DXによる新たな価値創出[7]DX人材育成を競合優位性として推進/東京医療保健大学


、医療情報学科兼総合研究所副所長 今泉教授、同学科学長戦略本部教学マネジメント・DX推進PTリーダ-瀬戸教授、医療栄養学科 齋藤准教授、企画部部長代理・学修基盤推進室 水野氏


 東京医療保健大学(以下、THCU)は2021年度文部科学省「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する高度専門人材育成事業」に「ヘルスケア産業のイノベーションを加速しwell‐beingに貢献するデジタル人材の育成」が採択された。その趣旨について、医療情報学科兼総合研究所副所長の今泉一哉教授、同学科学長戦略本部で教学マネジメント・DX推進PTリーダ-の瀬戸僚馬教授、医療栄養学科の齋藤 さな恵准教授、企画部部長代理・学修基盤推進室の水野義樹氏にお話を伺った。

教育価値を高める経営戦略としてのDX

 THCUは、学修成果の可視化や学修者本位の教育実現のためにデジタルを利活用する大学を選定する「デジタルを活用した大学高専教育高度化プラン」(plus-DX)にも2020年度採択されており、2年連続でデジタル関係の約1億円規模の補助金を獲得したことになる。では、大学としてデジタルに注力するのはなぜなのか。

 今泉氏は、「本学が『多様な価値観を尊重し、一歩先を歩み続ける開かれた大学』を目指して策定した大学ビジョンには、『DXを取り入れ、教育・研究・学生支援・学内業務を大胆に改革し、デジタル社会を先導するスマートキャンパスを目指す』と明記されています。その意味するところは、本学は2005年設立の新設大学ですから、ブランド力の高い伝統校と同じことをやっても仕方ない、大手がやっていないようなことに振りきって独自性を作っていく必要があるということです」と話す。つまり、教育価値を高めるという目的のほかに、経営戦略的にデジタル注力というスタンスをとっているのだ。背景には、2018年頃、補助金申請の際に外部資金獲得状況を分析すると、外部資金比率が非常に低かったことがあるという。「産学連携や共同研究等、社会への価値還元のスキームが属人的であり、事業申請等をするときに点数化ができない状態でした。これはまずい、と」(今泉氏)。そこで、学内の部署を横断的に活動できる産学連携の主体として、学外企業とも連携し、「総合研究所」を活用することにしたのだという。その直後にコロナ禍となり、デジタル化を加速させる役割も担うことになる。「活動主体を置くことで横断・協働がしやすくなったのは間違いない」と今泉氏は当時を回顧する。「教員同士の協働が推進されただけでなく、総研を核として、教員と事務局で協働しやすくなりました」と水野氏も述べる。今回の事業採択においても、理念を中心に設計するのが今泉氏、ロジックを組むのが瀬戸氏、アイデアを付与するのが齋藤氏、組織内の合意形成や細部設計を担当するのが水野氏という役割分担で、チームで取り組んでいるという。

デジタルを活用できる食・栄養の専門人材育成


図表 ヘルスケア産業のイノベーションを加速しwell-beingに貢献するデジタル人材の育成


 図に示す通り、採択事業では ①食・栄養DX ②ヘルスデータサイエンス の2領域におけるデジタル人材の育成を掲げている。担当するのは①が医療栄養学科、②が医療情報学科だ。「本学で5つある看護学科とは別に、医療情報学科と医療栄養学科は就職先が必ずしも病院ではなく、企業や事業所等幅広い。産業DXでは大学として各産業のデジタル課題に即した人材育成・輩出を行うという趣旨からして、本学は医療系大学としてヘルスケア産業の課題解決のための教育改革を行っていると言えます」と瀬戸氏は説明する。改革支援として支給された補助金を用いて新たな教育を行っている。

 ではまず、①医療栄養学科の取り組みを見ていこう。栄養指導が専門の齋藤氏はまず、栄養教育における課題を挙げる。「医療栄養学科の臨地実習は4週間と短く、栄養指導を含めて実際に患者さんと触れ合う機会は非常に限られています。学内での演習を通して、実際の医療現場で行われる専門業務をもっとリアリティをもって学生に体験させてあげられないかと考えました」。元々、医療面接に対応できるよう訓練を受けた模擬患者に対する栄養指導の演習を取り入れていたが、よりリアルな雰囲気で演習できるよう栄養相談室を拡充し、ロールプレイの様子を中継してほかの学生・教員が観察できる教室も設置した。この教室を活用することで情報通信機器等を用いた遠隔栄養指導に学生が触れておくことも可能になった。

