学部におけるリーダーシッププログラム/中京大学 経済学部 「EXP」

 中京大学は、現在11学部10研究科1専門職大学院を擁し、名古屋市八事と豊田市に2つのキャンパスを有する東海地方屈指の総合大学である。数ある学部のなかで経済学部は、2008年4月から、将来の経済リーダーに求められるジェネリック・スキルの修得と、各業界のリーディング企業への就職をサポートするため、選抜制のエグゼクティブ・プログラム(以下、EXP)を開始した。学士課程段階の正課プログラムでの取り組みは全国的にも珍しく、同プログラムが目標としているリーディング企業300社へ数多くの卒業生を就職させるなど、着実な成果を築き始めている。以下では、その先駆的なプログラムの導入背景、内容と課題などをレビューしながら、学士課程段階におけるビジネス領域のリーダーシップ養成の動向について報告する。

経済学部のカリキュラム改革とEXP

 まずEXP導入の背景について、その立役者でもあり現在も中心的な責任者を務める釜田公良教授にお聞きした。経済学部では2006年頃から、教務委員会ならびに入試委員会を中心として、学生の基礎学力向上をめぐり議論を積み重ねてきたが、民間企業にほぼ全員が就職する現状に鑑みて、それぞれの企業に入社してから必要とされるコンピテンシーは何かを見極めることとし、従来の経済学部の専門教育の中に、職業生活一般に必要なジェネリック・スキル育成を組み込むことを企図したとのことである。同学部ではこのスキルを「創造的で柔軟性に富んだ思考や自立性、チームワーク力、コミュニケーション力、論理的思考力、時間管理、リーダーシップ、自己管理力など、あらゆる職業を超えて活用できる汎用的なスキル(能力)」と定義し、「日本語表現」「情報リテラシー」などの科目を1年次の必修科目に位置づける改革を進めるなかで、さらにより高度なビジネススキル習得のプログラムとして、リーディング企業への就職を目標としたEXPの構想が生まれてきたのだという。ただ当初は、それほどかっちりとした形があったわけではないとのことであるが、学部長をはじめとする各教員の協力や賛同も得られ、また総合政策学部ですでに提供されていたロジカルシンキングの授業などを参考に、次第にEXPの具体的な目的とコンテンツが形作られてきたとのことである。その際、こうした先駆的なプログラム導入の重要なテコとなったのは、学内のセンターや事務局などとの連携や支援であったという。当時、入試センター部長であった増田栄太郎氏(現在キャリアセンター部長)によれば、今後の少子化によるサバイバル環境の中で大学教育の重要な指標となるのは、単なる受験者「数」や就職「率」という表面的なデータより、むしろ学部教育のコンテンツや「質」であるとの信念から、同学部の教育改革を全面的にバックアップしたとのことである。後述するように、EXP修了生の上記300社への就職者数は学内でもトップを誇り、その評判は高校生にも広がって、入学―教育―就職という一連の好循環が形成されてきたとのことである。

 さてEXPは冒頭でも触れたように、リーディング企業300社(一部上場企業を中心に、同大が東海地方の有力企業なども含めて設定)への就職を目指すカリキュラムであり、後述するように希望する経済学部生の中から成績による選抜方式を採っているが、あくまでも卒業要件124単位にカウントされる専門教育科目(80単位)の中の「ジェネリック・スキル科目」という位置づけである(なおこのジェネリック・スキル科目群にはその他に、ビジネス英語I・II、イングリッシュ・スキル、海外ビジネス英語研修などの選択科目も開設されている)。同学部ではこのほかに、従来的な「専門科目」として、基礎科目(1年次:幅広い経済学の基礎)、基幹科目(2年次:専門を学ぶ上で根幹となる分野)、展開科目(3・4年次:「経済分析」、「政策」、「国際経済」の3分野から構成)のプロセスを設定しているが、EXPはこれらの専門科目(スペシャル・スキル)との相乗効果が期待されているのであり、この点がほかに類を見ない特色となっているのである(図1参照)。


図1 経済学部専門科目とEXPの相乗効果


選抜制と段階制による科目構成

 ではEXPはどのような科目群から構成されているのだろうか。図2にみるように、大きくビジネス・ベーシック科目とキャリア・マネジメント科目の2つの段階から構成されている。それぞれの内容は興味深いものだが、紙幅の制限もあるため、以下では中心的な科目についてその概略と特徴をかいつまんで紹介しておこう。


