国際認証AACSBを梃に推進する世界標準の大学づくり/立命館アジア太平洋大学

立命館アジア太平洋大学キャンパス


 グローバル化の進行とともに、大学教育においても国際水準での質保証が求められるようになっている。グローバル化は人のモビリティ(越境移動)を高めており、大学教育もそれを前提に形成され、学習者は国境を越えて学ぶようになりつつある。そこで問われるのがそれぞれの大学が提供する教育の「質」だ。大学教育の質が担保されているか否か──世界中から学習者の厳しい目が注がれる時代が到来している。

 では、優秀な学生を集めたいと考える大学は何をすべきか。

 そのヒントを立命館アジア太平洋大学(以下、APU)の事例に見ていきたい。APUは2016年8月、学部・大学院のビジネス教育を担うスクールの認証評価機関AACSB(TheAssociation to Advance Collegiate Schools of Business)から国際認証を取得し、国際通用性の高い教育体制の構築に向けて大きな一歩を踏み出した。AACSB取得は、これまでのAPUのグローバル教育、そしてその質保証をどう変えていくのだろうか。大分県別府市のAPUを訪ね、吉松秀孝副学長(教学部長)、大竹敏次国際経営学部学部長にお話をうかがった。

アジア太平洋地域をリードする国際大学として

吉松秀孝 副学長、大竹敏次 国際経営学部長

 APUは1995年に構想され、大分県、別府市、学校法人立命館の公私協力の下で2000年に開学した。直前の1998年にはアジア通貨危機を経験しているものの、何とかそれを乗り越えた。「21世紀はアジアの世紀」──そんな未来展望と信念を背景に開学に至った大学だ。

 APUは開学以来、「アジア太平洋」を冠する大学として、常にアジアのダイナミズムを日本の教育に取り込むことを目指してきた。現在、アジア太平洋学部と国際経営学部の2学部、大学院としてアジア太平洋研究科と経営管理研究科の2研究科で構成される。創立20年に満たない若い大学だが、アジア太平洋地域における国際大学として存在感を着実に増しつつあり、九州はもとより日本全国から学生を集めることに成功している。

 日本社会では2010年代に至って「グローバル人材」なる表現が人口に膾炙するようになった。今や、グローバル教育の推進を標榜する大学も珍しくない。しかし、大学全体で「国際化」「グローバル化」できているか、あるいは世界水準が目指せているかと言えばいささか心許ない。国際戦略や国際交流を担当する組織だけがいわゆる「出島」として活性化し、それ以外との温度差が見られるなどもよく耳にする話だ。

 翻って、APUは、設立当初からアジア太平洋における本格的な国際大学として自らを位置づけ、その実現に向けて取り組んできた大学だ。開学宣言には、基本理念として「自由・平和・ヒューマニティ」、「国際相互理解」、そして「アジア太平洋の未来創造」を謳う。

図表1 国際・国内別学生数(2016年11月現在)

 APUの学生5800名のうち、約半数が国際学生(=留学生)である(図表1)。2016年現在、90の国・地域から学生が集う。その内訳は韓国(507名)、ベトナム(502名)、中国(456名)、インドネシア(361名)の順。国際学生の実に9割がアジア太平洋諸国出身者だ。同時に、開学以来これまでに138の国・地域から学生を受け入れてきた実績も、国際大学と呼ぶにふさわしい。

 学生だけではない。教員集団の半数が海外出身で、国籍は25カ国以上に及ぶ。日本人教員の多くも海外大学でPh.Dを取得している。大学全体で最も国際化を進めているトップランナーの一つがAPUだと言っていい。

多文化共生キャンパスで展開する「混ぜる教育」

 既に本誌183号(2013年)の特集「寮内留学」で取り上げたように、APUには「APハウス」(学生寮)が完備され、日本人と外国人との混住が実現している。キャンパス内のAPハウス1・2では2016年現在、52カ国・地域、1073名の学生が共同生活を送る。学生の国内国際比率は4:6で国際学生のほうが多い。当然、寮内は日常的に異文化・多言語が入り混じる多文化空間になる。

 もちろん、異文化の接触は軋みも生む。しかし、APUはそうした多文化環境を強みと捉え、正課内外で徹底的に活用しようとしている。正課内で進めているのは、授業の「多文化協同学習」化だ。多文化協同学習とは、国内学生と国際学生とが交じり合う「多文化学習」と、PBLや反転授業を取り入れた「協同学習」を組み合わせたもの。吉松副学長は、この授業形態を全ての授業で実施し、100%にもっていきたいと語る。そのために、数年前から開発している「APU Value Rubrics」を活用して、パフォーマンス評価を試みているという。

