就業力育成を大学改革の根幹に据える/秋田大学

秋田大学キャンパス



平成23年度から大学設置基準が改正され、「大学は、生涯を通じた持続的な“就業力の育成”を目指し、教育課程の内外を通じて社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むこと、また、そのための体制を整えること」が盛り込まれた。それに伴い、小誌では昨年、特集『大学で身につける就業力とは』(165号)で学長調査を実施し、大学の課題認識と今後の取り組みについて整理した。また、続く166号では学長調査と学生調査を比較することで、学生の勤労観や就業観を育成したい大学側と、よりリアルで実践的な機会を求める学生側との意識のギャップが明らかになった。

そこで、今号から各大学がどのように就業力育成を行っているのか、その具体的な取り組みについて事例を紹介する連載を開始する。連載1回目の事例は秋田大学である。吉村昇学長と大野勝好学生支援総合センター特任教授にお話をうかがった。インタビューからは、国立大学でありながら就業力育成を教育改革の根幹に据えて進めていこうとする学長の強い意志が感じられた。大学によって学生の質も取り組まなければならない課題もさまざまである。これから、各大学の就業力育成の取り組みについてレポートしていきたいと考えている。

(小林 浩 本誌編集長)



吉村 昇 秋田大学学長

都会の学生に負けない自信をつけさせる

―まず、秋田大学では、就業力についてどのような課題があると認識されているかをお聞かせください。

吉村:秋田大学には医学部を含め3つの学部がありますが、就業力が大きな課題となっているのは,教育文化学部と工学資源学部、それと医学部の保健学科です。

 教育文化学部は、教員養成を核にもつ学部ですが、今、教員として採用される率が非常に低い。特に昨今の人口減少で、小中学校の統合が進んでいるので、教員の採用数が減少していることが悩みです。

 2つめに、秋田大学の学生は口下手で、採用してみれば味が出るのですが、面接などではどうしても関東など都会で学び生活した学生に負けてしまう。地方の学生に共通のことかもしれませんが、都会の学生さんと一緒になると気後れしてしまうのでしょう。それをどうやって自信をもたせて受けさせるか。

 3つめが、正規雇用での就職ではなく、非常勤講師や嘱託などで採用される学生もいるということです。2010年度の就職率は全体で95.4%と平均より高い方ではありますが、その中には非正規の数字も入っています。本当は、正規雇用の就職率を見ていくべきなのであって、非正規でもいいから就職すればというのは決して好ましい数字ではないと考えています。

英語力,日本語力,そして度胸を基礎力に

―ではそれらの課題の解決に向けて、具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか。

吉村:最も重点を置いているのは英語力の向上です。グローバル化社会、日本の企業は日本だけで生きていくという時代ではないので、学生には最低限英語の力だけはつけさせたいという気持ちが強くあります。2010年度から英語の教員を3名増員しました。2人はネイティブスピーカー、1人は日本人です。東北地区でもモデル的な少人数英語教育をしたいという英語担当教員の情熱もありまして、3学部の学生を能力別に30人クラスに分けてやっています。

 また,英語の力をつけるというより度胸づけですが、春休みに3~4週間ほどの短期の海外研修を始めています。パスポートを持って飛行機に乗って外国に行くだけでいい、それだけでも度胸がつくという意図です。昨年は5カ国、今年は3カ国に、十数名を送りました。

 一方、国外に出るのはいやだけれど日本で自分の力を伸ばしていきたいという学生に、自己表現力と度胸をつけてもらうプログラムもあります。地元の「わらび座」という劇団と連携協定を結びました。劇団の本拠地である田沢湖に学生が泊りがけで行って、歌や踊り、あるいは脚本を学ぶとかを通じてコミュニケーション能力を高めていくものです。

 最後に日本語教育の向上。特殊な日本語教育をこの4月から始めています。もともとの教育文化学部の国文の先生2人に加えて、元新聞記者であるとか、テレビ局のアナウンサーであるとか、いろんな方をお招きして、面白い日本語教育をしています。

基礎力の上に自信をつけ,主体的な学生を育成

吉村:こうした基礎的な力を身につけた上でのことですが、大学としての個性をもたせることも重視しています。

 秋田県は全国学力・学習状況調査で高水準を保ち続けており、義務教育での学力は全国ナンバーワンといっていい。その小中学校の先生を育てているのが本学だということがあります。この事実は活用できる。県内にこだわらず全国から、秋田大学の教育文化学部で学びたいという学生を集めて、教員に育てて地元にお返ししていく。教員の採用率は上がりますし、全国に秋田大学出身の教員がいることが、将来の強みになっていくでしょう。

 工学資源学部のほうは、鉱山学部以来の歴史を復活させて、100年の歴史ある鉱山・資源という分野を秋田大学の強みとしていっそう伸ばしていきます。

 日本の中で秋田大学が資源系研究・教育の拠点ということは認知されてきたので、国際的にも拠点化することを目指して、2009年10月に国際資源学教育研究センターを造りました。資源外交の一環というか、ボツワナ、モンゴル、カザフスタンという資源大国で、資源系・鉱山系の大学・学部のカリキュラム作成支援などをしています。現地に実習に連れて行くことで、学生に自信をつけさせたいというのもあります。

大野:「自信」は、就業力育成でも大事なキーワードです。いろいろな体験をして、達成感、人とうまくやっていく、そこから自尊感情をもてば自信につながる。自信につながると自分が主体的に、自立的にチャレンジし、行動していく学生になると思います。

