プロジェクトを核にSDGsの理念と「共創」する力を学ぶ/武蔵野大学 工学部 サステナビリティ学科


武蔵野大学は2023年工学部にサステナビリティ学科を設置した。設置の趣旨と2年目に入った現状について、学科長の白井信雄教授にお話を伺った。


武蔵野大学 工学部 サステナビリティ学科 学科長 白井信雄教授


POINT
  • 1924年国際的仏教学者の高楠順次郎氏により開設した武蔵野女子学院を起源とし、1950年女子短大設立、1965年四大化、2003年に共学化。1990年代以降の活発な新増設改組で知られ、今や2キャンパスに13学部を擁する総合大学
  • 仏教による人格教育「四弘誓願」を建学の精神とし、ブランドステートメント『世界の幸せをカタチにする。』を標榜
  • 2023年に環境システム学科を発展させてサステナビリティ学科を設置

環境・社会・経済の3層に統合的にアプローチできる人材を育成

 サステナビリティ学科には環境システム学科という前身がある。その名の通り、環境をシステムとして捉え、総合的にアプローチする学科であった。サステナビリティ学科はこれを発展させ、環境をベースに社会・経済の問題を統合的に取り扱う。「環境問題への政策、企業の取り組み等が社会的な動きとして進化してきており、環境のみへのアプローチでは足りなくなっていることが背景にあります」と白井氏は話す。環境制約の中での持続可能性の国際的議論が始まったのは1980年代。1992年地球サミットで生物多様性や気候変動が大きな論点になり、その後2000年代から環境と経済・社会の統合的発展にアジェンダが移っている。環境問題の解決した先にあるゴールは「持続可能な発展」であり、社会や経済がどうなるかを無視しては議論が進まない。

 サステナビリティ学科で育成するのは、まさにこうした統合的な課題解決のアプローチができる人材だ。例えば気候変動という環境問題とグリーン成長という経済政策を同期できる、環境と経済どちらのことも分かっている人材や、長期的でグローバルな環境問題を地域の自治体や企業・住民にとって当事者意識を持ちやすい短期的でローカルな文脈に置き換えられる人材、あるいはトップダウン的な差配で住民参加ができていない状態から多様な要素の関係性に着目し、参加と協働をデザイン・運営するコーディネーター人材等が想起される。

 SDGsの概念を表す図としては、スウェーデンのヨハン・ロックストローム博士が提唱したSDGsウェディングケーキモデルが知られている。SDGsの全17目標は目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」を頂点として、土台から順に「生物圏」「社会圏」「経済圏」の3階層に分かれて構成されており、一つひとつの目標をクリアするのみならず、分割できない一体的なものとしてSDGsを捉え、統合的に全てを解決するアプローチの必要性を示すものだ。白井氏はこう説明する。「SDGsは17のゴールが注目されがちですが、できるだけ多くのゴールを達成すればいいというものでもない。ゴールを組み合せてケーキを土台から積み上げ、誰一人取り残さない社会的包摂を目指して、大胆な社会転換を進めることが重要です。そうした理念の重要性をよく理解しなければいけない。本学科ではSDGsの理念をきちんと学び、ぶれずに理想を追求していくことを大切にしています」。大切なのは理念実現という目的の達成であり、手段の目的化にならないようにすることが肝要というわけだ。


図1 SDGsウェディングケーキモデル
図1 SDGsウェディングケーキモデル
出典:Looking back at 2016 EAT Stockholm Food Forum – Stockholm Resilience Centreより引用


問いの立て方からアプローチを学ぶサステナビリティプロジェクト

 では、「統合的な課題解決のアプローチができる人材」とは、どのように育まれるのか。

 白井氏は、「持続可能な社会をつくる鍵は『共創』する力です。学びの中心は学生が頭と体を使って主体的・実践的に取り組むこと。環境×社会×経済という要素の掛け合わせが必要となるプロジェクトに取り組み、実践学習と理論学習の往還を繰り返して、共創を積み上げていきます」とカリキュラムデザイン上のコンセプトを説明する。

 学びの核の一つは、1年次後期から3年次前期までの約2年間にわたり、毎週月曜日100分×4コマで設定されている必修科目「サステナビリティプロジェクト」である。サステナビリティに関する社会課題解決を目指して研究・実践するもので、学生は自らプロジェクトを立ち上げたり、教員の専門性に応じたラボに参加したりしながら、企業や地域と連携し、社会へのアウトプットを含めて活動する。具体的な課題解決に臨むことで、課題設定力・企画力・主体性・協働性等を学び、実践で必要性を痛感した理論や知識を専門的な個別講義に返って学び、学んだ専門性をさらに実践に活かすという往還が起こる。オープンフォーラムという成果発表会等の機会も設ける。自らが問いを立てて解決のプロセスを描き、実践して検証し、アウトプットする一連の営みを何度も繰り返し学ぶ。

