【リカレント】実務家教員は、大学と社会をつなぐ大学改革の先導者/社会構想大学院大学
【主任研究員 現地レポート】リカレント教育の挑戦【2】
18歳の入学者を社会へと送り出すことに注力してきた日本の大学にとって「新規事業への挑戦」といえるリカレント教育。先行大学の事例を、学ぶ社会人の視点で現場からレポートしていく。【取材・文/乾 喜一郎 リクルート進学総研 主任研究員(社会人領域)】
「自分の実務経験が社会や企業のどのような文脈でどう役立つのか、手間暇かけて徹底的に考えさせています」
■社会構想大学院大学 実務家教員養成課程
写真1・2/少人数の研究会(後述)で受講生それぞれが行う模擬講義の内容を検討
自分の実務経験に即して指導できる人材を養成する
「実務家教員とは、いわゆる社会人教授とは全く異なる存在なんです」。
そう語るのは社会構想大学院大学の学監・教授であり、実務家教員養成課程において創設時より中核的な役割を担う川山竜二氏である。
実務家教員養成課程がスタートしたのは2018年。翌2019年、文部科学省「持続的な産学共同人材育成システム構築事業」の中核拠点として採択され、以来継続して毎年100人以上の受講者を安定して集め続けている。
「ポイントとなるのは、『自分の実務経験をもとに』ということ。それが、いわゆる社会人教授とは異なるところです。例えば経理の仕事をしてた人がやっぱり自分は物理の研究がしたいと思って大学院の博士課程に進み、研究者としてキャリアチェンジをした場合、それは『実務』とは関係がありません。社会人教授であっても、実務家教員とは考えられない。私たちが養成を目指すのは、あくまでも自分の実務経験に即して指導ができる人なのです」(川山氏)。
なぜ今、大学や専修学校においてそうした実務家教員が必要とされるのか。「私は知識社会学者なのでこういうふうに考えるんですが、知識というものは文脈の中に落とし込まれて初めて発揮されるもの。われわれのような研究者は、その知識を抽象化させ文脈から引きはがして、より幅広く適用できるような知識に加工して研究し、汎用性がある知識を教えています。しかしそのままでは、今、いわゆるユニバーサルアクセス化した大学に求められる職業教育では機能を果たせない。コーオプ教育にせよ、あるいはPBLや産学連携にせよ、これまでの研究者教員だけでは役割は果たせません。そのとき、大学についての知見を踏まえて活動できる実務経験者がいれば、大学と企業や社会との橋渡しを担うことができる。そこで、社会と大学との間の『翻訳者』の機能が果たせるような人材を養成しようと考えたわけです」(川山氏)。
「そうした人材は、大学改革を先導するリーダーになりえる存在でもあります」(川山氏)。
◆川山竜二氏
社会構想大学院大学 学監・実務教育研究科研究科長
講義そのものが重要な教材。受講者の当事者意識を高める仕掛け
実際の授業はどのように展開されているのか。全20週の同課程の第13週「ファシリテーション論」を見学した。
担当教員は特任教授の松本朱実氏。自身も動物園での学芸員としての経歴を持ち、その実務経験をもとにESDや学習論の研究に取り組む実務家教員である。
授業は対面授業とオンライン授業を並行させるハイブリッド形式。私が入った教室には6名の受講者がおり、ほかはオンラインからの参加である。オンラインでの受講が可能なため、受講生は北海道・十勝から別府、佐世保までと全国から参加。年齢は40代~50代が中心で、エンジニア、マネジャー、経営者、自治体職員と職業も多岐にわたる。
冒頭、この日の到達目標、課程全体のなかでのこの週の位置づけ、今日の授業の構成と実施するワークの予定が明確に語られた。私自身も非常勤講師として教壇に立っているが、いつもこうして受講生に明示しているか自問自答させられる。なるほど、この課程の授業は、内容に加え、授業の進め方自体も教材となっているようだ。
◆写真3:「ファシリテーション論」でのディスカッション風景
開講後しばらくして、対面・オンライン同時にグループでのディスカッションがはじまった。テーマは、これまで自分が教えてきた(あるいは教わった)経験のなかで、「効果のあった方法」「いまいちと感じた経験」について。個人での作業ののち、それぞれが自分のパソコンの画面を見せながら共有を行い、それについて対話が重なっていく。
理論の解説も、松本氏自身の動物園での経験、授業づくりの経験がベースになっており、当事者意識をもって聞くことができる。
2つめのグループワークは<自分の授業の「問い」をつくる>というもの。前週に「シラバス作成」の研究会(後述)を終え、受講生には自分の授業の教案を作成する課題が出されていることもあり、受講生それぞれの発表内容は、どれも、自分が教壇に立つことを前提としたものだ。その盛り上がりに、そばで聞いていて自分も参加したくなってしまった。