学部ごとの支援から,全学的な体制へ

―全学的な就業力育成事業となると、さまざまな運用上の困難もあろうかと思います。学部や組織を横断し、教員だけでなく職員も巻き込む連携や協力体制はどうなっていますか。

吉村:秋田大学は、伝統的に学部に就職は任せきりだったのです。教育文化学部は、教員はあまりかかわらずに学生任せで、就職指導室で職員が応対していました。また、工学資源学部は、学科ごとに学科長が就職担当になって企業と会い、就職先を振り分けるというやり方が長らく続いてきました。

 医学部以外は1つのキャンパスにまとまっているので、本部と学部の一体感はもともとあったほうだと思います。それでも、学部はそれぞれ「就職については自分たちでやってきた」という自負から、初めのうちは「本部は手を出すな」という雰囲気もありました。

 しかし、学部ごとの狭い範囲での支援にも長所はありますが、自由応募が増えている近年の実態には合わなくなってきました。そうなると、学生一人ひとりが力をつけて就職していく体制を学部だけで作っていくのは難しい。全学的な体制を構築して多くの企業を相手にしていかないと、大学全体として学生に対する就業関係のサービス業務が遅れてしまいます。そういう観点で、教員も事務スタッフもかなり補強をしました。

―そうやって全体で組織を作ってやれば学部も利用し、ついてくるということですね。

吉村:工学資源学部では、FDの研究会で就業力をテーマにするなど就業力を切り口に学部の教育を見直したいという動きがあります。教育文化学部でも、学部独自の就業力育成を考え始めているようです。本部に言われたから仕方なくやるというのではなく、学部自らが就業力を重視して動きだしています。

大野:結局は教員の学生に対する愛情ですよね。自分のゼミに来ている学生がちゃんと就職できてほしい。学生の幸せのために、先生も苦労するから職員も汗を流そう。そんな意識をもってもらえれば、比較的頑張っていけるのではないかと思います。

就業力育成のスキーム

3年後、5年後に追跡調査で検証

―5年計画の2年めということで、まだ成果を云々するには早いと思いますが、これまでの成果とこれからの課題をお願いします。

吉村:就職して3年後にもう一度その卒業生をフォローアップすることは計画しています。事業の成果をはかる意味も含めて、その会社に入って満足いく生活、あるいは収入が得られているか。それと上司からどう思われていて、大学でどういう教育をしたらいいか。追跡調査が必要です。職員に県内の企業を全部回らせて、卒業生がどんな形で頑張っているか、どんな学生が欲しいかといった聞き取りをしています。

 就職率、すなわち会社に入るだけのパーセンテージを上げるのは簡単ですけれど、会社に入った後、その中で伸びるか伸びないかのほうがポイントです。3年後・5年後、会社の中でどんな存在感を示すかで改めて大学の力量が問われるというのが私の考えです。

―3年後・5年後の成果を、どんな形、あるいはどんな数字で示すことをお考えですか。

大野:1つは学生の満足度調査です。社会生活全般における満足度、幸せに生きているか。

 社会でどれだけ活躍しているかも、客観的な指標としてあるでしょう。例えば昇進度です。どれだけリーダーシップを発揮して管理職や役員になっているか。

 3つめが、雇用される能力。就職率ではなく、就職の質だと考えています。地元企業、優良企業で秋田大学の学生がどれだけシェアを獲得したか。第一希望の企業に就職できたか。正規雇用、直接雇用であるか。また、就職先の企業がいわゆるエクセレントカンパニーであるか。社員は10人だけれど優れた技術とマネジメントをもっている企業とかですね。

 これらが就業力育成の成果の指標になると考えています。

先生の教え方を変えていく

―今後、何を変えていこうとしているのでしょうか。

吉村:秋田大学では就業力を、「人間性」「知識・情報」「社会人基礎力」の3つで構成されるものと考えています。そのような就業力が、どうすれば総合的に身につくかは、何を教えるかもありますが、その教え方の中にあると思います。日頃学生に向き合っている先生がそれぞれ「どう教えるか」「どう学生に向かい合うか」が重要ではないでしょうか。

―教え方を見直すということは、就業力育成を切り口にした教育改革にほかなりませんが、どのように教え方を変えていきますか。

吉村:大学には講義だけでなく、ゼミ、実習などいろいろな教育場面や教育機会があります。これをうまく利用して、一方的に教科書を読み上げるという方法ではなくて、それぞれの場面・機会を生かす教育方法を適用していくということです。先生側からテーマを与えるグループ学習、学生が自らテーマを設けるテーマ活動・プロジェクト活動など多様な方法がありえます。また、それらの教育方法をとる際、やみくもではなくてそれなりの手法・技法に基づいてやることも重要です。例えばプロジェクト活動ならプロジェクトマネジメントの手法に基づいて、ちゃんとPDCAをまわしてやる。それによって企業なり社会へ出たときに、「こういう問題のときはこういう形でPDCAをまわすのだな」と身につくでしょう。

 全体の事業スキームとしては、就業力を高めていって最終的には「キャリア形成」「就職」という「面」で支援すると同時に、学生が最終目標として幸せな人生を送ってもらうためのワンストップサービス支援を行います。事業が目指すものは、大学を出てからの本人たちの幸せ度・満足度です。われわれは目標を「就業力」の先においているわけです。

―お話をうかがっていると、一貫して学長の思いがあることを感じます。それが今回の教育改革にもよく出ていると思います。

吉村:中心は学生、主役は学生です。親御さんから預かっている学生ですから、大事に、時には厳しく、きちんと教育して社会に出すのがわれわれの責任です。


(聞き手:リアセックキャリア総合研究所所長 角方正幸)


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