 「本学科の学生は、自然や環境に関心がある人が多い。そこを入口にしつつ、社会・経済の問題とのつながりへの視野を広げ、目指すべきは統合的な課題解決である点を理解してもらう必要があります。入学前オリエンテーションの時点で、サステナビリティ学科としての学びの範囲を示し、自分なりの問いの立て方を学びます。さらに、学びを深め、新たな問いを立てていく。そうした問いの変化、深化を重視しています」。

 SDGsに関するテーマは大小様々で多様だが、「生物圏」「社会圏」「経済圏」の3階層を全て積み上げていく必要があるという全体像のフレーミングを提示したうえで、個々の問いに応じてどのように領域を組み合せるかを学んでいく。「学科として目指すゴールは同じですが、学生の関心の数だけ多様な登り方があり、主体的に自分で描いた道を登っていくことが大事です」と白井氏は述べる。


図2 サステナビリティプロジェクト
図2 サステナビリティプロジェクト


事象同士の関係性を解き明かす視点を涵養

 課題解決の際に留意すべきは「問題や対策間の関係性(トレードオフやシナジー)を解き明かすこと」と白井氏は述べる。さらに、「サステナビリティに関する事象について、社会構造やメンタルモデルといった観点も含め、根本にどのような問題があるかを考察することが大事です。俯瞰して問題の構造を捉える力が問われます」。重要なのに後回しにされがちな環境問題、ケアされない弱者がいるという現実、その根本には何があるのか。一つひとつの問いを突き詰めるプロジェクト活動を通じて、そうした本質的な課題にアプローチできるようになることを目指す。「こうした問いを深める学びは教わったことを理解するというものではなく、内省や対話によって主体的に思考すべきものである。プロジェクトとは活動の実践であるとともに、問いのデザインと解決に向けた創造的対話を積み重ねていくプロセスなのです」(白井氏)。


プロジェクト活動の様子
写真 プロジェクト活動の様子


 こうした知的営みは武蔵野大学が全学的に推進する「響学スパイラル」の構造とも一致する。サステナビリティの領域で響学スパイラルを実践すること、そのスタンスを徹底的にトレーニングすることで、大学として目指す「世界を幸せにする」ための社会課題解決に挑むのが、この科目の目的とも言い換えられそうだ。


図3 響学スパイラル
図3 響学スパイラル


専門履修科目群でゆるやかに軸足を定める

 2年次からはソーシャルデザインと環境エンジニアリングという、2つのコース(履修モデル)を設定している。2つの異なるコースを選ぶというより、自分が履修したい科目を、2つのコースに相当する科目群の中からカスタマイズして選ぶというイメージだ。ソーシャルデザインコース(履修モデル)は、地域づくりやソーシャルビジネス、ファシリテーション等、社会の新しい仕組みをデザインする方法を学び、卒業後は、企業や国・自治体、NPO などにおけるサステナビリティ推進担当者やコーディネーター、社会的起業家等としての活躍を想定している。環境エンジニアリングコース(履修モデル)は、環境調査、シミュレーション、設計等、環境問題の工学的解決策を考えるエンジニアリングの方法を学び、卒業後は、環境関連企業や製造業・サービス業で調査、分析、環境管理を行うエンジニア等としての活躍を想定している。どちらの履修モデルであっても、統合的な学びをしていることが強みである。ソーシャルデザインを中心に学んだ学生も環境サイエンス等を学んでいるし、環境エンジニアリングを中心に学ぶ学生も環境倫理や環境政策、サステナビリティ経営等のことを学んでいる。

 このように、サステナビリティに関する問題解決活動の実践を軸にしながら、その高度化のためにマネジメントの手法・技術や横断・複合の理論を学ぶことと合わせて、「誰一人取り残さず統合的に解決する」という理念理解を深化させることが、学科の学びの幹となっている。

社会への情報発信やアウトリーチの強化が課題

 設置から1年が経過し、「学生の問いと学科の学びがうまくかみ合って積み上がってきている感覚があります」と白井氏は話す。多様で意欲的な学生が確実に集まってきていると感じているが、現状には満足していないという。特に、文理選択する際に抜けがちな学際領域であることへの課題感は強い。「本学科は工学部に所属していますが、扱うテーマの多様さからして、文系受験を可能にしています。しかし、工学部にあることで理系学科であると誤認されやすい。工学部に閉じこもらない領域なのだということをもっと認知してもらえるように、対外的な発信力を高めていきたい」。

 また、教育に関しても「社会に対する影響力を持っていきたい」と意気込む。例えば主体的に課題を設定して実施して検証するという動きを身につけるというサイクルは、高校の探究活動との親和性も高く連携も多い。高校生に学びの機会として無料公開講座「サステナビリティ・オープンラボ」を開放しているほか、高校からの要望に応え、大学生が高校生に気候変動教育を提供するようなプロジェクトもある。こうした高大接続的な役割も含め、学科としての社会提言等アウトリーチを強化し、学生が今まで以上にキャンパスという安全地帯から外へ積極的に出ていけるように支援したいという。「困難なことがあってうまくいかなくても、かさぶたを作ってさらに逞しくなっていく強さと、社会を変えるイノベーターやコーディネーターとしての前向きな意識を持った学生を育てていきたい」。白井氏の言葉は力強い。



文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2024/09/10)