図2 EXPの科目群


(1) ビジネス・ベーシック科目

 あらゆる業種、職種に共通して必要な仕事の遂行能力の基礎をつくりあげるための科目群と位置づけられ、2年次の前期から3年次の前期に開講されている。同学部の教員だけではなく、民間企業や公務員等で幹部向けの研修を担当してきた経験豊富な講師らとのジョイント形式が採られている。またビジネスの実践に直結した3つの科目が段階的に展開されており、段階ごとに選抜度が厳しくなるシステムが採られている。

  • ロジカルシンキング
  • 2年前期に1コマが開講されている(2単位)。普段から関心をもったことに対し徹底的に考え抜く訓練を通して、自分の意見にまとめあげる思考技術を磨くことを目的とするもので、1年次の1月末までに同学部全学生に広く申し込みの機会が与えられる。ただし定員は200名であり、例年、学部学生350名のうち申込者は250名ほどで、1年時の成績(GPA)によって選抜されている。①フレームワーク思考、②ゼロベース思考、③オプション思考、④ロジックツリー、⑤マトリックス、⑥ロジカルシンキング実践のプロセスから構成されている。

  • 戦略思考とコンセプト思考
  • 2年後期に1コマ開講(2単位)。上記「ロジカルシンキング」受講生200名から定員100名が選抜されるもので、経済状況や社会のトレンドについて学び、企業の強みや競合関係を整理しながら、「4C分析」や「SWOT分析」などの分析ツール、さらに仮説の体系化を行う「コンセプト・ツリー」や、それをさらに精綴化する「コンセプト・マトリクス」などの手法を学ぶというものである。①マクロ環境を知る、②経営トレンドの理解、③戦略論、④戦略シナリオと分析ツール、⑤戦略分析・構想実践1、2のプロセスから構成されている。

  • プレゼンテーションとコミュニケーション
  •  3年前期に1コマ開講(2単位)。上記「戦略思考とコンセプト思考」受講生の中から、さらに定員50名が絞り込まれる。この授業では、プレゼンに必要な能力を「プレゼンス」「シナリオ」「デリバリー」の3つに分類し、それぞれのポイントについて学びながら、各自の戦略を上司にプレゼン・説得するという形で、その技術を磨くというものである。①プレゼンテーションの基本、②デリバリー・スキルのポイント、③シナリオ・スキルのポイント、④デリバリー実践基礎、⑤デリバリー・スキルの応用、⑥デリバリー実践応用のプロセスから構成されている(図3)。

(2)キャリア・マネジメント科目

 3年の前期と後期に設定されており、インターンシップを活用しながら、自己分析や企業研究の手法などについて学習し、将来的なキャリア設計を行うものである。IとIIに分かれており、経済学部の教員とともに就職に関し幅広い情報をもつ民間企業のコンサルティングスタッフが講師を務め、またキャリアセンターとも連携し受講生の就職活動を支援するものである。

  • キャリア・マネジメントI
  • 3年前期に1コマ開講されているもので(2単位)、定員は200名である。上記「プレゼンテーションとコミュニケーション」の履修者は優先的に受講できるシステムとなっているが、全体としては1.5倍ほどの競争率となっている。この履修者は次の「II」にそのまま進むことができる。インターンシップが中心であるが、学生個人が目指すべきキャリアを想定し、その実現に必要な手段を知り満足する就職を果たせるよう、自分を知る「自己理解」や「自己研究」に重きが置かれている。

  • キャリア・マネジメントII
  •  就職活勤が本格化するのは3年次の秋からであることを踏まえ、それと並行する形で、3年後期に1コマ開講されている(2単位)。上記のIでの自己理解・分析を終えた学生を対象に、エントリーから具体的な就職活動を支援しつつ、優良企業への就職を目的とした具体的な就職活動の方法や模擬面接などの実践的な課題が提供されている。


