建学の精神に根差した改革のリアリティで偏差値序列に挑む/近畿大学

近畿大学キャンパス


 近畿大学(以下、近大)は巻頭でご紹介した通り、今年の調査で知名度は総合・文理別・男女別全てで1位、志願度は関西で10年連続1位の関西大学に並び、初の総合1位となった。昨今メディアをにぎわす近大だが、その強さはどこから来るのか。本部のある東大阪キャンパスで塩﨑均学長に話をうかがった。

スケールメリットを活かした実学研究


塩﨑 均 学長

 医学部附属病院長と医学部長を経て塩﨑氏が学長に就任したのは2012年。当時話題になったインターネット出願「エコ出願」を開始する前年のことである。「まず全体を知り現場を見なければと、就任後1年は全国にある全学部と研究所を訪問しました」。全国にある、との言葉の通り、2017年7月現在、近大は14学部48学科11研究科を6キャンパスに擁し、23の研究所等と3つの病院のほか専門学校や附属校等を抱える、コングロマリットとも言える大法人である。日常的に現場の状況を把握するのは容易ではないだろう。就任行脚で感覚値を掴んだ後は、大学での様々な意思決定に当たり、各学部の意見をどう集約しているのか。「毎月一度、本部に学部長を呼んで昼食会をしているのです。顔を合わせて同じ釜の飯を共にすることで、コミュニケーションがスムーズになります」と塩﨑学長は笑う。それぞれの学部の現状を聞き、大学としての意思決定の方向性を説明し、学部長に意見をしてもらう。必要に応じて学部に持ち帰り討議し、学部からフィードバックを行う。こうした会話がガバナンスのベースになっているという。意思決定はトップダウンではなくミドルマネジメントを巻き込み、全体で議論する姿勢こそが肝要だと話す。「私達が大切にするのはオール近大であること。何しろ学部学科数が多い。総和として生み出せる価値の大きさで勝負したいのです」。

 2012年に発足し、東日本大震災で福島第一原発事故の影響に苦しむ福島県川俣町の復興支援を行う「“オール近大”川俣町復興支援プロジェクト」は、まさに学長の言葉を体現している。「マイナスからゼロへ」という被災からの再生支援と、「ゼロからプラスへ」という復興支援を2本の柱を軸に、医療ケア、現地の除染、復興のための整備や名産品の開発等、ほぼ全学部総動員であらゆる側面から支援を行っている。こうした全方位型の活動ができるのは多様な学問領域を持つ総合大学の醍醐味であり、蛸壺と揶揄される日本の高等教育にあって、学部の壁を超えて連携し、社会に実際的な価値を返している好例と言えるだろう。6年間の活動を経て、2017年5月には包括連携協定を締結した。

 また、近大の民間企業からの受託研究は275件で全国2位(文部科学省「2015年度大学等における産学連携実施状況調査」)、外部からの受託研究費は10億3500万円余りで西日本私大1位(朝日新聞出版「大学ランキング2018年版」)等、社会と結びついた研究活動の実態は具体的な数値にも表れている。

独創的な研究を社会に還元し循環サイクルを構築する

 まさに実学の大学であるが、近大の言う実学とは、世間的な実学とは一線を画しているように思う。全学的に定めた研究の方向性は2つ。1つは、これまでにない独創的な研究に挑むこと。もう1つは、その研究成果を社会に活かし収益をあげること。即ち、肝になるのは「実用化」だ。世に出し活用されてこそ実学と捉える近大では外部連携が非常に多く、既成製品にない独創性を軸に、場合によっては生み出された商品が流通に乗り、一般に目にする機会を得る。そこで得た収益は再び研究へと循環するのである。「良い研究とは兎角お金がかかるものです。しかしそこで成果を出せればそれを社会に還元する。そこで得られたお金でさらに良い研究に励む。綺麗事ではなくきちんと大学の価値を世間にお返しするためのサイクルを考える必要があるのです」。

