カレッジマネジメント Vol.238 Oct.-Dec. 2023

2040年への意思決定

編集長・小林浩が語る 特集の見どころ


将来ビジョン策定は学内外に向けた志の共有

社会環境の変化から高等教育の未来を考察
 2012年のカレッジマネジメント175号で、初めて将来予測「2020年その時大学は」を特集した。当時は、18歳人口の減少が想定以上のスピードで進む一方、進行している産業構造や就業構造の変化に関しては、大学の関心が薄いのではないかという思いが背景にあった。政策も、将来の社会を見据えて打ち手が講じられているものの、大学では目先の補助金を当てにした、ある種場当たり的な改革が進められてきた点も否定できず、補助金獲得は「毒まんじゅう」とまで言われていた。そのため、文科省主導により大学が主体的ではない形で改革に追われ、企業ではあまり使われない「改革疲れ」という言葉が蔓延していたように思う。大きな視点で、社会の構造変化を見据えたうえで、各大学の個性や強みを中心に据えた大学改革の必要性を感じていた。それが将来予測の特集を企画した背景にある。それから11年、小誌では数年ごとに2025年、2030年の特集を組み、難しいながらも、敢えて将来予測を交えた大学を取り巻く環境と、そのためにバックキャストで今考えなければならないことを、考察してきた。

2040年に起こる労働供給制約社会に向けた大学の役割

 2040年に向けては、Society5.0、ポストSDGs、シンギュラリティ、Well-being等様々な言葉が躍っている。今回の2040年の特集では、リクルートワークス研究所のリポート『未来予測2040年―労働供給制約社会がやってくる』を起点に、単に18歳人口が減少するから危機だという論点ではなく、来るべきこのような時代に向けて大学はどのように準備することができるのかを考えてみた。併せて、2040年の社会における重要な社会課題として「ダイバーシティ&インクルージョンにおける女性活躍」「日本における都市と地方の格差の拡大」「地球環境の変化」「日本の国際競争力の相対的な低下」について取材し、2040年に向けた大学のあり方についても考えてみた。

難しい将来予測、なぜ将来ビジョンを策定するのか

 1982年に公開された映画『ブレードランナー』は、2019年のロサンゼルスが舞台となっている。そこには、酸性雨が降り注ぎ、車は空を飛んで、生成系AIを使った改造人間は存在するが、われわれみんなが使っているスマートフォンは存在していない。未来を想像するということは、そのくらいに難しいことである。そう考えると、そんな先の将来予測や長期ビジョン等を策定しても意味がない、という声にも一理あるように思える。しかし、2018年のカレッジマネジメント211号の特集「2030年の高等教育」の冒頭に、2040年までの「将来の高等教育マーケット予測」として、将来年表を掲載しているが、18歳人口の減少数が予想を上回って推移している以外には、当時想定した事象自体は大きく修正する必要がない状況である。今回取材した2040年のビジョンを策定した大学は、将来は予測しづらいものの、その社会の姿をイメージしていた。そして、大学の将来に向けた志を明らかにし、目指す方向性を全学で共有していることに意味を置いていることが分かった。こうしたことは、大学経営及びその構成員にとって、少なくない影響があると感じる。

この数年が改革の最後のチャンス

 人口減少が高等教育を取り巻く大きな制約条件であることは間違いない。しかし、18歳人口は、2024年に一時的に大きく減少するものの、その後2029年頃までは多くの地域で横ばいとなる。従ってこの数年にどのような改革を進めるのかが重要なポイントである。2016年~2020年には、定員厳格化の恩恵で一時的に多くの中堅私学の志願者が増加した。この期間に安心してしまって改革が停滞した大学と、将来を見据えて改革を推進した大学では、現在大きく差が開いているように感じる。改革は、文科省に言われたからではなく、大学自らの目的の実現に向けて行うものである。改革を進めている大学は改革を止めるのが怖くなり、改革していない大学は失敗を怖れて改革すること自体が怖くなる。これが5年もすれば大きな差になることは明らかだ。

 ピーター・ドラッカーは、その著書で『すでに起こった未来』という言葉を使っている。将来予測は難しいが、少なくとも人口は18年後まで分かっている。再び、人口減少フェーズに入れば、改革成功の難易度は格段に高くなる。ここ数年が、将来に向けた改革の最後のチャンスといえるのではないか。

リクルート進学総研所長・リクルート『カレッジマネジメント』編集長 小林 浩

<第1特集>
2040年への意思決定
市場分析

2040年の労働力を俯瞰する─ Works未来予測2040より

2040年 4つの課題と大学の可能性
theme01 労働市場におけるジェンダー不均衡

理系分野での女性の活躍機会を増やす

インタビュー
河野銀子 九州大学男女共同参画推進室 教授
女性の数という「景色」だけでなく「組織」「知識」も変えていく取り組みを

事例 芝浦工業大学
「2027年に女子学生比率30%」を掲げ、広く社会で活躍する工学系女子を輩出する

theme02 地方の衰退

地域イノベーション・エコシステムの形成

インタビュー
木村雅和 静岡理工科大学学長 静岡大学電子工学研究所所長
地域イノベーション・エコシステムへ大学が貢献するための道筋

事例 岐阜大学 東海国立大学機構 航空宇宙生産技術開発センター
航空宇宙産業の「生産技術」に焦点を当てた産学官金の地域エコシステム形成

theme03 地球環境の危機

脱炭素経営とグリーン人材育成

寄稿
藤野純一 公益財団法人地球環境戦略研究機関上席研究員
脱炭素経営の必要性とその背景について

事例 龍谷大学
協働・共創を軸に新たな地域創りを志向する人材育成

theme04 日本の国際競争力低下

多様な研究大学群の形成

寄稿
馬場大輔 文部科学省 研究振興局 大学研究基盤整備課 大学研究力強化室長
大学ファンドを通じた世界最高水準の研究大学の実現 ―多様で厚みのある研究大学群の形成に向けて―

事例 近畿大学
独自の研究力を背景に企業・地域との連携を幅広く展開

2040年に向けた長期ビジョンを明確にする大学

産業医科大学
夢のある長期ビジョンで2040年問題に挑み、全学で明るい未来を創造する

神戸学院大学
法人130周年、大学75周年に向けて「志」を明確化

Talk 対談

2040年に向けた大学経営の描き方 未来予測を学園構想にどう活かすのか
花嶋 とみ子 神奈川大学 事務局長
小野 宏 関西学院大学 常任理事・総合企画部長

編集長の視点

将来ビジョン策定は学内外に向けた志の共有