「『知』の拠点」であり続けるために―地方の伝統大学が打ち出す長期経営計画/松山大学 <MATSUDAI VISION 2027>

松山大学キャンパス


40代の責任者が推進する長期経営計画策定

 経済・経営・人文・法・薬学部の5学部からなる松山大学は、1923年に創設された松山高等商業学校を淵源とする95年の伝統を持つ大学である。初代校長加藤彰廉の示した「真実・実用・忠実」の「三実」を校訓とし、在籍学生数約6000名、教職員数約350名と四国地域の私立大学で最も大きい学生規模を擁している。このような地方の伝統ある私立大学である松山大学では、2017年1月に歴代最年少である42歳で学長に就任した溝上達也理事長・学長(学校法人松山大学の理事長は松山大学学長が兼務する制度が採られている)のもと、2026年度までの10年間を対象とする「MATSUDAI VISION 2027 学校法人松山大学 第1次長期経営計画」を策定している。この長期経営計画の策定は、「中長期経営計画検討プロジェクトチーム」(後述)を中心に、経営面は新井英夫常務理事(法学部教授)が、教学面は熊谷太郎副学長(経済学部教授)がそれぞれ担当して進められた。新井常務理事、熊谷副学長は、溝上理事長と同世代であり、法人と大学が一体となって、40代の責任者が中心となり長期経営計画の策定が進められてきたのである。この長期経営計画の策定の背景とその特徴について、お話をうかがった。


溝上達也理事長・学長

第1次中期計画の完成時が創立100周年

 なぜ松山大学では、10年間を視野に入れた長期経営計画の策定を進めてきたのか。この質問に対して、「愛媛経済圏の動向、文部科学省が進める教育改革へ対応していくにあたって、地方に立地する大学として大学運営のための計画が必要であるという認識は、10年くらい前から学内で意識されてきた」と新井常務理事は話す。しかし、松山大学では学長の任期は1期2年とされ、最長でも3期6年までとされていることから、長期で経営を見ることが難しく、組織としてのウィークポイントとなっていた。このようななか、溝上理事長は、昨年1月に理事長・学長に就任して最初に、長期経営計画の策定に着手した。長期経営計画の策定自体が、法人内部で以前から必要性が意識されていた課題であったためだけでなく、例えば、耐用年数を迎えた施設の建て替え等、直面する一つひとつの課題に取り組むためには、財務を含めた計画的裏付けのある中長期的な方針が必要であると考えたためである。

 経営計画の策定に当たっては、法人として10年後の2027年を見据えた長期経営計画を策定し、この計画に基づいた具体的な実行計画として4年間を対象期間とする中期計画を作るという進め方が採用された(図1)。長期経営計画で方向性を明確にしたうえで、2018年度中に2019年度から2022年度までの4年間を対象とする「第1次中期計画」を策定し、創立100周年を迎える2023年に第1期中期計画が終わるというタイムスケジュールが描かれている。そして、2023年度から2026年度の「第2次中期計画」を策定・実行することで、長期経営計画の目標とする10年後の2027年を迎えるという全体の計画である。これら中期計画の内容を、単年度の事業計画書・事業報告書に反映させることで、その具体化を図っていく。現在、法令上作成する必要があるものは単年度の事業計画書・事業報告書であるが、これを長期経営計画と中期計画とに関連づけることによって、これらの計画の単年度の定期的な検証も組み込み、長期経営計画・中期計画・単年度の事業計画という3段階の計画に基づいて、10年後に目指したビジョンを実現するためのマネジメントを実質化していくのである。そのため、長期経営計画はビジョンを示すものとして位置づけて数値目標はあえて設定せず、4年単位の中期計画において数値目標を含めた具体的な到達目標を設定することとされている。このような計画的な大学運営体制を整備するため、2017年度中に長期経営計画を策定するスケジュールで進めてきた(ただし、当初の予定よりも少し時間がかかっており、2018年5月の評議員会及び6月の理事会での審議を経て、決定される見込みとなっている)。そして、2018年度中に第1次中期計画を策定していく予定とされている。

