業界課題に照らし農業を科学する農学人材を育成する/龍谷大学 農学部

龍谷大学キャンパス

POINT
  • 1639年京都西本願寺境内に設けた学寮を起源とし、2019年に創立380周年を迎えた仏教系大学
  • 文学部・経済学部・経営学部・法学部・政策学部・国際学部・先端理工学部・社会学部・農学部の9学部に27学科(課程)を展開し、募集定員は約5000名という大規模大学
  • 農学部は定員438名のところ、2020年一般・センター利用入試合計で志願者数4325名


龍谷大学(以下、龍大)は2015年に農学部を開設した。開設6年目を迎えた現状をお聞きするべく、キャンパスを訪ね、大門弘幸大学理事(教育・キャリア担当)兼農学部長にお話をうかがった。

いのちの循環を学ぶ学問をいのちのありようを重視する大学で学ぶ

 そもそも2015年当時、何故龍大は農学部を開設するに至ったのか。

 まず、龍大が浄土真宗の精神を「建学の精神」に掲げる大学である点を押さえておく必要がある。大学HPには建学の精神をどのように学生に修得してもらうかが整理されている。そこでは、「真実を求め、真実に生き、真実を顕かにする」ことのできる人間を育成することを目指すうえで、それらを実現する心として全てのいのちを大切にする「平等」の心、真実を求め真実に生きる「自立」の心、常にわが身をかえりみる「内省」の心、生かされていることへの「感謝」の心、人類の対話と共存を願う「平和」の心という5項目が示されている。農学は「いのちの循環」の源である食とそれを担保する農業を科学する学問領域であると言える。農学部が、こうした「いのちのありよう」を重視する大学理念との整合性が高い学部である点は見逃せない。

農学を基盤にして科学的に食や農に関わる産業の発展に資する人材を育成する

 そして、農学人材の養成が社会の重要課題となった点がある。龍大が掲げるのは、農学という学問を真に探究する人材の育成であるという。一体どういうことか。

 「ここ30年間日本の大学は実際の農業生産現場で貢献できる人材を必ずしも育成できていない。大学では論文数や論文引用数等が評価されるため、研究対象にはどうしても短期間で成果が出て、研究者が共有しやすいモデル生物が中心になりやすい。その点での成果はもちろん重要ですが、一方で農業の現場の多様な課題を根本的に解決する人材を育成できていないという業界課題が大きいのです。龍大が『日本の農学教育を再考する』ことに挑戦する、と聞いて、私も含め、農学分野の人間は大きな期待を持ったものです」と大門学部長は回顧する。農や食の生産や流通の現場で手を動かすのみならず、俯瞰的に科学的に農と食を捉えることができる人材を育成するのが、その本旨だという。

 昨今ではAIやドローンを使ったスマート農業等、絵的に分かりやすいものなら高校生も理解しやすいだろうが、「俯瞰的に科学的に農業に資する」という目的は正しく伝わるものなのだろうか。その問いに、大門学部長はこう答える。「テクノロジーの進展が農業に大きな貢献をすることは疑う余地がありませんが、言葉を選ばずに言えば、我々は農業生産者を育成しているわけではありません。農業をやりたい人は農業大学校等の選択肢もあります。我々が展開するのは、農業を科学する農学です。現場を知るために農業従事する機会はもちろん多いですが、最終目的は将来的に農業の課題解決に資する科学を追求することにある。そこをどう分かりやすく伝えるかは、継続的な課題の1つです」。全国農学系学部長会議では、2002年に定めた農業憲章(環境保全型農業推進憲章)の中で、農学の理念を「地球という生態系の中で、環境を保全し、食料や生物資材の生産を基盤とする包括的な科学技術及び文化を発展させ、人類の生存と福祉に貢献すること」と定義している。その特質は、「農林水産生態系の持続的保全と発展を図りながら、人類と多様な生物種を含む自然との共生を目指す総合科学であり、その意味において、他の学問分野とは異なる独自の存在基盤を有する」としたうえで、その役割については、「環境調和型生物生産、生物機能の開発・利用及び自然生態系の保全・修復に関する科学の促進と技術開発を行うとともに、生命科学として他の学問分野と連携した研究を推進することにより、人間性を育む科学としての社会的役割を担うものである」と定めている。農業における方法論の追求に固執するのではなく、俯瞰的にこのフィールドを捉え、今本当に解決しなければいけない問題に真正面から科学的に向き合うのが農学であるという。「科学と技術は両輪だが、基礎科学がなければ技術にならない。科学部分をいかに充実させることができるかが、今後の農業を占う大きなポイントです」(大門学部長)。農業を斜陽産業ではなく次世代を担う産業として捉え直すために、農学が果たす役割は大きい。

