大学を強くする「大学経営改革」[71] 組織の動かし方と仕事の進め方に関する実践的能力をどのようにして高めるか 吉武博通

「ハード」の変革から「ソフト」の工夫へ

 「改革」を通して大学はより良き方向に向かっているのだろうか。組織や制度を変えることは改革の手段であり、目的ではない。また、組織や制度を変えたからといって、それが直ちに教育研究の高度化や経営力の強化に結びつくわけではない。

 組織が目指す目的・目標を構成員が十分に理解し、その達成に向けて個々の能力を高め、最大限に発揮しつつ協働する。そして、組織内の至る所で自発的かつ持続的な改善が展開される。このような状態を創り上げることこそ改革の究極の目的である。

 組織・制度の見直しは、そのための「ハード」の変革と言えるが、実際に組織をどう動かし、仕事をどう進めるかという「ソフト」とも呼ぶべき要素を重視し、その能力を高めることも極めて重要である。

 例えば、学長が決定する事項と学部または学部長に委ねる事項を見直すことは、組織・制度に係るハードの問題であるが、学長が必要な情報を集め、如何なる判断を行い、下した決定をどう伝え、実行を促すかはソフトの問題と言える。近年のガバナンス改革は前者を中心としたものであり、後者は学長個人の能力や経験に委ねられたままである。

 次に、職員の業務を考えてみたい。教員組織と職員組織の間の機能・権限分担、職員組織における部署間の機能分担や職階間の権限関係等はハードの問題であるが、実際の仕事をどう進めるかは、ソフトの問題である。教育研究に対する効果的な支援、学生サービスの質、業務全体の生産性等は、ハード面のみならずソフト面に左右される部分が大きい。

 働き方改革や生産性向上は我が国全体の課題とされている。リーダーシップ、人材育成、仕事術、データ分析、プレゼンテーション等、組織の動かし方や仕事の進め方を扱った啓蒙書や雑誌の特集も多く、ビジネスの現場における関心の高さが窺われる。

 これまで、合意プロセスや規則・前例に則った手続き的側面が重視されてきた大学においても、教育研究の質の高度化や経営力の強化を進める上で、組織の動かし方と仕事の進め方に関する実践的能力が、より求められるようになってきた。

 本稿では、組織を動かすという観点から「会議」のあり方を根本的に見直すことを提案した後、仕事を進める場合の工夫・改善点を、具体的な場面に即して検討する。その上で、それらの基礎となる考え方やスキルを如何にして身につければ良いのか、大学組織の特質を踏まえながら考えてみたい。

「会議」は組織を動かす最大の手段

 大学において組織を動かすために重要な役割を果たしてきたのは、「会議」、「規則」、「資源配分」であろう。その中でも、規則や資源配分が会議によって決定されることを考えると、「会議」の役割はとりわけ大きく、組織を動かす最大の手段と言える。

 そのことを象徴するように、教員か職員かを問わず、上位役職になるほど会議に時間が取られ、実務を担う職員は、日程調整、資料作成、事前説明、会議の設営、議事録作成等に多大な労力と時間を費やすことになる。

 学長、副学長、学部長等会議を主宰する立場の役職者は、事務局が作成した議事次第と進行メモに沿って会議を運営し、その事務局も前任者から引き継ぐ形で、期限を切って各部署から審議事項や報告事項を提出させ、決まった手順に従って会議の準備をする。

 仮にこのような状態であれば、当事者意識を持って会議に臨む者が不在のまま、型通りの会議が繰り返されることになる。「会議を活かす」という主宰者や事務局の能動的な姿勢が不可欠である。

 既に、種々の改善に取り組んでいる大学もあるだろうが、単に会議数を減らしたり、会議時間を短縮したりするだけでは、学内コミュニケーションの密度を低下させることになりかねない。

 会議の本来の目的を再確認し、目的にふさわしい形に組み替えるとともに、それに沿って運営方法を改善することで、組織の動かし方が大きく変わり、大学運営が飛躍的に活性化する可能性がある。

中長期的な方向づけに関する課題を重点審議

 会議には、①意思決定、②方針伝達、③コミットメント、④進捗管理、⑤情報共有、⑥問題発見、⑦アイデア創出、等の目的があり、通常は複数の目的を兼ねて開催されることが多い。

 そのうちの「意思決定」については、大学の場合、各組織の代表者が参画し、適正なプロセスを経て決定がなされたことを明確にすることで、構成員の納得を得るという意味合いが強い。しかしながら、それだけで教員組織や職員組織の第一線まで方針通りに動かせるかといえば、それほど容易ではない。

