ガバナンス改革と教職協働でスピーディーな改革を実現/芝浦工業大学

芝浦工業大学キャンパス


 芝浦工業大学(以下、芝浦工大)は、「社会に学び、社会に貢献する技術者の育成」を建学の精神として設立された理工系大学である。2006年の豊洲キャンパス開設以降の発展がとりわけ目覚ましい。2009年にはシステム工学部をシステム理工学部へ改組し、同年にデザイン工学部、2017年には建築学部を設置し、現在は4学部16学科となっている。

 筆者は2010年にも同大学を取材させていただく機会を得たが(本誌162号)、その後の成長も著しい。象徴的なのは2018年度の志願者数が過去最高の4万1734人に達したことだ(図表1)。その人気を表すかの如く、進学ブランド力調査の理系・志願度の順位は、昨年15位から今年5位と大きく伸びた。18歳人口減少期に拘わらず、これだけの成長を続けている理由は何か。村上雅人学長にお話を伺った。

図表1 志願者数推移

多彩な競争的資金の獲得とグローバル化の進展

村上雅人 学長

 18歳人口減少期にも拘わらず高校生の高い人気を集めている理由の1つは、様々な施策を次々に打ち出しているからだ。それは近年の補助金獲得状況を見ても明らかである。文部科学省の競争的資金は、現在11プログラム採択されており、最も元気のある大学の1校として大学関係者の注目度も極めて高い。私立大学等総合改革支援事業では、5年連続で「教育の質的転換」「地域発展」「産業界・他大学との連携」「グローバル化」の4テーマ全てで選定されている。これは全国の私立大学の中でも唯一という快挙である。これだけ様々な競争的資金を獲得できるのは、改革が進んでいる証と言えるだろう。また2014年度には、理工系私立大学で唯一、スーパーグローバル大学創成支援事業(SGU)に採択され、とりわけグローバル化にも力を入れて改革を加速させている。

 改革の幅広さだけでなく、驚くのはそのスピードの速さである。図表2には、主要項目についての、SGU採択前年と現時点の実績、2023年に向けた目標をまとめた。受入留学生数、日本人の留学経験者数、アクティブラーニングを取り入れたグローバルPBLの数、外国籍教員の数、外国語による授業数のいずれをとっても、大きく実績を伸ばした。わずか4年の間に、受入留学生数は10倍、日本人の海外派遣数は8倍に伸びている。

図表2 改革の推進

 また、芝浦工大では多様性の重視を掲げているが、その点では、グローバル化だけでなく、女性の獲得にも力を入れている。2013年度には文部科学省の「女性研究者研究活動支援事業」を獲得し3年間実施したが、採択13機関のうち、唯一のS評価を獲得している。2015年には東京都の女性活躍推進大賞を受賞した(工学系分野の平均の女性教員割合は3.5%。芝浦工大の場合は当時12%)。2017年5月時点の学部女子学生数は、4年生267名、3年生292名、2年生310名、1年生385名で、女子学生数が近年急速に増えており、女子学生の獲得が志願者増の一因にもなっていることが推察できる。

改革の土台としてのガバナンス改革と教員人事改革

 こうした着実でスピーディーな改革を下支えしているのがガバナンス改革である。2010年6月に就任した五十嵐久也理事長が、同年10月理事会に「ガバナンス検討委員会」を設置したのをきっかけに、進んできた。中央教育審議会組織運営部会で大学のガバナンスの議論が始まったのは2013年6月であり、政策的な議論より先行した改革であった。

 図表3には、ガバナンス機構図と近年行われた改革をまとめた。学校法人の適切な運営、事業の継続性、安定性の向上を狙い、法人改革が行われた。例えば、評議員会の改革として、①特別な事項を除き、諮問機関とし、②学外評議員比率の向上(卒業生評議員6名→8名、学識経験者評議員7名→10名)、③選任方法の変更(教職員らによる選挙で選任の評議員を、有識者による評議員推薦委員会が推薦する候補者を理事会が決定する方式へ)を行った。理事の選挙においても、職務上理事を除き評議員による選挙で選任していた理事について、現理事と評議員が構成する理事推薦委員会で推薦する候補者を、理事会が理事として決定する方式に改め、2018年6月に就任の理事からこの方式で選任された理事が着任した。合わせて監事体制も充実させた。