 さらに、授業では同一科目を日本語でも英語でも開講するだけでなく、言語が上達した上回生向けに、一部科目で英語も日本語も使う授業を開講するなどの工夫もしているそうだ。講義型授業でも、国際学生が入りやすい授業のやり方として、ディスカッションを多く取り入れるなど、国内学生と国際学生が交じり合うような要素を入れ込むようにしている。この結果、開学当初に比べて、国内学生と国際学生が交流する機会が増えてきている。

 正課外でも取り組みが進む。入学当初には、FIRSTと呼ばれる1回生向け海外派遣プログラムが設けられていて、180名ほどを韓国に送り、グループごとに各地でフィールドリサーチをするという。さらに、キャンパスではマルチカルチュラル・ウィーク(Multicultural Weeks)と称し、インドネシア・ウィーク、バングラデシュ・ウィーク、ネパール・ウィーク等々、特定の国・地域の文化や社会を紹介するイベントが頻繁に開催されている。国内・国際学生が協働して企画を行い主体的に運営するイベントで、異文化間の交流・理解を深める格好の機会となっている。APUの多文化共生キャンパスは貴重な教育資源として、得難い教育効果を生んでいることは明らかだ。

 こうした国内・国際学生を「混ぜる教育」がAPUにおけるグローバル教育の醍醐味だ(崎谷実穂他著『混ぜる教育』日経BP社,2016年5月刊)。ポイントは、正課内外、つまり大学全体で学生がグローバル人材に育つ環境や機会が準備されている点だ。多くの大学にみられる「出島」式のグローバル教育とは一線を画すと言っていい。

 ただ、吉松副学長の目にはまだまだ改善の余地があると映るようだ。国際大学としてAPUは今後、「グローバル」をどう打ち出していくべきか。吉松副学長は2点指摘する。1つは、強みである多文化環境をもっと活かす取組みを推進していくこと。前述の授業の中での多文化協同学習や、マルチカルチュラル・ウィークといった取り組みを充実させ、国際・国内学生がもっと交わる仕掛けを作っていきたいと述べる。もう1つは、校友(卒業生)との連携強化だ。2003年に設立された「APU校友会」は約1万3000名の会員を擁し、その半数を国際学生が占める。海外には22の校友会支部(「チャプター」と呼ぶ)ができていて、校友のネットワーク形成や交流に寄与している。グローバルに活躍している校友も少なくない。その意味で校友は財産だ。校友を招いての特別講義の開催、校友のもとでのインターンシップなどにもつなげていきたいという。

国際認証取得で広がる世界のビジネス教育ネットワーク

 APUは、国際認証取得を梃に、世界の大学との交流やネットワークをさらに広げていく。「国際認証は、大分・別府のキャンパスを飛び超えて世界の大学との協同教育や研究を進める契機だ。また学生や教員のモビリティも高まることで、キャンパスのグローバル化をもっと加速させられる。学生は、グローバルな舞台で切磋琢磨し、世界で通用するスキルや知識を身につけ、卒業後は世界中を舞台に活躍する。卒業生は、いずれ世界を変える人になっていく。それが本学らしい教育の姿であり、本学の基本理念の具現化につながっていく」。吉松副学長はそう語る。

 国際経営学部と経営管理研究科は昨年8月、マネジメント教育に関する国際認証AACSBを取得した。AACSBは経営学部(BA)や経営学修士(MBA)プログラム等について国際認証を行う米国評価機関で、2017年3月現在、世界53カ国786校が認証を受けている。日本でこの認証を受けたのはAPUが3番めだが、英語のみで学位取得が可能な学部・大学院両方の取得は日本初だという。世界トップクラスのビジネス教育を提供する機関としてお墨付きを得たと言える。

 それにしても、そもそもなぜ国際認証取得を目指したのか。国際経営学部(以下、APM)の大竹学部長は次のように説明する。

 第1に、APUには外国籍教員が多く、ビジネス教育を行う学部・大学院であれば国際認証を取得するのが当然という認識が共有されていたことがあった点だ。第2に、学生募集の点からみても国際認証は決定的な意味を持つ。国際学生は留学先を選ぶ際、世界の大学を比較検討するが、その際AACSB取得の有無も検討材料になっているという。第三に、AACSBがミッション・ドリブン(Missiondriven)、つまり大学・学部の使命を常に中核に位置づける形で体系化されていて、使命達成のために大学・教員・学生が何をすべきかが明示されていることだ。国際認証は教育改革の推進力としても使えるというわけだ。

