トップレイヤーの人材育成を皮切りに乗り出す総合大学ならではのAI改革/立教大学大学院 人工知能科学研究科

立教大学キャンパス

POINT
  • 1874年米国聖公会の宣教師ウィリアムズ主教によって築地に設立された立教学校を源流とし、2024年創立150周年を迎える大学
  • 「キリスト教に基づく教育」を掲げ、大学に10学部1教育プログラム、大学院に14研究科を展開する大規模総合大学
  • 2020年人工知能科学研究科を開設。募集定員63名のところ74名入学で定員充足。昼夜開講を中心にしたカリキュラムで約7割が社会人という構成


立教大学(以下、立教)は2020年大学院に人工知能科学研究科を開設した。その設置趣旨について、内山泰伸研究科委員長にお話をうかがった。

■社会全体にAIを展開する段階を見据えた研究科設置

 2010年頃からビッグデータという用語が広まり、2012年頃ディープラーニングを中心に人工知能(AI)技術が一気に花咲いてから8年ほど経過し、アメリカや中国がAI研究開発において世界的な拠点となりつつある一方で、日本国内ではAI・データサイエンス(DS)に携わる人材が大きく不足しており、国際競争からは圧倒的に遅れている。こうした状況を背景に、立教が目指す方向性について、内山教授はこう話す。「AIは、かつては情報学・工学の一分野でしかなかったのが、現在はビジネス・産業直結の技術と捉えられ、その重要度が増しています。であるのに拘わらず、国内の人材育成は進んでおらず、数カ月間の短期的な講座や、研究室単位での部分的な取り組みに留まっているのが現状です。本学はこうした状況に一石を投じるべく、AI領域について専門性高く学習・研究できるカリキュラムを設置し、文理融合型プロジェクトや企業との産学連携等、社会実装にも積極的に取り組む環境を整備します」。

 AIはもともとビジネス界からの注目が高く、アメリカでGAFA等のIT大手が一斉にビジネスの中心領域を設定したことで加速度的に広まった経緯がある。内山教授はAI展開には以下3段階があると話す。

  • IT企業がビジネスを牽引する段階:IT企業が優秀なAIエンジニアを多く抱える
  • ITではない企業がAIを取り入れて新しいビジネス創出や業務改善を行う段階
    :自動車会社、製造業、金融といった他領域のAI活用(日本は現在この段階)
  • あらゆる業界のあらゆる業種でAIを活用する段階:広く技術が伝播し活用されるフェーズ
    →普通の会社でAI技術を担える人材が必要。日進月歩のAI領域で通用するプロフェッショナル人材をどれだけ集めて新しい価値を構想できるかが事業成長の鍵となる

 立教が見据えるのはこの第3段階である。「あらゆる業種でAI技術をもって即価値創出できる人財が必要になる時代がすぐ来ます。今後日本が発展するためには、AI人材を多く育成し、1年でも早く多様な企業にAI技術者を供給しないといけない。初期ムーブメントの担い手が超大手IT企業だったアメリカに対し、日本ではそういう企業がなかったため初動は遅れましたが、まだまだ巻き返せる。100年スケールで人類を変えるレベルのAI技術にあって、数年の遅れはたいした遅れではありません。現在の日本にはITインフラを整備する会社はありますが、AIで未知の課題解決に取り組むという志向が少ない。我々が見据えているのはこうした課題認識です」。

■2階建てでAI人材を養成する

 社会インフラそのものを変え得るAIのポテンシャルに対して、体系的にまとまった教育を提供できる大学は日本では限られている。産業のスピード感と即戦力を求められる状況に対して、「他大学と連携した躯体で教育開発しているようでは遅い」と内山教授は言う。「社会で圧倒的に多い文系人材にどれだけAIを導入できるかが勝負です。工学部を出た学生がAI技術を使うとはいえHR企業を選ぶかというと、人材輩出の流れが作られていない中では現実的に難しい。立教が多様な領域を持つ総合大学である点は、そちらに人の流れを創る意義が大きいのです」。

