リカレント教育

リカレント教育と日本の大学①

「世界で最もビジネスマンが学ばない国」から脱却するため、日本の大学は何ができるのか


「今後、高等教育機関は、18歳で入学する日本人を主な対象として想定するという従来のモデルから脱却し、社会人や留学生を積極的に受け入れる体質転換を進める必要がある。」
(18年11月・中央教育審議会答申「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」)

「大学・専門学校等での社会人受講者数を2022年度までに100万人とする」
(19年5月閣議決定「成長戦略2019」Society5.0時代に向けた人材育成・KPI)

◆社会的課題とされる大学の「18歳入学主義」。

 『LIFE SHIFT』著者のリンダ・グラットン氏や「世界最高齢のアプリ開発者」若宮正子氏の起用で話題となった「人生100年時代構想会議」で大きなテーマの一つとなった「リカレント教育の拡充」。近年、日本の大学が今後どうあるべきかという議題が政策の審議や提言のテーブルに上るたび、「社会人学習」「リカレント教育」は必ずテーマとなっている。それは教育行政に関わる場合だけではない。経済成長や働き方改革など、日本社会全体の課題をいかに解決していくかという幅広い議論の一環として、現在の大学のあり方が焦点となっているのである。

 その背景には、学生の「18歳入学」を前提に運営されてきた日本の大学が、国際的に見て特異なものだという事実がある。議論の資料としてよく掲げられるのが「図表1」だ。


図表1 高等教育機関への25歳以上の入学者の割合

図表1 高等教育機関への25歳以上の入学者の割合

(出典)OECD「Education at a Glance (2017)」(諸外国)及び文部科学省「平成27年度学校基本調査」


 これは、学生全体のうち、25歳以上の入学者の比率を国別に並べたもの。約17%というOECD平均に対し、日本の数字は2.5%にすぎない。ちなみに、こちらは通信制大学の在校生も含んでおり、通学の大学に限った場合、その比率は「1.1%」にまで低下してしまう(2015年度)。日本では、大人の学生がキャンパス内にいることは非常に少ないが、それは国際的には「異常」ともいえる状態なのである。

 一方で、日本のビジネスパーソンは世界一学んでいないというデータもある。図表2は、英国に本部を置く人材会社「ランスタッド」が2017年に行った調査の結果。「スキルアップのために自己負担で実施しようと思っていることがある」と答えた者の比率を、調査を行った33か国の高い順から並べたものだ。最下位…惨憺たる数字である。


図表2 「スキルアップのために自己負担で実施しようと思っていることがある」と答えた者の比率

図表2 「スキルアップのために自己負担で実施しようと思っていることがある」と答えた者の比率

(ランスタッド株式会社「ランスタッド・ワークモニター」(2017年11月)
※表内33の国と地域において、18~65歳の週24時間以上の勤務をする労働者を対象に調査)


 昭和の日本であれば、人材育成は学ぶ個人が自分で負担しなくとも企業が担っていると反論できたかもしれない。しかし、企業の教育研修費はリーマンショックで激減、また職場の人材配置の変化もあって管理職達には人材育成を行う余裕をなくしている。企業が負担しないのであれば、自分の負担で学ぶ人が多数派とならなければならない。しかし、学ぶ社会人はまだまだ少数派にとどまっているのである。

 そして、変化が激しく、環境の不確実性が高まり将来が見通しにくくなっている今、社会人が学習する必要性はこれまでになく高まっている。働く個人にとって、自分のキャリアの行く末を企業に任せっきりにしたままでは、大きな変換が起きようとしている現在、さらに「定年後」の長い将来の生活をいきいきと送りつづけることは難しくなってしまった。また企業の側も、社員達が自ら学ぶ風土づくりの必要性を認識し始めている。一斉に新卒で採用した社員に対してこれまでの延長線上での人材育成を行っているだけでは、環境変化に対応し、新たな付加価値を創造することはできないからだ。

 「このままでは日本は、これからの知識基盤社会で責任のある役割を果たすことはできなくなってしまう」。各種の政策検討の場において、必ずといっていいほど「リカレント教育の推進」が語られるようになったのは、まさにこうした危機感の表れといえるだろう。

◆大学への期待とこれまでの促進施策

 2018年6月に前述の「人生100年時代構想会議」がまとめた「人づくり革命 基本構想」において、大学は、「知の基盤であり、イノベーションを創出し、国の競争力を高める原動力」「人づくり革命を牽引する重要な主体」として位置づけられている。

 その重要な存在である大学を、いつまでも社会人と距離のある存在にしておくわけにはいかない。そこで、国がこれまで大学(及び大学院)に社会人を呼び込むために行ってきた施策を年表の形でまとめると、図表3のようになる。


