2040年の労働力を俯瞰する― Works未来予測2040より


リクルートワークス研究所 主任研究員 古屋星斗氏


 着実に進行する少子高齢化の先にあるのは日本社会のどのような姿なのだろうか。ほどなく訪れる危機の実像とその有効な解決策について、リクルートワークス研究所『未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる』をベースに、同研究所の古屋星斗氏に話を聞いた。


図表1 15~64歳人口と65歳以上人口及び18歳人口の推移



タイトル 人口動態は?


 「人」と「組織」に関する研究機関であるリクルートワークス研究所は、2023年3月、2040年の日本社会をシミュレーションした『未来予測2040労働供給制約社会がやってくる』を発表した。その内容は、少子高齢化による人口減少が続くなか、2023年の現在から17年後の2040年には、社会的な需要に対して労働力の供給が明白に不足する「労働供給制約社会」が訪れるというもの。「Works未来予測20XX」プロジェクトのプロジェクトリーダーを務める主任研究員の古屋星斗氏は次のように説明する。

 「単に企業・産業の立場から見た人手不足という問題ではなく、私達の生活を維持するために必要な労働力が足りなくなるということです。具体的には、輸送・機械運転・運搬、建設、生産工程、商品販売、介護サービス、接客給仕・飲食物調理、保健医療専門職といった領域で、現在私達が享受しているサービスを支える労働力が明らかに不足することが予測されます」。

 図表1は今後の人口動態の予測だ。上記サービスを担う労働力のボリュームゾーンである15~64歳の生産年齢人口は、2040年には現在から1100万人減少する。このような「高齢者世代の人口が漸増し、生産年齢人口が急激に減少していく未来」については、既に認識している読者も多いだろう。図表2は、図表1 の予測を踏まえて推計した労働需給のシミュレーション。ここに示された通り、人口が減少するなかでも労働需要は減少しないと予測される。その大きな要因は、上記生活サービスへの依存度が高い高齢者世代が減少しないことにある。そのため、15~64歳の人口減少が労働需給にも直接影響し、2040年には1100万人の供給不足が起きるという。


図表2 労働需給シミュレーション/ 2040年には1100万人の供給不足



タイトル 労働力需給はどうなる?


 ドライバー不足で荷物の配達ができない地域が生じる、遅配が頻発する、災害で損傷した道路等のインフラがいつまでも復旧されない、工場の人員不足で生産が需要に追いつかず生活用品等の品不足が起きる、救急車を呼んでも受け入れてくれる病院がない、高齢者が必要な介護サービスを受けることができない…。

 もし、現状のまま何も有効な手が打たれなかったとしたら、これらの事態は全て現実のものとなっていく。私達が今まで当たり前に享受してきた日常生活を送ることができなくなってしまうということだ。

 「物流や介護、建設等の分野では現在でも人手不足。ギリギリでサービスを維持している状況です。一方で人口動態を見ると、日本の生産年齢人口の人口全体に占める割合は、1990年代から25年程度かけて、70%から60%に低下しました。現在は横這いの状況ですが、2025年から10年間かけて50%前後に低下して二番底を迎えます。このように生産年齢人口が全体の50%になるという事態を今まで人類は経験したことがありません。そうなったときに、前述のような生活維持サービスはどうなってしまうのか。これは極めて深刻な問題だと言わざるをえません」。

 では、生活維持サービスに関わる7職種と事務・技術職について、2040年までの労働力の需給バランスがどのように推移していくのかを見ていこう。「輸送・機械運転・運搬」「建設」「生産工程」「商品販売」「介護サービス」「接客給仕・飲食物調理」「保健医療専門職」の生活維持サービス7分類に「事務、技術者、専門職」を加えた計8分類のシミュレーション結果を示したのが図表3だ。

 供給が需要に追いつかず、徐々に不足率が拡大していくのは全ての職種に共通しているが、2040年時点での不足率の大きさには職種ごとに違いが見られる。

 「輸送・機械運転・運搬」職種では、需要は2040年まで横這いの状況が続く一方で、供給は右肩下がりに減少していく。2030年時点でも需要409.0万人に対して供給371.1万人となる予測だが、2040年には需要413.2万人に対して供給は313.4万人。不足率は24.2%に達する。

