【寄稿】大学ファンドを通じた 世界最高水準の研究大学の実現―多様で厚みのある研究大学群の形成に向けて―/文部科学省 研究振興局 大学研究基盤整備課 大学研究力強化室長 馬場大輔氏
令和5年6月16日、「経済財政運営と改革の基本方針2023」(いわゆる「骨太方針」)が経済財政諮問会議での答申を経て、閣議決定された。骨太方針は、政府全体の政策に関する基本的な方針を示すとともに、様々な分野における改革の重要性とその方向性を示すものとして知られているが、今年の骨太方針には、研究大学に関わる事項として、以下の記載がある。
「イノベーションの持続的な創出に向け、国際的な競争的環境下で、多様で厚みのある研究大学群を形成しつつ、世界最高水準の研究大学を実現する。我が国全体の研究力向上を牽引する国際卓越研究大学の選定を着実に進めるとともに、戦略的な自律経営が可能となるよう必要な規制改革等を早期に実行する。同大学と経営リソースの拡張・戦略的活用や研究者等のキャリア形成面を含め相乗的・相補的に連携した車の両輪として、地域の中核・特色ある研究大学の多様なミッションの実現に向けた抜本的な機能強化を図る」。
本稿では、大学ファンドの政策的位置付けや国際卓越研究大学制度の概要に加え、文部科学省における大学研究力強化に向けた取組について、説明したい。
大学ファンドの政策的位置付け
令和3年3月26日に閣議決定された第6期科学技術・イノベーション基本計画において、「我が国の大学の国際競争力の低下や財政基盤の脆弱化といった現状を打破し、イノベーション・エコシステムの中核となるべき大学が、社会ニーズに合った人材の輩出、世界レベルの研究成果の創出、社会変革を先導する大学発スタートアップの創出といった役割をより一層果たしていくため、これまでにない手法により世界レベルの研究基盤の構築のための大胆な投資を実行すること、そしてその具体的手段として、10兆円規模の大学ファンドを早期に実現し、その運用益を活用する」ことが明記された。
令和3年10月8日には、岸田内閣総理大臣が就任後最初の国会での所信表明演説において、「成長戦略の第一の柱は科学技術立国の実現」と強調したうえで、科学技術分野の人材育成の促進、先端科学技術の研究・開発への大胆な投資、スタートアップへの徹底支援と並んで、「世界最高水準の研究大学を形成するため、10兆円規模の大学ファンドを年度内に設置」する旨が述べられた。このように、大学ファンドは、成長戦略の一環に位置付けられており、文部科学省にとどまらず、政府全体の取組として推進している。
世界と伍する研究大学の在り方について
大学ファンドの制度設計に当たっては、「国立研究開発法人科学技術振興機構法の一部を改正する法律」の成立(令和3年1月28日)以降、主に、大学改革、資金運用・助成の両面で検討が進められてきた。
大学改革については、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)に「世界と伍する研究大学専門調査会」が設置されるとともに、文部科学省に「世界と伍する研究大学の実現に向けた制度改正等のための検討会議」を設置し、令和4年2月1日には、「世界と伍する研究大学の在り方について最終まとめ」がCSTI本会議で決定された。
最終まとめでは、新規性の高い挑戦的な研究や若手研究者育成を目指す大学の財政的自律と構造改革を後押しするため、府省連携で10兆円規模の大学ファンドを創設し、世界と伍する研究大学の事業規模の拡大と大学固有の基金の成長を図ることとしたとしている。
国際卓越研究大学制度
CSTIの最終まとめも踏まえ、令和4年11月15日には、「国際卓越研究大学の研究及び研究成果の活用のための体制の強化に関する法律(国際卓越研究大学法)」が施行され、同法に基づく基本方針を決定した。
大学ファンドによる支援を通じて、日本の大学が目指す将来像のイメージは次の通りである。
- 世界最高水準の研究環境(待遇、研究設備、サポート体制等)で、世界トップクラスの人材が結集
- 英語と日本語を共通言語として、海外トップ大学と日常的に連携している世界標準の教育研究環境
- 授業料が免除され、生活費の支給も受け、思う存分、研究しながら、博士号を取得可能
「国際卓越研究大学」の認定に当たっては、これまでの実績や蓄積のみで判断するのではなく、①国際的に卓越した研究成果の創出といった研究力、②実効性が高く意欲的な事業・財務戦略、③自律と責任あるガバナンス体制の三つの観点から、世界最高水準の研究大学の実現に向けた変革への意思(ビジョン)とコミットメントの提示に基づき、文部科学大臣が認定する。国公私立大学を対象として公募を行い、認定された大学に対して、大学ファンドからの助成を含め、総合的な支援を実施する予定である。また、審査に当たっては、国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議(アドバイザリーボード)を設置し、アカデミアの特性も踏まえつつ、国際的な視野から、高度かつ専門的な見識を踏まえられるよう、外国人有識者も加えた適切な体制を構築している。
