職業教育における“質保証”とは何か

 急速に進む技術の進歩やグローバル化の奔流が、今まで「当たり前」と考えてきた経験則を書き換えている。

 「知識社会」という言葉で象徴されるように、人や情報が自由に国境を越えてしまう現在では、多種多様な情報をいかに活用できるかが、国や地域のみならず組織や個人の競争力を規定している。今日の国際社会では、世界観、基本的な価値観、社会的・経済的・政治的構造に至るまで、全てが変化している。さらに、各国や各地域の内外で、政治、経済、社会、文化等のあらゆる面において熾烈な競争が繰り広げられるとともに、今後に向けた持続可能性(サステイナビリティ)が課題となり、21世紀を乗り切るための新しい「知」が渇望されている。

 このような情勢の下で、高等教育を通して高度な知識や技能を身につけた人材を育成することの重要性が認識されている。特に近年、職業教育の重要性が強調され、欧米をはじめ多くの国や地域が、高等職業教育の改革や充実に積極的に取り組み、その競争力を高める努力が行われている。このような世界的潮流に共通するキーワードは、第三者による質保証及び教育パラダイムから学習パラダイムへの転換である。

 本稿では、高等教育のパラダイム・シフトを分析し、質保証について解説した上で、日本の職業教育質保証の今後の方向性を議論する。

高等教育のパラダイム・シフト
─ 教育パラダイムから学習パラダイムへ

 産業革命から始まった工業化に支えられて、産業社会は大発展を遂げたが、20世紀も終わりに近づいたころ、経済などの一面的な豊かさの追求のみによっては豊かな社会を実現することはできないことに、私達は気づいた。この状況に対応するために産業社会にはなかった新しい知の創造が急務となり、21世紀は、専門的知識・技能によって、予測を超えた事態に対応しなければならない知識社会に突入している。

 知識社会が必要とする能力は、産業社会のそれとは異なる(1)。産業社会は、比較的画一性が高い社会であったために、そこで必要な知識、技能は、比較的定義しやすく、また社会で共有される傾向にあった。従って、知識伝達型の教育や暗記型の学習が中心となったわけであろう。標準的な知識や技能を習得して、それらを如何に応用して広げていくかが問われるとともに、組織の中では、構成員の協調性や順応性が重視された。

 これに対して、知識社会は、ある程度物事の動向が予想できる産業社会とは違って、“答の見えない問題”に対して最善の解を導きだす能力が重要視される。周囲の環境が刻々と変わる中で、こうすれば正しい結果が出るという模範解答は、どの分野でもなくなりつつある。従って、未知の事態に挑戦する意欲・創造性が必要となり、一人ひとりの多様性、個性、能動性が求められるとともに、それらをまとめていくネットワーク形成力・交渉力が不可欠となる。

 このような社会のパラダイム・シフトに対応して、高等教育も「教育パラダイム」から「学習パラダイム」へ、あるいは「教員の視点にたった教育」から「学生の視点にたった学習」への転換が肝要である。即ち、基本的な知識や技能を獲得するだけでは十分ではなく、知識・技能の活用能力や創造性、生涯を通じて学び続ける基礎的な能力を培うことが重要視される(表1)。知識・技能は課題を解決しようとする行動に結びついた時に初めて意味を持つものであり、そうでないものは単なる情報にすぎない。従って、知識・技能は、それが取り組むべき課題によって、位置づけや重要性が異なってくることになる。

 これからの知識社会に貢献する人材を如何に育成するかを考える際、日本の職業に関わる能力開発の変化も念頭に入れる必要がある。新規学卒者の一括採用とともに、長期雇用を前提とした企業内教育・訓練が、わが国の雇用慣行の大きな特徴であった。これまでは、学校において基礎的な知識・技能を身につけさせて、職業に必要な専門的知識・技能は、主に企業内教育・訓練等を通じて、仕事をしながら育成していく方式が一般的であった。ところが、最近のアンケート調査によると、人材育成の課題があるとする企業は全体の約7割に達している(3)。

 その理由として、指導する人材や時間の不足等が挙げられる。具体的には、非正規雇用の増加により、正規雇用者の労働時間の増加が企業内教育・訓練中心の人材養成に割く時間を圧迫していること、日本の企業の大半を占める中小企業が厳しい経済状況下で人材育成にかける費用・時間を縮小していること、せっかく育成しても辞めてしまうのではないかという不安から企業内教育・訓練を実施する動機づけが低下していること等、企業自身が人材育成を行う余裕を失っている状況がうかがえる。

