ミッション・教育プログラム・居場所のハーモニー/金沢工業大学

アクティブ・ラーニングの流行

 学生の教育に力を入れることが日本の大学の課題となってほぼ20年。その焦点は、教員の教授能力の向上(FD)から、学生の学習成果の向上(ラーニング・アウトカムズ)へと徐々にシフトしてきた。学生にいかに力をつけて社会に送り出すか。労働市場の逼迫もあって、大学は学生の卒業後までを視野に入れた教育が求められるようになった。こうしたなかで、効果的な教育方法として脚光を浴びているのがアクティブ・ラーニングである。教員と学生との議論を多く含んだ双方向型授業、学生がグループでプロジェクトを遂行する授業などその方法は多様だが、これまでの講義中心の一方向的な授業に対するアンチテーゼとしての位置づけをもつ。学生が積極的に授業に参加する双方向の場面を設けることで、理解度の向上が期待される。

 金沢工業大学は、2012年度よりこのアクティブ・ラーニングの全授業への導入を掲げたカリキュラム改革を行っている。「教育付加価値日本一」を目指す同大学は、教育に力を入れ成果を上げている大学として既によく知られており、何を今更とさえ思う向きもあろう。ただ、同校の周到に準備されたアクティブ・ラーニングからは、個々の教員が自分の授業を双方向型にすればそれでよしといった単純な仕組みでは、決して機能しないことがよく分かる。それでは、その仕組みをみていこう。

技術者教育のグローバルな動向

 アクティブ・ラーニングの全面的導入には、同大学が1995年から取り組んできた工学教育プログラム改革の流れとともに、2011年に「CDIOイニシアチブ」に加盟したことが大きい。これは2000年頃にMITが中心となって創設された、技術者教育改革のための世界的組織であり、現在では世界の90余の大学が加盟している。日本の加盟校は今のところ、金沢工業大学と金沢工業高専の2校であり、この組織の存在はあまり知られていない。大学における技術者教育には、科学的知識とそれを現場で活かす実践的スキルとの両方が必要だが、次第に知識偏重の教育になり、実践的スキルが軽視されるようになっているという。そこで、知識のレベルは維持し、他方でスキルのレベルを一層強化し、両者のバランスのとれた技術者育成を目指して、この組織が結成された。

 CDIOでは、その理念の実現のために12の「CDIO基準」を設定し、教育のガイドラインとしている。金沢工業大学が培ってきた教育をこの基準に照らすと、実は、いくつかの基準は既に同大学で長らく実施してきたものであり、CDIO基準は同大学の教育方針とマッチすることが明らかになった。例えば、「エンジニアリング実践空間」という基準は、学生が技術を実践する空間の重要性を問うものであるが、同大学では、学生が自主的にものづくりに参加する「夢考房」という空間がそれに相当する。また、「統合化された学習経験」という基準は、多くの授業で導入されているPBL(問題(課題)解決学習)という方式において実践を積んでいる。さらに、「アクティブ・ラーニング」もCDIO基準の1つであるが、これも、こうした授業方法を明確に意図していたかどうかは別として、学生が参加する双方向型の授業はごく普通に行われてきた。

 いわば世界の技術者教育の新潮流を、同大学は先取りして実践してきたといってよい。そこでCDIOイニシアチブに加盟し、同大学のこれまでの教育の再検討、再定義を図り、教育の強みにさらに磨きをかけるという意味で、アクティブ・ラーニングの全学的導入をあらためて明示したのである。

教育改革と大学の発展

 金沢工業大学は1965年に開学し既に約半世紀の歴史をもつが、そのうち後半の約20年は教育改革の歴史であった。第1次教育改革の開始が1995年、それから数年ごとに新たな目標を掲げた教育改革を実践し、2012年より第5次教育改革が始まっている。図表1にみるように各時点の改革において、それぞれ現在に至る新たな試みが導入されていることに注目したい。数度の教育改革のバックボーンは、学習者中心の教育である。いかに、学生が学習する仕組みを構築して教育効果を上げるかが、一貫した課題であった。

