教養教育で培う就職力の強化/北海道武蔵女子短期大学

短期大学の苦境

 女子は短大程度の教育で十分、就職するにしても短大の方が4年制大学よりも有利…と言われていた時代があった。そのことを知っているのは、40歳代以上になろうか。その後の短期大学の変貌ぶりを、数字で追ってみよう。

 女子の短期大学への進学率のピークは1994年、進学率は24.9%であった。その2年後の1996年はやや下がって23.7%。この年に女子の4年制大学進学率は24.6%となって、短期大学への進学率を凌駕する。その後、4年制大学への進学率は上昇を続け、2013年は45.6%になるが、対照的に短期大学への進学率は9.5%にまで低下した。私立が大多数を占める日本の高等教育の場合、進学率の低下は学校経営に直接に響く。私立短期大学は1997年の504校から、2013年には340校にまで減少している。このうちの多くは4年制大学への改組や統合であり、それに伴い共学化することで生き延びたが、閉校に至ったところも60校程度ある。短期大学は、女子の高卒後の進路としてすっかり影が薄くなってしまった。

 短期大学の苦境は、地方では一層顕著である。図表1にみるように、北海道では、1999年まで長らく26 校あった私立短期大学は、翌年より減少をはじめ2012年に15校になった。志願者は、1991年の32,627人をピークとして、2012年は3,483人と約10分の1になり、入学者も、1991年の10,848人から、2012年には2,607人と約4分の1になった。その間、北海道の私立4年制大学は26 校にまで増加し、志願者は減少しているとはいえ、ピーク時の約2分の1、入学者は、ピークの2001年の14,011人から2012年の11,673人へと減少の程度は17%程度である。北海道の短期大学が、いかに苦汁を飲まされてきたかを知るに足る数字である。

図表1 道内私立大学・短期大学の入学者数・志願者数・校数の推移

 こうしたなか、図表2にみるように、ここ10年、志願倍率を2.5倍から3倍程度で維持している女子短期大学がある。それが、北海道武蔵女子短期大学である。北海道全体の数字とは、およそかけ離れたこの短期大学の魅力はどこにあるのだろうか。

「就職の武蔵」と呼ばれて

図表2 北海道武蔵女子短期大学 志願者数の推移

 北海道武蔵女子短期大学は、1967年に創立された。既設の高校や4年制大学があったわけではなく、定員100名の教養科のみの女子短期大学として設立された。場所は札幌市内、北海道大学の農場に隣接している。その設立の経緯が面白い。校名の「武蔵」は、東京の武蔵大学に由来する。その頃、武蔵大学の卒業生たちが中心になって、武蔵大学に女子短期大学部を設置したいと働きかけをしていたが、大学側にはその計画はなかった。そこで武蔵大学の卒業生であり、かつ、のちに北海道武蔵女子短期大学の理事長になる篠田二郎氏の出身地の北海道に、女子短期大学を設置することになった。初代理事長の岡茂男氏は、後年、武蔵大学の学長になるなど、設立当初、武蔵大学との人的な結びつきは強かったが、学校法人としては、武蔵大学との関係はない。

 同短大の入学案内には、「武蔵が『大切』にしたいこと:豊かな教養としなやかな感性をそなえ、自分らしく社会で活躍できる女性になるために」とあるが、この「社会で活躍できる女性」は設立当初よりの変わらぬ教育理念だという。設立された1960年代後半とは、女子の大学・短大進学率は10%台にすぎず、大学・短大卒業後に就職はしても結婚・出産を機に退職する者が大半であった頃である。その時代に、社会で活躍する女子の育成を理念に掲げて教育を行ったことは、さぞかし斬新であったことと思う。

 そうした教育は、同短大を、「就職の武蔵」と呼ばれるまでにした。女子の短大離れが進むなかでも、安定した志願者数を維持しているのは、卒業後に就職できることが最大の理由である。同短大の2012年度の卒業者に対する就職率は84.3%(就職者数301名)、就職希望者に対する就職決定率は91.2%である。

 職種についてもみてみよう。2012年度(2013年3月)の卒業生301名の就職先をまとめた図表3によると、最も多いのが一般事務職であり55.1%を占めるが、その他、金融機関、ホテル・旅行会社、百貨店、運輸・航空業のキャビン・アテンダントやグランド・スタッフ、公務員など、女子学生にとって憧れの仕事に多くが就職している。このことも、大学の魅力を高めることにつながっている。

