世界標準の産学連携教育を目指す「日本型コーオプ教育」/京都産業大学

 若者を取り巻く労働市場の変化を前に、大学においてもキャリア教育が盛んだ。2011年には、大学設置基準改正により、大学には学生の「社会的及び職業的自立を図るために必要な能力」を育成することが求められるようになった。

 しかし、もしも大学で行われる教育がキャリア教育一色で染められ、しかもそれが単に「良い会社に入る」ための就職対策になっているとしたら、大学は就職予備校と大差なくなってしまう。単なる就職対策でないキャリア教育とはどのようなものか。学生の社会的・職業的自立を促すキャリア教育の意義を認めるとしても、それらは大学教育が担う幅広い人材育成機能とどう接合すべきか。キャリア教育の内容充実と大学教育における位置づけをめぐって、いま各地で試行錯誤が続いている。

 長年キャリア教育を推進してきたことで知られる京都産業大学(以下、京産大)も、そうした大学の一つだ。京産大のキャリア教育実践は実に多岐にわたるが、それらを「大学教育システム」の中にどう統合するかを常に問い続けてきた。そうした試行錯誤がいま、「日本型コーオプ教育」として一つのかたちを作りつつある。「コーオプ教育(Cooperative Education)」とは、大学・学校での学習と職業体験とを統合するものとして国際的にも注目を集める実践だ。実際にどのような実践が展開され、いかなる成果を上げているのだろうか。中川正明理事(学長特命補佐)と大西達也コーオプ教育研究開発センター課長にお話をうかがった。

原点に位置づく産学連携

 京都産業大学は、「将来の社会を担って立つ人材の育成」を核とする建学の精神を掲げ、1965年に創設された。理学部と経済学部の2学部体制で出発し、その後すぐに法学部、経営学部、外国語学部が設置された。2010年に総合生命科学部が設置され、2014年現在、8学部9研究科を有する総合大学に成長している。来年(2015年)には創立50周年を迎え、それを機に文化学部に京都文化学科を新設する予定だ。京都にある大学としての強みが一つ加わることになる。

 2014年現在、京都市北部の緑豊かな丘陵地に広がる神山キャンパスに、大学院生を含めて約1万3,000名の学生が学ぶ。一つのキャンパスに文理すべての学部・大学院が集結した「一拠点総合大学」であることを強みに、学部間の壁をできる限り低くしながら全学的に事業展開できるように努めていると中川理事は語る。

 京産大における大学教育の特徴は、常に社会的要請を見据え、産学連携を通して学生を育てることを目指してきた点にある。荒木俊馬初代学長は、校名にある「産業」を「むすびわざ」と表し、「新しい業(わざ)をむすぶ」ことのできる人材の育成を大学の使命とした。大学の設立趣意書にも、「研究及び教育が実社会から遊離することを避け、産官学共働の態勢を整えること」が理念として謳われている。創設以来、産学連携は京産大の教育研究活動の原点に位置づいてきたと言っていい。

コーオプ教育に至る15年の歩み

 こうした歴史と理念を背景に、京産大のキャリア教育は2000年代以降、本格的な展開を見せ始める。1999年、大学コンソーシアム京都が行うインターンシップ・プログラムに参加したのを皮切りに、その後は、京産大独自のキャリア教育を追求し続け、GP等の外部予算を数多く獲得することでさらなる拡大・充実を図ってきた。現在のキャリア教育の充実ぶりには目を見張るものがある(図表1)。それはしかし、一朝一夕にできるものではない。過去15年にわたる果敢な挑戦に支えられたものだ。

 ただ、学内から批判がなかったわけではない。キャリア教育と聞くと、就職のための講座がイメージされ、本当に大学がやることなのかと疑念を抱かれがちだ。そんな疑念を払拭するためにも、GP予算(例えば、文科省の現代GPや学生支援GP等)の獲得は有効に機能したと中川理事は振り返る。もちろん、GP申請には周到な準備が求められる。採択されれば、当然、設定した目標達成に向けて取り組む推進力が必要になる。苦労も少なくない。しかしだからこそ、GPは錦の御旗として学内で説得力をもったという。GPの申請・採択が学内変革を後押しした好事例の一つが、京産大のキャリア教育だといっていいだろう。

