キャリア・ピアサポーター制度で、学生中心の学びの場を創造/三重大学

 2011年に大学設置基準が改正され、「大学は、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指し、教育課程の内外を通じて社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むこと」が明記され、就業力育成は大学教育の重要な課題となっている。各大学が活動の方向性を模索するなか、地域産業人材の育成や地域経済の活性化にもつながるような就業力育成の取り組みが注目されている。

 この連載では、産業界との連携や地元自治体との協働によって学生の就業力を高めることに成功している事例などを、積極的に紹介していきたい。

 今回は、「4つの力」を軸として教育改革に取り組み、「産業界のニーズに対応した教育改善・充実体制整備事業」中部ブロックの幹事校でもある三重大学で、内田淳正学長と中川正教授(学長補佐、キャリア教育担当)に、お話をうかがった。

教養教育で4つの力を育成

 三重大学は「感じる力」「考える力」「コミュニケーション力」、それらの総合力である「生きる力」の「4つの力」の育成を、教育目標に掲げている。これは大学としてどういう人材を輩出するかという目標であり、産業界の要請とは一線を画するものだ。一方で、内田淳正学長が就業力育成にあたって意識する課題は、社会が大学教育に求めるものの変化だ。

 「近年、企業の人材育成がリーダー層育成のための教育に変わってきて、基礎教育については大学でやってください、ということになってきた。この変化に大学がどう対応していくかってなると、これから社会に出て行く人間としてどう生きていくか、という教養教育からスタートせざるを得ないと。それで三重大学としては教養の充実に力を入れることにしたわけです」。

 また、「教員ではなく学生こそが大学の中心」「学生をいかに元気にしていくか、それがいいキャリア教育につながる」とも内田学長は言う。

 「大学は教育じゃなくて学問をする場ですよ。教育とは教員側からのメッセージですよね、教え・育てると。でも大学は学生自身が学び・問う場ですよ。だから学生は自分たちが大学の中心であると思ってもいいはずなんですが、残念ながらそんなふうに誰も思っていないというところに一つ問題があると感じています」。

4つの力スタートアップセミナー

 そこで三重大学は、教養の充実をはかるために、「教養教育機構」を発足させた。2年前から準備会で検討を進め、2014年4月に機構として発足。内部で15名が異動、常勤2名と特任・非常勤4名の新規採用を合わせて21名で、制度上は学部と同等の扱いでスタートした。新たな教養教育カリキュラムの方針として、実践教育を中心に課題解決型の講義等の拡充、短期留学支援制度を含む語学教育の充実等が決まっており、教養教育機構を中心に、2015年度からの実施に向けて詳細を検討中だ。

 「昔の教養教育みたいに最初の2年間でやるより、教養教育と専門教育とがオーバーラップしながら、4年間トータルを通して成長していくというような大学教育になってほしい」(内田学長)。

 「4つの力」の養成は2009年度から、課題追求型のPBL(Problem-based Learning)「4つの力スタートアップセミナー」で行われている。初年次の必修(人文学部を除く)で、履修率は90.2%(2011年度)と高い。4名程度の小グループで行うプロジェクト推進で、テーマを設定するところから学生が自分で考えるものだ。

 キャリア教育担当の中川正教授(学長補佐)は「初年次向けに、主体的学習で自律性を育てる、グループ学習で小規模ながら社会性を培う等の意味があります」と説明する。

 「4つの力スタートアップセミナー」は、授業アンケート等によって学生が自身の「4つの力」の伸長を振り返り、大学側も成果を確認している。さらにこのセミナーは、不適応学生の早期発見にも役立っている。3回連続して休んだ学生は報告が上がり、対応することになっている。該当者は2011年には8名、2012年は2名、2013年には5名と、受講者約1200名に対して非常にわずかな数に留まっている。「しっかりとPBLで仕組みを作って、少人数クラスで教員とSA(Student Assistant)が目を配る形にしたことで、不本意入学の学生以外、こぼれる学生がいなくなった。そこは非常に大きな、ボトムアップの成果だと思います」(中川教授)。

キャリア・ピアサポーター制度

 就業力育成としては、「4つの力スタートアップセミナー」、「キャリアプランニング」(キャリアガイダンスの授業)に加え、「キャリア実践科目」という実践型プロジェクトがあり、この3つを履修すると「キャリア・ピアサポーター初級」という学内資格が得られる。

 キャリア実践科目は、事務組織とも連携して「学内を職場とする」ことを実現した就業力育成授業だ。就職ガイダンスなど学内イベントの企画運営を行う「キャリアイベント実践」、学生情報誌「MIU」を作る「広報誌編集実践」、「留学生支援実践」「障がい学生支援実践」「環境ISO実践」等、10科目ほどから選べる。