 また、食育にも積極的に取り組みたいという。「都内では幼児期や学童期において農業に触れる機会がさほど多くありません。一方でフードロスの問題もある。こうした状況に、本学も何かできないかと思うのです」。最近では、稲の種蒔きと発芽までを世田谷区内のこども園で園児と行い、その後群馬県の協力企業の圃場で育ててもらい、その様子をデジタル記録や動画で観察し、最終的には収穫した米を再度こども園で園児と一緒におにぎりを作るといった食育にも取り組んでいる。「デジタルデータを用いることで、栽培工程の全てに関わらなくても、都心部のような環境下において栽培を通じた食育が可能になりました」。一方で継承者不足に苦しむ農業にとっても、デジタルは事業共有等にも用いることができるというわけだ。


画像 食・栄養DX、ヘルスデータサイエンス、食育の様子


ヘルスケア産業のDXを加速するデータサイエンス人材

 次に、医療情報学科の取り組みを見ていこう。ヘルスケア産業で大量に存在するデータを処理・分析・解析し、新たな価値創出を担う人材育成がその中心軸だ。産業側としてはビッグデータ解析や画像解析、IoTやAIの活用といった様々なデジタル技術によるアプローチと、その技術を用いることができ、かつ医療の専門性も備えた人材が必要とされている。

 そんななかでもTHCUが特に拘るのは、診療情報・医用画像等について、実習用に用意されたデータではなく、生データであるリアルワールドデータ(RWD)を用いることだという。「ただの数字の羅列ではなく、実際の臨床データを用いることで、現場の状況を慮ることができます。学生にはただデータを扱えるようになるだけではなく、医療のリアリティにデータからアプローチできるようになってほしい」と今泉氏はその意図を述べる。医療においてRWDを扱うことは決して容易ではないというが、総合研究所で連携している株式会社TISが健康産業領域でビジネス展開する会社であることがここでも活きている。間に立って調整を行ったのは瀬戸氏である。「データ分析自体においては、統計学やExcelのスキル等が必要です。そうしたテクニカルスキルはもちろん大事ですが、それよりもレセプトのデータを分析するときの切り口や、現場の観点からするとどう解釈できるかといったことを、データをもとに議論する場があることが大事だと思います」(瀬戸氏)。データはアプローチの一つであって、目的ではない。技術ありきの教育を新たに作るのではなく、もともとの教育にデータを組み入れることで、課題解決の解像度が上がっていくのである。

建学の精神に基づく大学としての改革筋

 最後に、こうした迅速な改革が可能な理由について、特に複数の事業採択を可能としている点について、大学としての独自性構築が起点である点のほかにどのようなポイントがあるのかを聞いた。

 今泉氏は、「補助金事業の趣旨と求められていることをしっかりと読み解き、大学として目指す方向性と補助金事業のクロスするところを探す」と言う。補助金事業が目指す国としての方向性を理解したうえで、大学としてその方策を目指すことに学内のコンセンサスを得るには、「国が言っているから」だけでは足りず、ある種の正当性が必要になる。そうしたときに有効なのが、建学の精神を文脈に応じて解釈することだ。そこに整合すれば、大学としての方策と国の方向性がクロスし、経済的援助や社会的意義を得られた状態で改革を推進できるというわけだ。国の方策ありきなのではなく、あくまで大学としての改革筋ありきなのである(※)。

 本事業でTHCUが目指しているのは、産業界と連携したDXプロセス体験により、デジタル技術と医療産業に応用するデジタルマインドを醸成すること。そして、それが大学としての独自性になるという共通の像を掲げているからこその事業採択なのである。「社会ニーズがあり、競合が少なくて、建学の精神と整合するテーマを選ぶのが推進力のコツだと思います」と今泉氏は話した。



  • 2023年度文部科学省「大学・高専機能強化支援事業」にも採択。医療保健学部・医療情報学科を再編し、⼯学を含めた複合領域として、新たに健康デジタル学科(仮)の開設を構想中。


(文/鹿島 梓)


【印刷用記事】
DXによる新たな価値創出[7]DX人材育成を競合優位性として推進/東京医療保健大学