4月21日に開催されたアドバイザリーボードの第1回会議では、永岡文部科学大臣からは「世界最高水準の研究大学の実現に向け、ぜひ、大学側との対話を通じ、変革への意思と将来構想を引き出し、挑戦を後押しして頂きたい」との発言があった。令和6年度以降の支援開始に向け、審査においては、研究現場の状況把握や大学側との丁寧な対話を実施することとし、透明性や実効性を担保しながら進めていくこととしている。
国際卓越研究大学研究等体制強化計画
国際卓越研究大学は、自ら作成し、文部科学大臣の認可を受けた体制強化計画に基づき、大学ファンドから助成が行われることになる。国際卓越研究大学は、大学の持続的成長に向けて、自然科学のみならず人文・社会科学を含め、長期的視野に立った新たな学問分野や若手研究者への投資等、次世代の知・人材の創出にも取り組むことが求められており、事業の実施に当たっては、そのような長期的なビジョンを含めて記載することとなる。具体的には、安定した若手のポストも含めた若手研究者の育成や海外研さん機会の提供、URA等の研究マネジメント人材、技術職員等の専門職人材、国際研究協力を支える事務職員、ファンドレイザーや財務専門職員等の確保やキャリアパスの構築、大学発スタートアップの育成支援等に取り組むことが想定される。
体制強化計画の期間については、短期的な成果主義に流されず、長期的に大学の取組や活動を後押しすることができるよう、最長で25年とし、その範囲内で、大学が自ら設定することとしている。また、体制強化計画の認可に当たっては、世界の学術研究ネットワークを牽引し、新たな研究領域やイノベーションを常に創出し続けるマネジメント・システムを構築するため、既存の制度に縛られず、学内外の叡智を結集して取組を進めていく計画であること等を確認することとしている。特に、研究上のポテンシャルを向上し続ける方策として、世界トップクラスの研究者・学生が糾合する新しい研究領域の創出、ジェンダーギャップの是正やアカデミック・インブリーディングの抑制を含むダイバーシティの担保、若手研究者が独立して研究室の縦割りを越えて触発し合い活躍できる場の提供、URA等の研究マネジメント人材や技術職員等の専門職人材の積極登用、卓越した研究成果の創出に必要な研究時間の確保のための環境整備等が明確に示されていることが求められる。
博士課程学生の支援
冒頭に挙げた骨太方針には、博士課程学生に関わる事項として、「イノベーションの源泉である優秀な若者が博士を志す環境を実現する。博士課程学生の処遇向上、挑戦的な研究に専念できる環境の確保、博士号取得者が産業界等を含め幅広く活躍できるキャリアパス整備等、魅力的な展望が描けるよう総合的な支援を一層強化する」ことも記載されている。
我が国全体の研究力を底上げするためには、優秀な博士課程学生、若手研究者の厚みを拡大していくことが必須である。そのため、国際卓越研究大学法に基づく基本方針では、大学ファンドにより、国際卓越研究大学の支援と合わせて、優秀な博士課程学生の活躍促進について支援することで、我が国全体の研究力の大幅な向上を目指すこととしている。
大学ファンドによる支援に先駆けて、既に「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)事業」を通じて、博士後期課程学生への経済的支援とキャリアパス整備を一体として行う実力と意欲のある全国の国公私立大学に対する支援が開始されている。今後、安定的支援を実施できる段階から、大学ファンドの運用益の範囲内で、当面の間は200億円程度(約7000人)とし、速やかに運用益による博士課程学生支援を実施することを予定している。
地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ
多様な機能を担う全国の大学全てが我が国の知の基盤として重要な役割を担っており、この多様性は今後も我が国にとって重要な強みである。そのため、大学ファンドによる国際卓越研究大学への支援と同時に、地域の中核大学や特定分野の強みを持つ研究大学に対して、多様な機能を強化し、我が国の成長の駆動力へと転換させる支援策を、「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」として、政府全体で一体的に推進していくこととしている。