 もう1つ言えば、5次にわたる教育改革の歴史は、大学の拡大・発展の歴史と重なりをもっていることに注意したい。設立以来、長らく工学系の単科大学として存立してきたが、教育改革のなかで学部を増設し、現在は4学部14学科を擁する理工系の総合大学となった。私立の、それも地方都市に立地する理工系単科大学が、理工系総合大学になることは決して容易なことではない。18歳人口の減少期に大学の規模を拡大させることも困難が多い。しかし、それをここ20年で成し遂げることができたのは、数度の教育改革によって他に類例をみない教育を導入し、それらの歯車がかみあって全体として力を生み出していることが大きいと思われる。

図表1 教育改革の経緯

プロジェクトデザイン教育とCLIP学習プロセス

 教育改革のなかで導入され現在も教育の根幹をなすものを、2つ紹介しよう。金沢工業大学の教育の支柱には、「プロジェクトデザイン教育」(以前の「工学設計教育」)がある。第1次教育改革時に導入された「プロジェクトデザイン教育」は、学生5~6名のグループによる問題解決学習型の授業であり、1年次、2年次、4年次と次第に高度な課題に取り組み、技術者が実社会で求められる力を養成しようとするものである。4年次はプロジェクトデザインⅢ(卒業研究に相当)になる。今でこそ、問題解決学習は日本の大学でも一定の広がりを見せてはいるものの、こうした方式を1995年という早い時期に開始し、しかも、3年間を計画的に割当てるというカリキュラムは極めてユニークである。

 学習の各段階とは、1.「知識を獲得する」→2.「それをもとに思考・推論を重ねて新たな知を創造する」→3.場合に応じて、共同学習において実践・行動を伴う「コラボレーションとリーダーシップ」が求められ、→4.「修得した内容を他者に対して発表・表現・伝達する」というコミュニケートのプロセスを経る。学習の前提として「学習に取組む姿勢・意欲」が重要であり、このプロセスを繰り返すことで、さらなる学習が展開し、学生の「総合力」がスパイラル状に高まると考えるのである。

図表2 CLIP学習プロセス

 また、CLIP学習プロセスは「総合力」を高めることに目的があるが、この「総合力」とは「総合力=学力×人間力」と定式化されている。これは、実社会で技術者として活躍するには、学力だけでは足りず、コミュニケーション力などの対人能力が必要であり、両者は和ではなく積として増幅するということを意味している。この「総合力」を獲得した者が、同大学のミッションである「自ら考え行動する技術者」なのである。

 大学のミッションとは抽象的なフレーズで表現されるため、往々にしてお題目として掲げられて終わってしまう。しかしながら、同大学では、「自ら考え行動する技術者」になるためには、どのような力を獲得すればよいのか、そのためにどのような教育内容・方法が必要かと、個々の授業のレベルにまで下りて具体化されているところに特徴がある。図表3のように、学習支援計画書(シラバス)では、「総合力」はCLIP学習プロセスにおける上記の5つの観点にブレークダウンされ、それぞれをどのような方法で育成し評価するかについて記されている。「自ら考え行動する技術者」⇔「総合力」⇔「CLIP学習プロセス」という関係が成立しているのである。

 「プロジェクトデザイン教育」にしても「CLIP学習プロセス」にしても、それらを円滑に進めるためには、学生が能動的に授業に参加することが不可欠であり、そこにアクティブ・ラーニングの有効性があることはいうまでもない。アクティブ・ラーニング全学的導入とは、既に実施してきたことをさらに推進しようということなのだ。

図表3 学習支援計画書(シラバス)の評価方法と総合力指標(例)

