リカレント教育と日本の大学[12]/社会人学生同士が学び合うコミュニティーはどのように形成されるのか~グロービス経営大学院の場合

◆成功する社会人向けプログラムが実現している「学び手同士のコミュニティーの形成」

 大学が社会人マーケットへの進出を成功させるうえで重要な4つのファクター。そのうち今回は、「学び手同士のコミュニティーの形成」を取り上げる。

 学習者同士が学び合うコミュニティーの価値については、決まった内容を多くの学生に対し効率的に伝えるための教育側主体の教育から脱却し、学習者主体の教育を実現していこうという潮流のもと、小中学校から大学にいたるまで年を追うごとに注目度が高まっている。子ども達が主体的に学ぶための工夫として、学びの共同体の形成や協働学習の取り組みが熱をいれて進められていることは、読者の皆さんも実感しておられるところだろう。

 一方で、現在の社会人学習者は、もともと自らの意思で学習を実施することを選択した人々である。世代の全員が入学する義務教育、不本意入学者も存在する大学への18歳入学者とは異なる。しかし、主体的に学ぶことを選択した学習者が集まっているからといって、放っておいてもひとりでに学び手同士のコミュニティーが形成されるかというと、そういうわけにはいかない。

 そこには、18歳入学者とは違った工夫が必要となる。


 では、実際にはどのような工夫が行われているのか。

 今回は、社会人のみを対象とする大学院大学であり、2006年の開学以来着実に入学者を増やしてきたグロービス経営大学院を取り上げる。現在は東京・大阪・名古屋・仙台・福岡の5つのキャンパス、水戸・横浜の特設キャンパス、オンラインによるMBAプログラムを持ち、2021年度の入学定員は1050人に達している。

 学校法人グロービス経営大学院の常務理事であり、経営研究科の副研究科長でもある村尾佳子氏にお話を聞いた。


村尾佳子氏
村尾佳子氏
学校法人グロービス経営大学院常務理事
グロービス経営大学院経営研究科副研究科長


>グロービスの受講生の方々は、どんなふうに学び合ってらっしゃるのでしょう?

 グロービスでは、受講生同士が自主的に予習・復習のための勉強会を実施しているのですが、コロナになってから、その頻度が非常に上がっているようです。授業はリアルで行われていても、勉強会はオンラインで実施されるようになっています。受講生は皆さんお忙しいですから、そのほうが時間を合わせやすいのでしょうね。今後も勉強会はオンラインでということになっていくのだと思います。それこそ、日曜の朝6時から集まってらっしゃったりするのですよ。驚きましたけれど、「家族に後ろめたくない時間帯」ということだそうです。その時間帯であれば家族との時間を犠牲にすることなく学習をすすめていくことができると。夜9時からとか、遅い時間・早い時間は人気のようですね。受講生は仕事もライフステージも多様ですから、一つの授業の受講者35人の中で、ちょうど同じようなライフスタイルのメンバーを見つけて集まってらっしゃるのです。



画像 勉強会風景(2018年撮影)
↑勉強会風景(2018年撮影)



>それが授業に活かされていくのですね。

 演習においてすごく深いところの議論をするグループと、まあ普通の議論をするところがあって、何が違うんだろうというと、どれだけ彼ら彼女ら同士が勉強会をしているか、あるいは授業ごとにオンラインで用意されている「ディスカッションボード」を利用して復習課題にどれだけコメントをつけ合っているか、そうした違いが授業でも現れてくるのです。それが他のグループにも広がっていきます。

 授業で業界構造の分析をするときでも、業界の色々な定義、この定義の場合はどうか、違う定義をするとどうか…様々な実務を経験している受講生からの発言を通じ、全体の視点が広がっていきます。視点が広がると違う疑問が湧いて、授業で扱う予定ではなかったところまで受講生からの問いの形で出てきて、教員もまたそれに応えていく。一回掘るだけじゃなくて二回掘る、三回掘る…経営の領域はたくさんの変数がありますから、そうやってたくさんの事例をひきだして考え合うことで理解が深まっていくのです。

>そうした学び合いは、どのように促してらっしゃるんでしょうか?

