ターゲットに刺さる「ここにしかない教育」で全国から人を呼び込む/芸術文化観光専門職大学

芸術文化観光専門職大学 学長 平田 オリザ 氏

 地域の伝統や食、アート等のコンテンツを使った観光を「文化観光」と呼ぶ。芸術文化観光専門職大学(Professional College of Arts and Tourism-CAT)は文化観光の中でも日本が特に弱い芸術に特化した専門人材を育成・輩出する大学として、2021年に開学した(※)。2024年度入試は募集定員80名に対して272名の志願者、3.4倍の志願倍率をマーク。在学生の出身地は47都道府県全てに及ぶ(図表1)。兵庫県但馬という立地にあって全国から多くの若者を集められる理由について、平田 オリザ学長に伺った。


図表1 都道府県別在籍状況

明確なターゲティングとターゲットニーズの精緻化

 CAT人気の要因は大きくは3つある。

 1つ目は、明確なターゲティングだ。平田氏によると、CATの想定ターゲットは「高校の演劇部出身者で、一定以上の学力帯」だという。「その偏差値帯で演劇を学べる大学が関西にはありません。また、日本にはそもそも、演劇やダンス等の舞台芸術を学べる国公立大学がありません。本学が狙ったのはその空白地帯、広いスキマとも言える領域です」。平田氏は世界各地の大学で教壇に立ち、また日本の初等中等教育で演劇指導やコミュニケーション教育を実践してきた。その関係で関連した豊富な人脈を持ち、演劇部顧問の先生方とのネットワークもある。全国で行う講演に、そうした先生が優秀な生徒を連れてきて紹介されるといったことも多いという。演劇に打ち込んでいる生徒の進学先としてCATが薦められるバックボーンがあるのだ。

 また、子どもが演劇に打ち込んでいる場合、そうした道を選ぶことに当たって、保護者が気になるのは就職である。「演劇では食べていけない」というイメージに対し、CATなら観光分野への就職が見込める点は、大いにプラスに働いた。「生徒のやりたい気持ちを尊重したくとも現実的な問題が気になる、保護者や高校の先生方の信頼を得られたことは大きかった」と平田氏は振り返る。

豊富な地域実習と学修を架橋する教育

 平田氏は2つ目に、2022年度から高校で始まった探究学習を挙げる。「特に小さな市町の高校ほど、探究のテーマが地域に向きやすく、自分の町をどうにかするための要素として、アート、食、観光等がキーワードに上がることが多いように思います。本学はアートや観光を横断的に学べる大学として認知されつつあります」。

 そして3つ目が教育内容である。CATはカリキュラムの思想として、学生に機会を多く提供し、敢えてあれこれ迷うことを奨励し、そこに地域活性や観光に係る要素を多分に練りこんでいる。

 CAT設立時の構想は、「文化の自己決定力は地域の競争力の源泉」として、地域特有の資産を芸術の観点から観光資源として位置づけることができる人材を育てること。それは地域を都市との二項対立的に捉えるのではなく、地域を主語にした魅力化をできる人材を育てるということである。卒業単位の1/3を実習に充て、「理論と実践を架橋する教育」を標榜する専門職大学を選んだ理由の1つもそこにある。「本学ではクォーター制を採用し、実習と学修を往還する『ラーニングブリッジ』を教育の軸にしています(図表2)。また、1年次から始まる地域実習のみならず、地域リサーチ&イノベーションセンター(RIC)に持ち込まれる地域課題の解決に学生が対応するという経験も教育です」と平田氏は話す。地域の資産にアートでスポットを当て、そのための企画・集客・実践・接客等一連のアートマネジメントを行う、そのプロセス自体が学びなのである。RICでは開学以来の3年間で延べ88件もの案件を扱っており、課題解決を通して地域の多様なセクターや大人達との関係性を育み、視野を広げる効果も大きい。また、地域にとっては、1学年80名の学生が地域に頻繁に出入りし、具体的な提案や活動を行うことで生まれる活力は計り知れない。何しろ実習時間は4年間で800時間もあるのだ。


図表2 学びのスタイル

9割以上の第一志望率を実現する入試設計

 CATには全国多様な地域から学生が集い、まず全員寮に入る。「生まれ育った町が寂れていく様子を目の当たりにしてきた人と、高齢化は進んでいるけれど人が減っているわけではない都市で育った人が混ざり合って、それぞれの観点で意見をぶつけ合いながら一緒に暮らす中で、自分とは背景の異なる他者とどう折り合いをつけて良いものを創っていくか、協働の素地を培います」。なお、CATは第一志望9割以上という驚異的な状態を実現しているが、入試に目を向けると、一般選抜でも志望理由書提出が必須となっている。ターゲットとドメインを定め、そのニーズに即して教育コンセプトを磨き上げ、どうしてもここで学びたいという意志がなければ受からない入試を設計する。このブレなさで高校側の信頼を得られているという。

ブレない学びの唯一無二性で全国から人を呼び込む

 平田氏は、「大人の理屈で作ったものは高校生には刺さらない」と断ずる。また、「高校生は点と点が線になっていないし、物事の理解が偏っているものです。その前提で砕いて対話を重ねていかなければ伝わらない」。コンセプトをターゲットにアジャストしていく姿勢が大切なのだ。それは、ターゲットの行動原理や感性をよく知り、届く言葉を選ぶことでもある。CATの強さはこうしたマーケティングと、ターゲットニーズへの徹底した最適化により、偏差値だけでは測れない価値を地域一体となって創出する一連にあるように思われる。学生募集におけるターゲットはニッチかもしれないが、その解像度が非常に高いのだ。その結果、全国的に見ても稀有な学びの魅力で唯一無二性を保持し、競合不在の独壇場を創ることができている。

 但馬の高校生も行ける大学を創ってほしいという地域の要望に対して、「但馬の高校生も行ける大学を創っても但馬の高校生は来ないので、但馬の高校生が憧れる大学を創る」と公言した平田氏。その結果、尖らせたコンセプトは全国のターゲットとステークホルダーの心を確実に捉え、広がりつつある。

(文/鹿島 梓)



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