大学を強くする「大学経営改革」[87] ハラスメント防止対策の強化は健全で活力ある職場づくりの好機 吉武博通

パワーハラスメント防止措置が事業主の義務に

 労働施策総合推進法の改正に伴い、2020年6月1日より、パワーハラスメント(以下「パワハラ」)防止措置が事業主の義務となる。

 また、既に男女雇用機会均等法と育児・介護休業法で雇用管理上の措置を講じることが義務づけられていた職場におけるセクシャルハラスメント(以下「セクハラ」)と妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントについても、法改正により防止対策が強化される。

 大学は、これまでもセクハラ、アカハラ(アカデミックハラスメント)、パワハラなどの防止に努めるとともに、相談体制の整備、問題が生じた場合の解決、再発防止等に取り組んできた。その目的は、学生が安心して学ぶことのできる環境の確保であり、教職員が快適に働くことのできる職場の実現である。

 ハラスメント対策を担う部署には多くの相談が持ち込まれ、担当者はその対応に追われ、委員会による調査も遅れがちといった大学も多いのではなかろうか。これらの問題は対応を誤ると解決が長引き、教育研究現場や職場、さらには大学全体に大きなダメージを及ぼす事態に発展しかねない。

 特に、パワハラ防止措置の義務化が教職員のパワハラへの関心を高め、これまで表に出なかった問題が持ち込まれるなど、より難しい対応を迫られる可能性がある。

 大学には、大別すると教員と職員という2つの職種があり、それぞれに常勤・非常勤、無期・有期など多様な雇用形態がある(附属の学校や病院を持つ大学はさらに複雑である)。しかも、管理的立場にある者がマネジメントに関する十分な訓練を受けないままその地位に就くケースも多い。パワハラに限っても、企業など一般の組織以上に多様かつ複雑な問題が生じる可能性がある。

 本稿では、キャンパスハラスメントの中のパワハラに焦点を当て、それを防止することに加えて、さらに進んで健全で活力ある職場をどう実現すれば良いのかについて考えてみたい。

増加の一途を辿るパワハラに関する相談

 個々の労働者と事業主との間の労働条件や職場環境等をめぐるトラブルを未然に防止し、早期に解決を図るための「個別労働紛争解決制度」の施行状況が毎年厚生労働省より公表されている。

 平成30年度の総合労働相談件数は111万7953 件と11年連続で100万件を超え、うち民事上の個別労働紛争相談件数は前年度比5.3%増の26万6535件となっている。その中で最も多いのが「いじめ・嫌がらせ」の8万2797件で、前年度比14.9%増と過去最高の件数に達している(厚生労働省「平成30年度個別労働紛争解決制度の施行状況」2019年6月26日)。

 厚生労働省委託事業「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」(2017年3月東京海上日動リスクコンサルティング株式会社)においても、従業員からの相談の最多がパワハラで32.4%、以下メンタルヘルス、賃金・労働時間等の勤務条件、セクハラ、コンプライアンス、人事評価・キャリアの順となっている。

 また、過去3年間にパワハラを受けた経験があると回答した比率は34.5%で、心身への影響に関する回答では、「怒りや不満、不安などを感じた」「仕事に対する意欲が減退した」「職場でのコミュニケーションが減った」等が上位に挙がっている。その一方で、パワハラを受けたと感じながら「何もしかなった」との回答は4割以上にのぼっている。

 パワハラの予防・解決のための取り組みについては、既に実施している企業・団体の比率が半数を超えているものの、従業員規模の大きな企業・団体に比べ、規模の小さな企業・団体の比率が低いとの結果も示されている。

 また、取り組みを進めた効果として、「管理職の意識の変化によって職場環境が変わる」(43.1%)、「職場のコミュニケーションが活性化する/風通しが良くなる」(35.6%)等が上位に挙げられている。

パワハラは尊厳や人格を傷つける許されない行為

 厚生労働省に設置された「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」は2018年3月に報告書を公表している。

 同報告書はその冒頭で次のように述べている。

 「職場のパワーハラスメントは、相手の尊厳や人格を傷つける許されない行為であるとともに、職場環境を悪化させるものである。こうした問題を放置すれば、人は仕事への意欲や自信を失い、時には心身の健康や命すら危険にさらされる場合があり、職場のパワーハラスメントはなくしていかなければならない。