 グロービスの場合、ほとんどの方がまずは単科生(科目等履修生)として「クリティカル・シンキング」や「マーケティング・経営戦略基礎」といった科目を受講されます。そうしたクラスのオリエンテーションにおいて、初めての方々に対し、まずどういう学び方をしてほしいのかお伝えします。私達は「みんなで学んでみんなで成長する」という文化を持っているので、クラスの中での発言というのは自分のためだけじゃなく、周囲への貢献でもあるのだ、と。発言しないということは貢献ゼロということなんですよ、と、かなり強くメッセージします。

 そして、誰かが勉強会をやりますよ、と手を挙げたなら、フォロワーシップを発揮して参加してもらいたい、と促します。特に復習や振り返りについては、自分の考え方は今所属している会社の常識に知らず知らず染まってしまっているものですから、それぞれが外の視点を持ち寄ってくる勉強会は本当に有効なのです。そこで自分の立ち位置も理解できる。経営者の方々など、職場では他者からのフィードバックなんてもらえないものが、ここでは20代の若手から考えの足りない点を厳しく指摘されたりもする。新鮮な体験だと言われます。

 グロービスでは2年間の課程を通じて自らの「志の醸成」をしてもらいたいと掲げているわけですが、他人と数多く本気で対話して、他人との差分を通してでないと自分のことをちゃんと理解することなんてできません。色んな人と話す、ディスカッションすることこそが自分を知ることにつながる。オリエンテーションはもちろん、入学式や卒業式、学校の特別セミナーのようなイベントなどほぼ全ての学事で、この話が出ないことはないというくらいお話ししています。「みんなで学び合ってみんなで頑張ってみんなで一段高みを見に行こう」ということを繰り返し伝えているのです。この「みんなで学ぶ」というキーワードは、私達の文化となっていると思います。

>おとなしく聞くことが学校という価値観で育ってきた受講生にとっては、授業内で発言したり自主的な勉強会を実施したりという文化にはなかなかなじめなさそうです。

 そうですね、そこは本当に、人間って何を言われたら動くのか、を考えて手を替え品を替えやってきました。「勉強会をした人としていない人とでは到達点が違っていますよ」であったり、今は自費で参加されている人ばかりですから「単科生の受講料13万円、せっかく払ってらっしゃるんだからそれを回収するためにもやったほうが絶対いいですよ」ということだったり。

 また、成績評価では教員が一人ひとりの受講生の授業内での発言に対して「発言点」をつけています。そこで、「発言点がつくので発言してください」とも促しています。しかし、企業から派遣されてきた受講生に「発言点は派遣元の企業にも報告されるよ」と言ってみたり、そんな強制力のついたところから外発的な動機づけをしても、本人が楽しんでやらないと行動なんて変わりません。

 そうして試行錯誤してたどり着いたのが、先に述べた「発言は自分のためだけじゃなくてみんなのためだ、みんなへの貢献なんだ」というメッセージです。日本人的に響くのかもしれませんね。グロービスを受け終わったあとも、ずっと学ぶクセがついて、学ぶことを日常にしてほしい、そうした行動変容が学校として価値と考えているところですから、その意味でもこのメッセージは有効だと考えています。

>各授業の中では、どのように発言を促されているのでしょうか。

 エントリークラスにおいては、アドバイザーとして先輩受講生が入ります。普通の大学でいうティーチングアシスタントですね。彼ら彼女らがみんなの疑問にコメントを返してくれたり、勉強会をやろうねと旗を振ってくれたり、そうやって文化を浸透させていく。

 そして、何より教員が受講生に目を配っています。35人のクラスで一人ひとりに発言点をつけていって、少ない方には個別に発言を促します。一人ひとりを見ていくのは大変ですが、それを嫌がる方にはわれわれは講師をお願いしていません。どんな人がどういう発言をしているのか、誰か置き去りにしていないか。目配りを欠かさないことで、手を上げてるメンバーが固定化しているんじゃないかとか、理解の程度が大きく分かれているかもしれないとか、そうしたことにも気づけます。発言点をつけるという行為があるからこそ、受講生一人ひとりの状況を観察しやすくなっているのかもしれません。

 いっぽうで、教員への個別の相談というのはNGにしています。質問があるときには必ずオープンな場でやりとりをする。そのためオンラインで用意しているのがクラスごとのディスカッションボードなのです。自分の個別の事情に即して質問するのではなく、「みんなの学びに貢献する」と意識して質問すること自体が大きな学びになりますし、それが学ぶモチベーションにもなります。教員の負担軽減にもなりますから一挙両得ですね。



画像 授業風景(2018年撮影)
↑授業風景(2018年撮影)