 「建設」職種では、需要は漸増を続け、2040年には298.9万人に達する一方、供給は加速度的に減少を続け、2040年には233.2万人。不足率は22.0%と予測されている。

 工場労働者等の「生産工程」職種に関しては、2023年現在から3年間は供給が需要を上回るが、2027年を境に供給不足が始まる。需要がほぼ横這いのなか、供給は下がり続け、2040年には需要845.0万人、供給732.6万人で不足率は13.3%となる。

 「商品販売」職種では、需要は横這いで、2040年には438.5万人が必要とされるが、供給は329.7万人にまで減少。108.9万人の供給不足で、不足率は24.8%となる。

 「介護サービス」職種は、高齢化を背景として今後も需要が伸び続けるのが大きな特徴。2030年の需要は現在から10万人以上多い199.0万人に、2040年には229.7万人に達する。供給減少のペースは他職種ほど激しくはないものの、不足率は25.3%に達してしまう。

 「接客給仕・飲食物調理」職種では、需要は漸増を続け、2040年時点で、374.8万人が必要とされるのに対し、供給は318.1万人。不足率は15.1%だ。

 「保健医療専門職」も、介護サービスと同様、今後も需要が増え続ける。2040年時点の需要467.6万人に対して、供給は386.0万人。不足率は17.5%となる。

 なお、「事務、技術者、専門職」でも供給不足は起きるが2040年時点の不足率は6.8%にとどまる。これと比較すると、前述の生活維持サービス7分類の不足率がいかに高いかが分かる。特に深刻なのが、「介護サービス」「商品販売」「輸送・機械運転・運搬」だ。


図表3 職種別シミュレーション



タイトル 地域ごとの違いは?


 ここまで説明してきた労働供給制約社会を都道府県別に分析すると、どのような傾向が見えてくるだろうか。

 地方経済の衰退は既に始まっており、生産労働人口の減少も地方ほど激しい。ただし、地域ごとに産業構造は異なり、2040年の労働力需給に関してもきめ細かく見ていく必要がある。

 図表4は、全都道府県の2030年と2040年の労働需給ギャップと不足率のシミュレーションだ。2030年に不足率が10%を超えているのは福島県、新潟県、京都府、兵庫県、徳島県、愛媛県の6府県で、15%を超えている府県はないが、2040年には34道府県が不足率10%を超え、北海道、山形県、茨城県、新潟県、長野県、京都府、徳島県、愛媛県の8道府県で30%を超えている。一方、富山県2.1%、和歌山県2.2%、島根県0.9%、香川県1.6%のように地方でも2040年時点での不足率が極めて低い県もある。

 特異なのは東京都で、2030年、2040年と労働需給ギャップのプラス幅、不足率のマイナス幅が拡大を続けている。

 この一連のシミュレーション結果はどのように解釈すればいいのだろうか。

 『未来予測2040』では、2040年までに東京都を除く各道府県がたどる道のりを4つのパターンに分類している。

  • 2030年・2040年を通じて不足率が高く、早い段階から供給不足が顕在化し継続する地域
  •  新潟県、京都府、愛媛県、徳島県等がこれに該当する。いずれも直近の2020年代から生活維持サービスの担い手不足が始まり、2030年には不足率が10%を、2040年には30%を超えている。早い段階で問題が顕在化し、年々深刻度が増幅していくのが特徴だ。

  • 2030年は比較的足りているが、2030年から2040年にかけて急速に供給不足が顕在化する地域
  •  北海道、宮城県、埼玉県、岡山県等がこれに該当する。2030年までの不足率はそこまで高くはないが、2030年代に急速に不足率が高まる。2040年代の不足率は20~30%で、一気に深刻なレベルに到達する。