 この考えを貫いた例の1つが「近大マグロ」を生んだ水産研究所である。近年食の安全が叫ばれ、野菜も肉も人の手で育て、生産者の顔が見える流通が好まれてきたのに対し、魚だけは養殖より天然ものが良いという偏見めいた一般感覚があるという。「海の汚染が進んでいる現在は、回遊するなかで水銀等の有害物質を体内に貯め込む魚が増えている。我々のクロマグロは、何をいつ食べてどう育ったかまで分かる。食の安心安全を守るうえで一番大事なのはそこなのです」と学長は話す。1948年開設時に、いずれ起こる食料危機を見越して「海を耕す」とのコンセプトを掲げた先見の明には感銘を覚えるばかりだ。しかしその理念の大きさとは裏腹に、養殖研究を進め、少しでも成果が出れば市場に養殖魚を出して買ってもらい、その小さな収益でさらに研究を重ねる、という愚直な実績を重ねてきたという。千里の道も一歩から、常に社会ニーズを見据えた研究活動は、近大の研究に対するスタンスを表しているように思われる。

高い志願度を支える広報活動

 錚々たる研究成果や国際連携も、それを伝える努力をしなければ社会は認識しない。即ち、ここで広報の重要性が出てくる。研究を世に出すことで流通が広報を代替することはあっても、高校生が自分の志望校として認識するにはそれだけでは不十分だ。

 近畿大学の広報については今更書くまでもなく有名である。読者の中には「近大マグロ」が鮮烈な記憶として残っている方もいるだろうが、それだけではない。図表1にその一端をまとめたが、平凡な広告が並ぶ中でひときわ目を引くデザインやネーミングが多い。一般に広告を見るシーンでは、その広告だけが単体として見られることはほぼなく、複数の広告に並ぶかたちで掲示されていることが大半である。また、面白いと思えば写メしてSNSで拡散する消費者心理もある。いかに目立つか、見る側の注目を集められるか、広告効果はそれにかかっているとも言えるが、近大はそのあたりを熟知しているように思う。一方で複数の大学が並ぶような連合広告には一切出稿しない等、メリハリの効いた予算を立てているという。「伝えたではなく、伝わったかが大事」という広報方針が明確である。

図表1 広報一例


図表2 プレスリリース状況

 こうした広告で注目されるためには、そこに表現するファクトが必要である。研究活動も含め、広報的な武器になり得るファクトをどう収集しているのだろうか。塩﨑学長に問うと、前述した学部長昼食会のほかに、「全教職員が情報収集力と発信力を高め、近畿大学の広報員となる」とする全学的事務組織方針を掲げているという。各学部学科・部署の教職員から、日々様々な情報が寄せられる。勿論粒度の違いはあるが、広報室が独自で収集する情報も含め、ファクトを集積することが大事だという。その中から吟味したものをプレスリリースするが、近大はこのリリース数が極めて多いのも特徴だ。図表2にある通り、新聞全紙において、年間474件ものリリース数、約5割の掲載件数を誇る。土日祝を除くと1日に2件ペースでリリースしている計算だ。14学部23研究所等から寄せられる豊富な情報のもと、広報の多大な尽力で実現している数値と言えるだろう。

アカデミックシアターで体現する建学の理念


アカデミックシアター全景

 現在近大は2020年まで約500億をかけて東大阪キャンパスを開発する「超近大プロジェクト」に取り組む。2017年4月にはアカデミックシアターが完成した(写真)。「文理の垣根を超えて社会の諸問題を解決に導く」をコンセプトに、5つの建物で構成されているこの建築に、実は近大の理念が込められている。

 近大の建学の精神は、「実学教育」と「人格の陶とうや冶」である。見てきたように実学が目立ちがちだが、人格の陶冶こそが教育の真髄であると塩﨑学長は話す。「そこに最も寄与するのは、多くの考えに出会うこと。ここで軸となるのは本です。どんな時代でもどんな場所でも、先人に学び多様な考えに触れ、自らを磨ける人間が強いのです」。ただ、活字離れが叫ばれる昨今、出会いの形には最大限の工夫が見られる。例えば、ビブリオシアター内のDONDENに設けられた書棚には漫画が多く並ぶが、そのすぐ横に関連テーマの新書も混在する。まずは読みやすい漫画から入り、興味が出た際に関連書籍に移ることができるようになっているのだ。そうやって知識を広げ、点と点が線になって所謂「知識のどんでん返し」が起こることを期待してのDONDENとのネーミングなのだという。漫画だけで2万2000冊も収蔵されているというから驚きだ。ほかにも松岡正剛氏監修の7万冊ものセレクトブックを収蔵したNOAH33では、従来の十進分類法に基づく図書分類ではなく、近大独自の近大INDEXによってテーマ別の読書を楽しむことができ、リコメンド本が掲示されていたり、黒板に本の感想が書いてあったりと、図書館というより個性的な大型書店のような様相である。