 なお、何故学部ではなく大学院なのかという問いについては、「エンジニアの世界にとどまらず幅広くAI技術を展開していく中で、基盤となるドメイン知識が不足した状態で技術者が入っていくのは、具体的な運用設計を考えると難しい。既に学部を卒業している社会人等、ドメイン知識を持つ人が応用技術としてAIを学ぶほうが現実的と考えました。そうした人材育成は学部よりも大学院の方が適しています」と内山教授の答えは明快だ。立教では1階部分は自分の所属ドメインに関する専門知識、2階部分はAIという「2階建ての人材」を想定しているという。修士2年で十分第一線でやるだけの知識・技術を持つことができるようカリキュラムを構成しているが、「主にキャッチアップすべきは花咲いてからの8年間の蓄積と多くはなく、またオープンデータ・オープンソース化の機運が高まり、技術ハードルが下がっている現状を鑑みても、そこまで恐れる必要はない」という。

■入学生個々のテーマに伴走するアダプティブな場

 入学した74名の属性は図1に示す通り多種多様だ。約7割は社会人。例として図2に入学目的を示したが、各自の高い視座や意欲的な目的意識が並ぶ。企業派遣は10名だけで、あとは個人受講だ。9名の教員でそれぞれ8名前後の学生を担当し、各自の研究目的に沿った伴走を行う。「通常の大学院のように教員の研究領域の中で学生が研究するのではなく、学生が持ってきたテーマを教員がキャッチアップしつつプロモートしていく役割なので、大変です」と内山教授は笑顔だ。教員の知識技術と学生の課題設定のコラボレーション作業とも言える。「やりたいことが明確なので、一刻も早く研究に参加したいという人が多い一方、AIの哲学的な側面にも目を向ける等、アカデミックな色彩が強い環境です」。


図1 入学者データ
図1 入学者データ



図2 入学者志望動機の一例
図2 入学者志望動機の一例


 研究科の教育の特徴としては、以下5つを掲げている。

  • 機械学習・ディープラーニングの本格的な学習
  • 「社会科学AI」による革新的な研究と人材育成
  • 産学連携による「社会実装」プログラムの充実
  • AIの社会実装に向けた先端科学の倫理を学習
  • 昼夜開講形式で、社会人も学びやすい環境

 具体的なカリキュラムは図3に示したが、2階部分の基礎を1年次に集中的に学ぶ。同時に研究指導科目も開始し、教育を軸足に研究も行う。2年次はその比率が逆転し、研究主体となる。

 内山教授はAI学習における基礎力を「考え方と技術の両輪」と話す。「ディープラーニングや機械学習、統計学、プログラミング技術等、技術的な知識は勿論大事ですが、それだけでは実践力にはなりません」。先端的なことに取り組むにあたっては形式知だけでは足りず、その先の「誰もやったことのないこと」に取り組むための方針の立て方、発想力、価値判断の仕方といった実践における暗黙知とも言える領域が研究では重要で、研究室に所属する意義はそういうところにあるという。


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図3 カリキュラムマップ
図3 カリキュラムマップ


■トップレイヤーとフォロワー人材両方の育成を手掛ける

 今後の展開として、全学部学生にもAIを学ぶことができる環境を整え、研究者養成のため博士課程を設置することも目指す。「10学部対象に多くの学生がAIリテラシーを得る基盤教育改革を検討しています」と内山教授は言う。日本を牽引するトップレイヤーを大学院で育成しつつ、その動きを支えるフォロワーの層を厚くするべく、AIリテラシーを多くの学生に修得させ、日本のボトムアップをしていく必要があるという。トップレイヤーのリーダーもフォロワーとなるボトムアップも両方手掛け、社会全体のAI活用を広めるのが立教の構想だ。そうした改革の第一歩となる今回の研究科設置は、これまでの「英語の立教」という大学のブランドを進化させるポテンシャルを持つ方向性であろう。今後の立教のAI改革から目が離せない。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2020/7/14)