図1 第1 次長期経営計画 工程表

図2 学校法人松山大学 長期経営計画・中期計画策定体制

 長期経営計画の策定は「常務理事会」を中心に進められてきた(図2)。常務理事会は、理事長及び常務理事(事務局長理事、副学長の最年長者理事、評議員選出理事の3名からなる会議体であり、「理事会」が大きな方針を議論・決定することに対して、日常的な業務執行を担当するために法人に置かれている常設組織である。そして、計画策定を具体的に進めるために、理事長直属の機関として常務理事、副学長、理事長補佐、学長補佐等による「中長期経営計画検討プロジェクトチーム」を設置し、常務理事会に提出する具体的な内容・項目の検討を進めてきた。事務局としての取りまとめは、経営企画部(職員数6名)が担当しており、財務のシミュレーションを行う等、実務的な作業も担当している。そして、計画策定後には、教学面の意思決定機関として大学に置かれている「教学会議」(学長、副学長、各学部長、各学部選出の委員、教務委員長・入試委員長・学生委員長、キャリアセンター長、各研究科長、教務部長及び短期大学長から構成)を通じて、その内容を学内で周知していく予定であり、法人の常務理事会、大学の教学会議という経営と教学の両側面から、経営計画を立案・実施していく体制となっている。このような策定・実行プロセスについて、「法人が強いリーダーシップを取って進めていくやり方は、松山大学にはあまり合わない。法人は大きくビジョンを示して、教学でその具体的な内容を検討していくのが良い」と新井常務理事は話す。伝統ある大学として、松山大学にふさわしいガバナンスを工夫しながら、実効性のある計画策定が目指されているのである。

課題と強みを踏まえた10の基本戦略

 松山大学の長期経営計画「MATSUDAI VISION 2027」は、大学全体として10年後に目指す大きな方向性をビジョンとして示したうえで、現状を分析し、取り組むべき課題を提示するという構成となっている。具体的には、学校法人全体の2027年にあるべき姿として「次代を切り拓く『知』の拠点」と明確に定めたうえで、「使命と目標」「現状と将来の見通し」「基本戦略」の3部構成で作成されている。「使命と目標」では、校訓「三実」を始めとする建学の背景と理念、大学の歴史的経過、事業領域とその特性を確認し、「現状と将来の見通し」において、18歳人口の減少等のマクロ環境の変化と松山大学の入学志願者数の推移と就職状況の動向が検証されている。その上で、松山大学の「強み」を「教育」、「学生支援」、「社会連携・地域貢献」の3つの観点から整理するとともに、「興味・関心を引き出すカリキュラムと入学広報」、「多様な背景を持つ学生に対する入試対応」、「全学的マネジメント体制の再構築」の3つの「課題」を指摘する。ここで示されている課題を具体的に見ると、「興味・関心を引き出すカリキュラムと入学広報」においては、伝統的学部構成によって安定的な学問体系を提供していることが、受験生の積極的な関心を引き出すことに欠ける要因となっているため、アピールポイントの明確化と入学広報における積極的な発信を課題としている。また「多様な背景を持つ学生に対する入試対応」では、国が進めている高大接続改革への対応の必要性を指摘。さらに「全学的マネジメント体制の再構築」においては、教学組織と事務組織が自律的に運営されているという「強み」を持つ一方で、それらを統括する全学的なマネジメント体制が構築されていないことやIRの充実等を課題としている。これらの課題分析は伝統大学としての特徴を客観的に分析するものであり、伝統校としての強みが内包する組織的課題を冷静に見据えるものとなっている。そして、これらの「強み」と「課題」を踏まえて、「内部質保証」「教育活動」「研究活動」「国際化」「入学広報」「学生支援」「キャリア教育・支援」「卒業生連携」「社会連携」「管理・運営」の10の項目による基本戦略が示されている(図3)。

