大学を強くする「大学経営改革」[70] 3Mの事例を基にグローバル企業の経営に学ぶ 吉武博通

経営のグローバル化に向けて試行錯誤の日本企業

 大学改革を進めるにあたり、人材育成ニーズを理解したり、より有効なマネジメント手法を検討したりする上で、企業経営の実情を正しく認識することは重要である。

 一方で、その企業も業種や規模などにより実態は様々である。また、グローバルに事業を展開する大企業であっても、日本企業の経営と欧米企業の経営では、経営層の人的構成、人事・育成、本社と海外現地法人の関係をはじめとして異なる点が多い。

 筆者は2015、16年度の2年にわたり、一般社団法人企業研究会主催の「グローバル経営管理研究・実践フォーラム」の企画・運営を通して、日本企業と海外企業のグローバル経営の事例に接してきた。

 世界的にその名が知られている欧米企業の経営の特徴を一言で述べるならば、企業価値向上を最優先に、国籍を問わず能力主義で人材を登用するとともに、グローバルなレベルで事業と機能の最適化を追求しているという点である。

 それに対して、日本企業の多くは、生え抜きの日本人中心の経営層が、海外事業の拡大に対応して、人事を含む経営の仕組みや運用を緩やかに変化させることで、経営のグローバル化を進めようとしている。個別に見ていくと会社ごとに差があるものの、総じてこのような傾向が強い。

 産業界を中心に、グローバル人材の育成や大学自体のグローバル化を求める声は強い。その一方で、多くの日本企業が、経営のグローバル化に向けて試行錯誤を繰り返していることも事実である。

 このような認識に基づき、本稿では欧米のグローバル企業の経営の実際を紹介し、そこから大学が何を学ぶべきか考えてみたい。

 取り上げるのは3M社である。同社は百年を超える歴史を有し、ダウ工業株30種の一つである米国を代表する優良企業である。サイエンスを活かして5万5000にものぼる多様な製品・サービスを生み出してきたその経営は、広く世界から注目され、数々の著書や論文でも取り上げられてきた。

 以下の内容は、前述のフォーラムにおいて、3Mアジア担当人事ディレクター森田 準氏が2017年3月7日に行った講演を基に、同社の公開資料及び関連書籍なども参考にしつつ、まとめたものである。

3M アジア担当人事ディレクター森田 準氏

サイエンスを基礎にした差別化で高い収益力

 3Mは、1902年に、研磨剤の材料となる鉱玉を採掘することを目的に米国ミネソタ州に設立された。かつて正式社名がMinnesota Mining & Manufacturing Co.であったことがそれを表している。しかし、採掘した鉱玉が質の良いものでなかったこともあり、サンドペーパーの製造・販売に事業転換し、幾多の困難を乗り越えて世界初の耐水サンドペーパーを大ヒットさせる。以来、研磨剤技術、接着・接合技術、コーティング技術など、技術蓄積を進め、売上高303億ドル(2015年)、社員数約9万人を誇る世界的企業に成長する。

 現在は、インダストリアル、エレクトロニクス&エネルギー、セーフティ&グラフィックス、コンシューマー、ヘルスケアの5つの事業部門を有し、それらの下に25の事業部を置く。

 インダストリアルでは作業現場を支えるテープ・接着剤や研磨剤、エレクトロニクス&エネルギーでは液晶ディスプレー用輝度上昇フィルム、セーフティ&グラフィックスでは日本国内でも9割のシェアを誇る道路標識用反射シート、コンシューマーではポストイットやスコッチテープなどがよく知られている。

 収益力は極めて高く、粗利率は50%近い水準で推移しており、20%前後にとどまる日本の製造業平均をはるかに上回る。また売上高営業利益率も20%台前半を維持しており、トヨタ自動車の10%(2016年3月期)の2倍を超える水準にある。

 一つひとつの製品・サービスの売上規模は総じて小さく、ニッチ事業の集合体といえるが、それぞれに差別化を追求することで、コモディティ化による価格競争が回避できている点にその強さがある。

テクノロジープラットフォームと協働の文化

 高い収益力の基盤となる強みとして、同社は、テクノロジー、マニュファクチャリング、グローバル・ケーパビリティーズ、ブランドの4つの要素を挙げている。

 このうちのテクノロジーについては、売上高の約6%に相当する額(直近5年間の合計で85億ドル)を研究・開発に投入、うち15%を研究、85%を開発にあてている。

 3Mの売上高の3分の1は、過去5年以内に開発された製品であるが、この製品開発力を支えているのが「46のテクノロジープラットフォーム」である。これらの基盤技術は、どの事業部でもどの現地法人でも自由にアクセスでき、顧客のために活用することができる。キーとなる一つのコアテクノロジーを様々な用途の製品に応用することもあるし、複数のテクノロジーを組み合わせて新たな製品を生み出すこともある。