  • 2030年はやや不足しているが、 2030年から2040年にかけてその状態を維持する地域
  •  福島県、兵庫県、奈良県、宮崎県等がこれに該当する。2030年の段階で不足率10%と比較的高い水準に達しているが、その後の不足率の拡大はそれほど大きくはなく、2030年の供給不足が2040年にも維持される。労働力人口の減少、流出に伴う産業構造の変化がその要因で、労働力需要が縮小し続けるため、人口減のなかでも結果として不足率のバランスがとれてしまうパターンだ。

  • 2030年・2040年を通じて比較的不足率が低く推移する地域
  •  島根県、香川県、富山県、和歌山県等がこれに該当する。2030年、2040年と不足率は数%にとどまる。この数字は決して楽観できるものではなく、需要の縮小が既に始まっているため、労働力人口が減少するなかでも需給バランスが均衡を保ち続けているに過ぎない。

     「このように道府県ごとに傾向に違いはあるものの、東京都を含む首都圏、大阪府以外の地域は深刻な状況に陥ることが予測されます。地方の中小企業は原材料高等の経営環境の変化に加え、事業継続のために売上をあげ利益を確保するために必要な働き手の数が獲得できず、“人手不足倒産”の問題に直面しています。東京都は生産年齢人口の流入が続けば比較的この問題は生じづらいですが、それでも決して人が余るわけではありません。日本全体で働き手が不足するのです。ただ、多くの地方の労働需給ギャップは特に深刻で、2040年に向けて不足率のマイナスが拡大していくことが想定されます。労働供給制約の社会課題は地方発の大きな課題なのです。

     このように地方の危機とも結びついた労働供給制約社会を我々が乗り越えていくためには、どのような打ち手があるのだろうか。


図表4 都道府県別シミュレーション



タイトル 問題解決の方向性


【1】徹底した機械化・自動化による省力化の推進が重要に

 労働供給制約社会が訪れるなか、『未来予測2040』では四つの解決策を提示している。

 その一つが「徹底的な機械化・自動化」だ。AIやロボットをはじめとする省力化テクノロジーの研究開発・導入を進め、少ない人員でも多くのタスクを処理できるようにすることは、労働供給制約という問題に対する分かりやすい解の一つと言えるだろう。

 「私は、今後の日本の真の成長産業は省力化産業だと考えています。グローバルでもイノベーションを起こせる可能性が高いです。なぜならば、省力化を必要とする働き手が決定的に足りない現場が、労働供給制約の日本だからこそ圧倒的に増えていくからです。最新の技術が実装されることで、現場の問題を解決する。テクノロジーを生活維持サービスに実装していく省力化産業が、日本の強みのある分野になるでしょう」。

 一時期、AI・ロボットに人間の仕事が奪われるという議論が巻き起こったが、古屋氏は仕事がまるごとAI・ロボットに代替されることはほとんどないだろうと語る。

 「どのような仕事でも一つのタスクだけで成り立っているわけではありません。多くの仕事はいくつものタスクの組み合せです。AI・ロボットで代替されるのは一部のタスクに過ぎません。働く人達は他のタスクに時間と労力をかけられるようになりますし、人間にしかできない新しいタスクが生まれる可能性もあります。つまり、省力化テクノロジーの導入によって、仕事がなくなるのではなく、働き方が変わるのだと考えればいいのです」。

 人手不足が顕在化しつつある生活維持サービス産業では機械化・自動化に向けた研究開発が既に進んでいる。『未来予測2040』では、運輸、建設、介護、医療、販売、接客の6分野に関して次のような未来像を提示している。

運輸:幹線輸送では、隊列走行や自動運転の実用化が進む。ドライバーは運転業務から解放され、車内で運送計画を立てる等別の作業ができるようになる。支線配送では、大規模マンションやオフィスビル等で部分的に自動配送ロボットが導入される。過疎地の配達に関してはドローンの導入が進み、人は監視業務がメインに。倉庫等の物流拠点は既に機械化・自動化が進んでおり、2040年ごろには業務の6~7割が自動化している可能性もある。