 組織を動かすために最も重要なことは、組織が向かう方向、目指す姿を明確に示すことであり、なぜそれを目指すのか、その背景にある現状認識や考え方を広く共有することである。

 そのためにも、付議事項を真に重要なものに絞り込む必要がある。国立大学法人の役員会や経営協議会、学校法人の理事会等は、中長期的な方向付けに関する審議に重点を置き、短期的または日常的な事項の決定については、理事長・学長や担当理事等の執行に委ねるべきであろう。

 また、審議資料は結論のみを記すのではなく、結論に至る背景や考え方が理解できるように工夫する必要がある。実際の資料作成は職員が担うことが多いと思われるが、資料を作成するプロセス自体が、情報収集力、企画構想力、論理的説明能力等を鍛える。また、検討にあたっては教員とも他部門の職員とも話し合わなければならない。サイロ化と呼ばれる自部門だけに閉じがちな意識を払拭し、教職間や部門間が連携・協働する契機ともなり得る。

 さらに加えるならば、重要な戦略課題をどのタイミングで付議するか、年間スケジュールの中で予め決めておくことで、問題を先送りすることなく、検討を促進することができる。

会議を変えれば組織が変わる

 2つ目の目的である「方針伝達」については、会議で説明すれば第一線まで伝わると安易に考えるべきではない。全学的な方針に対する教員の関心は、自らの利害に関わらない限り、総じて低い。伝えるべきことがあれば、確実に伝わるように、説明会を設けたり、学長・副学長が学部・研究科に出向いて直接説明したりする等、最良の手段を講じるべきである。

 会議は、計画や予算を決定する場であると同時に、決定に基づく実行を約束し合う場でもある。これが目的の3つ目に挙げた「コミットメント」である。その上で、節目ごとに「進捗管理」を行い、問題があれば新たなアクションを打つことになる。

 5つ目の「情報共有」とは、大学を取り巻く諸情勢や政策動向、志願者・入学者、教育・研究・学生に関する状況、進路状況等であり、会議報告を通じて共有することを目的とするものである。IR機能の充実と一体となって取り組む必要がある。

 進捗管理や情報共有を行う中で、解決すべき問題を見つけるのが6つ目の「問題発見」である。会議に報告される種々の実績データは、当該年度だけか、前年度との比較を加えたものにとどまることが多い。これを5年ないし10年程度の時系列データとして眺めてみると、気づくことが増え、解決すべき問題がより鮮明に浮かび上がってくる。

 「アイデア創出」も会議の重要な目的の一つだが、通常の全学的な会議にこの機能を期待することは難しい。フランクに話し合い、豊かな知恵を出し合える規模や構成を工夫する必要がある。

 既に述べた通り、大学において会議は組織を動かすための最大の手段である。これらの目的に沿う形で会議のあり方を変えることができれば、大学組織は大きく変わるはずである。

知識の深さと広がりが判断の的確性と柔軟性を育む

 次に、仕事の進め方について、主として大学職員を前提に考えてみたい。

 近年、業務の多様化や高度化を背景に、教職協働、より高い専門性や企画・立案力等を大学職員に求める傾向が強まっている。このこと自体、決して間違いではないが、高度な専門性も企画・立案力も、的確かつ効率的に仕事を進める能力の上に積み上がっていくものであり、このような能力を持続的に高められる環境が整っているか、個々の大学の実情も含めて厳しく点検する必要がある。

 以下図は、仕事を進める上で必要な能力を、学士力や社会人基礎力を含むこれまでの議論も踏まえつつ、整理したものである。白地は、主として学校教育段階でその基礎を身につけるべき能力であり、網かけは、仕事や職場での経験を通して養われる部分が大きいと思われる能力である。以下では後者を中心に論じることとする。


図 仕事を進める上で必要な能力(網かけは主に仕事・職場で養われる要素)

 図は、下から上に向かう構造となっており、土台としての自己管理能力から始まり、組織内で信頼を蓄積し、それに基づいてリーダーシップを発揮できる状態に到達するまでに、求められる能力要素を整理している。ここでいうリーダーシップは、役職等の地位に関係なく発揮できる能力を意味する。

 自己管理能力は課外活動を含む学校教育段階で一定程度身につけることができるが、職業生活においては、職場規律、チームワーク、生産性等に影響することもあり、格段に厳しくその能力が問われることになる。就職直後に関わり合う上司・先輩の影響はとりわけ大きい。