図3 MATSUDAI VISION 10 の戦略

 「内部質保証」を最初の項目に置く10項目の基本戦略は、ビジョンを実現するために取り組むべき課題の方向性を示したものである。これらの項目の設定にあたっては、文部科学省の私立大学改革総合支援事業の項目や認証評価の動向等を参考にするとともに、学生への役割としての教育、研究をどのように充実させるかという大学の内部の活動だけでなく、大学と外部との接点であり入口と出口となる入学と卒業、そして、7万5000人の卒業生との連携という観点も重視して検討するなかで、組織全体の活動についての内部質保証が最も重要であろうということから、それを最初に位置づけることとした。そして、プロジェクトチームにおいて各項目を一つひとつ検討して、全体を積み上げてきたという。その具体化のプロセスでは、例えば、校訓である「三実」を現在の学生にどのように当てはめることができるか、「学生支援が充実している」という時には、具体的にどのようなところが充実しているのか、「地域貢献を行っている」という時には、具体的にどのような地域と連携し、どのようなことが行われているのかを確認するというように、一つひとつの項目を丁寧に検討してきたという。そして、このプロセスの中で、各学部や部署では把握していても、大学全体としては把握していないことに気づいたり、大学として「強い」と思っていたことがそうでもなかったことに気づいたりすることがあったという。具体例として、地域との連携は強みであると捉えていたが、愛媛県や松山市という地域の自治体から見たときには自分達が考えるほどの高い評価を得られていないという現状に気づいた。他方、学内の情報を集めることによって大学として把握できていなかった個々の教員やゼミ、学生による地域での活動を知ることができたこと等を、熊谷副学長は指摘した。長期経営計画の策定が、大学の客観的な現状把握、情報共有につながっているのである。

 このような長期経営計画の策定プロセスの中で、原案作成後、大学のウェブサイトを通じてパブリックコメントを実施した。このとき、卒業生からの様々なコメントや期待も寄せられたという。卒業生との連携は、学生の成長にとっても有意義であることから、全国に43支部を持つ同窓会組織である温山会との連携を含めた「卒業生連携」を基本戦略の一つとして項目に含めていたが、パブリックコメントを通じて各地区で活躍しているステークホルダーとしての卒業生の重要性を改めて認識する機会になったということである。

 そして、これらの10項目の基本戦略とともに、財務面での法人経営の到達目標として、基本金組入前当年度収支差額を毎年度、収入超過とすることや、翌年度繰越収支差額や減価償却引当特定資産について2026年度末までの目標額を設定する等、永続的な経営を続けるための経営条件の整備も組み込まれている。

数値目標を定め、全学的マネジメントの推進を目指す

 長期経営計画に基づいて大学経営を進めるに当たっては、人口減少下の時代における地方の大学としての将来の立ち位置をどのように見据えるかが重要となる。このことについて、「松山大学にとっての地域は愛媛・松山であり、地域の中の大学である。一方で、中四国でNo.1の私立大学であることを目指し、周辺地域からの学生募集も進めていく。かつて、松山商科大学の頃は、多くの地域から学生が来ていた。18歳人口の減少期でもマーケットを広げていくように展開していきたい」と新井常務理事は話す。そのためには、「改組や新しい学部・学科を作るというアイデアはある一方で、松山大学は地域の要請から大学・学部を作ってきたという歴史もあるので、現在の学部構成の良さを維持していく」という。また、「短期大学を擁する法人として、柔軟に対応できるようにしていくことも必要になる。中規模の大学として機動的に動けるような体制としていきたい」とする。そして、溝上学長は「地域の18歳人口が減少する中、若者の人口流出を食い止めることが、地域のためにも大学のためにも必要となる。地域の若者を囲い込むのではなく、愛媛が他の地域から来てもらえるような場所になるよう、産官学で連携して取り組んでいきたい」とする。そして、10項目の基本戦略として示した方向性に対して、それを実現するための具体的内容を中期計画として、担当部署とのあいだで数値目標を含めた目標を設定していくという。そのうえで、長期経営計画と中期計画に基づいた全学的マネジメントを進めるにあたり、教学会議を通じて、全学的な情報と各学部の状況を共有するとともに、FDや教職協働を進めていくことで、その実現を図っていくという。

 このような2027年を目指した松山大学の長期経営計画の取り組みは、大学経営における地方の伝統大学の新たな挑戦であるといえよう。長期経営計画で10年後のビジョンと方向性を示し、その実質化のために数値目標を含めた中期計画を策定してその具体化を図っていくという大学経営は、変化の激しい現在の状況の中で、組織の方向性を共有しつつ、柔軟に計画的な発展を実現するための工夫であり、多くの大学に参考になるのではないだろうか。100周年という区切りを控えた伝統大学として、松山大学の長期経営計画と中期計画に基づいたこれからの新たな展開が注目される。

(白川優治 千葉大学 国際教養学部 准教授)



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