大学を強くする「大学経営改革」[78] 政策を見据えつつ現場主導の改革を──大学は高等教育政策にどう向き合うか 吉武博通

政策に翻弄される高等教育の現場

 大学は、組織や制度を変え続けていなければ、国や社会から評価されないのだろうか。

 都内の大規模私立大学での講演で一人の学部長から出された質問である。国公私を問わずこの種の疑問を投げかけられることは多い。矢継ぎ早に示される政策に、高等教育の現場は翻弄され、疲弊し、学生や学問に向き合うからこそ得られる瑞々しい感性や活力を失いつつある。

 文部科学省科学技術・学術政策研究所が行った「科学技術の状況に係る総合的意識調査(NISTEP定点調査2017)」においても、大学・公的研究機関の研究環境の状況は著しく不十分との認識が示されている。特に、研究者が大学改革や中期計画等の策定、外部資金の獲得等に時間を割かれ、まとまった研究時間を確保できない実態が明らかになっている。

 東京大学東洋文化研究所の佐藤仁教授はその著書『教えてみた「米国トップ校」』(角川書店,2017)の中で、「管理業務の過多に伴う教員の研究・教育時間の劣化傾向は深刻」であること、「さまざまな「改革」が、足元の学生や教員よりも文科省の方を向いて行われている傾向が強い」こと等を指摘している。

 教員のみならず職員からも、年々業務が増えて、新たなことに取り組む余裕が失われつつあるとの声を聞くことが多い。

 改革が十分かと問われれば、大学は依然として多くの課題を抱えている。改革への取り組みを遥かに上回る速度で社会が急速に変化している状況も理解できるが、次々に政策を示し、改革に駆り立てることで、本当に教育の質が向上し、研究力が高まるのだろうか。政策を示す側も改革の当事者である大学も、立ち止まって冷静に問い直す必要がある。

政策議論を通して気づかされることも多い

 一方で、一旦示された政策は、それが妥当であるか否かに関わりなく、法令となり、予算化され、大学に改革の実行を促す。理解も不十分なまま、急き立てられ、形を取り繕うことに終始するよりも、学内を動かす好機と捉え、改革を加速させたり、政策を先取りしたりするくらいの強かさも必要である。

 成果物としての答申や提言だけでなく、審議の過程で示される論点、配布される資料、議事録等を通して、気づかされることも多い。個々の大学が、改革の方向性や将来的な在り方を検討する上で、これらの情報は極めて有益である。

 問題は、情報量があまりに膨大であり、取捨選択が難しい点であろう。異なる会議で、同じような議論が行われていたり、一つの会議で同種の資料が繰り返し配られていたりする。答申や提言も、多くの場合、本文に加え、概要版や参考資料がウェブ上にアップされている。概要版で全体像は把握できるが、本文で章立てを確認するとともに、重要な部分は丁寧に読み込まないと正しい理解が得られない場合もある。

 大学ごとに、これらの政策をウォッチする教員と職員(例えば企画担当副学長と企画担当職員)を特定し、節目ごとに報告させる等、学内共有の仕組みを設けるのも一つの方法である。継続的にフォローすることで、政策の大きな流れや勘所も摑め、情報の取捨選択も容易になる。

 大切なのは、政策を鵜呑みにするのではなく、その目的や本質を理解し、自校の課題と結びつけることで、真に意味のある改革に繋げる姿勢である。現在そして将来の学生や社会にとって意味のある変化が起きない限り、政策も改革も無価値に等しい。

経済成長への貢献期待と改革加速に向けた督促

 政策やその形成過程を理解するためには、政府に設置される会議の審議状況、与党の動向(例えば、2018年5月の自由民主党「教育再生実行本部 第十次提言」等)、経済界の提言等を押さえておく必要がある。

 政府に設置される会議では、中央教育審議会や調査研究者協力会議等文部科学省に置かれる会議だけでなく、内閣に置かれる本部・会議体、財務省の財政制度等審議会等でも、高等教育や大学を巡る議論が活発に行われている。

 内閣に置かれる本部・会議体のうち、経済財政諮問会議と総合科学技術・イノベーション会議は内閣府設置法に基づく常設の会議だが、閣議決定により日本経済再生本部、教育再生実行会議、まち・ひと・しごと創生本部等が置かれている。また、内閣総理大臣決裁により一億総活躍国民会議、働き方改革実現会議、人生100年時代構想会議が置かれ、それぞれが計画や基本構想をまとめて終了。一億総活躍と人生100年時代についてはフォローアップ会合に引き継がれている。