 また、非正規雇用者の増加も、職業能力の形成に問題を生じさせている。一般的に、非正規雇用者は、正規雇用者に比べて企業内教育・訓練を受けられる機会が限られており、自発的な取り組みによる能力向上を求められる傾向にある(3)。さらに最近、副業を認める会社が増えつつあり、一人ひとりが、自らの意思で職業能力を獲得する機会も多くなっている。このように、わが国の雇用慣行の変化も、高等職業教育が育成すべき人材像に影響を与えている。

 知識社会とグローバル化は切り離せない。グローバル化のメリットは、チャンスの拡大であろう。これまであったビジネス上の障害がグローバル化によって取り払われることにより、ビジネスチャンスは大幅に拡大する。特に、国内経済の成長力が落ちてきている日本企業にとって、この恩恵は計り知れない。一方、デメリットのひとつは、不確定要素が増えることである。別の言葉でいえば、リスクの増大である。関係する国、社会あるいは人が増えることによって、これまでは想像もつかなかった事態が起こる可能性が高くなる。そのリスクをどのように最小化するかが課題となる。また、リスクが顕在化したときの対処の仕方も問われることになる。

 組織の柔軟性を維持できなければグローバル化を生き残ることも難しくなるから、リスクに柔軟に対応できる人材が不可欠となる。

保証すべき質とは何か
─ 最重要事項は職業資格、学位の質保証

 「質」あるいは「質保証」という言葉は、今では頻繁に使われているが、国際的な通用性や透明性が重要テーマになっている状況を鑑みて、明確に定義しておく。

 製造業とサービス業では、それらの「質」を評価する視点に差がある。製造業では、一定の製品を大量に製造することによってコストダウンを図ることが重要であり、「欠点がなく画一的な」ことに重点がある。一方、サービス業では、欠点がないことに加えて、「顧客の満足」という視点が重要視される。顧客には、それぞれの個性があり、「多様性」「個別化」あるいは「個性化」が必然的に求められることになる。教育の質を評価するにも、学生=顧客と考えてサービス業と同じような観点が必要である。質保証の対象は、インプット、アクション、アウトプット及びアウトカムズに分類される(表2)。インプットやアクションは、社会から見れば、あくまでも学校が持っている潜在的な能力でしかない。アウトプットは数量的指標であるから分かり易いが、数字からだけでは、そこで育成される知識・能力等を理解するためには不十分であり、アウトカムズ(学修成果)の情報が不可欠である。高等教育においては、職業資格や学位が学生の習得した知識や能力の証明であるから、保証すべき最重要事項は、職業資格あるいは学位の質保証と言える(1)。

 高等教育の質保証とは、ステークホルダーに対して、学校が目指す目標に従って、教育が適切な環境下で、一定の水準とプロセスで行われ、成果をあげていることを証明・説明することである(表3)。質保証には、①卓越性(高い水準の質)、②関係者の満足度、③基準に対する適合性、④目的に対する適合性、⑤目標の達成度の5つの異なった視点がある。

 どのような高等教育の「質」が保証されるべきかという問題では、以下の3つのレベルが想定される。第一は、学校の設置認可時の遵守事項が守られていることであるが、設置認可事項が遵守されていることは最低条件であり、これだけで学校の質が保証されると考えることはできない。第二は、学校が設定している使命や目的が達成されていること、第三は、社会が期待している学修成果が認められることである。高等教育がユニバーサル段階に達して、多様化が進行しているなかで、全ての学校に一律に適用できる質のレベルを定めることは容易ではない。しかし、第三の「社会の期待に応えること」を基本的な条件として、各学校が自らの特色・個性を活かして定めた使命・理想像・目的・目標を達成することが、学校の質保証と考えるべきであろう。

認証評価の成果と課題
─ 課題は学生や社会の理解と支持

 大学、短期大学、高等専門学校に認証評価制度が導入されて十数年経過した。ここでは、大学機関別認証評価を中心に、その現状と課題を分析する(1)。認証評価は、教育研究水準の維持及び向上を図り、その個性的で多様な発展に資するために、次の目的を掲げている。

