外部人材登用と意思決定プロセス明確化に基づくガバナンス改革/実践女子学園

実践女子学園キャンパス


 18歳人口減少による定員割れに苦しむ私立大学が増加する中、大学の諸活動をどう効果的にマネージし、いかに問題状況の打破(ブレイクスルー)を図っていくのか、各大学の置かれた異なる文脈に応じた個別方略のあり方が問われている。そこでは、各種の取り組みを大学全体としてどう方向づけて適正に機能させるのか、つまりガバナンスが必要になるが、しばしば称揚されるようなトップダウン型ガバナンスが常に成功するわけでもない。とりわけ多様性を特徴とする私立大学セクターのガバナンスは、各大学の多様な来歴や学部構成等によって異なり、単一モデルで対応できるようなものではない。むしろ、個別事例を丁寧に掬い取っていくプロセスから学べることが少なくない。

 そこで、本稿では、学校法人実践女子学園(以下、実践女子)の事例に迫りたい。後述する通り、実践女子はここ10年でガバナンス改革を進め、多様なステークホルダーを巻き込んだ体制の下で情報開示を推進し、透明性を高めることに努めてきた。即ち、開かれたガバナンスの下で関係者の英知を集めながら教育改革を進めてきた事例と言ってもいい。ガバナンス改革の実際とその成果、そして今後の見通しについて山本章正理事長にお話をうかがった。

近年の改革でどう変わったか

山本章正 理事長

 実践女子は、下田歌子が1899(明治32)年に創立した実践女学校・女子工芸学校に始まる。2019年現在、実践女子大学、実践女子大学短期大学部、実践女子学園中学校高等学校を経営し、そのうち、大学は文学部、生活科学部、人間社会学部の3学部で構成されている。学生生徒数は学園全体で約6400名に上る。

 実践女子はここ30年ほど東京多摩地区の日野市を拠点に大学・短大教育を展開してきた。しかし、2014 年に渋谷キャンパスを開設し、文学部、人間社会学部、そして短期大学部を移転させて以降、都心型女子大学としての社会的認知を高めつつある。2000年代に入って首都圏の少なからぬ大学が郊外キャンパスを都心回帰させ、大学の生き残りを賭けて学生確保や教育整備を進めた。実践女子もそんな時流に乗ったように見えなくもないが、実践女子の場合、やみくもに都心に進出したわけではない。そもそも渋谷は学祖・下田歌子が学園の礎を築いた地だ。渋谷キャンパス開設には原点回帰の意味がある。

 下田歌子は、女性が顧みられない時代、上流階級だけでなく一般女性を対象とした女子教育の振興に心血を注いだ近代女子教育の先駆者として知られる。実践女子は、そうした学祖の思いを継承し、「女性が社会を変える、世界を変える」を建学の精神に、「品格高雅にして自立自営しうる女性の育成」を大学・短大の教育理念に掲げてきた。渋谷キャンパスは、そうした原点に立ち返りつつ、理念を具現化する場として開設されたものだ。JR渋谷駅に程近い交通至便な場所に地下1階、地上17階の校舎が立つ。繁華な街に立地してはいるが、ガラス張りの開放感あふれる落ち着いた空間が整備されている。女子学生の学びと生活を支援する好適な環境が揃っている。

図1 実践女子大学・短期大学における志願者数推移(2009-18年度)

 当然、渋谷キャンパス開設は志願者動向に影響を及ぼした。図1が示す通り、志願者数は新キャンパス開設を前に増加を見せた。その後2年ほど低迷はしたものの、ここ3年は再び増加に転じている。背景には「渋谷効果」もあるが、それだけではない。山本理事長は、一つには、高校生に受験してもらうべく地道に高校訪問を展開した結果だと指摘する。そもそも渋谷キャンパスを開学したことをちゃんと伝えられておらず、つい最近まで、実践女子は日野市だけにあると認識している埼玉や千葉の高校が少なくなかったという。もう一つ、オープンキャンパスを教職員中心から学生中心にシフトさせたことで、来場者(受験生及び保護者)の満足度が上がった。つまり、受験生に、大学・短大の魅力をしっかり訴求する取り組みと環境変化の掛け合わせが成果をもたらしたというわけだ。

