リベラル・アーツで育むジェントルマン/聖光学院中学校高等学校

聖光学院中学校高等学校キャンパス


“Be Gentlemen.”

 “Be Gentlemen.”(紳士たれ)、これが聖光学院のモットーである。カトリックのキリスト教教育修士会によって設立され、横浜市にある中高一貫の男子校である聖光学院は、今や、屈指の進学校としてその名声は全国にとどろいている。図1にみるように、中学校の入試は狭き門である。


図1 3か年中学入試状況

 しかし、ただの受験進学校でない。「中高の6年間をこの学校に来て楽しいという時間にしたい。そのためには生徒達が学校生活の様々な場面で成功体験を得ることが重要であり、そうすることによって人生のフェーズにあった生き方を選び取れる人「財」になってほしい。それが本校の願いです」。工藤誠一校長はエネルギッシュに語られる。工藤校長は2004年以来、校長として聖光学院をリードされているが、そもそも聖光学院の卒業生であり、大学卒業後に社会科教諭として赴任し、その後、事務長、教頭を経て現在に至る。聖光学院を隅々まで知り尽くしたうえで、“Be Gentlemen.”の理念を守り続け、それをどのような形で実現するかに一身を投じてこられた。Gentlemenとは、精神的価値を物質的価値よりも優位におき、万人を愛し、奉仕と献身の精神を持つ人物と、規定されている教育理念から読み解くことができる。では、このGentlemenを、どのようにして育むのだろうか。

 筆者の見立てによれば、聖光学院における教育には、大きく分けて3つの柱がある。第1は国際教育、第2は、体験教育・感性教育、第3は、課題設定・解決能力育成教育である(図2)。


図2 特色ある教育


工藤誠一 校長

国際教育

 長く力を入れてきたのが、グローバル・リーダーの育成を目指す国際教育である。日本のプレゼンスの低下、アジア社会の伸長。この危機に対処するためには英語で勝負ができるかにかかる。「全ての者がグローバル・リーダーになれるわけではありません。でも10%でもよいのです。世界に出て戦う者を育成しないと、日本の将来は危ういです」と考える校長のもと、従来からのカナダホームステイ旅行やニュージーランドターム短期留学に加え、現在ではボストン・Entrepreneurship研修やセブ島英語研修、ネグロス英語研修等が設けられている。ホームステイや語学研修は中学3年の春や夏の休暇を利用して2〜3週間派遣する。国内のプログラムのEnglish Campではアメリカの大学生を学校に招いての、中学3年生から高校2年生までを対象とした数日間の研修会である。英語漬けになり、英語でサバイバルする環境の中で、英語力を伸ばそうという試みである。

 2018年度のこれらのプログラムへの参加者数は168人である(表1)。1学年がおおよそ230人であるから、単純計算して学年の75%程度が参加していることになり、かなりの人数である。


表1 国際教育参加人数(2018 年度)

 ただ、これらに参加したから英語で勝負できるというわけではない。その習得のためには、不断の努力が必要である。英語の授業は週7時間あり、そのうち2時間は会話に充てられている。中学1年では10人程度を、2年では20人程度を1クラスとし、英語ネイティブの教員を配置して行っている。また、中学2・3年生はChromebookというタブレットを1人1台持ち、週3回の「オンライン英語講座」の受講が必修である。必修ではあるが、受講は授業時間外である。

 他方で、できる者はもっとチャンスをという方針のもと、帰国生や英検1級以上の英語力を持つ者に対しては、「帰国生取り出し授業」という、ネイティブやバイリンガルの教員による、全て英語による授業がある。

 こうした受験英語の範疇にはない英語教育により、在学中に留学をしたり、海外の大学に進学する者も出始めている。

 聖光学院には「聖光塾」という塾がある。これは、受験のための学習塾ではない。自由参加、学年非限定、1日から数日の学際的な講座であり、年間25講座以上開催されている。講師を外部から招聘するケースもある。2017年度の自然科学系の講座と参加者数を表2に示したが、「DNA鑑定」、「人工知能とロボットの最先端」等は大学教育の体験である。


