あるべき大学像を見据え教育改革と入試改革を連動させる/早稲田大学

早稲田大学キャンパス


 早稲田大学(以下、早稲田)は、1882年に大隈重信によって創設された東京専門学校を前身に、1920年に大学として認可を受けた日本最初の私立大学の一つである。「学問の独立」「学問の活用」「模範的国民の造就」を建学の本旨とし、進取の精神や在野精神をその校風とする。東京都新宿区に位置する早稲田キャンパスを中心に10カ所のキャンパス、教員組織として10の学術院(専任教員1992名)、教育組織として13学部、20研究科(専門職大学院5専攻含む)を設置し、学部在学生4万1051人、大学院在学生8385人の約5万人が在学する言わずと知れた大規模大学で、一般・センター利用入試による学部入学定員5555人に対する総志願者数は11万7209人である(2018年時点)。入試改革の方向性が注目されるなか、早稲田は、2018年6月に高大接続改革への対応を含めた2021年度の方針を発表した。その内容は図1に示した通りだが、これらは報道等でも広く紹介され、大きな社会的関心を集めた。その背景や意図について、2013年から入学センター入試開発オフィス長として中心的役割を担う沖清豪教授にお話をうかがった。

沖清豪教授

Waseda Vision 150に位置づけられた入試改革

 「国の高大接続改革の議論は急速に進みましたが、早稲田では10年前から入試制度の議論をしてきました」と沖教授は話す。早稲田は2012年に、創立150周年(2032年)に向けた中長期計画「Waseda Vision 150」を策定し、「アジアのリーディングユニバーシティ」として世界へ貢献する大学であり続けるため、教育・研究の質的向上を図るための具体的方針を定め、大学全体の改革を進めてきた。「Waseda Vision 150」では、「世界に貢献する高い志を持った学生」「世界の平和と人類の幸福の実現に貢献する研究」「グローバルリーダーとして社会を支える卒業生」「アジアの大学のモデルとなる進化する大学」という4つのビジョンが示されており、それらを実現するために「入試戦略」「教学戦略」「展開戦略」「経営戦略」という4つの戦略の大枠と、それらに基づいた13の核心戦略を定めている。「入試戦略」では、「入試制度の抜本的改革」が核心戦略として位置づけられている。

 このような中長期的ビジョンに基づいた早稲田大学の入試改革については、小誌204号において、「中長期ビジョンの中核に位置付けられた新思考入試」として取り上げた。そこでは、入試改革を進めるために新設された「入試開発オフィス」を含む入学センターの組織体制等を紹介した。早稲田において入試改革は各学部が独立して進めるものであり、入学センターは各学部の入試改革・開発に協力するとともに、全学的な方向性を提案する役割を果たしている。近年の動きとしては、2018年度から文化構想学部・文学部・商学部・人間科学部・スポーツ科学部において導入された「新思考入試(地域連携型)」がある(2019年度からは法学部も対象)。この「新思考入試(地域連携型)」は、入学後、所属学部の学びに加え「地域への貢献」をテーマとした全学共通の活動を行うことで、出願に至った志を入学後の学びにつなげる「高大接続」型の入試制度として開発されたものである。そのほかに、基幹理工学部で2018年度から、北九州地域の高等学校を対象に指定校推薦と北九州キャンパスでの教育研究を連動させた「新思考入試(北九州地域連携型推薦入試)」を導入している。こうした新しい入試で試行を重ねながら、全学としての方向性を練っているわけだが、2021年度の入試改革は、この中長期計画による入試改革の延長線上にあるものである。

出願要件としての「主体性」

図1 早稲田大学の2021 年度入試の主な変更点

 2021年度の入試改革概観を図1に示したが、まず全学出願要件として、「主体性」「多様性」「協働性」(以下、主体性等)に関する経験の記入を求められることになった。これは学力の3要素評価に対応するものである。「“学力の3 要素”を入試で見ることは本来のあり方であり、Waseda Vision 150にも沿ったものです」と沖教授はその位置づけを説明する。もちろん、これまでも推薦入試を中心に多面的評価を行ってきた。早稲田では、一般入試・センター利用入試での入学者とAO・指定校推薦といった多様な入試の入学者の比率は5.5:4.5と、前者が多い。他方、GPA等の検証結果からは、推薦入学者の質の良さは証明される一方で、多数を占める一般入試入学者には、何をどのように求めるべきか課題となっていた。こうした検討のなかでは、いくつか議論のポイントがあったという。