建設:土木に関しては、自動化施工技術の進展で、1人の作業員が複数台の重機を操作できるようになる。建築工事は完全な自動化は難しいが、搬送ロボットや溶接ロボット、鉄筋結束ロボット等の導入により、作業員の負荷や人数を減らすことが可能になる。

介護:介護記録業務はアプリによる自動記録が可能に。見守り・巡回業務も各種センサー等を活用したデジタル化が進む。直接介助の負担もロボットスーツや移乗サポートロボットにより減少。介護職員は利用者とのコミュニケーションにより多くの時間を割けるようになる。

医療:今まで看護師が担っていた患者への入院説明や病院内の誘導、ストレッチャーでの搬送等はロボットで代替可能に。AI問診や、会議、カンファレンスのオンライン化等で事務仕事の効率化も進む。看護師は患者の全身状態の観察や評価を行う時間が増え、医療の質が高まる。

販売:レジにおける会計業務は自動化が進む。商品の陳列・補充は完全な自動化は難しいが、人とロボットの協働が広がる。在庫管理等もデジタル化で効率化される。

接客:ホテルやお店の予約やチェックイン・アウト、席への案内、会計等は早期にセルフ化、自動化が進む。配膳・下膳についても非接触型の配膳ロボットの導入が飲食チェーン店で既に進んでおり、今後も加速していく。

【2】本業以外の「ワーキッシュアクト」が人々の困りごとを解消する

 「ワーキッシュアクト」とは、「Work-ish:何か社会に対して機能・作用をしているっぽい」「act:(本業の仕事以外の)様々な活動」を組み合せたワークス研究所による造語だ。今後の社会では、人は本業だけでなく、日常生活や趣味等の様々な場面で、社会に貢献できるという考え方を意味し、その普及・拡大が期待される。

 具体的には、スマホの位置情報ゲームを楽しみながら地域のインフラ点検に貢献する、旅行先で人手不足のなかでの農作物の収穫等誰かの困りごとをアクティビティとして楽しむ、ランニングやウォーキングをしながら地域を見守る防犯パトロールを行うといったことだ。

 ワーキッシュアクトは、これまでは「慈善活動」や「ボランティア」「コミュニティー活動」「副業」「趣味」「娯楽」と呼ばれてきた活動のなかで、結果として誰かの困りごとを助けているものの集合体と定義される。

 この際に重要なのは、娯楽や趣味などの本業以外の活動を、社会の誰かの助けにするためのプラットフォームづくりで、そうした仕組みや仕掛けをつくる人材へのニーズが高まるだろう。先述した「ランニングが防犯パトロールになる取り組み」では、参加している人はジムのルームランナーで走っているのと運動量自体は変わらない。しかし、「少し派手な揃いのTシャツを着て走る」という仕組みが編み出されたことで、同じ人間の活動が誰かを助けるものに転換されたのだ。ワークス研究所の調査では、現在何らかのワーキッシュアクトを実施している人は25.6%に上る。

【3】シニアの「小さな活動」をいかに拡大していけるか

 今後も高齢化が進んでいくなかで、一層重要になるのがシニアの活動だ。「人生100年時代」と言われ、既に定年後も働き続けることが一般的になりつつあるが、そうはいっても、シニアの誰もが現役時代と同じように負荷の高い仕事に取り組むというのは現実的ではない。

 そこで、『未来予測2040』では、シニアの「小さな活動」に注目している。具体的には預かり保育、パソコン教室の運営、機械部品の検査、介護施設の送迎、学童のティーチングアドバイザー等の「小さな仕事」と、小学生の通学案内、貸農園における野菜の栽培、高齢者の安否確認コーディネーター、趣味関連の動画の作成・配信等の「ワーキッシュアクト」がこれに該当する。

 こうした小さな仕事、小さな活動に携わるシニアは幸福度や生活満足度が高くなることも分かっている。外に出て体を動かすため、地域の人とつながりを作るためといった動機から、年齢や体力に応じた小さな活動に取り組むシニアが増えれば、労働供給制約という問題の解決策の一つになる。