表2 2017年度 自然科学全般に関わる聖光塾実施講座と参加人数

 表にはないが、「茶道入門」「漢を書く」といった趣味の領域に近い講座もある。また、シリコンバレーの企業を訪問する「アメリカ西海岸研修」もあり、グローバル・リーダーの育成への注力はここにも表れている。

 「選択社会科演習」は、中学3年生を対象にした国内の宿泊型体験行事である。現地での指導は、NPO、ボランティア団体、自治体と連携して行っている。農家民泊体験、お遍路体験、福祉現場での体験等、現代社会を体験し、そのありようを考えることが目的である。

 加えて、感性を磨くことを目的とした「選択芸術講座」という音楽・美術・演劇に関する教育がある。中学2・3 年の土曜の3・4時間目に、20人以下の少人数で外部講師による本格的な指導のもとで実施されている。音楽では声楽やギター、バイオリン、フルート等の楽器演奏、美術では絵画以外に陶芸、木工、書道がある。この成果は、音楽系は、年度末の発表会、美術系は学園祭である聖光祭で発表する。

 進学校であるにも拘わらず、なぜ、各種の体験教育や感性教育を、それも教員以外の外部の協力を得て実施するのか。それは、モットーとするGentlemenになるためである。教科の枠に縛られず幅広く学び、現実の社会を体験することで、他者を愛し奉仕の精神を養う、感性を育むことで、精神的価値を物質的価値の上位とする精神を養う。こうした意味がこめられているように思えてならない。芸術には世界的な普遍性があり国際性の育成にも通用する。古典古代のGentlemenは芸術を愛したというではないか。

課題設定・解決能力の育成教育

 第3の特色が、自ら課題を設定しその解決策を考える教育であるが、これは2017年度からSSHに採択されたことが契機となっている。SSHに向けて中学1・2年では理科の授業で実験の作法を学び、中学3年では「探究基礎」という授業において、統計の基礎とデザイン思考を学ぶ。高校1・2年では、週1回の授業「探究」における小グループで問題関心の共有・先行研究の検討、課題解決という、まさに研究の手順を踏むプロセスを経験する。その成果を発表するというものである。SSHと言えば理数系のイメージが強いが、聖光学院ではScienceを字義通りの科学と捉え、人文科学や社会科学も含め全ての生徒を対象にして行っている。

 ここで大事なのは、成果発表である。SSHに採択された高校間での発表会はもちろんのこと、それにとどまらず、研究成果の英語での発表ということで、マレーシアやシンガポールでの発表、立命館高校主催のJSSFにおける英語発表、電気通信大学や東京工業大学での発表等、ここでもグローバル・リーダーの育成が目指されている。

 この探求の授業とその成果発表とは、大学における研究や社会で仕事をすることの先取りである。大学受験までの教育や学習は、疑うことをせずに知識を吸収し素早く正解にたどり着けば、一定の成果を得ることができる。しかしながら、大学教育においてはそうはいかない。自ら問い、その問いに自ら答えを見いだすというプロセスが求められる。そして、それができる者は、大学においてだけではなく、職業人になったときに大きくその効果を発揮することができる。仕事をするということは、答えが決まっていない問題に答えを出すことであるからだ。これは、社会のリーダーとしての役割を課されているGentlemenにこそ求められるものである。

 ところで、SSH採択に当たって工藤校長からは面白い打ち明け話をうかがった。文部科学省の担当職員から、SSHに採択されると受験勉強に直結しない活動に時間を割かねばならないので、進学実績を落としかねないが、それでも大丈夫ですかと聞かれたという。校長は一笑に付したそうだが、受験勉強以外のことをやっていては大学進学ができないというのが世間の常識であることを、改めて知るエピソードである。

特色ある通常の授業

 これだけの授業外活動をやっても進学実績が上がっているという現実をみると、通常の時間割の授業がどのように実施されているか、そこに興味が向く。英語に関しては、授業時間が多いことや会話の授業が設定されていることを記したが、ほかの教科に関してはどうなのだろう。恐らく6年間のシステマティックな授業構成がなされていないと、授業時間外の諸活動が意味を持たないのではと考える。