 また、企業にとっても、職場のパワーハラスメントは、職場全体の生産性や意欲の低下など周りの人への影響や、企業イメージの悪化などを通じて経営上大きな損失につながるものである。」(「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」2018年3月)。

 このような経緯の中で法改正が行われ、パワハラ防止が事業主の義務とされた。法改正に基づき厚生労働省が示した指針では、職場におけるパワハラを、「職場において行われる

  • 優越的な関係を背景とした言動であって、
  • 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
  • 労働者の就業環境が害されるものであり、
①から③までの要素を全て満たすものをいう」と定義したうえで、「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導」についてはパワハラに該当しないとしている。

 対象となる労働者には、正規雇用労働者だけでなく、パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規雇用労働者が含まれる。派遣労働者については、派遣元事業主のみならず、労働者派遣の役務の提供を受ける事業主にも同様の義務が課せられている。

 そして、パワハラに該当する例として、身体的な攻撃(暴行・傷害)、精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)、人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)、過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)、過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)、個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)の6つを挙げている。

 その上で、事業主が必ず講ずべき措置として、以下の4つを義務づけている。

  • 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
  • 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
  • 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
  • ①から③までの措置と併せて講ずべき措置(プライバシーを保護するための措置、相談等を理由に不利益な取り扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること)
「優越的な関係を背景とした」言動について、指針は、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指し、

  • 職務上の地位が上位の者による言動
  • 同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
  • 同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの
が含まれるとしている。


図 「パワーハラスメント防止措置の義務化」の全体像


大学の構造的問題を浮かび上がらせる

 大学の場合を考えてみたい。学校法人の理事長、理事、大学の学長、副学長、学部長、事務局の部課長など、経営者又は管理職の地位にある者と下位者との間だけでなく、教授、准教授、助教という職名の異なる教員間、無期雇用の専任教員と任期付教員の間、教員と職員の間、正規雇用職員と非正規雇用職員の間などでもパワハラは起こり得る。

 なかでも大学固有の問題として留意すべきは、教員と准教授・助教の間、あるいは教授・准教授と任期付教員・研究員の間で生じるトラブルである。

 特に近年、外部資金によって雇用される特任助教など任期付教員が増加している。資金を獲得して研究を主導する教授とこれらの任期付教員とのパワーの差は歴然である。しかも、閉じられた研究室の中で何が起きているかは見えにくい。アカハラと重なり合う部分もあるが、彼ら彼女らがわが国の研究力を支え、大学教育の将来の担い手でもあることを常に意識し、健全な研究室運営に努めなければならない。

 教員と職員の間の問題も大学に特有である。教職協働が謳われ、状況は変わりつつあるが、学部・研究科等の現場では、法人や大学の方針と教員の抵抗の板挟みに遭い、教員の侮辱的な言葉や暴言に苦しんでいる職員もいると思われる。

 職員組織内で生じる問題は、上司・部下の間や正規・非正規の間など、その性質は企業などと大きく違わないが、大学は職員数だけでみると規模の小さい組織が多く、学内での相談を躊躇する傾向も強いと推測される。表に出ない不信や不満は職場活力の低下をもたらす。

 パワハラ防止措置の義務化を、これらの構造的問題を浮き上がらせ、大学の組織特性にふさわしいマネジメントのあり方を考える好機と捉える必要がある。

発生要因に個人の問題と職場環境の問題

 「パワーハラスメント」はメンタルヘルスの研修と相談を行う会社の設立者が2001年に生み出した用語である。このような概念が登場し、普及するに従って、それまで水面下にあった問題が次々表面化し、相談や紛争の件数が増加する面もある。

 特に、パワハラについては、上司の指示や指導に不満を感じた者が一方的な被害を主張することも多く、それを恐れるあまり、業務指示や指導が及び腰になるということも起こり得る。

 言うまでもないが、上位者が仕事を指示し、成果を評価し、不十分ならば指導するという本来の役割を果たすことを躊躇するならば組織は成り立たない。仕事に取り組む姿勢、態度、能力に課題があれば、厳しい指導と適切な支援を通して成長を促すのは当然である。