 準備も入れれば8年も要した国際認証取得だが、大竹学部長は、それはAPMにとって一里塚に過ぎないと考えているようだ。ビジネス教育の国際認証機関には、AACSB(米)、EQUIS(欧)、AMBA(英)がよく知られ、3つ全ての機関から認証を取得した機関は「トリプル・クラウン」と呼ばれる。現在世界に100校、アジアには30校ほどだという。世界に1万6000以上存在するビジネス教育機関の中で差異化を図り、APUが頭一つ抜き出るためにもトリプル・クラウン取得を目指していきたいと大竹学部長は語る。「日本でも首都圏の有名大学がAACSB取得を目指すなか、地方大学である本学はうかうかしていられない」と危機感を示す。AACSBに限ってみても、日本が遅れているのであって、例えば中国・韓国・台湾では既に多くの大学が取得していて決して珍しくない。周囲を見渡せば既に競争相手は多く、現状に満足しているだけではダメだという。

 もちろん、国際認証取得はAPUに着実な変化をもたらしてもいる。取得後、海外大学との関係や提携がドラスティックに変わったと、吉松副学長と大竹学部長は口を揃える。海外の大学からAPUとの協定や連携を求める声が増えたそうだ。世界のビジネス教育ネットワークとつながり、カリキュラムを合わせることもしやすくなった。やはりAPUにとって、国際認証取得の効果は大きかったと言える。

国際基準に基づく「学びの質保証(AOL)」

 AACSBでは21の認証基準が設定されており、プログラムごとに相応の基準をクリアすることが求められる。とりわけ重要なのは、先述の「ミッション・ドリブン」の考え方に基づき、ミッションを達成できるよう学習の「ゴール(目標)」と「オブジェクティブ(目的)」を体系化することだ。APUでは、全学のミッション(開学理念)→学部(APM)のミッション→それを実現するための4つのゴール→各ゴールを構成する複数のオブジェクティブというように、階層的に体系づけられている(図表2)。これらを達成するための手段がカリキュラムであり、そこに授業科目がマッピングされることになる。逆に言えば、カリキュラムや授業の実践とその成果検証を通して、着実にオブジェクティブやゴールを達成し、ミッションの実現を図ることが求められる。ミッション・ドリブンの考え方では、教員も好奇心駆動型の研究だけでなく、ミッションに応じた研究活動が求められる。それが、AACSBの求める体系的な学びの質保証(Assurance of Learning: AOL)につながるというわけだ。

図表2 APM のミッション、ラーニングゴール、ラーニングオブジェクティブ

 ただ、こうしたシステマティックなやり方を導入するのは苦労も多かったと大竹学部長は振り返る。1つには、やはりミッションを定めて、それをカリキュラムや授業につなげるのが難しかったという。もう1つは教員資格だ。例えば、日本では高い社会的地位を誇る公認会計士であっても、学士号のみであればAACSBが定める教員基準はクリアできなかった。博士号がなければ十分な教員資格としては認められなかったという。

 しかも、今回の認証取得は維持・発展のスタートにすぎず、今後の認証継続には5 年ごとの審査(ContinuousImprovement Review)が求められる。さらに、AACSBは社会変化に応じて常に認証基準を見直しており、次回2021年の審査では新基準に対応することが必要になる。具体的には、ビジネス教育に必須の「イノベーション」「エンゲージメント」「インパクト」といった新たな観点に基づく定量的な分析・検証が求められることになったという。なるほど、世界水準を維持することはなかなかに骨の折れる作業だと言えるだろう。

 それでも、吉松副学長、大竹学部長共に、国際認証取得は大学改革の好循環につながると前向きに捉えている。AACSB認証を機に、海外大学との学生・教員の交換を増やし、将来的にはデュアル・ディグリーにつなげていきたいと大竹学部長は期待をかける。さらに、近くインドネシアの大学と提携を結び、カリキュラムにインターンシップを組み込む予定だという。吉松副学長も、AACSBの評価を通して学んだ「学びの質保証」システムの手法をもう1つのアジア太平洋学部にも広げ、全学的な内部質保証システム確立につなげていきたいと語る。

 国際認証は今後、世界水準とAPUらしさという「質」の両面を育む基盤となっていくのではないか。APUの挑戦から日本の大学が学べることは少なくない。

(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)



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