入試は社会へのメッセージ[8]2021年度入試改革のその後/早稲田大学 政治経済学部


早稲田大学 政治経済学部 学部広報担当 准教授 玉置氏、学部広報副担当 准教授 安達氏


 早稲田大学政治経済学部では、2021年度一般選抜で大きな入試改革を行った。その内容と成果について、学部広報担当の玉置 健一郎准教授、同副担当の安達 剛准教授にお話を伺った。

学問としてあるべき姿への教育改革が起点となった入試改革

 「早稲田の政経が数学必須化」。2021年度入試に関する記者会見を経て、メディアではこうした文言が多く見られた。当時の入試改革の概観は図に示す通りである。こうした改革に踏み切った背景にはどのような課題意識があったのか。

 まず、玉置氏は国立大学を第一志望とする層の多さに言及する。「本学への志望意欲が低く、国立大学が不合格で、滑り止めのなかで偏差値が高いことを理由に本学に進学する学生が多かったのです」。ミスマッチ故に大学に対するロイヤリティが低いうえ、学問そのものに対する学修意欲も高くない。大学もそうした学生に対応していないのが実態だった。しかし、「本来は本学できちんと学びたい学生に来てほしい。大学としても意欲に応える教育体制を整えるべきだ、という議論が始まったのです」。

 こうした背景からカリキュラム改革が始まったのは2019年。「現在、本学部のカリキュラムは国際的に見てもかなり先進的な内容になっています」と安達氏は述べる。政治経済学術院の将来構想によると、新カリキュラムの骨子の第一は、「基本理念であるPhilosophy, Politics, and Economics(PPE)に立ち返り、学科の違いを超えて、全学生に公共哲学・政治学・経済学の基礎を履修させ、その後学科ごとに特徴あるカリキュラムを提供する」とある。まず3学科共通必修科目を設定(政治学基礎科目、経済学基礎科目、公共哲学、統計学等)し、その後各専門科目を積み上げる形のカリキュラムに大きく変更した。「経済学は本来、方法論を学修してからでないと先端研究に進めない学問なのですが、多くの大学では学生の自主性に任せた自由履修スタイルが主流です。本学部では本来あるべき学修成果に照らし、段階的に構造化した教育体系を再構築しました」と安達氏は補足する。


図 2021年度一般選抜入試改革の概要(3学科共通)


カレッジレディネスを忠実に踏まえた選抜方法への変更

 新カリキュラムに必要な素養を踏まえ、数学を入試で必須の評価対象とした。玉置氏は「通常、私大文系専願の学生は、数学を高2までしか履修してきていません。それ以降一切数学に触れない状態で入学してくる。しかし、本学部は政治経済学部である以上、政治と経済を両方押さえる必要があり、論理的思考力と最低限の数学的スキルは必要です。素地がゼロでは教育して社会に送り出すのが非常に厳しい」とその狙いを述べる。ただし、前述した通り国立志望層が多い学部の特性上、既存の入試制度でも数学受験者は多かった。どちらかというと、政治経済学部によりフィットする形で選抜を行うカレッジレディネスの意味合いと、それを世間にブランド認知させる意味合いが強いのだ。なお、政治学と経済学で必要な数学のレベルは異なるそうだが、「政治経済学部としては政治と経済で入試を変えたくなかった」と玉置氏は話す。学部として1つの入試制度に集約するために、数学Ⅰ・Aを最大公約数的に位置づけた。

 まとめると、入試改革の目的は、「政治経済分野に強い関心を持つ高校生を集めること」「新カリキュラムの教育効果を高めること」だという。入試改革は単なる科目変更ではなく、新カリキュラムに適合する意欲的な学生を選抜するための仕組みというわけだ。

トップ層が多様化し、カリキュラムに整合する層が相対的に増加

 では、入試改革の現状の成果はどうなっているのか。

 まず志願者数は、改革前の2020年度一般選抜では5584名だったのに対し、2023年度は2866名とほぼ半減した。これについて安達氏は「記念受験が減った感覚」と述べる。では、当初の2つの目的に照らし、質の変化はどうか。玉置氏によると、出願時に提出する評定平均は5段階評価のA評価(4.3~5.0)の割合が、5年前と比較すると志願者(32.8%→ 45.1%)でも入学者(40.7%→ 51.6%)でも増加している。「記念受験が減り、実際に入学層の成績も大幅に上がっていると認識しています」。ただし、もともと国立志望層が多かったこともあり、数学必須化のインパクトは世間が思うほどではなさそうだ。安達氏は、「受験層がものすごく変わったわけではなく、今まで通りの学生が入っている。ただ、トップ層の質が多様化した印象です」と述べる。もともと多くなかった私大専願層がさらに受験しづらくなったことで、相対的にカリキュラムにマッチする質の学生が増えたと見る。なお、附属校では数学Ⅲまで学んでくる生徒が大半だという。様々な水準の数学力を持つ学生が入学してくるわけだが、入学後は共通基盤教育を担当するグローバルエデュケーションセンターの授業や、数学系のLAによるサポート等でレベルに応じたサポートを行っている。

 なお、一般選抜において課すハードルは数学Ⅰ・Aだが、実際は数学Ⅱ・Bの受験率が92%余り。ただし、比較可能なデータはないが、改革前から、激増したとは考えていない。大きく変化したのは学内併願だ。「理工系学部との併願数が増えてきています」と玉置氏は言う。また、共通テストの科目選択において、理科2科目を受験している層が毎年1%程度徐々に増えている(現在入学者で約14%)ことからも、入試改革は理系学生の獲得に一定寄与していると言えそうだ。理系学生を獲得できていることは、新カリキュラムとの整合としても大きいという。

 ほかにも、データ上では志願者の女子比率が向上し、首都圏外の入学者が増加した。確実に変化は起こっているものの、それを大学教育等に活用するには時期尚早と見る。「近年はコロナ等影響要因が多すぎて、同じ状況でない比較をすることは妥当ではありません」と安達氏はその意図を説明する。状況が平準化し、パラメータを変えて比較できる状態になって初めて、検証が可能というわけだ。

 改めて、今回の入試改革は教育改革と連動したものである点に意義が大きい。即ち、時代に応じた教育を志向し、あるいは本来あるべき姿の教育を考えた時に必要な人材を再定義し、そこに忠実に評価方法を再考した。起点が教育にあるからこそ、本質的な改革に踏み込めたと言えるのではないだろうか。



(文/鹿島 梓)


【印刷用記事】
入試は社会へのメッセージ[8]2021年度入試改革のその後/早稲田大学 政治経済学部