 さらにキャリア・ピアサポーターの上級を目指す学生は、「こころのサポート」、所定の選択科目、「学習支援実践」を履修することになっている。「学習支援実践」は「4つの力スタートアップセミナー」のファシリテーション実習で、40人規模で30クラスほどあるうちの一つに参加して実習する。上級資格が得られると学長から認定証が授与され、SAとして「キャリア実践科目」や「学習支援実践」に出ることができる。SAは報酬も支払われるので、学内の「就業」とも言える。

キャリア・ピアサポーター 資格教育プログラム

失敗学を活用した産業界ニーズ整備事業

 三重大学が幹事校を務める「産業界のニーズに対応した教育改善・充実体制整備事業」中部地域ブロック23大学では、「アクティブラーニングを活用した教育力の強化」「地域・産業界との連携力の強化」の2つを取り組みテーマに掲げている。教育力の強化について「失敗学」の手法を取り入れているのがユニークな試みだ。中川教授はその経緯をこう語る。

 「今まで大学教育改革を考えるときに、成功例ばかり聞くのですが、『私たちにはできない』と思うのが多いのです。大学の構造自体から、歴史も理念も、構成員も規模も違う大学の成功事例ばかり集めるよりも『失敗』のほうが共有できる部分が多いと考えました。失敗というのは語弊がありますから、イノベーションを生み出すチャレンジするときの『課題』と言っていますが、そこに失敗学の方法論を利用しようと」。

 それで失敗学会の副理事長である飯野謙次氏をアドバイザリーボードに招き、インターンシップやアクティブラーニングでうまくいかないのはなぜか、事例を集めて議論した。

 例えば、社会連携型のアクティブラーニングでよくあるのが、社会に成果を公開することが、教員にとって「よいものを出さないと恥ずかしい」というプレッシャーになることがある。よいものはできても学生の学習意欲を下げてしまう過剰介入となってしまった事例。逆に、学生を主体に進めているとき、連携企業などから「成長スピードが遅いのでは」と批判されることもありがちだ。後者のパターンでは、学生の成長という目標を共有したうえで、一緒に人材を育てていきましょうと企業と対話をしつつやっていけばうまくいくようになる。

 「こういう対応の方向性が、失敗事例をいくつも分析して『失敗マンダラ』を作ると出てくるものなのです。インターンシップに関しては怪我や事故などの危機管理的な側面があるので、そこでの失敗防止のマニュアルも作りました。『失敗マンダラ』というものを使って、うまくいかない課題にどうやってチャレンジしていくかという分析を、23大学でやれたというのが、大きな成果かなと」(中川教授)。

 第2のテーマ「地域・産業界との連携力の強化」については、内田学長が「われわれは企業の現場から情報を得る、大学でやっていることも相手に伝わる。そういう情報交換ができたのはまずはよかった」と評価する。

 「例えばマスメディアの報道だけ見ていると、今すぐ秋入学ができそうで、すぐにやるのが善となっちゃう。企業トップも、『通年採用、当然するべき』となる。しかし、現場の人に聞くと『通年採用は、効率が悪い』と言う。確かに、毎月のように面接して採用して、新人研修をしていたら大変だ。そういうふうに、一つひとつ色々なことをつぶしていくと、そんなに簡単ではないということが、分かってくる。それは、社会なり教育なりを変革していくなかで必要なプロセスではあると思う」。

教員の意識改革で大学改革を推進

 5学部を擁する三重大学だが、学部による温度差はさほど大きくないという。「学部長は『大学は変わらないかん』という危機意識は持っている。その意識改革がまだ、末端まで伝わっていないというのが、私が一番危惧するところ」(内田学長)。

 内田学長が考える一番の問題点は、「教員の意識が一定にならない」ことなのだ。「新たな人材を積極的に養成していくためには、教育体制も含めて改革が必要であるということを、まだ十分理解していない人もいる。その人達の意見を取り入れていると前へ進めないので、学長中心にトップダウンで進めてきた。そのなかで教員の皆さんが『ああやっぱりよかったなあ』と思ってくれるようになれば、さらに協力体制ができてくるのだろうなとは思っています」。

 「大学の改革というのは、教員の意識改革に尽きる」というのが内田学長の基本的な考えだ。そして、変わりにくい教員の意識を変えていくトリガーとして、学生のパワーを高められないかと考えている。

 「そのために、大学の入学者のほとんどが18歳、19歳という構図を変えたい。新入生のなかに社会人が20 ~30%入ってくるような状況に本当はしたいのです。社会人は、『自分で金出して大学に来ているため、そんなええ加減な講義では困る』というように、教員に対して要求度が高くなる。そうなると教員の意識も変わり、講義に対する緊張感も高まる。意識の高い社会人学生によって若い学生の意識も変わり学生から教員への要求度が全体に上がる。教員のなかにも、企業を経験した人達がどんどん入ってくる。そういう構図が描かれないと、昔の象牙の塔と違う、未来に向けての『開かれた大学』の将来像というのは描きにくいのではないかと考えています」。


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


【印刷用記事】
キャリア・ピアサポーター制度で、学生中心の学びの場を創造/三重大学