地縁の最大化で地元経済を支える/熊本学園大学

熊本学園大学キャンパス


幸田亮一 学長

 地方における私立大学の経営困難が目立つようになって久しい。一概には言い切れないが、資格偏重やラーニングアウトカム重視の風潮からすると、相対的に厳しく見られがちなのは文系大学ということになる。しかし地方を支える人材は必ずしも技術・資格系に限らず、皆が技術一辺倒になっては肝心の経済を担う人材がいなくなってしまう。一方で、都市部の大学が地方の高学力層を対象にした奨学金制度を整備し、ガイダンス等にも遠征するようになった昨今、本来地方経済の根幹を担うべき優秀な人材が地方から流出する動きも加速している。結果として人材の多様化が進み、大学にはさらに難しいかじ取りが求められるようになった。こうした状況のなか、どのように地域経済への人材育成・輩出を担うのか。熊本市に拠を構える熊本学園大学で幸田亮一学長にお話をうかがった。

地域経済に始まり地域経済を支える

 昔から熊本県は、大陸に近いこともあってか、海外を志向する気運が強く、様々な団体や集会で、日本の外交政策を議論するような土地柄だったという。そんななか、1918年に民間の通商団体「熊本海外協会」が生まれ、その後時勢に呼応するかたちで、中国語学校を設立。それを母体に、「県民のためにもっと大きな学校を」との要請に呼応して1942年に誕生したのが、東洋語学専門学校(後の熊本学園大学)である。

図表1 2014 年度県内企業経営者最終出身大学一覧

 「つまりもともと、外国語を使ってビジネスを行う人材の育成を目的にした学校であり、それが当時の地元経済界が求めていたことだったのです」と幸田学長は話す。1954 年に、そのルーツを発展させるかたちで熊本商科大学となってからは、南九州唯一の商科大学として、地銀をはじめとする地元金融業界との強い関係を築き、熊本を中心に9.3万人もの卒業生を輩出してきた。熊本では「一家に1人、親戚に1人」は熊本学園大学卒業生がいる状態だ。まさに名実共に、地域経済を担う人材を送り出してきたと言えよう。図表1に見るように、熊本県内企業の社長数もNO.1の実績を誇る。一方、昔から熊本は阿蘇山や有明海等大自然の恵みを享受し、農林水産業が強い県であったが、1980年以降は製造業が多く立地するようになった。根差す産業が増えれば当然求められる人材ニーズも多様になる。こうした地域のニーズや課題を解消する学部学科を増設し、現在では、商学部・経済学部・外国語学部・社会福祉学部(第一部・第二部)の5学部12学科を擁するまでになった(入学定員1365名)。規模は拡大しても、県内就職者は全体の6割を超える。また、同窓会「志文会」による影響力も大きく、こうした歴史的に地元を支えてきた関係性とネットワークは今も日々強化されている。「まさに私立大学というより、地域立大学と言うべき」と学長は称される。

幅広い入学者層に対応した学内体制

 特に定員規模の大きい大学に共通する悩みとして、学力や志向が幅広い入学者にどう対応するかという点があろう。熊本学園大学の場合、多様な入学者に対応し、学生それぞれの力を伸ばすやり方を工夫している。

 まず、学部ごとに、入学前から目的意識が高い学生のための学科を設置している。商学部のホスピタリティ・マネジメント学科、経済学部のリーガルエコノミクス学科、社会福祉学部のライフ・ウェルネス学科がそれだ。特定の業界への人材輩出を前提とし、丁寧な指導を行えるよう少人数の定員で学科を設計し、より専門的に指導を行っている結果、他学科と比べ目的意識に沿った高い就職率を誇る。また、公認会計士や税理士を目指す会計専門職コースで学び、同大学大学院に設置されている、九州唯一の会計専門職大学院へ進学する進路も用意している。このルートに関しては、同窓会の税理士・会計士支部もサポートしている。

 一方で目的志向が弱かったり、学生生活になじめないような学生に対しては、手厚い支援体制がある。地元高校の校長経験者等で組織された教育センターが注力するのは、学生の「居場所」作りだ。自分の居場所がない学生は、大学に来なくなってしまうこともある。友人や教員等、日常生活の人間関係以外の第三者とつながりを持っておくことで、困ったときも行き詰りにくく、大学が身近な場所になっていく。職員の役割は非常に大きい。1年次の学生には1対1の個別面談を実施しているほか、来学を促すために始まったのが「マイレージ制度」。課外活動やボランティア活動等、様々なチャレンジに対しポイントを付与し、主体的で活発な活動を奨励するもので、来学やサークル加入もポイント対象となり、ポイントに応じた評価や報奨を設定している。まずは大学に足を向け、自ら動き出すためのきっかけとなる仕掛けを、教職員が主体となっていくつも考案しているという。