図表3 ガバナンス機構図と近年の改革例

 大学内では、①学長選考方法を変更(選挙から選考委員会方式へ)するとともに、②学長の下で共に大学の執行責任を行う副学長、学部長、研究科長の選任も、選挙から指名方式に変更し、2018年度以降は学長が候補者を指名し、理事会が承認することになった。2014年の学校教育法改正を受け、教授会も学長の諮問機関として位置づけられた。一連の改革で、理事長、理事会と学長の連帯感が強まり、学長付託型の大学運営を実現し、学長のもと、教育研究の一貫した意思決定ラインが形成され、大学改革を迅速かつ適切に展開する環境が整ったと言える。

 ここに至るまで、特に最初の5年ほどは、学内からの反対もあったという。教授会による運営は民主的だが、時間がかかるし、多くの工学系の教員は政治的なことが好きではない。そこで、「理工系大学のグローバルスタンダードのために改革が必要で、意思決定を早くしなければならない」と話すと大部分の教員は納得してくれた。選挙はある種の人気取りで、終わった後も学内にしこりが残ることを問題視した理事長が学長選挙の廃止を決定し、学長選考委員会が候補を出し、最終的に理事会が決定する方式に変更した。かつては学部長が先に選挙で選ばれて、そのあとに学長が選挙で選ばれていたが、それを学長が先に選ばれて、副学長と学部長を指名する方式にした。以前は行っていた信任投票も現在は行わず、理事会で最終承認する形となっている。こうした一連のガバナンス改革によって、改革スピードが格段に上がったと学長は振り返る。

 また、教員人事についても変更した。大学組織は人が全てといっても過言でなく、どのような人材を採用するのかは非常に重要だ。まず、それまで72歳だった定年を2001年から段階的に65歳に引き下げた。「学生のことを一生懸命考えてといっても、孫ほどの年齢差ではやはり問題も大きい」と話すが、実際に教員の世代交代も進み、教育研究活動も活性化してきた。かつて教員の採用は学科中心だったが、思考として専門性が先行し、絞りすぎの人事も多かったという。例えば、本来であればその学科の専門基礎科目が全て教えられるような人が望ましい場合でも、実際は一部の特化した科目を教えられることが求められているようなことがあった。そこで2003年に採用の単位を学部に変更したが、学科が上げてきた案を学部長がひっくり返すことは現実には難しい面もあった。2015年からは公募内容を標準化し、必ず入れる項目を示し、公募を出す前に学部長、研究科長、学長が確認してから出すようにし、学長も書類選考に全て目を通すことにした。教員は英語授業が可能な人を学長の英語による最終面接で決定している。2018年度には外国籍教員を一気に12名採用。理事長と学長の間で、毎月1回、首脳懇談会で意見交換をしており、学長が必要だと話すと、理事長が「人事枠を超えて採用してよい」とし、理事会で決定したので大量採用が実現できたという。

カルチャー・オブ・エビデンスとクリティカル・シンキング

 ガバナンス改革に加えて、学長の素晴らしい運営手腕の効果もまた大きい。お話の中で何度も出てきたのが、この2つのキーワードであった。カルチャー・オブ・エビデンスとは、なぜ改革をしなければならないか根拠となる情報を開示して説明し、思い込みやいい加減なデータで議論しないことである。それまでも執行部の説明に対し、ガバナンスが十分に機能していないと、まさに伝言ゲームのように教員に正確に伝わらないこともしばしばあった。そこで最初は学長が直接教職員に伝えることを心がけたという。今では学部長を通じて伝えている。クリティカル・シンキングとは、できない理由を探すのではなく、どうすればできるのかを考えるという発想の転換であり、このマインドを教職員に求めてきた。

 そして、この2つのキーワードを支えるのが教職協働であるという。教員は自分の学科のことしか見られないことも多いが、職員は大学全体のことを見ている。学長室会議、教学の最高意思決定機関である学部長・研究科長会議のいずれにも事務の主な部長は出席して意見を言えるし、教授会運営においても、職員が大学全体の動きを把握しているので学部長の仕事を適切に補佐できるという。最初からうまくいっていたわけではなく、かつては重要なことを決める時に職員を外させることさえあったそうだ。その頃は文部科学省の競争的資金を申請してもなかなか通らなかったという。現在の状況からはにわかに信じがたく、GP事業(2003年から始まった文科省の教育改革支援のための競争的補助金、2010年の行政刷新会議の事業仕分けにより廃止)の採択校を調べたところ、確かに2009年の大学教育・学生支援推進事業まで採択されていない。教員と職員が協力し始めて採択され始め、「教員にも協力的な人がいる」「職員にも優秀な人がいる」と次第に相互理解が進んで協力体制ができ、今では出せば概ね通るような状況になったということのようである。