 知識については、学校教育で得るものに加えて、職務上の知識をOJTまたはOff-JTで身につけなければならない。ここで重要なのは、表層的な知識にとどまることなく、その本質まで掘り下げるとともに、周辺領域や関係領域まで広げて知識を習得する必要があるという点である。

 職務上必要な知識に深さと広がりを持たせることで、正確な理解に基づいた的確な判断が行えるようになるだけでなく、根本的な原理・原則を押さえた上で、より柔軟な判断や創意工夫を行う余地も広がる。

 どのようにすればこのような深さと広がりのある知識を身につけることができるかは、育成上重要な課題である。

価値観や考え方を組織文化として定着させる

 中段右側の要領、手順、段取りは、生産性に直結する要素である。仕事の優先順位づけもこれに含まれる。特に、上位者の段取りの巧拙は、部下の働きやすさや職務満足感に大きな影響を与える。

 組織全体の生産性を高めたいならば、これらの能力に長けた人材を一人でも多く育成すべきであるが、座学でノウハウを伝えても、仕事の経験を積ませても、容易に身につくものではない。

 このような能力に長けた上司や先輩が周囲におり、その仕事ぶりを見ながら、職場学習を重ねていくことが最良の方法である。

 中段左側の信念、価値観、考え方も、生産性や仕事の質に関わる重要な要素である。誰のために、何を重視して仕事をするかは価値観の問題であり、「日々改善」、「良い品(しな)、良い考(かんがえ)」等に代表されるトヨタ生産方式の思想等は、本稿でいう考え方に相当する。

 学ぶべき事例は大学にもある。坂田昌一教授率いる名古屋大学の物理学教室が、全ての教員と大学院生が対等な立場で自由に議論する体制を憲章に定め、定着させてきたことが、今日の研究水準の高さに繋がっていると言われている。小林誠・益川敏英両教授のノーベル物理学賞受賞はその象徴である。

 要領・手順・段取りも信念・価値観・考え方も促成栽培に馴染まない能力であるが、一度身についた能力や定着した組織文化は容易に廃れない。これらの能力を培うための息の長い取り組みを展開すべきである。

誠意ある仕事の積み重ねで信頼を蓄積する

 説明能力は、学校教育段階でも養われるが、仕事においては多様なシチュエーションで、その時々に応じた説明が求められる。説明を受ける相手の状況を踏まえた工夫や配慮も必要である。

 要旨をA4一枚にまとめ、ざっと目を通しただけで内容を把握できる文書を作成し、短時間に簡潔に説明する能力も養っていく必要がある。

 あまりに具体的で細かすぎる話ではあるが、実際の仕事はこのようなことの積み重ねでもある。相手の立場やニーズに配慮しながら、互いにストレスを感じないように、誠意を持って仕事をする。その繰り返しの中で、コミュニケーション能力が磨かれ、チームワークや協働する力が身についてくる。

 それが信頼に繋がり、信頼が蓄積されることで、他者に対する働きかけが有効に機能するようになる。リーダーシップの発揮とはこのような状況を意味する。

実践的で体系的なプログラムの開発が不可欠

 最後に、組織の動かし方と仕事の進め方の基礎となる能力を身につけるための方策について考えてみたい。

 前者については、学長、副学長、学部長、事務局長等を対象とする組織の動かし方に焦点をあてた体系的な教育プログラムを開発し、一定期間集中して受講できる形で開講することを提案したい。

 そのプログラムでは、経営学の基礎的な知識を体系的に学んだ後、実際に組織を動かしてきた企業経営者の話を聴き、それらを踏まえて、ワークショップ形式で大学組織を動かすために何が必要かを徹底的に話し合う。

 このような体験を通して、組織を動かすための考え方や方法が理解できれば、あとは経験を重ねることで能力が身についてくるはずである。組織を動かすための何の準備もなく、マネジメントを行えるほど、大学が置かれた環境は甘くない。

 仕事の進め方については、上司・先輩の仕事ぶりに学ぶことができれば、それが最良の方法だが、恵まれた育成環境にある職場ばかりではないだろう。そのためにも、実践的な知をベースにした教育プログラムを開発し、座学とワークショップを組み合わせた学びの機会を準備する必要がある。

 大学をより良い方向に導くためにも、組織の動かし方、仕事の進め方のそれぞれに関する実践的能力を有した人材の育成に、設置形態を超えて早急に取り組む必要がある。



(吉武 博通 公立大学法人首都大学東京 理事)


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