図3 プレゼンテーションに必要な3つの能力


目に見えてきた実績と評価

 次にEXPのこれまでの実績と学生側からの評価などについてみておこう。EXPは開設から4年が経とうとしているが、その申込者数は2年前期(ロジカルシンキング、定員200名)に対して276名(2008年度)、263名(2009年度)、248名(2010年度)、179名(2011年度)と推移してきている。今年度は定員を割り込んでいるが、これは学生間に相当に厳しいプログラムであるという評価が定まってきたためであるとのことで、より積極的で優秀な学生層に絞られてきたことの裏返しと見て良いだろう。続く2年後期(戦略思考とコンセプト思考、定員100名)は199名、207名、202名、179名、3年前期(プレゼンテーションとコミュニケーション、定員50名)も107名、100名、96名、107名と安定的に推移しており、高い競争率を維持していることがわかる。

 こうした人気は近年の就職状況の悪化による危機感に後押しされていることは確かであろうが、授業途中のリタイアはほぼいないとのことであるから、受講生らの取り組みもまじめであり、ひいてはプログラムへの評価も高いことが容易に想像される。実際、受講生らの授業評価を読むと、「この1年半の講義を受ける以前と今ではまったく違う自分になったなと感じている」、「自分の発言が感情的ではなく、論理的になっていった実感を得られた」「通常の授業に比べ、とても実践的な内容だったので、これからの自分に役立つと思う」「EXPで学んだ言葉が本や新聞で目につくようになった・・もっと自分で勉強しようと思う」など、表面的な方法論や単なる就活テクニックにとどまらず、内面的な啓発や自発性の向上という点で、受講生に大きな知的転換をもたらしていることが垣間見られる。

 就職先のデータからもそうした高い評価が裏付けられている。増田部長によれば、EXP受講生の就職率は非受講生と比較して高く、2011年12月31日現在で、受講生の内定率は非受講生の内定率よりも約2倍だった。とくにEXPが目標として掲げているリーディング企業300社への就職については、経済学部の内定者数は全学部の中でトップを誇り、このうち9割以上がEXP受講生であるとのことである。さらに、こうしたEXPの評判は、入学時の高校生の進路選択にも大きな効果をあげており、推薦入試で面接を実施すると、経済学部を選択する理由で必ず最初にあがるのが、このEXPであるという。つまり、EXPは従来の専門教育を革新するのみならず、優良企業への就職者数を増加させるとともに入学者数も確保するという、目に見える形での実績をあげてきていると言っていいだろう。

横への波及、企業評価も視野に

 このようにジェネリック・スキルをカリキュラムとしてパッケージ化し、かつ学部内での選抜制を採るEXPは、これまでにない専門教育の新しいモデルの提供と実践に挑みながら、インプット(入学)-スループット(教育課程)-アウトプット(アウトカム:就職)という経済学部全般にわたって好循環の効果をもたらしている。さらに、同学部だけでなく学内の他学部にも波及効果を生みつつ、大学全体の認知度アップにも大きく貢献しているようである。

 さて、EXPはこの4月で丸4年になる。釜田教授によれば、従来、経済学部はカリキュラムの見直しを4年ごとに行ってきたが、今年は今のところ学部内で見直しの雰囲気は感じられないという。専門学科についてもまだ十分な評価が出ておらず、あと4年ぐらいはEXPをはじめとする現在のカリキュラム体制を維持し、より定着を図っていきたいとのことであった。その一方で、キャリア・マネジメント科目などは、2年生が全員受講できるような改革を進めたいとも述べる。増田部長も、個人的には各学部のカリキュラムにキャリア科目を組み込み、2・3年次にはさらに進化した科目群を提供したいとのことだ。EXPの成果への自信の表れと言えようか。ただ、EXP修了生は社会に出てまだ間もないため実施されてはいないが、彼らが一定の層を形成するようになれば、その活躍ぶりなどについてフォローアップ調査などを行い、企業側からの評価をフィードバックして、さらなる改革を進めることも必要となってくるだろう。

 学部内に選抜的なリーダーシップ養成の教育プログラムを併存させ、優良企業への就職実績を着実に蓄積していく。それが学部の専門教育全体のレベルを底上げし、ひいては入学者の選抜度や大学全体のブランドも高める。ただし、こうした革新的なプログラムは、1学部内の企業家的な教員だけでは実現しなかったと推察される。入試センター、キャリアセンターをはじめとする学内他部局との連携、事務局との協働があってはじめて具体化したと言えるだろう。学(部)内のニーズとシーズの適確な把握、そしてその方策を進める横断的な協働組織の存在、それら諸々の力がこうした先駆的な養成プログラムを支えていることを実感した。


(橋本鉱市 東京大学大学院 教育学研究科 教授)


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