次の100年を生き抜く方策としてのデータサイエンス基盤教育/成城大学 データサイエンス教育研究センター

成城大学キャンパス

POINT
  • 文部次官や東北・京都帝国大学総長等を歴任した澤柳政太郎氏が1917年に開設した成城小学校から始まった学園。大学設置は1950年
  • 学園建学の精神として、個性尊重の教育、自然と親しむ教育、心情の教育、科学的研究を基とする教育を掲げる
  • 経済学部、文芸学部、法学部、社会イノベーション学部の4学部に11学科を展開する


成城大学では2019年にデータサイエンス教育研究センターを開設した。人文・社会科学系の成城大学が何故データサイエンス(以下、DS)領域にセンターを開設したのか。その背景について、世田谷区成城のキャンパスを訪ね、センター長の増川純一教授にお話をうかがった。

学園創立100周年を機に、第2世紀の成城教育「教育改革の3つの柱」を推進

 成城学園は2017年に迎えた学園創立100周年を「成城学園第2世紀」の始まりと捉え、「次の100年をどうするか」という観点から、「第2世紀の成城教育」として、以下3本柱を中核とした教育改革を学園全体で推進していく方向性を定めた。

  • 情操教養教育:芸術的教養を通じて人間性を強化する
  • 国際教育:語学的教養を通じて国際性を強化する
  • 理数系教育:数学的教養を通じて論理的な思考力を強化する

 理数系教育の中核として、データサイエンス教育を行うという発想は、2013年、当時の油井学長が学外会議で同席したIBMとの情報交換のなかで生まれた。DSを理解し使える人材の社会的ニーズは既に高く、そこには学園の理数系教育の将来像が見えた。その後、成城大学は2015年からIBMと連携したDS科目を全学共通教育科目として開講している。DS教育研究センターは、大学全体のDS教育を統括し、さらに発展させていく目的で開設された。

 DS教育研究センター開設の背景について、増川センター長は上記に加えてこう話す。「本学には4つの人文・社会科学系の学部があるが、就職先は概ね民間企業で、学部間で業界に大きな違いがあるわけではない。就職した企業では商品開発、マーケティング、営業職といったどんな部署でもデータを扱うのは当たり前で、データを理解し有効に活用できる人材は常にニーズが高い。全学共通教育科目としてDS教育を行うことでそうしたニーズに応えることは重要だと考えた」。企業には膨大なデータ=分析材料はあるが、それを分析する人材は常に不足している。企業内教育では追いつかず、DSを使える人材の育成にはアカデミアの存在価値が大きい。

高い社会ニーズを背景に共通教育でデータリテラシーを身につけた人材を育成する

 センターの主な業務内容は、共通教育科目としてのDS科目の設計・提供である。現在開講しているDS科目は大きく「基礎」と「応用」に分けられる。基礎は「データサイエンス概論」「データサイエンス入門Ⅰ・Ⅱ」「データサイエンス・スキルアップ・プログラム」の4科目、応用は「データサイエンス応用」「データサイエンス・アドバンスド・プログラム」の2科目だ。一番人気は初心者向けにDSの実践例を知ることを目的とした「データサイエンス概論」。抽選で倍率がつくほどの人気科目だという。「DSに対する学生の関心は非常に高いと感じます」と増川センター長は言う。しかし、人文・社会科学系の学生は、大半が高校時代に数学を選択せず文系科目に特化した受験勉強をしてきたわけで、そうした学生がデータに興味を持つとは意外である。

 2011年頃からGAFAの台頭とともに「ビッグデータ」、即ち大量のデータを分析することによる商品開発やマーケティングに注目が集まるようになった。増川センター長はその頃から経済学部経営学科の「経営情報論」で、データをベースにした企業でのDSの利活用事例について紹介しているという。「JR東日本がSuica対応自販機のPOSデータを分析することから生まれたコンセプトで、乗車中の飲料ユーザーに配慮したキャップが落ちないペットボトルを開発したり、JALがウェッブの閲覧履歴も含む大量の顧客データのクラスター分析を使って女子旅@海外を企画する等、企業のデータ活用事例は具体的で学生に馴染みのある業界の話が多い。受講生のリアクションは非常に良い」と話す。なるほど数学そのものの深さを追究するのではなく、どう活用するかを前提にしたDS教育だからこそ、文系学生のマインドにも馴染んだのであろう。大学が発行するDS教育のパンフレットには、図表1のように、DS教育によって何ができるようになるかが整理されている。

図表1 データサイエンス教育研究センターのミッション
図表1 データサイエンス教育研究センターのミッション

国として目指すAI教育モデルの「初級水準」を担う

 2019年4月18日実施の第43回総合科学技術・イノベーション会議では、「AI時代に求められる人材育成」と題して、2025年までの人材育成目標をレベルごとに整理したピラミッドが提示された(図表2)。成城大学として想定する育成レベルについて問うと、「データに関心を持ち、データを見ることへのアレルギーがない状態を目指しています」と増川センター長は言う。まさにリテラシーとしてのDS教育レベルである。データ処理能力を高めるということよりも、むしろ技術者とチームを組んでフロントに立ち、オーダーを解釈して目的や方策を考え、後ろの技術者との橋渡しをする人材育成を想定しているという。

 2020年2月4日には初級水準の教育モデル案が固まった(3月末までに正式公表)が、成城大学のDS教育はまさにこの初級リテラシーレベル(50万人/年)の先駆けであると言えるだろう。

図表2 AI人材育成の模式図
図表2 AI人材育成の模式図

学内外のリソース連携を強化し、全学共通教育としてのDS教育の魅力を向上させる

 今後の課題や方向性について問うと、「企業連携を増やしたい」と増川センター長は言う。DS領域に関しては分析材料が企業に多くある一方、企業側は人材育成のためのリカレント教育ニーズも高く、相互に連携メリットが大きい。成城大学としてもそうしたパートナーシップの拡充は急務であろう。

 その一方で、人文・社会科学系の4学部が各領域で持つデータにも着目しているという。「文系大学だからこそのデータの多様性に着目し、研究につなげていきたい」と増川センター長は言う。学外のみならず学内リソースをデータという目線で見直すことで、「新たな価値を創出していきたい」と意気込む。

 可能性に溢れるDS教育だが、現在こうした成城大学の動きは高校現場にはそこまで知られておらず、DS科目を受講することを目的として成城に入学してくる学生はほとんどいないという。「興味はあるが広く浅くざっくり知りたいという学生が大半」というなかで、共通教育をどのように魅力的に訴求していくか。成城大学の今後に注目したい。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2020/3/31)