生における地域への就職意向として、愛着があるからという理由があることをお伝えしたが、就職意向と愛着度との関係性はどのようなのか見ていきたい。
(1)キャンパス所在地域内または地域以外出身者での愛着のある・なしの理由について
大学キャンパス所在地への愛着はどうであろうか。11ブロックの地域別を総じて見てみる。
キャンパス所在地と同地域出身者と地域以外出身者とを見ると、同地域出身者の方が、比較的愛着がある様子がうかがえるのだが、愛着がある・なしの理由を見ておこう。
地域内出身者の愛着ある・なしの理由を見ると、愛着がある理由は「生まれ育った場所で馴染みがある」「見慣れた風景がある」「よく知っている場所」「楽しい思い出の場所」等である。
一方愛着がない理由は、「あまり地域内で交流がない」「思い出があまりない」「長年住んでいない」等で、同一地域内でも県を越えて通学している学生からは「大学へ行くくらいで、あまり知らない」といったものも見られる。中には、コロナ禍で外出に制限があったことで、知る機会がなかったといったものも見受けられる。
地域以外出身者で愛着がある理由としては、「人柄が優しい」「自然が多い」「思い出が多く第二の故郷」「大学4年間で馴染みが出てきた」等である。
一方愛着がない理由は、「生活して慣れ親しんだが地元ほどではない」「大学周辺しか知らない」「4年しかいないから」等で、中には、コロナ禍の影響と思われるが、「キャンパス所在地域には住んでいなかったから」といった理由も見られる。
ちなみに、家族の転勤事情等によりあまり馴染みがないことで、愛着がなかったりどちらともいえなかったりといった声も散見される。
(2)就職意向と愛着度との関係性
愛着があると、その地域に長くいたいという意向が見えてくるが、就職意向と愛着には関係性がありそうだ。というのも、キャンパス所在地域出身者および地域以外出身者で共通していることは、その地域へ愛着があるとないよりも比較的就職意向が高い傾向が見られるからだ。愛着と地域との関係性を見るに、地域への愛着が高くなると、就職先地域の候補となり得るとも言えるのではないかと思われる。
愛着があることは、その地域に留まる一要素ではあると思うが、学生にとって希望する就職先があるかどうかも重要で、留まりたい気持ちはあるが、希望する就職先がないとその地域から出ることを選択するのだろう。
(3)地域内への就職意向のあり・なしを分岐するものは
大学キャンパス所在地域への就職意向が分岐するものを整理しておきたい。
地域内への就職意向が高まるのは、自分が働きたいと思う就職先があるかどうか、今後の選択肢の幅の広さ、収入面、生活面が良くなること、その地域のことを知っていることも重要な項目ではないかと思われる。
家族からの独り立ち等を含めて、本当は他の地域で働きたいと思っているものの、経済的な理由から留まることを選択している学生もおり、このことから考えると、経済面を支援等することで、意向が変わる可能性もあろう(地方公共団体の中には、奨学金返還支援に取り組んでいるところもある)。これらのことが、分岐する観点ではないかと思われる。
また、地域への愛着のあり・なしも、分岐する重要な項目だろう。生活を通して、その地域の良さを実感したり、友人やその地域の人との交流等思い出が増えていったりしたことで愛着が高まり、就職先地域として選択している様子もうかがえるからだ。
愛着を上げるための工夫点として学生の声から考察すると、当たり前と思われるかもしれないが、愛着を高めるにはまずは“地域”を知ってもらうことが有力ではないだろうか。地元や居住地域こそ身近さ故に、知らないことも多いのではないかと思い、改めて地域を知ることで新たな発見ができよう。余談だが、私は東京出身で都内のランドマーク等は知ってはいるものの、誰かを案内するために訪れたことはあってもなかなか自ら出向いたりしていなかったが、訪れたことで、案内した人よりも自分が楽しみ興味をそそられたことも少なくない。また、東京の観光名所等が掲載されている情報誌を見て、知らないことの多さを実感したこともある。
学生の声で「地域内の交流がない」とあったが、もしかしたら交流の場があったかもしれないが、異なる地域からの進学者の場合、一人暮らし等で不安や戸惑うことで、行動範囲を広げることの難しさが立ちはだかるのではないだろうか。大学にて新入学生向けの交流イベント等を開催しているところも見受けられるが、積極的に参加する学生ばかりではないだろう。参加を躊躇している学生へ、何かしらのきっかけがあるとよいのだが、外国人留学生と日本人学生とを意図的に行動を共にしたことで、留学生が孤立せず様々なイベント参加を促すことができたというような事例が参考になるかもしれない。
また、“地域との交流”の場があっても良いのではないだろうか。前述で触れたように、就職活動を通して新たな就職先と出会うこともあるため、早い段階の大学入学時より適時、地域との交流を通してその地域内にある企業等を知る機会を設けることで、解決の糸口が見つかるかもしれない。学生にとって身近な存在である大学が、まずは手を差しのべることできっかけが生まれ、産学官で連携を取りながら推進していくことも有益であろう。
産学官連携の事例としては、地域ぐるみのイベントやインターンシップ等が参考になると思われる。
学生を含めた若年層において「転勤を好まず」といった、ある種特定の地域での就業を希望していると聞くが、このことに関連したデータを2つ紹介しておきたい。
当研究所が発表している「大学生の働きたい組織の特徴」の中で、「特定の地域で働く(A)」と「全国や世界など、幅広い地域で働く(B以下、幅広い地域で働く)」とではどちらを支持するかについて聞いているが、これを時系列で見ると(図表4)、「幅広い地域で働く(B)」の支持者は徐々に低くなってきてはいるものの一定数いるのだが、「特定の地域で働く(A)」の支持者は、2014年卒では約6割だったのが、2024年卒では約7割と、年々増加傾向が見られる。
働きたいと思う組織を選ぶ際に重視する項目(図表5)のうち、「希望の勤務地に就ける可能性が高い」を見ると、2017年卒では45.3%だったが、2024年卒では61.2%と15.8ポイント高くなっており、勤務地を重要視している傾向が見られる。また、自分の希望する企業等があるかないかも重要と前述したが、「自分のやりたい仕事(職種)ができる」が2024年卒では7割を超えていることからも、重要視していることがうかがえる。
就業経験があまりない学生にとって、就職すること自体に不安な一面も持っているため、馴染みのない地域での生活を考えると、より不安となるのだろう。社会人としてスタートするには、馴染みのある地域の方が安心するのもうなずける。働き方を含めた個々人の価値観について尊重しながら、本人の視野に入っていない選択肢等をどのように提示することが望ましいか、改めて検討する余地はあると思われる。
また、個々人の価値観に歩み寄るような人事制度改革を行ってきている企業等も見られ、変化してきていることも事実である。価値観は変わらないものではなく、企業等もこれに伴い変化すると思われるため、当研究所でも研究し続けたいと考える。
※レポート全体はリンクを参照
https://shushokumirai.recruit.co.jp/study_report_article/20240329002/
参考)「特定の地域で働きたい学生が増えているのはなぜか?」(林 2023)