 これらの本部・会議体では、それぞれの文脈の中で大学に関するテーマが議論され、高等教育政策に影響を与えている。その要点を簡潔に表すとすれば、経済成長、それを支える人づくりとイノベーション、地方創生における大学への期待であり、改革の足取りが鈍い大学への強い督促である。

 2018年6月15日閣議決定の「経済財政運営と改革の基本方針2018」には、これらの議論が集約されている。高等教育に関係する施策としては、第2章の1「人づくり革命の実現と拡大」の中で、人材への投資として、高等教育の無償化、大学改革、リカレント教育が挙げられている。

 無償化の具体的措置では、無償化の対象範囲、支援対象者の要件、支援措置の対象となる大学等の要件、中間所得層に対する支援が示されている。このうち大学等の要件として、実務経験のある教員(フルタイム勤務でない者を含む)が卒業に必要な単位数の1割以上の単位に係る授業科目を担当するものとして配置されていることを挙げている。

 また、大学改革については、各大学の役割・機能の明確化、大学教育の質の向上、学生が身に付けた能力・付加価値の見える化、経営力の強化、大学の連携・統合等、多面的な指摘がなされている。特に、連携・統合では、国立大学に関する一法人複数大学制の導入、国公私立の枠を超えた大学の連携を可能とする「大学等連携推進法人(仮称)」の創設が提案されている。

 同日に閣議決定された「統合イノベーション戦略」では、第3章の(1)「大学改革等によるイノベーション・エコシステムの創出」において、「イノベーションを巡る世界的競争が激化する中、我が国の大学改革や研究力強化策は相対的に立ち遅れつつあるとの指摘がなされている」とした上で、経営環境の改善、人材流動性の向上・若手の活躍機会創出、研究生産性の向上、ボーダレスな挑戦の4点について踏み込んだ方針を示している。

経済成長への貢献期待と改革加速に向けた督促

 政策形成の主たる場が各省庁から官邸や内閣府に移り、民間議員や有識者委員を含む種々の会議で政策の骨格が作られる現在の形は、省庁縦割りの弊害解消という利点がある一方で、様々な問題も孕んでいる。

 会議の林立と頻繁な看板の掛け替えは、政策形成過程を複雑にし、分かりにくくしている。当該分野に精通していない政治家、有識者、事務局職員等が主導することで、不十分な知識や情報に基づく政策立案が行われる可能性もある。また、各省庁の審議会が諮問から答申まで一定の時間をかけているのに対して、短期間に答えを出す例も多く、十分に練り上げられたものか疑問も残る。

 例えば、2017年12月閣議決定の「新しい経済政策パッケージ」では、名目GDP 600兆円の実現を目指し、少子高齢化という最大の壁に立ち向かうため、生産性革命と人づくり革命を車の両輪として取り組むとの方針が示されているが、付け焼き刃的印象は拭えない。

 大学の役割や特質を深く考えることなく、また高等教育の現状を正しく把握することなく、経済成長やイノベーションへの貢献という側面だけで、その在り方を論じ、性急に改革を迫る姿勢や方法に強い疑問を抱かざるを得ない。

 このような政策形成に経済界の声が少なからず影響していることも確かである。2018年6月、経済同友会は「私立大学の撤退・再編に関する意見」を、日本経団連は「今後のわが国の大学改革のあり方に関する提言」を相次いで発表している。後者では、大学教育の質の向上、再編・統合の推進、財務基盤・経営改革の推進の3つの課題が示されており、再編・統合に関して、国立大学の一法人複数大学方式、地域の拠点大学を中心とした国立大学の再編・統合、国公私の枠を超えた運営法人の認可等が提案されている。

 経済界が大学に関心を持ち、要望や意見を伝えることは重要なことだが、大学改革の歩みや現状を踏まえることなく、組織・制度面での変革を迫る昨今の状況に違和感を抱く大学関係者も少なくない。経済界から大学という一方向ではなく、双方向の対話を通して、相互に問題を共有し合うことに、経済界も大学も共に力を尽くすべきではなかろうか。

 これらの動きに加え、財務省は財政制度等審議会において、データを示して高等教育の現状や予算配分の問題等を指摘、財政面から強く改革を迫っている。2018年5月の「新たな財政健全化計画等に関する建議」においても、予算の量ではなく、使い方を改善することで、教育の質や研究開発の生産性を向上させることが重要との考えを示し、教育の質の確保と経済的負担の軽減、大学改革に向けた資金配分、国立大学教員の研究環境、大学院改革の4項目について、厳しい注文をつけている。