>設備や体制の面では、どのように学び合いを支えておられるのでしょうか。

 受講生が勉強会を開きやすいようにというのは開学以来留意してきたことです。例えば新しく拠点を作る際には、勉強会のための部屋の数は教室の数と同じだけ作るようにしていますし、オープンな議論のためのディスカッションボードに加え、勉強会や懇親会の呼びかけが日常的に行われる掲示板もクラスごとに設定されています。

 また、学校の中に、在校生のフォローやサポートを行うチームと、アルムナイ、卒業生のためのフォローやサポートをするチームを、それぞれ独立した部署として持っています。

 この在校生をサポートするチームの主な業務の一つに、受講生の自発的な活動のサポートがあります。例えば「変革クラブ」「起業家クラブ」といった、ニーズを共にしていたり価値観が近しかったりといった受講生グループによるクラブ活動。スタッフは各クラブの幹事と定期的にミーティングを持つなどコミュニケーションを重ね、ニーズを引き上げたり、いい活動を取材して受講生全体に向け報告・共有を行っているのです。いい事例をマネしていただくことも学び合いですから。学生数の増加に合わせ、このチームのスタッフも拡充を重ねています。

>受講生同士の自発的な学び合いを促し、それを文化として形成・強化していくため、かなり経営資源を投下しているということがうかがえます。どうしてそこまで重視されるようになったのでしょうか?

 同じ内容を同じ教員が担当していても、すごくクラス全体が成長したクラスと、まあ普通にそこそこ頑張れました、というクラスがある…何が違うのかというと、ほかは同じなのですから、違っているのは受講生だけなんです。そのことに、開学後早い段階で気づきました。受講生の質と、受講生同士の関係性。これが大切なのだ、と。

 質という面では、本科生はもちろんですが、単科生の場合もセレクションを行っています。誰を「バスに乗せる」のか。われわれの場合は実務家を育てる学校ですから、審査するのは学力や知識ではなく、実務家として活躍したいという姿勢です。学んだことを活かしてバリバリ仕事でアウトプットしていこうという受講生の中に、お勉強したいんです、インプットだけできればいいんですという方が混じりこんでしまうと議論がかみ合わなくなってしまいますから。同時に、所属する業界や職種などについては多様性が担保できるようにも意識しています。

 そして受講生同士の関係性がクラス全体の学びの深さに大きく関わるということは、経験的に明確でした。グロービスの場合は、同じ教員が同じカリキュラム、同じ内容の授業を、大阪、名古屋…と異なる拠点で実施しています。だから比較しやすいんですね。どれだけ予習しているか、復習の際どれだけ自分の業務に引きつけて考えているか、受講生全体でコメントをつけあって内容を深めあっているか…。

 そこで、具体的にどのようにすれば受講生同士の信頼関係ができ、自発的な学び合いを動機づけていくことができるのか。授業内だけではなく、オリエンテーションの段階から授業のあとの振り返りまで、かなり意識的に取り組んできました。お話してきたメッセージの内容も各種のシステムや制度も、そうやって工夫を重ねてきたものなのです。

 「人生に寄り添い続けられる学校でありたい」というのが学校全体を貫く信念でもあります。学校がどれだけ大きくなっても、受講生一人ひとりの「個」にこだわり、それぞれが学び合って「個」を高められるよう寄り添っていきたいと思っています。




◆学び手同士のコミュニティーを形成するための工夫とは?

 社会人学習の場として、どのように学び手同士のコミュニティーを形成していけばよいのか、どんな工夫が求められるのか。

 学び手同士のコミュニティーとは何か。コミュニティーについてはさまざまな定義があろうが、社会人学習の場として大切なのは、学び手である社会人がお互いに学び合うことができる状態となっているかどうか。そこでここでは、コミュニティーのことを、学習者同士の「コミュニケーションの束」として考えたい。職場や家庭といった日常的なコミュニティーとは別に、社会人学習者がコミュニティに参加していると感じるには、「束」ととらえられるくらいのコミュニケーションが必要だからだ。単発ではなく継続的に、お互いに影響を与え合うことができるくらいに印象的な対話が飛び交っている状態…。それを形成するための工夫は、対話の数=コミュニケーションの「量」の側面と、対話の中身=コミュニケーションの「質」の側面、次の二つの側面から考えていくことができるだろう。

  • 社会人学生同士がどれだけ多くのコミュニケーションを行えるかという「量」の拡大の工夫。
  • どれだけ深く、気づきのあるコミュニケーションができるかという「質」の向上の工夫。