 主体性等を見るための具体的な方法として、まず考えられるのは調査書の活用であろう。しかし、次のことから調査書の活用は採用されなかった。第一に、早稲田の一般入試は、出願締切が1月末、各学部の入試日は2月8日~22日と長期にわたり、また、1学部で1万人規模の受験者がある。このスケジュールと量的規模のなかで、受験生の調査書を読んで事前に評価することは時間的に不可能である。また、現状の調査書はフォーマットは揃っているが学校や担当教員によって記載内容に差が大きく、評価に用いることは難しいという学内の指摘があった。さらに、もし早稲田が一般入試で調査書評価を入れるとなると、高校側には生徒ごとに出願部分の所見を書く手間を追加で求めることになり、混乱を招きかねない。高校現場の負担増となるやり方は極力避けたい。他方、国の高大接続改革のなかで検討されているeポートフォリオを、早稲田の受験者数の規模で使うには時期尚早と判断された。特に受験生の1%(約1000名)を占める高卒認定による受験生や国外での教育を経験してきた受験生は調査書もeポートフォリオもない状態であり、それを加点要素とするのは公平性を欠く。そこで、web出願時に、主体性等を発揮した経験や取り組みを受験生に自分で書いてもらうこととしたのである。記入を出願要件とするが、得点化はしない。具体的なイメージとしては、オンライン出願システムに項目を増やし、記入がないものは出願手続きができないなどシステムにおいて対応することが想定されている。

 そこに記載される内容をどのように利用するかは各学部に任されている。ただ、「全学共通の方針としては、この主体性についての情報を入学後教育に活用していく」と沖教授は話す。Waseda Vision 150に基づいて教育改革が進められるなかで、早稲田では、今や84%の授業が50名以下のクラスであり、教育のあり方は大きく変わっている。そうした教育の変容のなかで、旧来の学力による選抜だけで対応することは難しい。そこで、全学組織として設置されている大学総合研究センターのIR部門では、入学から卒業までの学生の状況分析が進められており、学生の入学前の状況のデータをIRに活かすことでさらなる教育改革につなげていくことが意図されている。つまり、出願時に主体性について記載を求めることは、入試改革であるとともに、その情報の教育改革等への活用が含まれているのである。

政治経済学部での数学の必須化と学部独自問題

 今回の早稲田の入試改革において、最も社会的関心を集めたのは、政治経済学部の変更点であった。「大学入学共通テスト」「英語外部検定試験と学部独自問題」を組み合わせた入試内容に変更するとともに、共通テストで「数学I・A」が必須科目とされたためである。これまでの私立文系教科型から数学必須化への変更。沖教授はこの数学必須化について、「学部教育において必要で、入学前に求める能力として受験生・高校に明確に示すもの」としたうえで、「高校の必修科目はきちんと修得しておくべきであるというメッセージでもあります」と話す。本来大学での教育は、高校までの文系・理系の科目別に分かれた先にあるのではない。現在、政治学・経済学では統計学的アプローチが必須であり、特に、経済学科ではアドミッション・ポリシーにおいて、数理能力の必要性に言及している。本当は“数学Ⅲ”まで学習してくることが望ましいが、せめて基礎である“数学Ⅰ・A”はきちんと勉強してきてほしい、と位置づけた。なお、現在一般入試の選択科目には数学が含まれており、数学選択の受験生は全体の4割を超えているため、数学を必須にしてもそこまで受験者に影響はないだろうという判断もあったとのことである(図2参照)。