【4】企業における業務のムダの削減は待ったなしの急務

 企業内では、今でもムダな業務が数多く行われている。経営者や就業者もムダを認識しているにも拘わらず、そのまま行われている業務も多い。このムダをどれだけ削減できるかは、労働供給制約社会において大きなテーマだ。

 『未来予測2040』では、経営者、組織長、就業者それぞれにムダがよくある業務についてヒアリングしている。経営者が挙げる上位2業務は「システムがない・古いことで、紙でやらざるを得ない業務・作業」「不必要に細かすぎたり、必要以上に高い品質を要求されたりする業務・作業」。組織長では「自分は必要性を感じないが、上司や関係者が必要だと言うので実施している業務・作業」「簡単な方法があるのに、わざわざ面倒だったり時間がかかる方法でやっている業務・作業」、就業者では、「システムがない・古いことで、紙でやらざるを得ない業務・作業」「簡単な方法があるのに、わざわざ面倒だったり時間がかかる方法でやっている業務・作業」が上位に挙がった。

 また、生活者への調査では、企業が良かれと思って提供しているサービスを不要とする意見もあったという。

 画期的なテクノロジーがなくても削減できるムダはいくらでもある。「今までこのようにやってきたから」というだけで続けられているムダな業務に関しては、徹底的な見直しが求められる。現在もムダな会議の削減等に取り組んでいる企業は増えているが、一層の取り組みが急務だ。


タイトル 大学の役割は?


国や地域の未来に対してグランドデザインを描く

 ここまで、来るべき労働供給制約社会の実像とその解決につながるソリューションについて論じてきた。

 では、大学をはじめとする高等教育機関はこの問題解決に関してどのような貢献ができるのだろうか。

 現在のわが国にまず必要なのは、今後私達がどのような社会を目指すのかについてのグランドデザインを描くことであり、それをセクターを越えて共有すること。大学等の高等教育機関にできることの一つはこのグランドデザイン設計に貢献することだ。

 「労働供給制約は少子高齢化、人口減少に起因する構造的な問題です。例えば、介護業界の人手不足を介護業界だけで考えていても全体の問題解決にはつながりません。各業界がおのおの手を打って仮にうまくいったとしても、人の奪い合いにしかならないからです。ですから全体で総人口がどのくらいで、どの水準の生活維持サービスが提供される社会を目指すのかをグランドデザインとして共有し、そのための打ち手をセクター横断で考え、実行していく必要があります。もはや行き当たりばったりの施策では問題解決は望めませんし、業界や地域ごとに足の引っ張り合いをしている場合でもないのです」。

 このようなグランドデザインを描くには、政治や経済についてはもちろんのこと、歴史や文化、あるいは自然科学等も含めた広範な専門性が求められる。多様な研究者を揃える大学は、総合的な研究機関として日本全体の未来に関するグランドデザインを描くことに貢献できるはずだ。また、地方の大学は、地元経済界との連携を深めつつ、地域で今何が起こりつつあるか、その解決のためには何ができるかといった観点から、地域ごとのグランドデザイン設計に寄与しうるだろう。

企業とのコラボレーションで仕事の現場での学びを強化

 では、教育機関としての大学に求められるものは何だろうか。古屋氏は現場での学びの重要性を説く。

 「機械化・自動化による省力化は、単なるDX、単なるIoT、単なる生成AI導入だけでは実現できません。まず現場を知ることによって、現場で起きている課題を把握・分析し、それを解決できるテクノロジーを当てはめていくというプロセスが必要になるのです」。

 技術ありきで問題解決を図ろうとしても、現場が抱える課題に適切にアジャストできるとは限らない。現場の課題や必要性から入ることが何より重要であり、そのためには、介護にせよ、物流にせよ、現場のことをよく理解していて、最新のテクノロジーにも精通している人材が求められる。しかし、現状そのような人材の育成は高等教育機関ではなく、企業が担っていると古屋氏は指摘する。