図表3 大学における社会人学習促進施策のこれまで

図表3 大学における社会人学習促進施策のこれまで


 これらの施策は、大きく

  • 社会人を対象とした課程・プログラムの創設
  • 社会人が学びやすい環境整備
の2つに分類することができる。

 ①社会人を主な対象とした課程としては、通信制大学や専門職大学院が代表的だ。

 通信制大学は明治期の「講義録」以来の長い伝統を持つが、近年特筆すべきなのはインターネットを活用したメディア授業の普及だろう。通常の授業を撮影して配信するだけではなく、スマートフォンの活用、対面授業とは質の異なる双方向性を実現した授業を展開するなど、5G化をはじめ今後の通信技術の発達で新たな展開が期待される。

 専門職大学院では、特に「ビジネス・MOT」や「公衆衛生」の分野において社会人比率が高い。業務経験を有することが出願の要件となっているケースも多く、学習と実践との往還を前提とした教育が行われている。

 今後活用拡大が見込まれるのが「履修証明プログラム」だ。大学の教育研究成果を社会に提供することを目的として創設された制度だけに、最新の技術や社会課題に対応した柔軟なプログラム作りが可能となっている。

 この履修証明プログラムや大学院・大学の正規課程のうち、実践的・専門的な教育内容や教育方法、学びやすさの面で特に社会人のための工夫を行っているものについては、文部科学大臣より「職業実践力育成プログラム(BP)」として認定され、後述する専門実践教育訓練給付金制度と連動し、学習者は資金面での支援を受けることが可能になっている。

 ②環境整備面での近年の施策としては、まず「専門実践教育訓練給付金制度」が挙げられる。2014年にそれまでの教育訓練給付金を拡充する形で創設され、2015年開講の講座から指定が始まった。専門職大学院や専修学校の職業実践専門課程、上述の職業実践力育成プログラムなどのうち一定の条件を満たしたものが指定され、受講者は授業料の最大7割(年額最大56万円)もの給付を受けることができる。一度受給してしまうと継続学習しようとしても3年間は利用できない、雇用保険の制度であるため公務員やフリーランスが対象外となっているなどまだまだ制約はあるが、それでも、諸外国に比べ自己負担の大きい我が国の社会人にとっては大きな支援となっている。

 社会人が大学・大学院への進学を考える際に大きな問題となるのが、4年・2年という期間の長さだ。しかも仕事をしながらでは、それ以上の年月がかかることも覚悟しなければならない。しかも経済状況の変転がこれほど激しいなかで、4年後、2年後の自分はなかなか想像が難しい。科目等履修制度や単位累積加算制度はこうした課題の解決を狙ったものだ。19年の学校教育法施行規則等の改正で履修証明プログラムもその対象となり、今後さらなる活用が期待されている。

 長年、情報誌や専門サイトの編集を通じて社会人に大学・大学院の活用を働きかけてきた自分にとって、様々な場でリカレント教育への言及がなされたり、社会人を対象とした施策がいくつも実施されたりといった近年の状況は、まだまだ大きな流れとなるには不十分なものとはいえ、まさに隔世の感がある。

 しかし、こうした施策を活用し社会人をターゲットとする教育を展開しようとしている大学・大学院は、まだまだ非常に少ない。結果、社会人が学ぶ際に教育機関を活用する際、大学・大学院を選ぶ割合は非常に低い(図表4)。


図表4 学習の際に利用した教育機関

図表4 学習の際に利用した教育機関

(リクルートマーケティングパートナーズ「学び事・習い事の実態調査」
※調査実施17年12月、対象は前年一年間に何らかの学び事・習い事を実施した全国の20~69歳
男女有職者 サンプル数N=3107(男性1554 女性1553))


 そう、社会人にとって、学ぶ手段は大学・大学院に限った話ではない。

 もし日本の大学が変わらず、今後も「18歳入学主義」で運営され続けるのならば、個人も企業も社会も、躊躇なく他の手段を優先することになりかねない。

 いっぽうで、もういちど図表4を見ていただきたい。大学・大学院を選んだ社会人学習者は3%。ということは、97%は別の手段を利用しているということになる。それは、他の教育機関からの「リプレイス」を狙うだけでも、広大な「白地マーケット」が広がっているということだ。現在の教育機会で学習を実施していない人を取り込むことができれば、その余地はさらに広がる。低成長に悩む経済状況のなか、これほどの成長可能性を持つ市場は稀有な存在と言うことすらできよう。

 そこでこれからこの連載コラムでは、大学・大学院に限られない社会人の学びの実情、先行して社会人マーケットに取り組む大学の事例紹介、制度・政策の解説など、大学が社会人学習マーケットに向き合っていくための材料を提供していく。

 わずかでも参考にしていただければ望外の喜びである。

(リクルート進学総研 主任研究員(社会人領域) 乾 喜一郎)