課題への対応

 アクティブ・ラーニングが有効であるとしても、その遂行には、乗り越えるべき課題がある。その1つは教員である。特に日本の大学教員は、自らが講義型の授業で育ってきたケースが多く、アクティブ・ラーニングを多く体験していない。その問題について、教務部長でアクティブ・ラーニングの全学的導入を図った佐藤恵一教授は、「確かに、アクティブ・ラーニング型の授業にするためには、準備が必要です。そのために研究時間が少なくなることを不満に思う方がいないわけではないと思います。しかし、どの先生も概ね賛同しておられ、色々工夫をされています。もともと、わが大学ではFDには力を入れてきましたので、先生方は学生の教育には熱心です。教員がチームとなって教育をすることで、効果があることも経験済です。またアクティブ・ラーニング型の授業も、比較的多く実施してきました。そうした素地があるため、突然、特異なことをやろうとしているわけではないのです。」と、アクティブ・ラーニング導入が淡々と進んだことを強調される。

 教員からの特段の反対がなかったことのもう1つの理由として、学生の資質の変化も指摘される。「今の学生は、いきなり理論的知識を注入しても、それを理解して使えるようにはなかなかなりません。講義型の授業では教育効果が上がらないのです。学生が興味を持つように動機づけをし、そこで自ら考える時間や、相互に啓発しあうような場面を作る必要があります。そうやって学生は知識やスキルを統合し、結果的に教育効果が上がるのです。こういったことを、先生方はよく知っておられます。」と話される。このあたりは、日本の多くの大学が抱えている問題でもあろう。

 もう1つの課題は、知識量である。技術系、工学系の学問は体系だっており、一定の知識の獲得がなければ先ヘは進めない。アクティブ・ラーニングによって授業は活性化するかもしれないが、必要とする知識量の獲得に障害はないのだろうか。この点について佐藤教授は、「必要な知識量を、アクティブ・ラーニングのなかで十分に教える時間がとれないのではないかという意見があることは確かです。アクティブ・ラーニングを通し学生が授業内容をしっかり身につけることが大事ですが、知識量(範囲)も重要なわけです。そこで授業運営に工夫が必要ですが、その1つとして授業時間で足りない部分を自学自習によって補うような体制を作っています。自学自習は、必ずしもアクティブ・ラーニングの一環というわけではありませんが、本学では学習支援計画書に、毎回の授業の学習課題を記しており、学生はそれに従って学習することで、必要な知識量を獲得し自学自習の習慣を身につける仕組みです。」と、アクティブ・ラーニングと自学自習の循環構造を話される。

アクティブ・ラーニングを支える環境

 さて、こうした教育方法によって育成される「自ら考え行動する技術者」とは、どのような学生なのか。「総合力」とは、どのように発現しているのか。これに対して、佐藤教授は、「客観的なデータでお示しできるわけではありませんし、まだまだアクティブ・ラーニングの実践が不十分な状況ですが、例えば、卒業研究に相当する4年次のプロジェクトデザインⅢのゼミや発表会において、積極的に発言するところに、力をつけたことを感じます。何よりも、技術者はものを作ることが好きでなければなりませんが、その点、うちの学生はものづくりに興味を持っており熱心です。また、企業の方々からは、金沢工大の学生は職場で積極的という評価を得ています。」と語られる。就職率といった単純な数字にとらわれない手ごたえを、感じておられるようだ。

 ただ、積極的、興味を持つ、熱心といった学生の資質は、教室の授業だけで涵養できるものだろうか。むしろ、大学という空間が、まるごとそうした資質を涵養するようなものであることが必要だ。教員のチーム力もその1つである。また、夢考房、自習室、図書館など、授業以外の時間を過ごす場である活動実践空間(ワークスペース)がキャンパス内に多く設けられていることは、効果を生み出す要素として見過ごせない。学生は、授業のみならず課外活動においても、それ以外の自由時間でも、大学を居場所にすることができるのだ。居場所においては、必然的に誰かとのインタラクションが生じる。それが、翻って授業におけるアクティブ・ラーニングを容易にする側面もあるだろう。

 冒頭に述べたアクティブ・ラーニングを可能にしている単純でない仕組みを単純化して言えば、ミッションの明示と共有、その教育プログラムへの具体的反映、さらに、キャンパス全体のそれにむけての設計と言ってよいだろう。決して複雑な仕組みではない。しかし、こうした事例をあまり見ないのは、日本の大学が怠惰だからなのか、あるいは、貧困だからなのか。


(吉田 文 早稲田大学教授)


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