  • 認証評価機関が定める大学評価基準に基づいて、大学を定期的に評価することにより、大学の教育研究活動等の質を保証する。
  • 評価結果を各大学にフィードバックすることにより、各大学の教育研究活動等の改善に役立てる。
  • 大学の教育研究活動等の状況を明らかにし、それを社会に分かりやすく示すことにより、公共的な機関として大学が設置・運営されていることについて、広く国民の理解と支持が得られるよう支援・促進する。

 大学評価・学位授与機構の認証評価を受けた大学等及び評価担当者に対するアンケート調査結果(4)によると、上述の3つの目的のうち、「質の保証」及び「改善に資する」という目的について、かなり成果があがっている(図1)。これに対して、「社会の理解と支持(社会的説明責任を果たす)」という目的の達成状況は、課題を残している。在学生や入学しようとしている学生・生徒あるいは社会の理解と支持への効果・影響については、残念ながら、必ずしも十分な成果が現れたとは言い難い状況である。

 社会的説明責任を果たすための最重要課題は、学修成果(アウトカムズ)の発信である。しかしながら、今までの認証評価では、インプットとアクションに関する基準が、学修に関するアウトプットの測定やアウトカムズの分析よりはるかに重要視されていたことは否めない。大学在学中に「どのような能力、知識、技能、態度等を身につけることが期待できるか」という情報を発信できるのは教育機関自身であり、それを第三者として保証するのが認証評価機関である。

 社会的説明責任を果たすためのもう一つの課題は、各大学の卓越性を如何に示すかということである。認証評価の目的の一つが、設置基準の適合性を確認であるから、これには、最低基準の指標が用いられる。しかしながら、社会が求めている判断は、その大学が「最低の要件を満たしている」という情報ではなく、その機関が「どのような分野で卓越しているのか」という情報のはずである。

 アンケート調査では、認証評価を受審するにあたって、自己点検・評価を実施したことによる効果・影響、及び認証評価結果を受けたことによる効果・影響について、それぞれ分析した。これらの結果は、「実態の把握」、「課題の把握」には自己点検・評価の過程が重要である一方で、改善促進や組織の運営改善に向けて教職員の意識変化を引き起こすには、学内の取り組みに加えて、“外部から指摘される”ことが一つの圧力や動機づけとして機能していることを示唆した。従って、自己点検・評価を促した意味も含めて、認証評価は大学等の「質の保証」「改善に資する」には有効であったと言える。

専門職高等教育質保証機構とは
─ 専門学校の教育水準の維持・向上を図る

 一般社団法人専門職高等教育質保証機構(「機構」と呼ぶ。)は、当初、一般社団法人ビューティビジネス評価機構として、文部科学大臣からビューティビジネス専門職大学院の認証評価を行う機関として認証された(2012年7月31日)。専門学校教育の質保証事業への展開を目指して、機構は、法人名を変更(2014年9月24日)し、専修学校職業実践専門課程第三者評価の試行を実施した。

 この試行的評価を通じて、専門学校の第三者評価を実施する上での問題点・課題を洗い出した上で、2017年度より本格的実施を開始する(5)。

 機構の第三者評価は、専門学校の教育水準の維持及び向上を図るとともに、その個性的で多様な発展に資するよう、学修成果を基盤においた質保証システムとして、以下の内容で実施される。

  • 専修学校設置基準、関係法令及び職業実践専門課程の認定要件に適合していることを認定する。
  • 学校(あるいは課程)が目的・目標としている学修成果の達成状況を評価する。
  • 学校が内部の質保証体制を整備し、それが機能し、絶えず質の改善・向上が図られているかを評価する。

 高等教育のグローバル化が進展しつつある現在、職業教育においてもまた、国際通用性が求められている。このことを踏まえ、学校における内部質保証システム、学修成果に加えて、次項で解説する教育情報の公表をも重視した評価が実施される。

教育情報の発信と活用
─ ステークホルダーの視点に立っているか

 学校の「社会とともに」の意識も高まり、透明性や公共性が徐々に進展しており、学校による社会への情報発信も積極的に行われるようになってきている。しかし、学校から発信する情報は、受信する側(ステークホルダー)の視点に必ずしも立っていない一方的な「宣伝」であり、本当に欲しい情報ではないと認識されている傾向がある。

 各学校から発信された情報は、ステークホルダーが理解できて共有されなければ、意味を持たない。このためには、ある程度定められたフォーマットに基づいた情報が必要であろう。一方で、それぞれの学校の個性が明確に見えることも重要であることは言うまでもない。学校から発信される情報は、両者のバランスが肝要である。最近、運用が開始された大学ポートレート(6)は、共通に定められたフォーマットに基づいて大学情報を発信するものであり、専門学校にも、同様のデータベースシステムを構築することが喫緊の課題である。