 多くの学校と異なるのは、6年間を2年ごとに前期・中期・後期と分けて2年のまとまりとし、それをシームレスに接続していることであり、教育内容上、中学と高校という区別はあまりない。そして、後期に当たる高校2年から文系と理系とに分かれ教科の授業時間や教育内容に差異が設けられ、大学受験をターゲットに置いた教育課程が編成されている。この2年を3期に区切るのは、6年一貫の私学だからこそできることだと校長は言われる。「中学から高校へ自動的に進学できることが緊張感を削ぐことになりかねません。この2年間を中期として各種の学校外の活動へ参加させる行事を組み入れることで、視野の拡大を図りたいのです。そのうえで自分の適性を見極めて、後期には希望する進路の実現に励むのです」。

 当然のことながら、どの教科も公立と比較したら学習進度は早い。中学受験を経ている生徒は一定の高学力の範囲に収まっているとはいえ、それでも授業についてくることが難しい者と、それを楽々クリアする生徒とに分化する。そうした学力の分散へのきめ細かい対応を、中学1年から行っている。できるだけ早いうちにと、成績不振者は少人数での補習や個別添削等によって挽回のチャンスを作る。

 得意な者にはさらに伸ばすための仕組み、またさほど得意でなくとも、チャレンジの機会を与え得意な部類に伸長させる機会を設けている。英語の「帰国生取り出し授業」もそうだが、数学では前期でのジュニア数学オリンピック、中期での数学オリンピックへの挑戦を勧めたり等がそれである。理科の授業はSSHに直結している。国語の「群読」というグループによる朗読も、30年にわたる活動経歴を持ち、黙読ではなく音読による教育効果が確証されている。生徒一人ひとりの個性を把握したうえで、進度の早い通常の授業に落ちこぼれる者を極力少なくし、他方でできる者はさらに伸ばそうという、きめ細かい仕組みが構築されているのである。

Gentlemenの育成と教員

 中等教育の成果を大学受験の結果のみとするのであれば、聖光学院のような各種の授業外の教育プロジェクトを設置せずとも、もっと効率的なやり方で成果を出すことは可能だろう。しかし、聖光学院の場合、大学への進学実績は通過過程に過ぎないと考えている。目指すところは、大学を卒業した卒業生が、その後に、何をするか・できるかである。卒業生が将来Gentlemenとして本分を果たしてくれるか、聖光学院の教育理念を体現した人物として社会に貢献してくれるかが、6年間の教育成果だという。

 校長は言われる。「いわば、われわれの教育は、幅広く学び、それを体験するリベラル・アーツなのです。リベラル・アーツは古来よりGentlemenを育成するための教育とされてきました。Gentlemenは、幅広く偏りなく学び、それでもって人格を形成し、社会の奉仕者=治者となる者なのです。近年の日本の大学は教養教育を軽視しています。だからこそ、われわれがそれをやる必要があるのです」とリベラル・アーツの本質を理解されたうえでの発言である。

 そこに筆者は敢えて質問をぶつけた。「理念としてのリベラル・アーツ教育と、現実の大学入試問題への正解の道筋とバッティングすることはないのでしょうか。どのように両者は共存可能なのでしょうか」。校長は笑いながら答えて下さった。「いやいや、そんなこと問題になりません。さすがにトップの大学の試験問題はよくできていて、考えさせる問題であって暗記だけでは通用しません。われわれの教育による幅広い内容を自ら考える習慣を身につけている学生にとっては、何らネックにはなりません」。さもありなん。

 とはいえ、校長のこうした方針を実現するためには、優秀な教員の存在が不可欠である。校長は「わが校では、研究とは何かを知っている博士課程を修了した人に教員として来てほしいと願っています。ネイティブの教員も必要です。長く社会人をしてきた人の経験も重要です。しかし、彼/彼女は教員免許を持っていない場合が多い。現行制度では、教員免許を持っていない方々を、正規の教員として雇用することはできません。少なくとも、私学に対しては、従来の教員養成課程における免許状制度を一律に適用せず、もっと弾力化した運用が求められます」と力説される。

 学習指導要領に縛られない私学のメリットを最大限に活かしつつ教育課程の工夫をされてきたが、これを実現するためには力量のある教員が重要である。教員の待遇改善、教員コミュニティーの形成には尽力されてきたという。強固な理念=目的と、細かな縛りの中での最大限の融通=手段。これを縦横に組み合わせての聖光学院の教育がある。

(吉田 文 早稲田大学教授)



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