 世界36カ国にある54のカスタマーテクニカルセンターや研究所に入ると、46のテクノロジープラットフォームと応用製品が展示されており、営業やマーケティングも加わり、顧客が抱える問題を一緒に解決することで新たな製品・サービスを生み出している。年間10万人を超える顧客がこれらの施設を訪れるという。

 また、研究者やエンジニアが交流し合う「テクニカルフォーラム」が組織を超えた協働を促進する役割を果たしている。事業所ごとに年に2回、多いところでは3、4回、広いスペースでポスターセッションを行い、自分が取り組んでいるプロジェクトや開発した技術を披露したり、困っている問題を投げかけたりする。全社で年に1200回以上開催され、技術者のみならず営業やマーケティングも参加する。1950年代に草の根運動として始まり、定着したという。

 もう一つ、3Mを象徴するのが「15%カルチャー」である。業務時間のうち15%を新たな技術や市場を探索するために自由に使ってよいというものであり、15%ルールと呼ばれることもあるが、明文化した規則に基づくものでも、厳密に時間を計るものでもない。この15%カルチャーから多様な製品が生まれている。

 ちなみに、ポストイットは、聖歌集に挟んでおいたしおりが舞い落ちるという出来事に遭遇した研究者の着想と、強力な接着剤の開発を目指していた研究者の失敗作であるすぐにはがれる接着剤という技術が結びついた結果生まれた商品である。

 3Mは、テクノロジープラットフォームと、ニーズに対する洞察力や分かち合い協働し合う文化が相俟って新たな製品やソリューションが生まれると考える。社員の主体性・自主性の尊重と組織・機能・専門を超えた草の根的な交流が、企業文化として定着していることで、このような相互作用が促進されるのであろう。

世界全体を見渡したシニアマネジメントの最適配置

図 3Mの「人事の基本原則」と「リーダーシップの行動指針」

 3Mの強みとして挙げられる三つめの要素であるグローバル・ケーパビリティーズは71カ国に展開する現地法人網を意味するものである。多くの国においてアメリカの製造業としてはいち早く参入し、長い歴史を積み重ねることにより、地域に根ざし、強い顧客基盤を獲得している。

 世界196カ国のほぼ全てにおいて製品・サービスの販売を行っているが、顧客の近くで開発し、製造し、販売するという考え方に基づき、現地法人を置く71カ国のうち、できるだけ多くの国で製・販・技の全機能を持たせるべく拠点整備を行ってきた。

 その一方で、それを追求しすぎると、それぞれの国がサイロになって小さくまとまり、グループの力を活かせないという弊害も生じる。

 人事面でいえば、どれだけ優秀な社員であっても一つの現地法人の中に閉ざされてしまうとキャリアパスも頭打ちになる。この問題を解消すべく、優秀な人材が現地法人を超えて活躍できるように、インターナショナル・アサインメントを全世界で一括管理することにより、地域や国を超えた社内人材の流動性を高めるようにしている。

 具体的には、地域本社のディレクターや現地法人のトップなど、3Mグローバルのシニアマネジメントポジションを規定し、その時点において世界全体を見渡して最適な人材を配置するという方針で運用を行っている。

 例えば、現在のアジアのビジネス担当はベルギーから、ファイナンス担当はコロンビアから、人事担当は日本から、R&D担当とサプライチェーン担当はアメリカからなど、出身は多様である。現地法人トップについても日本のトップはアメリカ、韓国のトップはインド、オーストラリア・ニュージーランドのトップは日本と、出身国を超えた人材配置が行われている。

グローバルレベルでの分権と集中のバランス

 グローバル企業にとって、地域本社や現地法人にどこまで任せ、本社で何をどうコントロールするかは難しい問題である。

 3Mは、6つの地域本社・71の現地法人という「地域軸」に対して、5つの事業部門・25の事業部という「事業軸」と、人事、財務、マーケティング、サプライチェーンなどの「機能軸」を、横串的に通す「マトリックス経営」を基本にする。

 具体的には、現法のビジネスリーダー(事業別責任者)は、現法トップと地域本社のビジネスリーダーの両方に報告責任を負うことになる。同様に現法のファンクションリーダー(機能別責任者)は、現法トップと地域本社のファンクションリーダーの両方に報告責任を負う。地域本社と本社の関係も同様である。