 データベースのもう一つの重要な機能は、その活用である。各学校では、他校から発信されている情報を分析して、自校の現況を的確に把握し、その教育の質向上・改善に資するとともに、自らの戦略を策定していくことが不可欠である。

職業教育質保証の方向性
─ 求められる組織による学習成果の自律的改善・向上

 わが国の専門学校は、職業教育を担っている高等教育機関として、国際的にも注目されているが、現在の最大の課題は、その質保証システムの構築である。職業教育は非常に多様であり、その学修成果を測定する画一的な方法はない。さりとて、それぞれの分野ごとに別々の基準を作成して「分野別質保証」を実施することは非現実的である。

 学校が自律的な組織として社会からの信頼を得るためには、その内部で自らの提供する教育の質を確認・保証し、その一連の方法や結果を国内外に示していくことが求められる。即ち、教育の質保証の責任は、第一義的には学校自身にあり、教育内容や方法を創造的に進化・発展させて、継続的に質の向上を進めていくこと(「質リテラシー(quality literacy)」と呼ぶ。)が不可欠である。即ち、それぞれの教育プログラムを提供する教員や学科自らが、その質を保証する責任を持ち、さらに、機関全体として、その内容で提供する教育プログラムの質保証を行う責任を持っている。この「質」の最重要テーマは、学修成果(学生が身につけた知識、技能、能力、態度等)であることは言うまでもない(図2)。

 「リテラシー」という言葉の原義としては、「読み書き能力」を表していた。しかし、現在では、様々な領域・分野が、それぞれ専門化・高度化しており、各領域ごとのリテラシーがあると考えられる。従って、「リテラシー」は、「ある分野で用いられている記述体系を理解・整理し、活用する能力」と定義される。例えば、「情報リテラシー」とは、「コンピュータ等の情報関連技術を習得して、情報社会において積極的に情報を活用する能力」と定義されている。このような世界の流れの中で、高等教育においては「質リテラシー」という概念を提唱する。欧州では、組織が自発的に質向上を進めていくという特性や運営を「質の文化(quality culture)」と称している。

 質リテラシーには、組織文化的及び組織運営的の二つの側面がある。組織文化的側面とは、質に関する価値・信念・期待・責務が組織内で共有されている(学内の共通認識)ことであり、組織運営的側面とは、質を向上し、構成員の恊働体制やプロセスを有していること(学内の運営組織)である。このような「質リテラシー」あるいは「質の文化」を基盤にして、内部質保証システムを構築する必要がある。

 このように、各機関の内部質保証システムを構築することが最重要課題である。第三者による質保証の目的は、その内部質保証システムが機能し、質(特に学修成果)の改善・向上が絶えず計られていることを検証し、社会にその状況を示すことである。

 最後に、「評価」は質改善・向上と質保証を行うために必要な手段であって、評価そのものが目的化してはならない。

【参考文献】
(1) 川口昭彦(一般社団法人専門職高等教育質保証機構編)『高等職業教育質保証の理論と実践』専門学校質保証シリーズ、ぎょうせい、2015年
(2) 独立行政法人大学評価・学位授与機構編著『大学評価文化の定着─日本の大学は世界で通用するか?』大学評価・学位授与機構大学評価シリーズ、ぎょうせい、2014年
(3) 厚生労働省「能力開発基本調査:結果の概要」(平成21年度)http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/104-21b.pdf(アクセス日:2017年2月7日)
(4) 『進化する大学機関別認証評価─第1サイクルの検証と第2サイクルにおける改善─』(2013) 独立行政法人大学改革支援・学位授与機構ウェブサイトhttp://www.niad.ac.jp/n_hyouka/jouhou/__icsFiles/afieldfile/2013/05/22/no6_12_soukatsu.daigaku.pdf(アクセス日:2017年2月7日)
(5) 一般社団法人専門職高等教育質保証機構ウェブサイトhttp://qaphe.com(アクセス日:2017年2月7日)
(6) 大学ポートレートhttp://portraits.niad.ac.jp(アクセス日:2017年2月7日)

川口 昭彦(一般社団法人専門職高等教育質保証機構 代表理事、独立行政法人大学改革支援・学位授与機構 顧問・名誉教授)