 その指示や指導が適正な範囲を超え、エスカレートすることでパワハラ問題が生じることになる。

 前出の報告書によると、パワハラの発生要因には、労働者個人の問題と職場環境の問題があり、前者のうち行為者については、感情をコントロールする能力やコミュニケーション能力の不足、精神論偏重や完璧主義等の固定的な価値観、世代間ギャップ等の多様性への理解の欠如等があるとされている。また、パワハラの受け手となる労働者にも、社会的ルールやマナーを欠いた言動が見られるのではないかとの見方が示されている。

 後者の職場環境の問題としては、労働者同士のコミュニケーションの希薄化、行為者となる労働者に大きなプレッシャーやストレスをかける業績偏重の評価制度や長時間労働、不公平感を生み出す雇用形態、不適切な作業環境などが挙げられている。

大学は選ばれる職場であり続けられるだろうか

 社会・経済環境の急速な変化を背景に、組織が対処すべき課題は増加し、それぞれの難度も高まる。組織内においては、若手の能力・態度、中堅層の成長、中高年の意欲など人事管理上の問題が重くのしかかる。表面化するか否かは別にして、パワハラ問題を発生させるリスクは高まる傾向にある。

 大学も同様であるが、これらの状況に大学特有の構造的問題が加わる。さらに、マネジメントの仕組みやそれを担う人材育成システムが未成熟または整備途上であることを考え合わせると、問題はより深刻といえる。

 18歳人口の減少はもっぱら学生確保の観点を中心に論じられがちだが、様々な業種や職種、企業や団体による人材確保をめぐる競争が激化することをも意味する。

 教員か職員かを問わず、大学は働きがいのある職場として今後も選ばれ続けるのだろうか。個々の大学の将来に関わるだけでなく、わが国の教育力や研究力をも左右しかねない重大な問題である。

 法人や大学のトップはそのことを強く心に留めて、健全で活力ある職場づくりの先頭に立たなければならない。そのためにもトップ自らがこの問題の本質を理解し、ハラスメントのない職場の実現に向けた強いメッセージを発するとともに、繰り返しその重要性を説き続ける必要がある。

ワーク・エンゲイジメントを如何に高めるか

 ハラスメントのない、健全で活力ある職場とはどのような状態を指すのであろうか。このことに有益な視点を提供してくれるのが「ワーク・エンゲイジメント(Work Engagement)」である。

 オランダ・ユトレヒト大学のSchaufeli教授らによって確立された概念であり、「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力、熱意、没頭によって特徴づけられる。ワーク・エンゲイジメントは、特定の対象、出来事、個人、行動などに向けられた一時的な状態ではなく、仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知である」(島津2014)と定義されている。

 近年、研究も蓄積され、実務への応用も進みつつある。厚生労働省「令和元年版労働経済の分析」では、第Ⅱ部第3章「働きがいをもって働くことのできる環境の実現に向けて」において、この概念を活用した分析が紹介されている。

 その中では、ワーク・エンゲイジメントの向上が労働生産性の向上や働く者の健康増進につながる可能性が示されている。また、職場の人間関係やコミュニケーションの円滑化、労働時間の短縮や働き方の柔軟化、業務遂行に伴う裁量権等の雇用管理の実施率の高さとワーク・エンゲイジメント・スコアとの間に正の相関がある可能性も指摘されている。

 ハラスメントの発生を防ぐことも、個々人が働きがいを感じながら、協働して新たな価値を生み出していくことも、職場の健全性が保たれてこそ実現できるものである。この機会に大学の様々な職場に目を向け、そこで働く人々の声に耳を傾けてほしいと思う。


【参考文献】~ 手軽に読める関連文書・書籍
厚生労働省ハラスメント防止対策強化に関するリーフレット
【外部リンク】https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000596904.pdf
大和田敢太(2018)『職場のハラスメント』中公新書
岡田康子・稲尾和泉(2018)『パワーハラスメント<第2版>』日経文庫
島津明人(2014)『ワーク・エンゲイジメント』労働調査会
松﨑一葉(2017)『クラッシャー上司』PHP文庫



(吉武 博通 東京都公立大学法人 理事 筑波大学名誉教授)


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