経験値教育プログラムで地域と共に歩む大学へ/園田学園女子大学

園田学園女子大学キャンパス


川島明子 学長

 大学は、最終学歴となるような「学びのゴール」であると同時に、「働くことのスタート」の役割を求められ、変革を迫られている。キャリア教育、PBL・アクティブラーニング等座学にとどまらない授業法、地域社会・産業社会、あるいは高校教育との連携・協働等、近年話題になっている大学改革の多くが、この文脈にあると言えるだろう。

 この連載では、この「学ぶと働くをつなぐ」大学の位置づけに注目しながら、学長及び改革のキーパーソンへのインタビューを展開していく。各大学が活動の方向性を模索する中、様々な取り組み事例を積極的に紹介していきたい。

 今回は、「経験値教育」を掲げる園田学園女子大学で、川島明子学長と、大江篤教授(人間教育学部/地域連携推進機構副機構長)にお話をうかがった。

引き継いだ「動き続けていく必要がある」という思い

 川島明子学長は、今の大学が置かれた状況を「戦後の、学制が変わったときと同じぐらいに、大きな変革の時期にある」と捉えている。

 「少子化はもちろん、学生の多様化、ユニバーサル化、グローバル化といった変遷を踏まえ、女子大の地位をどうやって確立していくべきかについてもう一度考える段階にあると感じている。

 園田学園女子大学・園田学園女子大学短期大学部は2013年に、創立50年を迎え、建学の精神や教育理念を振り返り、その振り返りを経て、これからも女子大であり続ける」ことは、揺るぎのないものとなっている。さらに、幼、小、中、高教諭、保育士、看護師、管理栄養士等の資格を取得させ、それを生かして地域社会に貢献するという大学のミッションも確認した。

 昨年就任した川島学長は、歴代の学長の教育改革への精神を引き継いでいる。「本学のような小規模の大学は、常にイノベーションしていかないといけない。そのためには、学長自ら動いて、前進していく必要がある」と。

知識を知恵に変える「経験値教育」

 人間健康学部と人間教育学部の2学部と短期大学部という、実学主体の現在の学部構成は、大学での「学ぶ」が「働く」に直結しているということだが、そこからさらに「経験値教育」という独自性の高い言葉を打ち出した狙いは何だろうか。

 「今の学生は、知識や技能は大学の講義を通じて身につけるが、学校という守られた環境から外に出ると、社会というのは容赦がない。いろんな経験をして、落ち込むこともあると思うのだが、それを乗り越えて、そしてそれを知恵として、社会で活躍してほしい。

 特に本学は女子大学なので、結婚や出産、子育てでキャリアが中断した女性が、もう一度職場に復帰するとき、飛び上がる力というか、知識を知恵に変え、頑張りぬく力を身につけさせたいと思っています」(川島学長)。

 2013年度に「〈地域〉と〈大学〉をつなぐ経験値教育」が文部科学省の「地(知)の拠点整備事業(大学COC事業)」に採択。「尼崎市を中心とした地域に学生を出させていただいて、学内では得にくい社会での経験を積み重ねていくうちに、知識を知恵に変えていく力ができてくると思っています。社会に出たときの強さや逞しさ、いわゆる人間力をつけるということ。それを『経験値教育』として教育の柱としています」(川島学長)。

 COC事業の運営の中心となる地域連携推進機構の副機構長を務める大江篤教授は、「経験値」を次のように整理する。「COCに申請した段階では、『知識を知恵に変える力』を経験値として可視化を目指していたが、今は、『知識』、『知識を知恵に変える力』、『知恵』の3つの力を「経験値」とし、高めていくのが経験値教育と考えている。今の高大接続改革の『新しい学力観』に対応しています」。

経験値教育

4学科を横断する「つながりプロジェクト」

 COC事業の一環として今年度、4年制の2年生の必修で、地域の課題解決型の科目「つながりプロジェクト」がスタートした。4学科の380人を21のプロジェクトに分け、全員に尼崎市内をフィールドに1年間、学ばせる。

 ポイントの1つは、1プロジェクト平均18人の学生が、4学科の混成であることだ。子育て分野でも、高齢介護分野でも、就職後はそれぞれの職場で、他職種との連携が求められる。そこで役立つ経験値になるだろうと言う。

 「例えば、これまで、児童教育学科の学生に小学校の校区内を歩かせ、子どもが危険だと思う箇所を写真に撮り、子ども達にとって安心・安全なまちづくりを考える演習をしていました。ところが、人間看護学科の地域看護学の学生も、授業の中で地域診断の実習があり、高齢者や子ども達にとってのまちの課題をフィールドワークしている。これまでのカリキュラムだと4年間一緒に学ぶことのない学生が、同じ地域のことを考えると、複眼的な視点で高齢者から子どもまで地域の課題やその解決が見えてくる。そこにこの科目のめざすところがあります」(大江教授)。

 学生も、授業の中で地域診断の実習があり、高齢者や子ども達にとってのまちの課題をフィールドワークしている。これまでのカリキュラムだと4年間一緒に学ぶことのない学生が、同じ地域のことを考えると、複眼的な視点で高齢者から子どもまで地域の課題やその解決が見えてくる。そこにこの科目のめざすところがあります」(大江教授)。