図表2 北海道武蔵女子短期大学 志願者数の推移

教養教育を大事にした教育

 これだけの就職実績を挙げるために、教育プログラムとしてどのような工夫がなされているのだろう。近年、多くの大学がキャリア教育や職業スキルの向上のための科目を設置しているが、同短大もそのような科目を開講している。

 教養学科(1975年に教養科の名称を変更)、英文学科、経済学科の3学科は、各々の専門教育において就職を意識したスキルアップのための課程やプログラムを持っている。教養学科では、付設課程として図書館司書課程やビジネス教養課程が、英文学科では、特別プログラムとして上級検定英語対策プログラムや海外短期留学制度が、経済学科でも、特別プログラムとして企業研究プログラムがある。ただ、いずれも必修というわけではない。また、課外講座として、金融業界対策講座などの各種の就職対策講座、秘書技能検定対策講座などの検定試験対策講座もあるが、これも希望者を対象とした講座である。これに類似したプログラムや講座を持つ大学はほかにもあり、これらが必ずしも同短期大学の特色とは言いきれない。

 むしろ、教育プログラムの特色を言うのであれば、教養教育にあるように思う。職業教育の対極にあるのが教養教育だが、それに力を入れていることは、教養科として始まった同短期大学のミッションでもある。内田和男学長は、「本学は教養教育を非常に重視しています。教育目標として、学生たちが物事を考え、判断する基本的な力を養うこと、それに基づいて『考える力』を身につけることを目指しています」と語られる。

 具体的には、全学科に共通し、かつ、短期大学の2年間にわたって実施されているゼミナールが、教養教育を象徴する1つだろう。このゼミナールとは、1年次前期の基礎ゼミナールIにおける研究の方法やレポートの書き方などの学習、後期の基礎ゼミナールIIにおける、課題にもとづくレポート作成やプレゼンテーション、それをベースとして、2年次の専門ゼミナールにおける、各自のテーマを追究しての卒業研究から構成され、2年間を貫く科目である。

 大学における学習が、それまでの学習といかに異なるか、学問を探究するとはどういうことかを修得するためのこれらのゼミナールは、決して就職を視野に入れているわけではない。しかし、そこでの課題への取り組みは、人の話を聴き、調べ、考え、自分の意見をまとめるという繰り返しであるが、それは職業生活のみならず社会生活全般に求められる基本的な能力である。そして、短期間に集中して獲得できるスキルとは異なり、ある程度の時間をかけて繰り返しながら培っていくものである。

 「就職の武蔵」は、こうした教養教育によって作られたところが大きいように思う。

「隠れたカリキュラム」の効果

 しかしである。教養教育を非職業教育と狭義に捉えてはならない。教養教育の原義は人格の形成であり、それは「隠れたカリキュラム」と言われる正規のカリキュラムに限定されない、教員と学生、学生間の緊密な相互作用のなかで可能になると言われてきた。

 その例に倣って同短期大学の学生生活をみれば、校舎に入るときには上履きに履き替え、1人に1つ与えられたロッカーには授業に不要なものをしまい、決して強要されたわけではないが、廊下で出会った人には「こんにちは」という挨拶をする慣習…これは内と外とを区別する、職場で暮らす生活そのものがある。

 また、同短期大学には教員の研究棟はなく教室と隣接して教員の研究室があり、そのため教員と学生との距離感が極めて近い。そのことは、学生は教員の指導を受けやすいという学習上の利点だけでなく、大人とどのように接するかを学ぶ機会にもなっている。

 短期大学は2年間と短くカリキュラムも密であり、入学後1年を経ずして就活に立ち向かわねばならない。それにもかかわらず、クラブ・サークル活動は極めて活発であり、各種の大会がある体育系や音楽系では、上位の成績を残している。

 連綿として続いてきたこれらの事柄は同短期大学の伝統となっているが、これも決して就職に向けて行われているわけではない。しかし、こうした経験をすることで高校生から社会人になるための訓練ができ、人格の成長に結びつくのではないだろうか。大学生活全体が教養教育として機能する、まさしく「隠れたカリキュラム」があることが、結果として就職率の向上をもたらしているように思う。

