リカレント教育

リカレント教育と日本の大学⑬/学び手同士のコミュニティーをどう作るのか~研究型大学院の場合

 今回もまた、社会人学習者が学び合う「学び手同士のコミュニティー」について取り上げたい。

 前回は、ビジネススクールにおいて、学習者同士がコミュニティーを形成するために学校側がどのような工夫をしているのかを紹介した。そのうえで、社会人学習マーケットが拡大していくため、良質な「学び手同士のコミュニティー」が数多く形成されていくことが必要不可欠だと述べた。

 今回は「研究型大学院」を題材に、社会人大学院生が自分の研究を進めていくにあたって「学び手同士のコミュニティー」がどれほど大きな役割を担っているか、またそれを実現するために教員がどのような工夫を行っているのかを紹介する。

 「研究型大学院」というと、一般には22歳の学部生が研究者や大学教員を目指して進学するところだという先入観を持つ人も多いようだが、実は社会人学生を対象とする研究型大学院は少なくはなく、「スタディサプリ社会人大学・大学院」においても多くの研究科が掲載されている。組織論、社会デザイン、異文化コミュニケーション、ITエンジニアリング…多くの社会人大学院生が、実務を通して得た問題意識、テーマを深く掘り下げ、その研究成果を社会に還元していくことを目標に大学院へと入学しているのである。

 22歳で学部からストレートに大学院に入学する学生とは異なり、実務での経験を踏まえ自ら学ぶために費用と時間を投じた方々だけに主体性も高く、授業への取り組みも意欲的だ。一方で、彼ら・彼女らの学習には、アカデミックのフレームワークを習得するための困難だけではない、社会人学生ならではの課題もある。

 そこで今回は、具体的に社会人大学院をどのように指導しているのか、毎年継続的に社会人学生を受け入れ彼ら・彼女らから高く評価されている法政大学大学院政策創造研究科・石山恒貴教授にお話しを伺った。


画像 石山恒貴教授
法政大学大学院 政策創造研究科 石山恒貴教授


 同研究科は社会人を主たる対象として土日・夜間に授業を行う大学院。文部科学省の職業実践力育成プログラムに認定され、かつ厚生労働省の専門実践教育訓練給付制度の対象講座に指定されている研究科である。研究分野ごとに9つのプログラムからなり、石山教授は「雇用・人材育成・キャリアプログラム」を担当。修士課程への入学者は1年次から石山ゼミに所属し、修士論文の作成を目指すことになる。

◆モヤモヤを促す


――研究型の大学院において社会人大学院生を指導する際、ポイントとなるのは何でしょうか。

 (石山教授)皆さん入学の時点でしっかりと「研究計画書」を作ってこられます。自らの問題意識から導かれた研究上の問いを設定して、それを追究していこうとされている。正解がないなか、それを自分で探していくしかないということも、理屈では分かっておられる。

 でもビジネスパーソンの場合、「施策志向」「正解志向」が前提になっている場合が多いんです。

 修士課程に入学してきて、最初は、授業のレポートでも、すぐに「企業はこうすべきだ」「個人はこのようにすればいい」といった施策の提案に行ってしまう。問題があって、解決策の選択肢を出して、実行するうえでの課題が何で、だからこの施策を選択すべきだ、と。

 もちろんそれも最終的には大事だし、ビジネスの現場ではそれでいいわけなんだけれど、それだけでは思考の可能性が非常に小さなものになってしまいます。むしろその前に、どんな問いを立てることができるのか、どんな新しい発見があって、その探究にどのような意義があるのかを考えるのが大事。この意識の転換、施策志向から脱却してもらうことが必要になるのです。

 これは、最終的には修士論文となる研究についても言えます。実務の中で得られた知見、もう既に「わかってる」ものを書こうという姿勢が強いのです。実際には既に実務経験で目に見えていた課題をリサーチクエスチョン(研究上の問い)として持ってきて、あとは解決策をどうするか、いや、場合によっては既に解決策まで頭の中にあることもある。

 でも本当にそこが課題なのか。その課題を追究することは誰にとって意義があるのか。自分自身にとっても意義があるのか。

 そもそもせっかく、修士課程なら2年間大学院に入って自分がやりたいことを追究するんだから、分かってることを論文に書いても、決して「面白くない」んですよ、本人にとっても。学ぶ前から分かってたことを証明するために研究してもしょうがないわけじゃないですか、入って色々調べて初めて新しく分かることが大事。

 皆さんそういうことは、理屈としては分かっているけれど、実感はできていない。結局、本当にやってみないと分かんないんです。自分なりのリサーチクエスチョンを見つけるまでは、時間がかかります。最初の1年間はそれに費やす必要があるといってもいい。

