【TOP INTERVIEW】充実した教育・研究環境を備え、 学理と実践で工学を極める「小粒でもピリ辛い」大学へ/豊田工業大学 学長 保立和夫


豊田工業大学 学長 保立和夫

豊田工業大学 学長 保立和夫(ほたて かずお)
1979年 東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻 博士課程修了(工学博士)
東京大学宇宙航空研究所専任講師
1993年 東京大学先端科学技術研究センター教授
1997年 東京大学大学院工学系研究科教授
2008年 東京大学工学部長・工学系研究科長
2015年 東京大学理事・副学長
2017年 豊田工業大学副学長・教授
2019年 豊田工業大学学長
電子情報通信学会エレクトロニクスソサエティ会長、
日本学術会議会員・電気電子工学委員会委員長、
2016~2018年応用物理学会会長。
専門はシステムフォトニクス、光ファイバセンサ。


トヨタ自動車が工学人材育成を目指し開学

 豊田工業大学は、愛知県名古屋市に所在し、工学部1学部、大学院、学生数500人を擁する小規模大学です。1981年にトヨタ自動車の社会貢献活動の一環として設立されました。

 トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎は、発明で社会に尽くした父、佐吉翁の精神を受け継ぎ、当時困難とされた自動車の国産化に挑戦しました。海外の技術を参考にしながら若手技術者の育成が不可欠だと考え、創業時既に「社業繁栄の暁には大学を設立したい」と語っていたと聞いています。そしてついに豊田英二の代で、わが国初の社会人大学が開学することになります。

 建学の精神「研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし」は佐吉翁の遺訓です。私達はこの言葉にこそ、モノづくりの原点ともいえる工学を志す者に必要な心構えがあると考えています。

国公立大並みの学費と教育環境で実践力育成

 本学の特徴は、トヨタ自動車が実践的な技術者・研究者の育成を目的に作った大学であり、実学、実践力を最重要視してきた点です。充実した実験・実習科目をはじめ、開学時からインターンシップを全学必修とし、実習先企業は約40社に上ります。学生は1年次に企業の製造ライン部門、3年次に研究開発部門に1~1.5カ月赴き実習と研究に取り組むことで、実践という言葉が学生のマインドに強く根づく仕組みができています。

 また本学は学部1年生の入学定員が100人と小規模ですが、トヨタ自動車からの支援のもとで運営可能な規模ということで、設立時からあえて小規模に設計されました。授業料は国公立大学並みの年額60万円、入学金等を合わせた初年度納付金は98万円に抑え、学生の経済負担を減らしています。小規模だからこその少人数教育も特徴で、ST比(専任教員1人当たりの学生数)は約10人と国立大学並み、学生1人当たりの大学支出額は655万円/年(2022年度実績)とわが国トップクラスの環境を整備しています。工学部でも英語力を重視して海外研修を支援し、学部生の43%、大学院修士課程生の33%が海外研修に参加しました(コロナ禍前の2019年度実績)。こうした特徴的な学びで実践力を身につけ、2023年度の就職決定率(就職者/ 就職希望者)は100%となっています。

 さらに開学から学部1年次で全寮制をとってきたのも特徴です(コロナ禍で2021年以降は希望入寮)。8人のユニットの中には先輩と社会人学生が含まれ、寮を先輩後輩、社会人と交流する教育プログラムの場としています。地元志向の強いこの地域において、県外出身者が4割程度と多いのも、寮や学費の安さが関係しているでしょう。

「覚えるより理解する」を唱えた学長講話

 2021年は開学40周年という節目の年を迎え、2020年にキャンパスを完全リニューアルしました。本学にとっては大事な2年間でしたが、コロナ禍の最中で式典も抑え気味で、卒論・修論・博論生以外の学生は、2020年11月まではキャンパスに入ることができませんでした。

 私は2017年に38年間過ごした東京大学から本学に来て、2019年9月に学長になりました。月1回の専任教員会議には全教員50人がほぼ100%の出席率で集まる、この小ささがたまらなくいいと思いました。学長が一緒に何かしたい時に声が届き、厳しい反応がすぐ返ってくるからです。

 ここに来た時から常に「山椒は小粒でもピリ辛い。もっと辛くなれる」と言ってきました。仕組みとしての特徴はたくさんありますが、もっと温度感のある定性的な特徴を作りたかったのです。学長になってからは、学部1年生・修士1年生を対象に「学長講話」という講義を毎年度はじめに受け持ち、学生が培うべき力は「帰結への深い理解」と「その理解に至る学習態度」だと伝えています。まずは「覚えるより理解する」ことで、知識が理解に昇華して理解の束となり、理解の束から仮説が立つ。仮説に対応する理由を手繰ることで論理が言語化され、論理的思考力が身につき、仮説が本物になるのが研究です。つまり理解する学習をしていると、論理的思考力や研究力といった汎用力が付随して身についていくのです。

 そればかり唱えてきたので、量子力学という最も難しい授業で実践してくれた先生がいまして、今4年目を迎えています。1年目に授業評価アンケートで60%強の学生が「理解する習慣ができた」「量子力学は面白い」と答えました。良いサンプルはみんなで共有し、他の教員にもじわじわと広がっています。

長期ビジョン2024で『豊田工大メソッド』を作る

 2024年度には、15年先を見通した教育・研究・運営に関する「長期ビジョン2024」を策定・開始しました。育てたい人材像に「高度な実践力に加え、本質を掴む論理的思考力、逞しい創造力、豊かな人間力を兼ね備えた国際産業リーダーの育成」を掲げています。

 このビジョンの中心に「体系的な理解」と「付随する汎用力」を『豊田工大メソッド』として据えて頂きました。これからは全教員が自分の講義等の中で豊田工大メソッドを形成していきますが、一例としてレポートを記述式にして論理的思考力を養う等の案が出ています。

 2024年度入試から工学部に新規導入した一般入試(本学独自試験)も、記述式問題に注力した点が特徴です。「心はビジョンに入った、教員もその気になって動き出している、新入生の皆さんには最初からギアを一段上げて頂いて一緒にやろうよ」というメッセージを伝える入試です。

 昨年末には「山椒は小粒でもピリ辛い」に込めた想いを、広報・入試室がもっと良い言葉にしてくれました。タグライン「進むなら、足跡のない方へ。」は、佐吉翁の建学の精神と同じ内容をより短くインパクトある言葉に言い換えてくれたと思っています。このタグラインとステートメントによるブランドムービーを、年末年始に中京広域圏でCM放映し、パンフレット類もタグラインのもとに刷新中です。

 「進むなら、足跡のない方へ。」私達はこのタグラインに込められた価値を具現化する大学として、これからも学生・教職員・社会とともに歩んでいきます。


(文/能地泰代 撮影/臼井 美喜夫)



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