 学生部に設置された「なんでも相談室」では、学業・サークル・留学・今後の進路や適性等について職員にいつでも相談できる。こうした体制を敷いても、自ら赴くことに抵抗を感じる学生もいるが、スクールソーシャルワーカーが家庭訪問を行う等、アウトリーチも含めて学生の面倒をみる体制を敷いている。

 今年4月からは、社会福祉学部の教授が中心となり、「インクルーシブ学生支援センター」が立ち上がった。包括的にしょうがいを持つ学生の支援を行い、健常者と一緒に学べるように支援するものだ。国公立では義務化されている内容だが、私学ではかなり先進的な動きだといえる。全体を通して、「入学時点の目的意識や学力、しょうがいの有無等で差別することなく、多様性を大切にして、それぞれに合った成長支援の仕組みを考えている」と幸田学長は話す。

地域に根差した特色ある教育

 教育における地域連携については、今年から「地域中核人材育成プログラム」が始まった。所属学部学科とは別に、週に90分授業が2コマ課される正課外プログラムだ。プログラムでは、地元企業でニーズの高いスキルとして、英語・簿記会計・ICTの3要素を体系立てて学ぶことができるほか、地元経済界の著名人の講演やインターンシップ、ビジネスプレゼンテーション等、地元企業・自治体・NPO等で活躍するために必要な知見やリーダーシップを身につける教育が、多岐に渡って行われる(図表2)。選抜は入学前と入学後の2回行われた(定員は各20名程度)。

図表2 地域中核人材育成プログラム 入学から卒業まで

 入学前選抜については、AO入試区分の特別入試で実施された。まずは説明会に出席した後、希望学科の先生と面談を行い、学科のカリキュラムと折り合いをつけられるかを相談する。特に教職や国家資格取得を目指す学生は両立が厳しい可能性もあるからである。その後の小論文と面接で、地域で活躍する「意欲」を見極め、合格後は、半年間特別育成プログラムにて、入学準備を行う。合わせて入学金相当額の教育支援金給付、各種資格検定試験料の補助等も行うという手厚さだ。

 一方入学後選抜では、うれしい誤算があった。プログラムは水曜日の夜と土曜日に集中的に実施されるため、学生の負担感から、入学前から希望するような意欲の高い学生でなければ応募してこないのではとの当初の見立てがあった。しかしそれは見事に外れ、簡単な告知しかしていなかったにも拘わらず、120名もの応募があったのだ。学力テストとグループ面接で選抜を行い、意欲のある学生が選ばれた。「地元で活躍したいと考える学生がいかに多いのか、そのためのスキルとナレッジを学ぶ機会を得たいという声の多さに、プログラムの正当性を改めて確信した」と幸田学長は話す。

図表3 サイバー防犯ボランティアの仕組み

 特別プログラム以外にも、ゼミ単位での地域交流は活発だ。例えば経営学科の堤ゼミでは、「サイバー防犯パトロール」を行っている。インターネット上の有害情報等を検知し、県警と連携して地域の安全を守るというものだ(図表3)。地域の安全を守る立場から、小中学校での講話活動も行っている。また、同ゼミは地域のお年寄りに対して「シニアのためのスマホ講座」も行っており、「孫くらいの年齢の学生に教えてもらえるのが、一番喜ばれます」と、担当の堤豊副学長は話す。ほかにも地元企業と組んでの商品開発、天草の観光ルート開発等、地元を活性化するための取り組みは多い。今後力を入れたいのは「外国語ボランティアを組織化すること」だという。訪日観光客の増加を踏まえ、国際観光コンベンション協会と連携し、語学に長けた英米学科・東アジア学科の学生を中心に、学外での観光案内ボランティアをしてもらおうというものだ。

 「結びつくのはゼミ単位だが、それを支援する仕組みを意識的に作っていくことで、具体的な技術を持たない文系大学であっても、地域連携を深化させていくことはできる」と幸田学長は話す。多様な学科を持つ大学の宿命として、多様な価値観や方向性が内在するなかで、顕在化してきた取り組みを維持向上させるため、学長直轄の「クマガク元気プロジェクト」としてシリーズ化し、重点支援していく予定だという。