 内田学長は、「日本の多くの企業が実際に求めている人材、特に文系の女子の場合は、特定の専門性というよりは基本的に豊かな知性や教養です。それを具体的に言えば、一般的な理解力や表現力、そして仕事に対する真摯な態度やマナーということになります」と、お話しになる。就職率が高いという事実は、学生がこのような素養を身につけているからということになるが、上記の大学生活はそうした機会を与える場となっているのである。

地元国公立大学と併願

 図表2でみたように安定的に志願者が集まっているが、そこには2つの特徴があるという。1つは、入学者選抜の方法を変えていないことである。同短期大学では、一般入試と指定校推薦入試を基本とし、AO入試などは実施してこなかった。そのことは、受験生は落ち着いて受験勉強をすることができ、高校側も安心して進路指導を行うことを可能にしている。一般入試では、高校の学習の修得状況を見極めるため、記述式問題を多くしているという。それに向けての受験勉強をしてきた学生の学力は、比較的高いという。

 一般入試を経る者と推薦入試を経る者とは、現在ではほぼ半々の比率であるが、推薦入試においては、高校との密接な信頼関係のもとで、同短期大学のミッションに沿った学生が推薦されているという。その信頼関係とは、高校の先生に授業やゼミを見学してもらい、高校の卒業生である学生と面談するなどの機会を設け、他方で高校への出前講義も行うなど、双方向の交流のなかで醸成されている。

 どちらの入学者選抜の方法も、同短期大学のミッションのもとでの学生生活をエンジョイできる学生を選抜することになっているのだろう。

 もう1つは、国公立の4年制大学、例えば、小樽商科大学、北海道教育大学、室蘭工業大学、釧路公立大学などとの併願者がいることである。もちろん偏差値をみれば国公立大学の方が高いが、同短期大学を併願するのには理由がある。というのは、国公立大学ならば4年間の授業料を支払えるが、私立の4年制大学では厳しいといった家庭の場合、併願先は私立短期大学となる。その場合、2年後の就職の確実さの度合いが高い同短期大学を選択するのだという。少数ながらそうした学生がいることは、全体のプッシュ要因としても働くのだろう。

北海道という市場のメリットと展望

 同短期大学へ入学してくる学生は、ほとんどが道内の高校出身者であり、就職先もほとんどが道内の企業と本州企業の道内支店である。北海道という比較的閉じた市場のなかで、学生を選抜し、労働市場へ送り出すことは、一般的に考えればデメリットが指摘されようが、小規模大学にとってはメリットにもなりうることを、同短期大学のケースは示している。

 それは、指定校推薦にあたっては、高校側に学生の生の声を届けることで、ミッションにみあった学生を推薦してもらうことができる。また、就職にあたっては、自由応募もあるが、企業から大学への求人依頼も多く、その場合は学内選考した学生を受験させる。就職に関して言えば、夏前に決定する学生、年内に決定する学生、年度内に決定する学生が、それぞれ3分の1であり、ほぼ通年採用の状況にある。それは、企業で事務職に欠員が出たような場合に、何とか1名送ってくれないかといった依頼が、時期を問わず来ることにもよるそうだ。これは、同短期大学の卒業生に対する企業の信頼感の表明である。

 労働市場からも、高校からも、大学がどのような教育を行い、どのような学生を育てているかが等身大で見えているのであり、そこで築かれた実績関係が安定的に志願者を集め、高い就職率という好循環を生み出しているのだろう。

 しかしながら、18歳人口の減少は、とりわけ北海道では著しく、現状をどこまで維持できるかといった不安材料もないことはない。しかし、内田学長は、同短期大学の将来について次のように展望される。「地方、女子、短期大学、教養といった不利な条件を抱えていることは確かです。しかし、これを変更することは考えていません。不利な要素もうまく組み合わせることで、これまでやってくることができたのです。今以上に学生の教育に力を入れ、就職の時点だけでなく、社会生活全般において、武蔵の卒業生の評価を高めていきたいと考えています」。ぶれない方針は、力強い。


(吉田 文 早稲田大学教授/教育社会学)


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