 山本理事長は、実践女子大学・短期大学部が私立女子大学御三家に次ぐ中堅に位置づくと見る。実践に行きたい、実践を卒業したことを誇りに思うという大学・短大になってほしいし、そんな大学・短大になるために、学生募集については質も量も追求していきたい。その意味で、日野キャンパスにある生活科学部も保育士や管理栄養士等の有資格人材を輩出することで、地域コミュニティーに貢献していくという可能性をさらに広げていきたいという。今後の課題は、志願者を増やし続けつつ質も上げるという好循環をどう生み出すかだ。

学生支援サービスをワンストップ化

 そんな課題に対処すべく、実践女子大学・短期大学部では2019年4月、新たな取り組みをスタートさせた。学生個人の学びや成長をワンストップで捉える学生支援制度、J-TAS(ジェイタス,Jissen Total AdvancedSupport/【外部リンク】https://www.jissen.ac.jp/j-tas/)がそれだ。2018年11月には、従来キャリアセンター、入試センター、学生支援センター等に分かれて提供されていた学生支援サービスを一元化すべく、「学生総合支援センター」が新設された。

 J-TASは、学生一人ひとりの個性に応じた成長を、入学前→入学→履修→卒業→卒業後の流れに沿って「見える化」し、包括的・連続的に支援しようとする仕組みだ。「授業」「課外活動」「成長診断テスト」「学修ルーブリック」「自己成長記録書」「担任教員・学生生活支援スタッフ・キャリアアドバイザー」「個別サポート」という7つの要素で構成され、卒業後も含めた学生の成長を可視化し支援していくことを目的としている。

 例えば、成長診断テストは、社会で必要とされる「実践力」の要素として求められる能力として「研鑽力」「行動力」「協働力」の習得レベルを診断できる独自開発ツールだ。そのテスト結果は、授業や課外活動の記録とともに自己成長記録書に記録されていく。それを用いて学生支援に当たるのは、担任教員(アカデミック・アドバイザー)であり、キャリアアドバイザー、カリキュラムアドバイザーといった学生支援の専門家だ。つまり、複数のツールやルーブリックを用いながら、個人の成長をデータベース化して一元的体制の下で専門スタッフが個別指導を行い、卒業後のリカレント教育や転職等にも拡大していこうという試みだ。そんな取り組みを重ねる先に想定されているのは、「成長にコミットする大学」という像だ。

 リメディアル教育(補修教育)という意味合いの強かった学習支援は今、より広い層の学生に働きかけることで大学コミュニティーへの包摂を目指そうとしている。J-TASはその好例であり、「社会を変える、世界を変える」女性を長く支援するという意味で建学の精神に符合する取り組みと言ってよい。

ガバナンス改革① 外部人材登用による透明性の確保

 J-TASのような取り組みに見られるように、大学・短大が新たな学生ニーズやその他の多様な課題群に応え、さらに飛躍していくためには、機関レベルの体制整備が欠かせない。実践女子では、ここ10年間で精力的にガバナンス改革が進められてきた。それは、井原徹前理事長の下で推進されたものだ。井原前理事長は、理事長をはじめとする理事候補者の選定や役員報酬について、外部理事を含め検討する「役員候補者推薦会議」(企業における指名委員会や報酬委員会に相当する)を設置する等、健全で開かれたガバナンスの構築を進めたことで知られる。

 山本理事長自身も、そのプロセスに長く学外理事として関わり、さらにここ2年間は総務・人事・労務や総合企画担当の常務理事として関与してきた経緯がある。2019年4月、これまでの路線を継承しつつ、さらなる学園の発展を期して理事長職を引き継いだ。

 それでは、実践女子におけるガバナンス上の課題とはどのようなものだったのか。山本理事長によれば、10年前は常任理事会に課題がなかなか上がってこなかったという。しかも、いつ、誰が、どこで何を決めていくのかが必ずしも明確ではなかった。そうした問題に対処すべく、ガバナンス体制の改革が始まった。目指したのは、学園のガバナンスを「オープン」「フェア」「トランスパレント」なものにすることだった。

 そこで進めたのが積極的な外部人材の登用だ。実践女子の現在のガバナンス構造は図2の通りだが、これを見てもわかるように、評議員会、理事会、監事等を法令に基づいて設置しているのはもちろん、理事会には企業人、学校関係者、弁護士等の外部理事を積極的に登用している。評議員会も2割を外部委員(卒業生除く)が占める。こうして外部に開かれたガバナンス構造を作り、透明性を高めてきた。理事会や評議員会を年7回開催しているのも、やはり透明性の向上が目的だと山本理事長は説明する。