 時代や科学の変化に合わせて、情報収集の仕方は変わる。文字よりも絵のほうが親しみやすいのであれば、慣習に囚われず柔軟に取り込めばよい。塩﨑学長は、「時代や社会に沿って変わるものと変わらないものがあります。可変と不変をきちんと持ち合わせて、不変部分はじっくりと磨き、可変は大胆に変革していくことが、現代以降のグローバル化に対応できる人材となるポイントなのではないでしょうか」と軽やかに語る。大事なのは他者や新しい世界に興味を持つことで、そこからあらゆる可能性が広がる。それが漫画だろうとテレビだろうと手法は関係なく、また図書館は分厚い本しか置かない場所である必要もない。大学は学生が育つ場所であるのだから、その目的に即した設計がなされて当然である―こうしたフラットな姿勢が評価されているのもあってか、今回の調査結果のほかにも、近大は今年に至るまで4年連続で志願者数日本一となっている(2017年3月大学通信調べ:総志願者数は図表3)。減少が続く時期もあったが、折々に新増設・改組を重ね、社会ニーズを取り込んで人気を維持向上させており、確実に高校生の支持を得ていることが分かる。

図表3 総志願者数の推移

攻める大学経営

 矢継ぎ早に多岐にわたる改革を打ち出す近大だが、その軸には何があるのか。そこにはこれまでの経験から得た、「受験業界における偏差値序列は短期的には変えることが難しい」という忸怩たる思いがあるという。「特に関西ではその傾向が強いように思います。特定の分野で勝つことはできても、総合的な評価は変わらないところがある。偏差値を軸にしている限り、実態とは違う力学にいつまでも振り回されてしまう。だから、本学は別次元で勝負することにしたのです」。それは、他大ができないことをやること、他大に真似されないことを究めることだ。序列の上下ではなく、そこを逸脱していかに目立つか。その実態はこれまで見てきた通りである。決して目立つためだけの仕掛けではなく、実直な教育研究、広報活動の集積であることが分かる。そこに「ほかにない魅力」というベクトルでデザインの力、マーケティングの力を付しているからこそ、今の近大は強いのだ。

 こうした改革を支えるのはトップのビジョンやミドルマネジメントを含めたガバナンスはもちろん、教育を創る主体である教員や、現場を担う職員のスキル・スタンスによるところが大きいという。塩﨑学長は、「手前味噌ですが、うちの教職員は本当にレベルが高い。よく大学は学生第一と言いますが、学生との接点を担っているのは教職員です。教職員を大事にしなければ、大学は成り立たない。彼らが安心して気持ちよく働けるように環境や制度を整備し、パフォーマンスを遺憾なく発揮してもらわなくては」と笑う。学長は病院長時代、育児と仕事を両立する女性スタッフのために、病院内に保育園を開設した実績も持つ。昨今は学生募集市場が縮小するなかで制度改革や政策動向も激しく、教職員にかかる負担は一層重い。近大で働く教職員数は9861名(2017年5月現在)と多いが、彼らを支えるのが個人の使命感に資するモチベーションだけではあまりにも無責任であると学長は言う。教職員を大事にすることが第一であり、安心して働ける状態を創ってこそ、学生に対する価値を最大化できるという考え方である。継続して勤務したいというスタッフが増えれば、経験豊かな人材も増え、業務を効率化・高度化する好循環のサイクルが回る点もあろう。

 では、近大の次の一手は何なのか。塩﨑学長は2020年に向けて超近大プロジェクトを進めつつ、教育のさらなる充実を図りたいという。「近大の教育目的は、『人に愛される人、信頼される人、尊敬される人を育成すること』ですが、在籍者数が3万人を超える近大では多様な学生を受け入れているからこそ、1人も漏らさずこの目的に合致するような教育とは何かを考えていかなければいけません。独自の研究を磨いて世に循環させながら、自校教育も含め、人格の陶冶に足る人材育成を追求していくのが近大の使命です」。

 1970年に開始したクロマグロの研究が結実したのは2002年。32年かけて、無理だと言われた生態系トップの養殖に成功した。日本の受験における偏差値序列を崩すのは不可能だと言われているが、再び時間をかけて偏差値以外の軸を入れることができるとすれば、その主役に近大が名乗りを上げるのは間違いないだろう。

(本誌 鹿島 梓)



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