 京産大における過去15年に及ぶキャリア教育の歩みは、多様なインターンシップ科目の整備に始まり、その学外における実践を学内での学びと融合したO/OCF(オン/オフ・キャンパス・フュージョン)へと展開し、さらに理論と実践の融合を意識したコーオプ教育へと発展してきた歴史として描くことができる。あえて簡略化すれば、インターンシップからコーオプ教育への展開ということになる。その結果が図表1にあるような多様な科目構造に結実している。

 もちろん、ここまで来るには少なからぬ試行錯誤があった。例えば、2003年に始まったO/OCFは当初、オン・キャンパス(授業による学習と経験の振り返り)とオフ・キャンパス(インターンシップによる体験と気づき)を1年次から4年次まで交互に繰り返すサンドイッチ方式が取られていた。2009年からはオフ・キャンパスの部分を企業等から提供された課題の解決を目指すPBL方式に変えた(O/OCF-PBL)。人文社会科学系の学生の多い京産大では、このほうが学生の成長を促せると判断した結果だったと中川理事は説明する。

 それにしても、「インターンシップ」と「コーオプ教育」とは何が違うのか。よく訊かれる質問だという。そもそも北米発祥のコーオプ教育とは、教室での学習と職業体験とを統合しようとする教育戦略と定義されていて、学生・教育機関・雇用主が連携してそれぞれの責任の下に行う実践のことを指す。企業主導型の「インターンシップ」では職場体験が強調されがちで、そこでの学生の教育や成長は企業サイドに任せきりになりやすい。対照的に、「コーオプ教育」は明確に教育活動の一環として大学主導型で実施され、そこに企業に協力してもらう形になる。コーオプ教育は、あくまで質の高い大学教育を実現するための一手段として位置づけられるものだと中川理事は強調する。

図表1 京都産業大学のキャリア教育プログラム

多層化・体系化されたキャリア教育

 さて、図表1でもみた通り、京産大のキャリア教育はいくつかの領域や科目群で構成されていている。学生の意欲に合わせた多様な科目が入学から卒業まで配置され、多層的な構造に体系化されている。2013年度には「キャリア形成支援教育科目」として計19科目(2014年度は21科目)が提供され、4,415名の学生が受講している。学部在籍者の約3分の1が受講している計算になる。このうち、インターンシップ計7 科目の受講者が256 名、O/OCFPBL1~3の受講者が364名となっている。

 多様な科目が準備されているが、その入口に位置づくのが1年生春学期に提供される「自己発見と大学生活」だ(図表1最下部)。学部の垣根を越えて受講し、グループワークを中心としたアクティブ・ラーニング科目で、1年生全体の7割程度が受講するという。大学生活や働くことについて受講生同士で議論し、その結果を毎回まとめながら自分なりの大学マップを作っていく授業だ。この科目は、キャリア教育のポータル科目として位置づけられていて、学生たちの関心はここからインターンシップやフィールドワークへと広がっていく。

 しかし、学生全員が順調に進めるわけではない。不本意入学の学生もいるし、大学生活になじめず単位取得状況の芳しくない学生、学部・学科のミスマッチでつまずく学生もいる。キャリア教育は、もともと学習意欲やキャリア意識の高い学生との親和性が高く、意欲を失いがちな学生たちはそこからこぼれがちだ。そこで、キャリアの視点から大学での学びの重要性に気づいてもらうために準備された科目が「キャリア・Re-デザイン」だ(図表1の「再チャレンジ領域」)。

 学習意欲を失いかけている学生が、半年かけて自己開示するトレーニングをし、キャリア形成に向けて自らの学生生活のありようを再考する機会となる。そこで、一定の方向性を見出せた学生は、さらに第2ステップとして社会人インタビューなどを行う「実践フィールドワーク」へとつながる仕組みになっている。学生の意欲に合わせたキャリア科目が丁寧に構造化されている。