高等教育を巡る直近の動向(2018年1月~6月)
図 高等教育を巡る直近の動向(2018年1月~6月)

政策と現場が分断され、政策の劣化が進む

 高等教育や大学の在り方は、本来落ち着いた環境で腰を据えて検討することこそ重要と思われるが、それが許されるような状況でないとしたら深刻な問題である。

 現在、中教審では「我が国の高等教育に関する将来構想について」の諮問を受けて、大学分科会将来構想部会を中心に答申に向けた検討が行われているが、6月に示された中間まとめの冒頭には、Society5.0、第4次産業革命、人生100年時代等、先に挙げた方針や戦略にも登場する用語が並ぶ。

 四六答申として知られる昭和46年中教審答申「今後の学校教育の総合的な拡充整備のための基本的な施策について」は、諮問から答申までに4年の歳月を費やしている。当時も経済界をはじめ多方面から意見が寄せられ、評価についても様々な見方があるようだが、その理念と方向性は今読み返しても説得力がある。

 官邸や内閣府が主導する政策形成過程の中で、文科省や中教審が独自の方針を示すことに腐心している様子は公開された文書や議事録等からも窺える。しかしながら、このような状況が続けば、高い専門性と客観的な事実に基づく政策立案が軽視され、教育・研究現場で培われた知識や経験を政策に反映することも一層難しくなるように思われる。それによって政策と現場が分断され、政策の劣化も進むことが危惧される。

トップダウンとボトムアップを組み合わせる

 変化の速度が増すほど、迅速な決断が求められ、トップダウンが重視されるのは一面で正しいが、判断には迅速性とともに妥当性も求められる。判断の妥当性を高めるためには正しい情報が上がらなければならない。ボトムアップが重要な所以である。加えてボトムアップの定着により、現場が主体的に考え、決定事項を速やかに実行に移せるようになる。

 トップダウンとボトムアップの組み合せこそ重要なのだが、近年は国のレベルでも大学においてもトップダウンが強調されがちである。

 大学の現場で起きている問題は一つひとつが具体的な現実であり、一般解で解決できるものはむしろ少ない。教職員が問題に向き合うゆとりを作り、感度を高め、協働して解決できる能力を身につけることこそ求められているのである。

 改革は進んでいない訳ではない。現場を丁寧に見れば優れた実践は少なくない。ただ、同じ大学内でも学部・学科間で取り組みに差があり、教員間、職員間でも活動や意識に差がある。優れた実践を学内でどう広げるか、教職員の意識改革を含めて大学改革の難しさはその点にある。

 ガバナンス改革により学長がリーダーシップを発揮しやすい条件は整ってきた。あとはそれを大学全体の改革にどう活かすかである。そのためにも、学長・副学長がこれまで以上に現場に目を向け、現場で生じている問題、教職員の活動や意識、優れた実践を正しく知る必要がある。

 その上で、教育研究や教職員の働く環境を整えるとともに、優れた実践を称賛し、取り組みが不十分な組織や個人には厳しく改善を促さなければならない。厳しさと温かさの両方で現場に向き合うことこそトップの役割である。

学生を基点に政策を活かし政策に働きかける

 国の政策動向を学内に伝え、政策を活用して学内を動かすことも有効な手段であるが、そればかりだと学内で確かな信頼は得られない。

 学長・副学長は政策の背景や目的を理解するとともに、それに対する自身の考えを持ち、政策をどのように運営に活かせば大学をより良い方向に向かわせることができるか考え、学内の理解を得ながら実際の活動に落とし込んでいかなければならない。

 その一方で、政策担当者と対話する機会を持ち、大学改革を進める上で真に必要な政策の提言も積極的に行うべきであろう。自校の中で進む具体的な取り組みを示し、成果と課題を明らかにしながら、如何なる支援があれば、その活動レベルを引き上げ、学内に広く展開できるかを説明する。それらは政策立案に資する貴重な材料になるであろう。

 政策に対して受け身の姿勢に終始することなく、ある時は学内改革に巧みに活用し、ある時は政策形成に積極的に働きかける。学長・副学長がそのような役割を果たすことで、政策と現場を繋げることができる。

 大学の最大の強みは学生が集まる場という点である。学生がもたらす情報こそ改革を進める上で最良の資源である。どうすれば自ら学び、自らを成長させようとするかは、真摯に学生と接する教職員にしか分からない。

 学生を基点に、政策を活かし、政策に働きかける。今の大学に必要なのは、このような姿勢ではなかろうか。



(吉武 博通 公立大学法人首都大学東京 理事)


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