「モヤモヤ」します。

 1年間モヤモヤしながら、自分の本当にやりたいことで、誰かの役に立つことで、なおかつオリジナリティーのあるリサーチクエスチョンを発見していくまで、「本当にこれでいいんだろうか」「どうすれば見つかるんだろうか」って悩み続ける。ここは、あえて悩んでもらうのが大事なことなんです。

 この「モヤモヤ」って、入学前に予想できているものではありません。むしろ、そうであってはいけない。予想できないモヤモヤのほうがいいんです。そのほうが視野が広がるから。

 モヤモヤしても当然だと思います。問いは、自分で探すことが重要ですから。

 社会人大学院生の場合は、実務経験があるから余計に、ビジネス上の正解志向、どうやって効率的に最も効果的な道を見つけるかという志向に陥ってしまってるところがありますから、それを解きほぐしていかなければいけません。

 これは、社会人を指導されている教員の方は、皆さん共通で認識されている課題なのではないかと思います。

◆学習コミュニティーがあるからこそ乗り越えられる

 (石山教授)修士1年の時には、一回、せっかく自分が入学前に作り上げた研究計画書とかリサーチクエスチョンというものが、分かんなくなっちゃうんです。最初の研究計画書からどんどん変わっていく、その間ずっとモヤモヤする。調査方法はどれを選べばいいかも分からないし、どの先行研究を読めばいいのかとか、そういうのにも正解はない。

 それが「いい」し、その過程は必要なことで、そして、それこそが楽しいことなんだ。それは、入学前の説明の機会である「ゼミ見学会」の時から何度も強調しています。

 でも、自分でモヤモヤしながら探し続けるというのは、皆さん一番予想してなかった大変さなんですよね。

――何だか心が折れそうです。

 ええ、ひとりだけで、すごく難しく考え込んでしまうと、辛くなります。

 でも、こういうことって、みんなもそうだったと聞いたり、仲間がいるとできるんです。ゼミに入ると、一人じゃない。ゼミにはM2の人も、博士課程の人もいます。「M1の時ってみんなそうなんだよ」「しんどいけどそれが楽しいんだよ」と、僕があんまり言っても怪しいかもしれないけれど、みんなから言ってもらえる。

 そして、本質的な問いを投げかけるのも、ゼミのみんなです。「何が一番本質的な問いなのか」「本当にその考えはその前提でいいのか」「それって誰へのギフトになるの(誰の役に立つのか)」「どんな意味があるのか」そして「本当にやりたいことは何なんですか?」

 僕だけが問い続けてしまうと、詰問してるみたいになってしまうじゃないですか。でも、お互い問い続けている人同士、モヤモヤしている人とそれを乗り越えた人が入り混じって、お互いに問い合うからこそそれが乗り越えられる。

 本質的に自分を振り返ることも、自力でモヤモヤを乗り越えることも、自分でやるわけだけれど、自力でできるわけじゃないんですよね。この環境があるからこそ、そこに仲間がいて、いろいろ話し合って聞き合えるからこそ、乗り越えられるんです。

 政策創造研究科の場合はどのゼミも、みんなでワイワイガヤガヤして、学習コミュニティーのなかでそれをやっていくことを重視しているんです。



画像 ゼミ風景(2020年)
↑2019年、広島県福山市で実施したゼミ合宿にて撮影。
修士1年から博士まで、キャリアもライフステージも異なる幅広いメンバーが参加



◆学習コミュニティーをどう作り上げるのか


――そうやって皆で乗り越え合う学習コミュニティーは一朝一夕にできあがるものではありませんよね…石山先生は、実際にどのように振る舞って何をされておられるんでしょうか。

 (石山教授)まずは、お互い同士の発言量を多くするような感じですよね。常に「多」対「多」の関係性が作られるようにしていく必要があります。

 例えば誰かの発表に対して僕だけが質問し続けたとすると、みんながいたとしても結局一対一です。ゼミ生が10人いたとしたら、一対一が10対できるだけです。それではお互い同士の発言量は増えていきません。

 ゼミの運営のしくみとして、1人の発表に対するコメンテーターを例えば3人設定して、それが順繰りに回っていくようにしていく。僕一人の質問じゃなくて、みんなが問いを投げかけたほうが本当に発見があるんですよ、実際。ゼミ生はみんな、年齢も経験もライフステージもバラバラですから。

 また、お互い同士が聞き合えるような提案もよくやっています。それぞれが専門家で、それぞれが自分の研究を持っていますから、「その話だったらM2の○○さんに相談してみれば?」「その話だったら○○さんと一緒にやってみたら」と促す。だからゼミの中でも自主的な勉強会がいくつも立ち上がっています。