 「今や企業経営において、ヒト・モノ・カネのうち、ヒトのプライオリティが圧倒的に高くなっており、企業間で“人を活かす”という観点での、人材の採用・育成に関する競争が激しくなっています。出前授業や現場の課題を体感できる長期インターンシップ等に積極的に取り組む企業も増えています。また、自律型の人材を育てることを目指し、新卒者だけの横のつながりによるラーニング・コモンズを設ける企業等も出てきています。こうした企業のマインドを教育機関が取り入れられているかというと、もちろん進んではいるものの、まだ十分ではありません」。

 大学、専門学校だけではない。高校も含めて、社会に出る前に、将来自分が働きたいと考えている仕事の現場を経験できる教育プログラムを積極的に導入・拡大していくことが、労働供給制約社会で機械化・自動化や業務の改善に取り組むことができる人材育成につながっていく。

「問い」から始まる学びをいかにデザインするか

 もちろん、学生時代に企業の現場を体験したとしても、学生がすぐに現場の事情に精通し、的確に課題を捉えることは難しいだろう。しかし、古屋氏は現場で仕事を経験することを通じて、自分なりの「問い」を立てることが、その後の学習を進めるうえで何より重要だという。

 「仕事をしてみて、初めて学習の意味が分かります。まず現場を経験し、そこで自分なりの問いを立ててからのほうが、圧倒的に学習効率が高い。ですから、インターンシップ等で現場を早いタイミングで経験・体感したほうが良いですし、企業と連携したPBL等も早期に取り組むことが重要でしょう。高校時代からそのような機会を設けても決して早すぎることはないと思います。答えは問いの関数であり、問いは現場にあります。現場で問いを得たら、学ぶことでその問いの質を高め、さらに自分が働きたい仕事の現場で何が必要とされるかを意識してゴールテープを貼る。それを目指して学習を積み重ねるといった教育体系が、今後の高等教育機関では重要になるのではないでしょうか」。

 ヒトのプライオリティが圧倒的に高くなる労働供給制約社会においては、人材を供給する教育機関としての機能をより高めていかなければならない。地域の大学は、地域の企業が何に困っているか、生活維持サービスの人手が不足するなかでどうすれば地域の社会を成立させられるのかを考え、そこに貢献する人材を育て、輩出することが重要な役割になっていくと古屋氏は言う。

 また、前述のように現場とテクノロジーをつなぐソリューションを発想するためには、単に現場とテクノロジーの知識があれば十分というわけではなく、問題の全体像を俯瞰して捉える視点が重要。そのためには、大学時代に社会、歴史、文化、自然科学等広範なリベラルアーツを学び、視点を磨くことも求められるだろう。

 「そのような教育を経て、現場とテクノロジーをつなぐコーディネート型、調整型の人材を育成することは、今後、高等教育機関にとって重要な責務になっていくでしょう」

 なお、現状では、地域と連携を深め、現場で自ら問いを立てる教育を通じて、地域の求める高度人材を育成することに特化する取り組みに関しては、既存の大学以上に、新設の専門職大学が積極的だと古屋氏は評価する。

生涯学習機関としての役割も期待される

 また、ミドルのリスキリングや女性、シニアの活躍が望まれるなかで、社会人に対する生涯学習機関としての大学の役割も今後一層注目されていく。

 「日本の女性の労働参加率は先進国のなかでもドイツや米国と同程度の平均レベルです。しかし、『未来予測2040』では、これが先進国でもトップレベルのスウェーデン並みに上昇することを前提としています。そのための課題は数多くありますが、育児等で仕事を離れた女性への再教育等は高等教育機関が貢献できることの一つでしょう。もちろん、ミドルのリスキリングやシニアへの再教育等もこれからの高等教育機関に求められるテーマです」。



 ここまで述べてきたように、大学等の高等教育機関には、来るべき労働供給制約社会において、課題解決のための重要な役割を担うことが求められる。もはや「実学か研究か」の二項対立で考えるのではなく、今後の日本社会の未来像に即して考え、そこに高等教育機関が持てる資源を集中投資することが必要な時代になっているのだ。



(文/伊藤 敬太郎)


【印刷用記事】
2040年の労働力を俯瞰する― Works未来予測2040より