 外部から人を入れる体制が整備された今、次の課題は、外部の人達にもっと意見を言ってもらう機会を別に作るのか、さらに、例えば卒業生達にどう関与してもらうかだと理事長は語る。企業経験が長い山本理事長の目から見れば、外部の意見を聞くという点では企業のほうが先行していると映る。学園経営においても、学園を今後どう動かしていくのか、あらゆるステージで外部の意見に耳を傾け、外からの客観的な意見を吸収していくことが欠かせないという。

ガバナンス改革② 意思決定プロセスの明確化と情報共有

図2 実践女子学園ガバナンス体制図(2019年4月1日時点)

 ところで、私立大学ガバナンスに関しては、法人と教学の関係が対立的に描かれることが少なくないが、実践女子では比較的円滑に行っていると山本理事長は述べる。図2にある通り、学長が副理事長を、副学長が常務理事を務めていて、教学と法人の連携を促す組織形態がとられている。それは理事の担当制にも表れている。例えば、教学系理事は教育だけを担当するのではなく、学園全体の課題にコミットしてもらう形をとっている。

 加えて、ここ4年ほどで意思決定プロセスをより明確化し、法人と教学の関係が整理されたことも大きい。図2が示すように、常任理事会が首尾よく機能できるよう、大学協議会や部長会における議論を通して論点整理を行い、議題を上げるようにしているという。大学協議会は、2015年の大学ガバナンス改革を契機に整備された、教学に関する「人・もの・金」や「重要事項」の提案を行う教学側の意思決定機関だ。ただ、そこからの提案は、部次長からなる部長会で全て事前審議を行ったうえで、常任理事会に上げることになっている。もちろん、こうしたプロセスに対して当初は教員側に抵抗感があったそうだが、学園として向かう目標・到達点は同じという考えの下、管理的視点からこうした体制をとっているという。

 その意味からも、学内の情報流通・共有は不可欠だ。各会議開催後、審議の内容・結果は学内イントラネットを使って公開することになっている。もちろん、教授会にもフィードバックされる。10年前よりも組織内における情報の風通しは良くなったし、ボトムアップで情報が出てくるようになったのではないか。山本理事長はそう見ている。

創立120周年を機に「変革期」から「成長期」へ

 こうしたガバナンス改革は、管理体制や内部統制を整備するという点にとどまらず、成長や競争へのマインドを醸成していくためにも必要だと山本理事長は強調する。理事長自らの経験に基づけば、そうした組織風土は教職員からアイデアや提案が出てくるような環境下で形成されていくからだという。つまり、ガバナンス改革はトップダウンのためというより、むしろボトムアップを効かせるためというわけだ。

 その意味で、現場を活性化するために、今後は中期計画を策定して各種の取り組みを進める予定だ。まずは、毎年8月上旬に2日間連続・計16時間でかけて開催している「常任理事会夏期集中討議」の場で重要事項を議論することにしている。3~5年を単位にしつつ、毎年、翌年の単年度計画と関連づけながらローリング方式で進めていきたいという。計画策定自体を自己目的化せず、柔軟に時代に即応していくためだと山本理事長は述べる。

図3 実践女子学園が描く成長イメージ

 中期計画の中では、学園の重要指標についてできる限り数値目標を設定していくつもりだが、それと同時に、細かな課題に留まることなく、ここまでの改革の成果を今後の成長につなげていく営為も必要だと理事長は考えている(図3)。

 といっても、そこに明確な「答え」があるわけではない。学内における本格的な議論はこれからだ。ただ、理事長が見据えるのは、学生生徒の成長だ。学生生徒がどう成長していくのか、組織としてその成長にどうコミットできるのかを起点に据えたいという。

 実践女子は2019年、創立120周年を迎えた。それは変革期の10年と成長期の10年を画するメルクマールに位置づくものだ。その画期に就任した山本理事長は、グローバル化の推進に向けて、海外協定校との職員交換研修を始める等、次なる成長期を先導すべく取り組みを開始している。ここまでの地道なガバナンス改革が現場で実を結び始めている。そう見ていいだろう。

(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)



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