◆松本朱実氏
社会構想大学院大学 特任教授
演習を通じて受講者それぞれが自らの実践知を体系化
実務家教員養成課程では、実務家教員に求められる能力を「実務能力」「研究能力」「教育指導力」の3つに分け、教育内容を整理している。
「実務能力」にあたる部分ではこれまでのキャリアを踏まえ、自分のどのような経験を伝えるか、また伝えることができるかについての客観的な理解を促す。
「研究能力」のパートにおいては、自身の実務経験が既存の学問のなかでどのような位置づけにあるのかを理解し、教育可能な知識へと体系化を行う。
「教育指導力」では、知識を他者に伝えるための効果的な方法を身につける。
◆図 実務家教員養成課程のカリキュラム概念図
内容は毎年更新されており、例えば2019年からは重要度が高まる「研究倫理」や「コンプライアンス」が、コロナ禍となった後には「オンライン教授法」が加わった。
講義科目でのインプットと自らの実務経験を重ね合わせ、アウトプットしていくのが、全20週の課程のうち4週を占める少人数での「研究会」だ。それぞれ、「教員調書作成」「アカデミックリサーチ」「シラバス作成」「教案作成」とどれもノウハウめいて見えるが、その実質は全く異なっている。
「まず、他者に対し、自分の実務がどういうもので、それがどのように社会に貢献しているのかという話をしてもらうところからやっています。そうやって一人ひとり実務の棚卸を行って、『教員調書』に落とし込んでいく。そのうえで、『じゃあそれって大学教育にどう結びつくのか?』『シラバスに落とし込めるのか』と具体的に踏み込んでいきます」(川山氏)。
「教員個人調書」の作成を通じて自らの経験や実績を振り返って実務の棚卸を行い、「アカデミックリサーチ」を通じて大学教育のなかにそれを位置づける。「シラバス」の作成によって実践知の体系化を行い、「教案」の作成を通じてどう伝えるかを考えさせていく…プログラムは全体としてそう設計されている。
修了要件は、実際に模擬講義を行って、一定以上の評価を得ること。「実際に90分の授業一回分の『教案』をまるまる作成してもらいます。『10分で何を話す』『25分でどのようなワークをする』というふうに実際の授業をそのまま行えるものを作成し、研究会において参加者みんなでそれぞれについて検討を重ねます。
われわれの課程は、専門分野のなかだけではなく、自らの実践知を初学者に教えていくことができるような、実務家教員としてのいわばジェネラルスキルを養成することを目的としています。受講者には医師もいれば弁護士も、会社員も自治体職員もいる。みな専門分野がバラバラなので、他の受講生に理解してもらえるように作成していれば、初学者に理解してもらう授業にすることが可能です。このことにより、自分が発見した知見を、自分の文脈だけではなく、他者の文脈に置き換えてちゃんと説明できる能力が形成されるのです。それは、実務家教員としてはもちろん、これからの社会で広く求められる能力と言えるでしょう。
研究会はそのように非常に効果的なのですが、受講者にとっては大きな負担でしょう。そのためか、受講生同士の繋がりは結構強くて、修了後も定期的に集まって食事会や勉強会をされたりしているそうです」(川山氏)。
「いっぽうで、なかには、自分の実務経験そのものに自信が持てなくなってしまう人もいらっしゃいます。対話を通じてその自信を高めてあげることもわれわれの役目だと思っています」(川山氏)。
なぜそれほど手間暇をかけるのか。
「われわれの法人の理念の一つには、『学びを通じて社会を活性化していく』というものがあります。だから、社会人の方々が知の循環型社会の一員として活躍できるような能力を養成していきたいですし、一人ひとりが持っている経験を社会に広く還元させて、社会のウェルビーイングを上げていくような活動をずっと行っていきたい。手間暇をかけるのは当然のことでしょう」(川山氏)。
社会構想大学院大学は、実務家教員養成課程での取り組みをもとに2022年に実務教育研究科を創設し、修了生が修士の学位を取得する道を開いている。実務家教員を対象としたFDプログラムの提供も開始した。
「一般の大学のみならず、ビジネススクールをはじめとする専門職大学院、専門職大学、専修学校、さらには職業訓練校や民間教育機関など、変化の激しい環境のなか職業教育における修了生の活躍の場はさらに広がっていくことが予想されます。今後はそうした場の開拓とマッチングに関しても中核的な役割を担っていきたいと考えています」(川山氏)。