大学を強くする「大学経営改革」[66] AI(人工知能)がもたらす変化に大学はどう向き合うべきか 吉武博通

社会の様々な分野でAIの利用が急速に広がる

 AI(人工知能:Artificial Intelligence)を巡る話題が連日メディアを賑わすようになってきた。

 スーパーコンピュータがチェスの世界チャンピオンを勝利したのは1997年。近年は、将棋ソフトがプロ棋士に勝利し続けている。約10の360乗通りの組み合せがある囲碁で、コンピュータが人間に勝つのはまだ先と考えられていたが、2016年3月、グーグル・ディープマインド社が開発した人工知能「アルファ碁」が世界最強のプロ棋士を破るという衝撃的な出来事が起こっている。

 世界の金融市場では、人間の指示がなくてもAIが株価動向等を学習し、推論を立てて、自動的に売買判断を行うというファンドも増えており、運用成績も堅調という。

 米IBMが開発した「IBMワトソン」も急速に用途を拡大している。「自然言語処理と機械学習を使用して、大量の非構造化データから洞察を明らかにするテクノロジー・プラットフォーム」(日本IBMの公式ページより)と説明されるワトソンが、アメリカの人気クイズ番組で、二人の歴代チャンピオンを破ったことは大きな話題になった。クイズ挑戦に備えて、ワトソンは100万冊の本を読み込んだという。

 ワトソンの利用は日本でも始まっている。東京大学医科学研究所は、日本IBMと共同で、がん細胞のゲノム情報を読み取り、膨大な研究論文や臨床試験情報等を参照しながら、個々の患者に最適な治療法を医師に提示するシステムの開発を進めている。

 三菱東京UFJ銀行は、LINE公式アカウント上で提供している「Q&Aサービス」にワトソンを活用することで、仮に曖昧な質問であっても、質問者の意図を理解して回答するシステムの運用を開始している。コンピュータが自ら質疑内容を分析し、学習していくことで回答の精度を高めることができるという。

 また、かんぽ生命は、保険金支払審査にワトソンを導入している。過去のケースを調べたり、先輩社員に聞いたりしなくても、顧客に回答する内容と理由が分かるようになるため、経験の浅い担当者でも査定を効率的に行うことができるという。

 大学に関わる領域でのAI開発としては、国立情報学研究所のプロジェクト「ロボットは東大に入れるか」が知られている。2016年までに大学入試センター試験で高得点をマークすること、2021年に東京大学入試を突破することを目標に研究が進められている。2013年には大手予備校のセンター模試で、約800校ある大学のうち約400校で合格可能性80%を達成する等の結果を示している。

AIを中心とする第4次産業革命は成長戦略の柱

 AIの研究・開発・応用で先行するのはアメリカである。グーグルはAIの技術開発を牽引する人材を獲得するために多額の資金を投じ、企業買収を行うとともに、2017年から2020年の実用化を目指し、AIを搭載した自動運転車を開発中である。フェイスブックも最先端の研究を進める大学教授を招聘して人工知能研究所を設置し、IBMもワトソンの本格的な事業展開に向けて、用途開発と普及に力を入れている。

 ドイツは、AI、ロボット、IoT(Internet of Things=モノのインターネット)を活用して生産や流通などの革新を目指す「インダストリー4.0」を産官学連携の国家プロジェクトに位置付け、取り組みを展開している。その象徴が、AIを用いたサイバー・フィジカル・システム(CPS:Cyber Physical System)を基盤とする「スマート工場」であり、大量生産と変わらないコストでオーダーメイドの商品を作る「マスカスタマイゼーション(個別大量生産)」を目指している。

 我が国においても、『日本再興戦略2016』において、新たな有望成長市場創出の柱に「第4次産業革命の実現~IoT・ビッグデータ・AI・ロボット~」が掲げられた。

 その中では、「技術や産業の変革に合わせて、人材育成や労働市場、働き方を積極的に変革していかなければ、雇用機会は失われ、雇用所得は減少し、中間層が崩壊して二極化が極端に進んでしまう」との見方が示されており、イノベーション・ベンチャー創出力の強化、人材力の強化、働き方改革・雇用制度改革、多様な働き手の参画などに係る施策があげられている。

 大学においても、これらの動きが高等教育政策にどう結びつくのか注視するとともに、AIの進化とそれによってもたらされる社会の変化に対する感度を一段と高めておく必要がある。

ディープラーニングがAIの急速な進化を支える

 そもそもAIとは何か。松尾豊東京大学准教授は、AIの定義は専門家の間でも定まっていないとした上で、「人工的につくられた人間のような知能、ないしはそれをつくる技術」と定義する。