 可能な限り現地法人に権限委譲することを基本としながらも、現法単位だけで運営すると事業別のノウハウや機能別の能力が育ちにくい面もあることから、事業軸と機能軸を通すことでこれを補い、分権と集中のバランスを確保している。

 さらに近年は、全社統一のERP導入により業務プロセスをグローバルレベルで統合するとともに、バックオフィス機能(会計、購買、人事等)とサプライチェーンのコントロールタワー機能(リソース・材料・製造計画等)をそれぞれ世界3カ所に集約している。

公正で働きがいのある職場をつくる

 3Mは、会社全体で共有すべき考え方として‘OurVision’、‘Our Strategies’、‘Leadership Behaviors’、‘3M's Code of Conduct’などを定め、グローバルなレベルでそれを浸透させている。

 人事評価においては、設定した目標に対する達成度に加えて、これらの理念や価値基準に照らしてどう行動したかが問われることになる。

 ここでいう目標とは、最高経営責任者(CEO)が株主・投資家に約束した財務目標を事業部、機能部門、現地法人など組織の目標に落とし込み、それを受けて個人が取り組むべき業務課題を、数値化を含めて具体的に示したものである。

 また、理念や価値基準に照らした行動を問うことで、あるべき会社の姿に向けた正しい仕事の仕方を社員に求めている。そのことが会社の持続可能性を高めると考えるからである。

 処遇の基礎となるジョブグレード(職務等級)についても71カ国で統一されており、グローバルレベルでの公平性を担保しているが、給与水準については、各国の労働市場を調査した上で、国ごとに決めている。

 また、社員の貢献に金銭面で報いるだけでなく、同僚の推薦に基づき卓越した成果やイノベーションを表彰する制度、技術殿堂ともいうべきカールトン・ソサイエティという顕彰制度をはじめ、貢献を認知し、エンカレッジするための数多くの表彰制度を設けている。

 技術者には、研究・開発専門職と組織マネジメント職のいずれかの進路を選択できるデュアルラダー制度も用意されている。

 人材育成面では、毎年の評価に基づき階層ごとに社員の約15%を選抜して行うハイポテンシャル人材の育成、管理職を対象にした管理者研修、一般社員を対象にした研修などが体系的に組まれている。

 さらに、どの現地法人に対しても同じ尺度で実施される組織診断により、3年に1回、社員の意識調査を行っている。様々な改善の契機となるだけでなく、人を大切にする経営姿勢の浸透にもつながっている。

理念・制度・ルールによる統治と能力主義の徹底

 森田氏は、組織の複雑性故に意思決定に時間がかかること、オペレーションの非効率性、事業スケールの小ささなど、3Mにも様々な課題があるとした上で、日本企業に対する課題提起の意味も込めて、以下の3つが重要であると指摘する。

 一つ目は、人による統合・統治には限界があり、理念・制度・ルールによる統合・統治を目指すこと。日本企業の多くは、人を送り込んで、人で統治しようとするが、ゲームルールを簡潔・明快にした上で、自分で判断し行動できるようにすることが大切と強調する。

 二つ目は、あらゆる属性を超えたMeritocracy(能力主義)を徹底すること。3Mでは、現地法人からスタートして本社の経営陣に登用されるケースが決して珍しくない。本社出身者だけで固めず、優秀な人材を世界のどこからでも登用しようという姿勢が貫かれている。現在のCEOもスウェーデンの現地法人の一営業マンからキャリアを重ね、トップの地位に就いている。

 三つ目は、ダイバーシティの価値を信じ、本社にも現地法人にも国籍・経験・ジェンダーの多様性を持ち込むこと。

 森田氏が挙げるこの3点は、3Mを含めて世界から賞賛されるグローバル企業に共通する最も重要な要素と考えられる。日本企業にも優れた面は多く、一括りで論じることはできないが、これらの企業と比較した場合、決定的に立ち遅れていると言わざるを得ない。

 大学改革に関して、民間的手法の導入が必要とされる一方で、企業と大学は違うとの主張も相変わらず聞かれる。この場合の民間や企業は日本企業を念頭においてのことと思われるが、少し視野を広げて、世界のエクセレントカンパニーに学ぶことも必要ではなかろうか。

 特に、サイエンスに基礎を置き、自由闊達な企業文化でイノベーションを創出する3Mから、大学はいくつもの示唆を得ることができるはずである。


【参考文献】
『3M ジャパングループ会社案内』2017
日経ビジネス編『明るい会社3M』日経BP 社,1998
野中郁次郎・清澤達夫『3M の挑戦』日本経済新聞社,1987



(吉武 博通 公立大学法人首都大学東京 理事)


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