 大切なのは、安全にお互い言い合える雰囲気を作ること。

 他者から「本当にその問いに意味があるの?」って言われると、それは内容についての問いなんだけれども、やっぱり人間って自分が否定されてるように感じてしまいます。そうならないように、人格を傷つけるようなことだけは言わない、それ以外は何を言ってもいい。そして、言いたいことは言えるんだけどそれはあなたの人格を否定しているわけじゃない、お互いがやりたいことをそれぞれができるよう、お互いが助け合っていってるだけなんだ、ということを、都度都度強調しています。

 また、これは私のゼミだけのローカルルールですけれど、例えば上下関係を作らないようにきめ細かなルールをたくさん作っています。

 「ゼミ長」って呼んでしまうと序列ができそうだから、ゼミ長とは呼ばない、とか、「先輩」という言葉をNGワードにしていたりとか、普通のコミュニティーでも同様ですが、フラットな関係性を作るためにお互いをあだ名で呼び合うようにしたりとか、飲み会で大皿を誰かが取り分けるのを禁止にしていたりとか…。合宿や飲み会の幹事も毎回変わりますし。

 そうしていくと、自然に、これはコロナ前のことですが、授業のあととかゼミのあととか希望者は有志で飲みにいっていましたから、その時に結構みんな、「いやあいつまでたっても決まらないんで悩んでいるんですよ」というふうに周りに聞けるようになっていきます。

 そういう悩みを解消するため、土曜日の夜希望者だけで、月一回M1ならM1、M2ならM2、博士なら博士というふうにエンドレスの勉強会を設定して、一人ひとりの研究の悩みが聞ける場も設けています。18時から22時頃までやって、そのあと、また行きたい人は飲みに行って…今はZoom飲みですけれど、それだけだと少し物足りないですね。

 いずれにしても、一対一で伴走するというよりも、学習コミュニティーを作って伴走するという感じです。

 教員は、コミュニティーマネージャーみたいなもの。モヤモヤを乗り越えてもらうためのコミュニティー作りを、伴走者として一生懸命やっている。そういう感じなんです。

――社会人ならではのアカデミックアドバイジングというのはあるのでしょうか。

 (石山教授)繰り返しになりますが、研究というものに正解はありません。大学院生に対しても、色んな選択肢があって、その中で意思決定するのは自分だということを言う。これは社会人であるかどうかは関係がなく、世界共通です。

 研究上の相談は一対一でやっていますが、これは具体的な問題、すでに学生のほうでやりたいことがあって、それはアカデミックのフレームワークから見たときに妥当なのかとか、ほかに研究手法があるのかとか、そういう相談です。

 その場合でも、皆さん子ども時代の学習に慣れていますから、「正しい答え」があると信じています。入学時点では、「正しい研究計画」とか、「正しい先行研究」があるとか、そう思ってしまっています。

 「これを調査するうえでの正しい調査方法って何ですか」聞くほうは悪気もなくそういうことを聞くわけですが、そんなのないんですよね。どんな調査も一長一短だし、何の先行研究を読むかというのも一長一短で、結局自分で決めていくしかない。結局研究というのは自分が決断したうえでその結果を自分で引き受けていくわけで、そうやって自分なりの研究アイデンティティができていく。でもそれを、コトバで聞いても何の理解にもつながりません。実際の研究を進捗させていくなかで納得していくしかない。

 この調査方法についてはこの論文読めば分かるよ、とか、この分析法にはこんな特徴があってこんなメリットがあるけれどこんなデメリットもあるよ、そういうのは伝えてあげられますが、じゃあそれでどれを選ぶかというのは、「自分で考えてください」と。

 何が正しいかという問いに対しては、正解はないので、そういう時は質問しかしないんですよ、僕は。

 突き放しているように見えるかもしれませんが、それがいいことだと信じてやっています。

 一対一での伴走は、18歳や22歳の学びはそうする必要があるかもしれませんが、自ら学ぶことを決めて研究に向かってきた社会人に対しては、手取り足取り伴走するというのは違うでしょう。

 まあ、だからこそあまり詰めすぎるとよくないのも分かるので、特にモヤモヤをどう乗り越えるかということに対しては、学習コミュニティーを作って、その中でやっていく。

 その質を担保するために、最初のゼミ見学会では、まずはいきなりグループ討議をやってもらって、そのうえでゼミの理念を念入りに説明します。そうすると、大学院は知識を得るところだと考えてインプット的なものばかりを求めて教えてもらいたがる人は入ってきません。グループ討議して、モヤモヤしたなかで課題発見していくのが面白そうだな、楽しそうだな、そう感じてもらう人が入ってくるようにしているのです。



文/乾 喜一郎 リクルート進学総研主任研究員(社会人領域)
(2021/9/7 取材日2021/7/9)