 AI研究にはこれまで2度のブームがあり、現在は第3次AIブームに当たる。

 「AI(人工知能)」という用語が最初に使われたのは1956年、米国の大学におけるワークショップであり、それが第1次ブームの始まりとなり、1960年代まで続く。「推論・探索」により特定の問題を解く研究が中心で、パズルや簡単なゲームが解けたが、実用性には乏しかったという。

 第2次ブームは1980年代であり、コンピュータに専門家の「知識」を教え込むことで問題解決させる「エキスパートシステム」と呼ばれる実用的なシステムがつくられた。ただ、このシステムは、知識を教え込むことが想定した以上に難しく、活用範囲も限られていた。

 現在は第3次ブームにあるが、それが本格的なものになってきた背景として3つの技術的要因があげられている。その一つは、年間1兆個ともいわれる多様なセンサーが生産され、IoTが発達することで膨大なデータ(「ビッグデータ」)が取得できるようになったこと。二つめは、コンピュータの計算能力が飛躍的に高まったこと。三つめは、「ディープラーニング(深層学習)」の登場である。

 ディープラーニングは、人間の脳神経回路を模した「ニューラルネットワーク」を何層にも重ねることで、コンピュータが自ら大量のデータに潜む関係性や特徴量を見つけて、その結果に基づいて判断し行動する技術である。

 前述の「アルファ碁」を例にとると、膨大な数の対局の盤面を画像として与えられたコンピュータが、勝ちにつながる展開に共通して現れる石の並び方を自ら見つけ出し、次の一手の選択肢を絞り込み、展開を予測しながら打ち手を決めていく。人間が経験の積み重ねを通して直感を磨くプロセスに倣ったものである。

雇用の喪失と格差の拡大に対する根深い危機感

 指数関数的ともいえるAIの急速な進化は、生産、流通、交通・運輸、エネルギー、サービス、金融、医療・健康・介護等、社会の広範な分野に大きな影響を及ぼしつつある。これまで困難とされてきた問題の解決や新たな価値の創出に対する期待が高まる。

 その一方で、進化の速さへの戸惑いやAIがもたらす負の側面を危惧する声も増えている。最大の危惧の一つは「人間の仕事がAIやロボットに置き換わり、雇用の機会が奪われるのではないか」という点である。

 米MITスローン・スクールの二人の研究者の著書『機械との競争』は、急速な技術革新による雇用の喪失と格差の拡大に警鐘を鳴らしている。特に、高度なスキルを持つ人と持たない人、スーパースターとふつうの人、資本家と労働者の間で格差が拡大されるとの認識が示されている。その上で、労働者と企業が機械を味方につけるためには、「組織革新の強化」と「人的資本への投資」が必要であるとし、教育、起業家精神、投資、法規制・税制という4分野ついて、具体的なステップを提言している。

 日本に関しては、英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授、カール・ベネディクト・フレイ博士と野村総合研究所が共同で、国内601種類の職業について、人工知能やロボット等で代替される確率を試算している。これにより、10~20年後に、日本の労働人口の約49%が就いている職業において、それらに代替することが可能との推計結果が得られている。

 AIに代替される確率を職種別に見ていくと、総合事務員が100%、会計事務従事者が95%前後、庶務・人事事務員(教育・研修事務員、人事係事務員、学校事務員等)60%以上、その他の一般事務従事者(秘書、行政事務員、医療事務員、国際公務員等)50 %後半等、事務的職種の代替確率が高くなっている。

図表 人工知能やロボット等による代替可能性が高い職業(野村総合研究所2015年12月2日News Release 資料より抜粋)

 寺田知太野村総研上級研究員は、極めて高度な判断を求められる仕事と、極めて単純な仕事に二極化するとした上で、「創造性が高い」、「コミュニケーション力が必要とされる」、「非定型的」等の特徴を有する職業は代替されにくいとの見方を示している。(「なくなる仕事100、なくならない仕事100」『中央公論』2016年4月号)

 労働力人口の減少に直面する日本にとって、AIによる生産性向上は経済成長を維持するための最も有力な解決策の一つと考えられる。

 一方で、仮にそれが失業の増加をもたらさなくても、仕事の二極化による中間層の崩壊が進めば、社会は不安定さを増すことになろう。

 仕事は人間が社会で生きる基盤である。個人に安心と希望、社会に安定と活力をもたらすために、AIの恩恵を最大限に受けつつ、負の側面を最小化する働き方を如何に見いだすか。極めて難しい根本問題の解を求め続けていかなければならない。

学術研究のあり方を問い直す好機でもある

 AIがもたらす急速かつ大規模な構造的変化に大学はどう向き合うべきだろうか。

 仕事の二極化については、前述の寺田氏を含め、広く指摘されていることであるが、仮に二極化が避けられないとした場合、現在の我が国の教育システム、あるいは四年制大学進学率約5割という現実は、その状況に適合的であり続けるのだろうか。そのことをあらためて問い直す必要がある。