農学のドメスティックな問題とグローバルな問題の両方に対応する

 では、農学が向き合う農業の問題とは何か。農林水産省の農業白書によると、2018年の国内農業従事者数は前年比3.8%減少の145.1万人で、平均年齢は67歳。就農人口減と高齢化が同時並行で進む。2017年時点で7万人もの雇用就農者が不足する等、深刻な労働力不足で、技能実習生等の外国人材受け入れなくして成り立たない状況だ。耕作放棄地面積は2015年時点で42.3万haを超え、鳥獣被害や環境保全等を踏まえた利活用を講じる必要がある。近年は大規模な天災も多く、被害に強いレジリエントな農地作り・農作物開発等のニーズは高い。こうした国内の農業環境整備に加え、食料自給率の低さ、特に食生活の変化によって需要が増す麦類や飼料等、社会的に大規模生産が必要なはずの作物について生産量や単位面積あたりの収穫量が増えない実態がある。地球規模で見れば2030年に85億人を超えると言われる人口を養えるように農耕地を適正管理できるか。食品安全性向上への関心の高まり、気候変動等の環境問題、SDGsを踏まえた問題が多く提起されている。

 その一方で、「日本食・食文化の海外展開」「生産・加工・流通過程を通じた新たな価値の創出」といった項目も並ぶ。まさに農学は大きな可能性を有している領域であると言えよう。

食の循環から農を捉え、地球的課題の解決を図る

 龍大農学部では、「食の循環から農を捉え、地球的課題の解決を図る」とのキャッチを掲げ、植物生命科学科(生命機能の理解から生物生産のしくみを学ぶ)、資源生物科学科(環境調和の視点から農作物生産の科学を学ぶ)、食品栄養学科(農を理解した管理栄養士を養成する)、食料農業システム学科(食と農を支える地域と経済の仕組みを学ぶ)の4学科を展開する。

 特徴的な科目として、4学科合同の「食の循環実習」がある。これは、農作物の「生産(栽培・収穫)」から「加工」「流通」「消費」「再生」に至る一連のサイクルを「食の循環」(フードチェーン)として捉え、またその現場である地域との関わりを実体験することで、専門科目を学ぶうえでの基盤となる実感値を得るものだ。この学びは学科間の関係性を見出し、課題意識を醸成することにも役立つ(図1参照)。


図1 4学科の循環的位置づけ(概念図)

図1 4学科の循環的位置づけ(概念図)


 農業の向き合う課題がいかにグローバルイシューと言えども、学生の日々の課題意識や視点は、とかく短期的な収益に向きやすい。例えば行政から補助金が出る作物を中心に作付けしたほうが良いのではないか、集約的な栽培で短期的に収穫が可能な作物のほうが良いのではないか、といった観点で、トマトやイチゴ等が学生達には人気になりやすいという。その一方、世界で穀物生産量の1位はトウモロコシ、2位コムギ、3位がイネである。作付面積が大きいこれらの土地利用型の作物は農耕地を守る観点でも重要であり、より付加価値を付けた商品開発が待たれる分野でもある。こうした危機管理の発想が少なく短期的思考になりやすい学生を、いかに長期的視座に引き上げることができるかが、カリキュラムの工夫のしどころとも言えるだろう。大門学部長は、「明日は当たり前に来ると思っている学生に、必ずしもそうとは言えない実情を如何に知ってもらうかが肝要」としたうえで、「日々模索中ですが、初年次に食と農に関わる技術や知識とその倫理観に関する科目を全員に必修にしているほか、現場を知る機会を多く配置しています」と話す(図2・写真参照)。前述の「食の循環実習」に加え、4年間を通じて学外に出て現場で演習する機会も多い。学部が展開する瀬田キャンパスでだけでなく、地域農業、アジアや欧米等での食と農の多様な現場を学び、グローカルに事象を捉える眼差しを獲得させる。


図2 4年間のプロセス

図2 4年間のプロセス



写真:学生の活動の様子

学生の活動の様子


専門業界に限らない農学人材の活躍の場

 農学の根源的課題に向き合うに当たり、業界から懸念の声があったのは卒業後の出口である。農業全体を見据える視座と専門性を獲得した学生は、社会のどこで活躍するのか。進路は食品メーカーの営業職や研究職、製薬会社や化粧品メーカー等幅広い。公務員として自治体の農学技術職に内定した学生もいる。植物生命科学科と資源生物科学科の2学科は大学院進学も多いという。現在二期生までが卒業し、2020年4月に六期生の入学を迎えた。

 「農学を専門性として持つ人材の活躍フィールドはとても大きい。これからも、地球規模の課題解決を目指し、現場で活躍できる人材を多く輩出していきたい」。大門学部長の声は明るい。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2020/4/22)