 今回取材したグロービス経営大学院においても、これまで紹介してきた社会人向けプログラムにおいても、この両面の工夫を見ることができる。

 「量」の拡大の工夫としてあげられるのは、まずは次のようなポイントだ。

  • 社会人学生同士のコミュニケーションが生まれる授業の数と頻度
    リアルで同じ場を共有していたとしても、同じ方向を向いた一斉授業や講演を聞いているだけではコミュニケーションは生まれない。まずは、社会人学生同士の対話を実施する授業の数と頻度が必要である。
  • 授業外での自発的なコミュニケーションを促す機会の準備
    学生としての活動が日常である18歳入学者とは異なり、社会人学生にとっての日常は職場であり、学生生活は非日常の機会である。コミュニケーションの量の拡大のためには、授業の外での機会は欠かせない。グロービスでの勉強会実施を促すためのメッセージ、青山学院大学ワークショップデザイナー養成プログラムにおけるワークショップづくりの班活動や立教セカンドステージ大学での共同研究など、学び合いのコミュニティーが形成されているプログラムには授業外でのコミュニケーション機会が埋め込まれている。
  • コミュニケーションを容易にするリアル/オンラインでの場の提供
    日常キャンパスに集まるわけではない社会人学生にとって、コミュニケーションできる場が用意されているかどうかは重要なポイントとなる。キャンパス内にリアルで集まることができる場を用意したり、授業単位でのオンライン掲示板を開設したりと、受講生同士のコミュニケーション専用の場があるかどうかでコミュニケーション量は大きく変わる。Facebookなどでの自発的なグループ形成に任せるだけでは、参加者は限られてしまう。

 いっぽうで、コミュニケーションの「質」の向上のための工夫は、例えば次のようなポイントとなる。

  • お互いがフラットに、率直に話し合うことを可能にする安心・安全な場づくり
    異なる日常を送る社会人学生が集まる社会人学習の場において、お互いがフラットに、率直に話し合える状態は、意識的に作ろうとしなければ実現できるものではない。放置していると、慣れている社会人学生だけが積極的、といった状態となりかねない。

    そして、おたがいの「違い」に注目できるようになるためには、同じ目的、同じ文化を共有していることが必要となる。教員によるメッセージに加え、初期の授業でのティーチングアシスタントや卒業生スタッフによる導入が有効なようだ。
  • 受講する社会人学生の多様性の担保
    越境的学習は、日常の職場とは異なる価値観や知識体系を持つ他者との対話によって成立する。異なる業界、異なる職種、異なる職階、異なるライフステージにいる同級生からの発言は、学び手にとって新たな気づきや深い学びのための何よりの資源だ。社会人学習の場合、お互い同士が学びをもたらす「異質な他者」なのである。そのためには、入学者の属性が偏りすぎないよう、学生募集や入学審査において留意が必要となる。
  • アウトプットとフィードバック、振り返りに対する促し
    社会人学生それぞれが他者の気づきに貢献することができるためには、それぞれが真剣に学習に取り組み、自らの経験をもとに理解した内容をアウトプットしていく必要がある。そして、他者からのアウトプットに対しては自分ならではのフィードバックを行っていく。そのためには、一つひとつの授業において、教員からアウトプットとフィードバックに対する意味づけと振り返りの促しがあるかどうかがカギとなる。日本女子大学リカレントプログラムにせよグロービスにせよ、オリエンテーションの段階から繰り返し、こうした点がメッセージされている。

 これらの工夫によって形成されているのが、大学が社会人マーケットへの進出を成功させるファクターとして求められる「学び手同士のコミュニティー」なのである。入学者の多様性が高く、その多様性自体が学び手の学習を深める要因の一つとなっている社会人向けプログラムにおいては、その形成のための工夫についても、学ぼうとする社会人に適ったものとする必要があるのだ。

 そして、いちどそのコミュニティーでの学びを享受した社会人は、その後も学び続け、実践の場との往還を繰り返す継続的学習者、リピーターとなる。逆に、思い立って学び始めたにも関わらず、受講した大学にその工夫がなかったとしたら、彼または彼女は、二度とその身を学びの場に置こうとしなくなってしまうかもしれない。社会人学習マーケットが拡大し、学ぶ大人が当たり前の社会を目指すためには、良質な「学び手同士のコミュニティー」が数多く形成されていくことが必要不可欠なのである。



文/乾 喜一郎 リクルート進学総研主任研究員(社会人領域)
(2021/6/29 取材日2021/4/14)