 学生は実習に行けば、病院や施設、学校園の中での体験はおのずからできます。しかし、実習先の外に目を向けようというのが『つながりプロジェクト』です。従って、一つの地域課題に複数の専門領域の教員がサポートできるところが重要だと考えている。

 例えば、児童教育学科の学生が、保育所実習で乳幼児の保育について学びます。現場に出ても、学生の意識にのぼりにくいのが、熱を出した子どもを、働いている保護者に迎えに来てもらう電話をかけることも保育士の仕事だということです。そのとき、自分も働く女性として、迎えに来てもらうことの大変さを理解できるかどうか。社会の問題として考えぬく力を身につけるのが『経験値教育』です」(大江教授)。

 こういった学びは、事務職など、資格や専門と関係ないところに就職した場合でも必ず役に立つだろう。食物栄養学科の管理栄養士課程で教える川島学長はこう言う。

 「卒業生を見ていると、病院等で管理栄養士として働く学生も、事務職や営業職で一般企業に就職する学生も、勤めを辞める理由は同じ。人間関係。だからこそ、在学中に人間力をつけるためには、いろいろな場所で、多様な体験をし、経験値を高めることが必要だと」

 「つながりプロジェクト」をキャリア教育としては早めの2年次に置いたのには、園田学園女子大学の学部学科構成が関係している。「大学4学科それぞれに、国家資格の養成課程のカリキュラムですので、3年生以降は実習の連続で、学内にもなかなかいない状態。学部学科を横断するカリキュラムで、地域での体験ができるのは低年次しかない。

 それでも、養成課程の先生方には、学科横断の必修科目で学外での経験を積ませることの必要性をご理解頂くのに、若干苦労したかもしれません」(大江教授)。

 小さな困難を指摘しつつ、大江教授はこうも言う。「でも、こちらからお願いをしていくと、小さな大学ですので、教員間の風通しは非常にいいですね」。

「つながり」「プロジェクト」「アセスメント」の3評価

 COC事業のもう1つの柱として、「経験値評価システム」がある。1つのシステムの中で、「つながり評価」「プロジェクト評価」「アセスメント」と3つの評価を出すことによって、経験値の可視化を意図している。

 1つ目の「つながり評価」は、学生の活動をデータベース化していく独自開発のポートフォリオで、活動場所を地図アプリにピンで打っていく。活動時間10時間ごとに1つずつ王冠がつくというゲーム的な要素も入れて、学生の地域活動の活性化を狙っている。

 2つ目が「プロジェクト評価」で、1年間のプロジェクト活動の記録で、カレンダーに活動時間が表示され、中間と年度末に振り返りを書き込む。グループでの授業外活動や、自主的な活動などの正課外の時間数を把握し、評価につなげる。

 3つ目が年に1回の「アセスメント」。127の項目について5段階で自己評価を行う。大きな指標は、「主体性」「コミュニケーション力」「気づく力」「協働する力」「考えぬく力」の5つ。

 特徴的なのは、「つながり評価」「プロジェクト評価」に、連携先の地域の方から評価やコメントをもらう仕組みにしていることだ。スマートフォンでQRコード®を読むと、コメントと星5つの評価の入力画面になる。「やりっぱなしではなく、地域のコメントを必ずもらう。星の数もけっこう厳しくつけられますし、辛口のコメントも頂く。怒るときにはしっかりと怒ってもらっています」(大江教授)。

 評価やコメントの手間をかけてもらえる関係性づくりに、地域連携推進機構が腐心する甲斐あって、書き込みの数は順調に増えているという。

 「学生自身も書き込むのに慣れてきて、どんどん書き込んでくれると、学生の活動が見えてきます。GPAなどとデータを掛け合わせると、地域で頑張った学生の成長度合いとか、国家試験合格率や就職率との相関とか、いろいろな分析ができるのではないかと思います」(大江教授)。

地域に根付いた教育を

 今後の課題と方向性を考えるにあたり、川島学長が気にかけているのは「大学教育の遅効性」だ。

 「学生は、卒業してすぐには教育の効果を実感しないと思います。その効果が出るのは遅いですよね。本当に効果を感じるのは、3年後、5年後、あるいは30代に入る頃だと思います。それを踏まえて、今後大学時代に地域で学んだ厳しい経験、社会人として得た経験をしっかりと受け止めて、学び続けてほしいと思っています」。

 この観点では卒業生調査が有効だが、なかなかうまくいっていないのが課題だという。

 COC事業では、PBL型の「つながりプロジェクト」と、その導入科目である1年生(大学、短大共通)の選択科目「大学の社会貢献」の2つの科目だけが正課の地域志向科目になっている。大江教授は、今後の展開として、専門科目まで含めて4年間(短大は2年間)のプログラムの中で、経験値を高めていけるようにしたいと言う。それを受けて川島学長は、「学んだ学生が、地域にどれだけ根付いて、就職していくか」を次の課題にあげる。「地域に根付くことによって、地域が発展し、大学も一緒に発展できると思いますので。地域に根付いた教育を地道に継続していかなければならないと思います」。

 大学名が設立地の「園田村」に由来していることが示す通り、地域と共に歩む大学として誕生した園田学園女子大学にとって、〈地域〉と〈大学〉をつなぎ、〈地域で学ぶ〉と〈地域に根付いて働く〉をつなぐという方向性は、まさに建学の精神に立ち返るということでもあるのだろう。


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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