 大西課長は、こうしたやり直しのためのキャリア科目を3・4年生で受講する学生もいるという。もっと早い時期に受けるに越したことはないが、長い将来に向けて自分と向き合う貴重なチャンスと捉えれば意味のある取り組みだ。

実践系キャリア科目の効果

 それでは、一連のキャリア形成支援教育科目はどのような成果を上げているのだろうか。

 実際には、キャリア科目だけの成果を取り出して可視化することは容易でない。ただ、いくつかの指標から一定の効果につながっていることがわかると中川理事は指摘する。

 例えば就職率だ。2008-2012年度卒業生1万3,000名余りの就職率を比較すると、実践系のキャリア科目(インターンシップ科目やO/OCFなど)の受講者(1,580名)の就職率は97.7%で、キャリア系科目をまったく受講しなかった学生に比べて3.9%も高かった。GPAの分布でみても、実践系キャリア科目の受講者の58%がGPA上位層となっていて、非受講者の33%を大きく引き離している。実践系科目受講と好成績との因果関係は即断できないが、実践系キャリア科目の受講が学生の学習意欲を高めることにつながっているらしいことは推察できる。

 そのことは、2006-2009年度卒業生1,353名に対するアンケート結果(2011年実施)でも確認可能だ(図表2)。在学中に受講したキャリア形成支援教育科目が、就活、学習意欲向上、社会に出た後に役立ったかどうかを尋ねた結果、インターンシップやO/OCFといった実践系キャリア科目の役立ち度は50%前後で他の科目よりも評価が高い。さらに、実践系科目の受講生は、職場で良好な人間関係を築き、将来につながるキャリア観をもって仕事に従事できていることで、現在の仕事に対する満足度も高いという。

図表2 卒業生アンケートにみるキャリア形成支援教育科目の成果

「日本型コーオプ教育」への挑戦と課題

 こうして見てくれば、やはり実践系のインターンシップやPBLを組み込んだキャリア教育は学生の長期的成長にとって効果があることがわかる。その意味で、京産大にとっての次なる課題は、2014年に日本型コーオプ教育として開始された「むすびわざコーオプ」を基盤にしつつ、全学での就業力育成体制を強化することだ。

 「むすびわざコーオプ」は、図表1で「世界標準の新たなプログラム」とも銘打たれているように、これまでのような1~2週間程度のインターンシップではなく、世界で標準的な3か月から半年の長期有償インターンシップを組み込んだプログラムだ。共通のむすびわざコーオプセミナーと、学部の専門教育を土台にしたインターンシップから構成されている。前者ではITスキルや日本語力のトレーニングを徹底して行い、後者のインターンシップでは3年次春学期に受入先企業で社員と同じように働きながら社会につながる学びが体験できるつくりになっている。実施初年度の今年は、経済・経営・法の3学部から計13名の学生が受講しているという。

 ここで重要なのは、京産大が、これまで培ってきたコーオプ教育のメソッドを使って、全学で専門教育に立脚した就業力育成を推進しようとしていることだ。専門教育段階のゼミでも実践志向の教育を取り入れてもらい活性化を図ることを目指している。その支援のためにも、これまでのキャリア教育研究開発センターを「コーオプ教育研究開発センター」に改組した。学内でやる気のある一部のグループだけが関わるのでなく、大学全体として取り組もうとしている。今後は、そうした全学的な取り組みを専門的に支えるコーオプ専門人材(プログラムコーディネータ)の育成・配置も課題だと中川理事は考えている。

 「むすびわざコーオプ」の開始に象徴されるように、京産大のキャリア教育は新たなステージに入ったといっていい。2015年8月には、コーオプ教育の普及・発展に携わる個人や機関が加盟する国際機関WACEの世界大会を誘致する予定で、今年8月30日には「わが国のコーオプ教育の確立に向かって」をテーマにWACEプレ大会を開催する。いま、京産大はキャリア教育の新たな一歩を刻もうとしている。


(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構准教授)


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