世界に誇る研究資産「水俣学研究センター」

 熊本学園大学には、地域に根差した特徴的な研究機関がある。それが2005年に設置された水俣学研究センターだ。2009 年度まで文部科学省オープン・リサーチ・センター整備事業に、2010・2015年度には私立大学戦略的研究基盤形成支援事業に採択されている。開設以来、かつての四大公害病を現代的・国際的視野を持って捉えなおし、地域に根差した研究調査活動と連携活動を行っている。既に海外からは13カ国14地域の公害発生地域住民や研究者が国際フォーラムに訪れたほか、多くの研究者や市民団体の査察や研修を受け入れてきた。特にこうした公害問題は、経済発展著しいアジア・インド・アフリカ地域が直面しつつある、地球規模の環境問題である。水俣学研究センターの存在は、公害から目を背けるのではなく、未来に活かすために過去に向き合うという覚悟の表れでもある。近年では研究内容を双方向型のオンライン授業で配信しているほか、学部生が受講することのできる「水俣学」という科目も設置している。

 こうした問題は発生した地域でなければ学ぶことのできないことが多い。だからこそ、世界的にも著名な研究たり得るのである。地域と世界は二者択一で語られることが多いが、ローカルに根を張ってこそ、世界でも引けを取らない研究を磨くことになるのだ。

熊本を支える私大から九州で存在感ある私大へ

 一方で昨今は九州にも商経系の学問領域を持つ大学が大幅に増え、競争が激化している。今後については、「やはり私立大学ですから、建学の精神こそ根幹です。今後はそこに軸を置いた差別化を強化してきたい」と幸田学長。即ち「師弟同行」「自由闊達」「全学一家」の精神である。特に「師弟同行」に表されるのは、教師と学生が教育実践を通して、共に学び合う姿勢である。大前提として、お互いの顔が見え、コミュニケーションが成立していなければ、その境地に達するべくもない。前述した、目的意識を持つ学生向けの学科では成功していると言えるこの教育理念も、特に商経系に多いマスプロ型授業においては、仕組み作りは道半ばといったところであるという。少人数単位のゼミが始まる3年次を見据え、どのように教員と学生の信頼関係を築いていくかは、熊本学園だけではなく、日本の社会科学系私大において、大きな課題であろう。

 熊本学園大学は今年4月から中期経営計画をスタートし、①グローカルに活躍できる中核人材の育成、②九州で存在感のある私学、の2点に軸をおいた達成指標を定めていくという。具体的には、学生確保、就職の質・量の向上、退学率の減少等のマイルストーンを策定予定だ。学科ごとの教育目標に沿った地域連携体制を整備し、地域に有用な人材の育成輩出に努めると同時に、九州を代表する文系研究拠点としての地位を確保し、その成果を積み上げていきたいという。また、訪日観光客が数多く訪れる熊本に立地していることを活かし、これまでのように地域の人材を地域に帰す循環のほかに、留学生を獲得し地域に帰す循環を作ることにも挑戦したいという。

 「今後の課題は山積みだが、『全学一家』で取り組んでいきたい」と、学長の表情は明るい。過去からの確かな実績の上に、次の目標を設定し、学生と教職員が一体となって取り組んでいくという姿勢は、明るく風通しの良い校風と、利害関係者達からの確かな信頼が存在することの象徴のように思われた。

 なお、偶然ではあるが取材当日の夜、熊本を未曾有の大地震が襲い、大学も少なからず被害を受けた。この原稿の執筆中にも、指定避難所ではないはずの熊本学園大学が、「災害弱者」と言われる高齢者やしょうがい者を受け入れ、自主的に避難所を運営しているニュースが飛び込んできた。大学の福祉の学びを、地域の難局打破のために積極的に活かす、自発的な取り組みだという。また、先述した地域中核人材育成プログラムの一期生は、震災後キャンパスで行われたボランティア活動に積極的に取り組む姿勢が際立っていたという。まさにこうした姿勢こそ、日頃地域に臨み当事者意識が育まれている証拠ともいえるのではないか。熊本学園大学をはじめとする被災された皆様に、この場を借りて心よりお見舞い申し上げたい。

(鹿島 梓 カレッジマネジメント編集部)



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