総合振興パッケージでは、特定分野において世界トップレベルの研究を推進する機能や、産学官・地域連携による社会実装を担う機能等、それぞれの大学の強みを強化することとしている。さらに、大学の強みを核とした大学組織全体としての戦略的経営を後押しするとともに、大学共同利用機関や共同利用・共同研究拠点等がハブ機能を発揮することにより、大学や学問領域を超えた連携を拡大する等、我が国の研究力の厚みの更なる増大を図ることを目指している。
令和4年度補正予算には、例えば、地域中核・特色ある研究大学の振興に2000億円が計上されている。「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業」では、継続的に支援ができるよう、日本学術振興会に基金が造成され、地域の中核大学や研究の特定分野に強みを持つ大学が、その強みや特色のある研究力を核とした経営戦略の下、他大学との連携等を図りつつ、研究活動の国際展開や社会実装の加速等により研究力強化を図る環境整備を支援することにより、我が国全体の研究力の発展を牽引する研究大学群の形成を推進することを目的としている。
大学研究力強化委員会
第6期科学技術基本計画において、「大学の研究力を図るため、2021年度から、文部科学省における組織・体制の見直し・強化を進め、第6期基本計画期間中を通じて、国公私立大学の研究人材、資金、環境等に係る施策を戦略的かつ総合的に推進する」こととされたことを踏まえ、令和3年10月には、文部科学省に大学研究力強化室が設置されるとともに、科学技術・学術審議会の下に大学研究力強化委員会が新設された。委員会は原則公開で実施し、文部科学省のYouTube公式チャンネルでライブ配信をしている。「多様な研究大学群の形成」に向けて、大学の強みや特色を伸ばし、研究力や地域の中核としての機能を強化するうえで必要な取組や支援策等、幅広い観点から議論を重ねており、国際卓越研究大学の制度設計や総合振興パッケージの改定等にも反映された。
現在、強化委員会では、総合振興パッケージの改定に際して示された羅針盤を踏まえ、各大学がそれぞれのビジョンの下、適切な研究マネジメント体制を構築し、研究環境を持続的に向上できるよう、必要な仕組み等を検討することとしている。強化委員会では、これまでにも、昨年度まで10年間実施してきた「研究大学強化促進事業」の事後評価で効果が実証された取組や、研究に専念できる環境を確保しつつ若手研究者を長期間支援する「創発的研究支援事業」における研究環境改善の好事例に加え、「科学技術の状況に係る総合的意識調査(NISTEP定点調査2022)」における大学研究力に関わる回答の状況や、「日本学術会議 若手アカデミー」の提言等も紹介されている。今後、“我が国の研究大学群のあるべき姿(研究大学100年構想)”に向けて、研究大学の備える要素の明確化や研究大学の状況・成長に合わせた支援の在り方等、我が国全体の研究力向上を牽引する研究システムをどのように構築していくか、必要な取組について議論を進めている。
多様で厚みのある研究大学群の形成
文部科学省として、運営費交付金や私学助成といった基盤的経費や科研費等の競争的研究費の確保に全力で取り組むとともに、関係府省や地方公共団体、産業界等とも連携・協働し、研究大学への変革に向けた挑戦を後押しするため、大学ファンドを通じた国際卓越研究大学への支援と、地域中核・特色ある研究大学への支援強化による両輪により、日本全体の研究力発展を牽引する多様で厚みのある研究大学群の形成に努めていく所存である。
ビジョンは、アクションが伴うことで世界を変えることができる(Vision without action is merely a dream. Action without vision just passes the time. Vision with action can change the world.)。強化委員会では、大学の研究力を強化する実践例も紹介しており、海外の研究大学では、ステークホルダー、目指す姿、ビジョンが明確で学内に共有されていることや、採用ポリシーや評価システム、研究広報の見直しに取り組んでいることが指摘されている。
社会変革を牽引する研究大学への期待が高まるなか、我が国の大学等における研究全体を俯瞰した政策の企画・立案、推進という、これまでの文部科学省では十分に担うことのできていなかった総合的な政策に関する機能を担うことができるよう、全国の国公私立大学の関係者との対話を重ねていきたい。
【印刷用記事】
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