 また、各教科(外国語・国語・数学・選択科目)については共通テストを用いつつ、日英両言語による⻑文を読み解いて解答する形式の「学部独自試験」を課すこととした。「学部独自問題」は2018年8月にサンプル問題が公開されている。この変更は、大学入学共通テストにおいて一定の選抜機能が働くことを前提に、さらに学部として必要な能力は独自試験で見るという試験内容の組み合わせであるという。この改革には、政治経済学部がこれまで、世界各地から多様な学生を集めるためのグローバル入試や英語による教育プログラムなどに積極的に取り組み、その結果国際的に優秀な学生が入ってくる教育環境になってきたことが背景にある。そうした外国人学生と対等に渡り合える日本人の学生集団を形成していくことが求められており、旧来の学力だけではない多様な能力を問う入試制度に改革していくことで新たな学生集団の形成を促進しようとする意図があるという。教育改革によって生じた学生集団の変化が、入試の見直しにつながっているのである。

 入学者に、その学部で学ぶために必要となる能力が備わっているかを見るために入試内容を変更することは、「大学入学共通テスト」を用いることとしている国際教養学部・スポーツ科学部も同じである。国際教養学部は「英語」の学部独自問題を、スポーツ科学部は「小論文」の学部独自問題を課すこと、大学入学共通テストで求める科目は学部により異なることが公表されている。

図2 一般入学試験 選択科目別志願者数

早稲田らしさを担保する多様性の確保

 このように改革の背景を見ていくと、早稲田の入試改革は、ただ入試内容の変更にとどまらず、高大接続改革の根本となる教育改革と連動していることが分かる。Waseda Vision 150のもとで、大学全体のグローバル化を進め、研究大学としての発展を志向するなかで、従来とは異なる基準による選抜が必要となっているからこそ、大胆な入試改革を進めているのである。もちろん、将来を見据えた改革だけでなく、目の前の課題解決のための改革も並行して進められてきた。例えば、現在、入学者の7割は首都圏(1都3県)出身者で占められており、伝統的な早稲田のイメージ・特徴(=「早稲田らしさ」)である「地方出身者」「多様性」は危機的な状況にあるという。地方から出て、一度、東京で学ぶことを提案する「新思考入試(地域連携型)」は、この課題に取り組もうとしたものである。

 他方、「私大の特性として、8割の学生は学部卒業後に就職します。そのための教育として、社会に出た時に必要な能力を、授業内外でどのように提供していくかも合わせて考える必要があります」と沖教授は話す。そこには、授業科目だけでなく、リーダーシップ教育、早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)でのボランティア活動や社会的活動等を通じた教育プログラム、ピアチューターといった諸活動に学生をどのようにつなげていくかという課題が意識されている。どのような学生にどのような教育プログラムを提供することが社会に対して効果的なのか。さらに、「一般入試をゴールとして燃え尽きてしまい、入学後の教育にうまく接続できない学生もいます。何を経験してきた、どのような属性の学生なのかが早くにつかめれば、大学としても早めに学生支援の対策を取ることができるでしょう」とも話す。このことは、大学が生徒の多面的な情報を早く受け取ることが学生支援においても教育設計においても重要であり、調査書をはじめとする書類等の記載内容の正確性も含め、これまでとは異なる接続のあり方が必要となっていることを示している。学力以外の要素をどのように求め、大学がどのように活用していくのか。入試改革はここにつながっている。

 このように大きな変更が進められている早稲田の入試改革について、沖教授は「新学習指導要領や調査書電子化等のマイルストーンとなる2025年に向けて、入試のあり方は継続的に検討していかなければならない。その意味では今の改革は通過点でしかありません」としつつ、「入試のことはきちんと社会に説明する責任があります」と話す。日本有数の伝統ある大規模総合大学として、あるいは研究大学として、グローバルな大学間競争や環境変化に対応するために進取の精神で教育改革・入試改革に挑んでいくとともに、早稲田の入試のあり方が高等教育全体や高校教育に与える影響に対する社会的責任が意識されている。早稲田が今後どのように改革を進め、それを社会はどのように受け止め、受験生はどのように動くのか。この先の動向から目が離せない。

(白川優治 千葉大学国際教養学部准教授)



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