 また、社会全体として高度な仕事を増やし、単純な仕事を減らす道はあるのか、あるいはそもそも二極化を回避する道はあるのかといった問題にも、大学は積極的に関わっていくべきである。

 なぜならば、これらは高等教育や大学のあり方自体に関わる重大な問題であるからであり、加えて、大学はこれらの問題を様々な角度から検討できる多様な専門分野の研究者を擁しているからである。

 特に、専門分野の枠を超えた知の融合・創出を一層促進しなければならない。現実味を増してきた自動運転車を考えても、克服すべき様々な技術的課題に加えて、事故が起きた場合の責任の所在という法律上の問題をはじめ社会的課題の検討が不可欠である。

 狭い専門分野に閉じこもるタコツボ化の弊害はかねてより指摘され続けてきた。学際的な研究も徐々に増えつつあるが、全体から見ればなお一部にすぎない。AIがもたらす構造的な変化は学術研究のあり方を問い直す好機でもある。

不確実性を前提に大学教育のあり方を構想する

 雇用や仕事の変化がどのような規模と速度で起こり、如何なる未来が出現するのかについて、多様な見方が示されているものの、不確実性は高い。そのような中で、大学教育のあり方を考えることは難しい。

 より直接的な課題から検討すると、AIの進化を担う人材の育成は急務である。機械学習、ロボット工学、統計科学、脳科学等関連分野において、高度な専門的知識と技能を有した人材を育成していかなければならない。その一方で、世界ではグーグルをはじめとするハイテク大手が優れた研究者や学生に高額報酬を示して大学から引き抜く動きが増えているという。人材の育成に当たり産学間の連携は不可欠だが、一定の緊張関係も必要となる。一筋縄でいかない難しさがある。

 次に検討するべきは、AIを利用して付加価値を生み出す能力・技能の育成である。①計算機、ソフトウエア、ネットワーク、情報セキュリティーなど情報技術の基礎的知識、②統計学の考え方、統計データの読み方、一定レベルの解析技能、③AIのメカニズムと脳科学に関する基礎的知識など、少なくとも3分野については、文系か理系かを問わず、カリキュラムに位置付け、相互に関連付けながら、確かな知識・技能を身につけさせるべきであろう。

 その上で、創造性、コミュニケーション能力、リーダーシップ等の基盤となる教養を養うことが大切である。このことに関連して、猪木武徳青山学院大学特任教授は次のように述べている。

 古典を含む人文学や社会科学の遺産をよく学び、数学と哲学・言語(特に読解力と作文力)の訓練を通して、何が自分と人間社会全体にとって価値あるものなのかを検討し、「権威」に依拠しない自らの考えをまず母語で正確に語る能力、説得力のある文章を書く力を養うことを、これからの大学の教養教育は忘れてはならない。そこにこそ大学の生き残る道がある(「実学・虚学・権威主義~学問はどう「役に立つ」のか」『中央公論』2016年2月号)。

AIの活用で大学業務を高度化・効率化する

 AIを活用して大学の教育研究や経営を如何に高度で効率的なものに再構築するかという視点は、将来に向けて競争力を確保する上で極めて重要である。

 例えば、個々の学生について出願・入試から卒業・就職までのあらゆる情報をデータ化し、それを読み込ませることで、教育改善につなげたり、個別支援が必要な学生を抽出したりすることが可能になるだろう。「AIによるエンロールメントマネジメントの高度化」といえる。

 さらに、野村総研の調査結果を前提にすると事務的業務は大幅に機械に代替されることになる。それによって生じた余力を、きめ細やかな学生サービス、職員の自己研鑽、ワークライフバランス等に活用することで、職場や働き方をより良い方向に大きく変えることができる。

 実現は容易でないが、このような視点でAIの動向に関心を持ち、足元の仕事を見直すことは意味のあることであり、将来の導入に備えた準備にもなる。


 AIが自分の能力を超えるAIを自ら生み出せるようになる時点をシンギュラリティ(Singularity =技術的特異点)と呼び、2045年にそれが訪れるとの見方があり、話題になっている。やや過熱気味とも思われるが、AIは教育や仕事を問い直すだけでなく、人間の存在や社会のあり方を深く考える機会を提供してくれる。引き続き考えていきたいテーマである。


【参考文献】
松尾豊『人工知能は人間を超えるか~ディープラーニングの先にあるもの』(KADOKAWA, 2015)
エリック・ブリニョルフソン, アンドリュー・マカフィー(村井章子訳)
『機械との競争』(日経BP社, 2013)



(吉武 博通 筑波大学 ビジネスサイエンス系教授)


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