 SGU事業の構想調書を作るときのエピソードも聞かせてもらった。学長はあえて議論に入らず、若手教職員が泊まり込みで素案を作成したという。学長は調書を出す直前まで数値目標を見ておらず、大学全体の学生数の30%をグローバル化するという高い目標に驚き、少し不安にもなったそうであるが、高い目標値を掲げないと努力することもなく、いかにして目標を達成できるか、皆で真剣に考えるきっかけになったという。目標の達成には様々な組織の協力が不可欠になるので、各学科に頼んでグローバル化担当教員をつけた。これは持ち回りではなく、やる気のある先生を選定するよう依頼したという。同時に、TOEIC※の点数・留学生数等、学科別のデータは全て公表した。進んでいる学科と進んでいない学科が浮き彫りになるが、やる気がある人材が担当教員になっているので、さらに切磋琢磨する。そうした意味でも、情報公開は大事だという。確かに芝浦工大では財務情報(収支状況)も学校別だけでなく、学部別に公表しており、驚いた。ここまで公表している大学はほとんどない。悪いことも出して議論し、教職協働でその解決策を探る。このあたりに芝浦工大の強さの秘訣があるのだと見えてきた。

見えてきた効果と課題

 これまでの改革の効果について尋ねてみた。SGUも4年目になったが、「予想外、ここまでくると思わなかった」「毎年大学が変わっていくのを感じる」と村上学長は話す。入学する学生もSGU事業開始から2-3年して、少しずつ変わってきたという。以前は留学したくないと話す学生も多かったが、海外に行ってみたい、そういうプログラムにひかれて入学したと話す学生が出てきた。学生だけでなく保護者の意識の変化もある。5、6年前は「留学させて、子どもに苦労させたくない」という雰囲気が多かったが、最近は「どうしたら留学できますか」「いくらかかりますか」と積極的に尋ねてくるようになった。社会全体がそういう雰囲気になっていることの影響かもしれないが、キャンパスを留学生が歩き、学内掲示も英語になっている等の変化を、卒業生である校友からも言われるという。

 しかし、課題もあるという。現在進めている改革が必ずしも高校に伝わっていないことだ。改革が世の中に浸透するのにタイムラグがあるのは確かだが、進路指導の先生は多忙を極めるため、積極的に宣伝しないとなかなかメッセージが届かない。未だに工業系大学は3K(きつい・汚い・危険)のイメージが強いらしく、「キャンパスがきれいで驚いた」といった感想を聞くことも多いのだという。こうした課題は多くの工業大学が共通に抱えているため、2017年から4校の工業系大学(愛知工大・大阪工大・広島工大・福岡工大)と一緒に工大サミットを開始したそうだ。今年から東北工大も加わり、6校での共同開催となる。様々なデータを確認すると、工業系大学は教育改革を熱心に行っており、就職率もかなり高い。しかし、イメージがなかなかよくならないのを、大学間で連携・発信してイメージの変容を促し、ひいては日本の工業系大学の国際化を推進し、工学教育の質保証を図るための協力体制を構築するものである。

100周年に向けたさらなる改革へ

 芝浦工業大学では、2027年の100周年に向けて、アジア工科系大学のトップ10に入るという目標を設定した。そのために、「理工学教育日本一」「知と地の創造拠点」「グローバル理工学教育モデル校」「ダイバーシティ推進先進校」「教職協働トップランナー」の5項目からなるCentennial SIT Actionとして宣言した。いわゆる中長期計画のように単なるPLANではなく、必ず執行するものだという強い思いが「Action」という言葉にも表れている。100近い数値データ(KPI: KeyPerformance Indicator)で工程管理し、目標達成に挑む。真のグローバル大学を目指して、「常に前進する文化の醸成」をモットーに教職学(教員・職員・学生)協働で取り組むという。さらなる発展を楽しみに注視していきたい。

(両角 亜希子 東京大学大学院教育学研究科准教授)

図表4 Centennial SIT Action



【印刷用記事】
ガバナンス改革と教職協働でスピーディーな改革を実現/芝浦工業大学