「地域」を通じて学生の学習意欲を学修成果につなげる/松本大学松商短期大学部

松本大学松商短期大学部キャンパス


 松本大学松商短期大学部は、長野県松本市に位置する商学科と経営情報学科の2学科から構成される収容定員400名の男女共学の私立短期大学である。1898(明治31)年に松本出身の実業家・教育者である木澤鶴人が近代的商業人の育成を目的に創設した私塾「戊戌学会」に淵源を持つ学校法人松商学園によって、松商短期大学として1953年に設置された。創設者が明治初期に慶應義塾に学び、福澤諭吉の精神を受け継いで学校を創設したことから「自主独立」を学園全体の建学の精神としている。2002年に「教育・研究を通じた地域社会への貢献」を目標とする四年制大学として松本大学が設置されるとその併設校として松本大学松商短期大学部となり、地域貢献が基本理念として位置付けられた。松本大学松商短期大学部(以下、松商短大)は、これまで、2003年の特色GPを始め、文部科学省の教育改革のための補助事業に多く採択されてきた。2016年には「大学教育再生加速プログラム(AP):卒業時における質保証の取組の強化」に採択され、学習成果の可視化を進めている。学生の学習成果を高める同校の取り組みについて、住吉廣行学長にお話を伺った。

学生自身が学びたいと思うための「地域」


住吉廣行 学長

 松商短大を含めた松本大学の特徴ある取り組みを一言で表現するキーワードは「地域」である。住吉学長は「学生を伸ばすにはどうすればいいか。学生が学びたいと思わない限り、本物にならない。学びたいという気持ちを持つ学生を作りたい」と学生が自ら学ぼうとする意欲の大切さを強調する。そして、学生自身が本気で「知りたい」と思うような機会やきっかけをどうしたら提供できるか、目の前の学生に対して大学の教員がそれを提供できるかを考えたときに、自分自身を含めて大学の教員にはそれは難しい、と冷静に話す。一方で、「学生はあまりにも社会を知らなすぎる」と学生の現状も冷静に見極める。その上で、素粒子物理学を専門とする住吉学長は「物理であれば、宇宙はどうなっているのか、ということが学生の問題意識のきっかけになる。社会科学では、地域の中で、なんでこうやっているのか、どうしてこうなっているのか、ということが学生の問題意識のきっかけになる」と地域の重要性を位置付ける。「地域のおじさんやおばさんと接して、話をして、怒られて、学生は学んでいく。地域に出ていった学生は成長の度合いが違う」と地域の人達と関わることが学生自身の学びたいと思う意欲につながることを強調する。

 身を含めて大学の教員にはそれは難しい、と冷静に話す。一方で、「学生はあまりにも社会を知らなすぎる」と学生の現状も冷静に見極める。その上で、素粒子物理学を専門とする住吉学長は「物理であれば、宇宙はどうなっているのか、ということが学生の問題意識のきっかけになる。社会科学では、地域の中で、なんでこうやっているのか、どうしてこうなっているのか、ということが学生の問題意識のきっかけになる」と地域の重要性を位置付ける。「地域のおじさんやおばさんと接して、話をして、怒られて、学生は学んでいく。地域に出ていった学生は成長の度合いが違う」と地域の人達と関わることが学生自身の学びたいと思う意欲につながることを強調する。

長野・松本という地域の教育力を大学教育に活かす

 松商短大が2003年に特色GPで採択されたテーマは「多 チャンネルを通じて培う地域社会との連携」であった。それ以前からの取り組み、それ以降の各種補助金事業での取り組みを含め、地域社会との連携は20年以上にわたるものとなっている。大学が立地する長野県・松本地域は歴史的に教育県としての伝統をもち、公民館活動をはじめとする社会教育・生涯学習が非常に盛んな地域である(2015年の文部科学省「社会教育調査」によれば、長野県の公民館数は1305館として全都道府県で最も多く、2位の山梨県は487館である)。しかし、地域の教育力を大学教育につなげ、学生の学びに取り組む意欲やきっかけとして重視していくことになったのは、地域に高い教育力があったことだけが理由ではない。地域との連携を深めるようになったのは、金沢工業大学の学生が大学ロボコンで活躍する様子からヒントを得たものであるという。同校の学生達が、ロボコンで勝ちたい、そのためには勉強をしないとダメだということで、問題意識や目標を持って自分で勉強していく学びへの取り組みを知ったときに、松商短大にとってロボコンにたるものは何かを考えた。そして、社会科学では「地域」がロボコンに当たり、地域の人達のもっている教育力を活かすことにつながったのである。

地域の教育力に気づいた3つのエピソード

 地域の教育力を大学教育に組織的に取り入れることが、学生の学習意欲に繋がることに気づいたのには3つのエピソードがあると、住吉学長は話す。一つは、地域の人と関わることで学生が変わる様子を目の当たりにしたことである。かつて松商短大には学生用の駐車場がなく、学生の車通学は禁止していた。しかし、近隣の商店やコンビニなどの駐車場に止めて通学する学生があり、大学への苦情が寄せられていた。そのような学生に対して、大学として注意、停学などの処分を行っていたが、卒業近くなると停学にしてもそもそも授業がないことから実質的な意味がない。そこで、学生にはペナルティとして冬の道路の雪かきをやらせるようにしていた。学生にとっては「罰としての雪かき」なのであるが、地域のおじいちゃん、おばあちゃんが、雪かきをする学生にジュースやお菓子を与えるなど感謝を示してくれるということがあった。そのような地域の人達との関わりの中で、ペナルティとしての作業期間が終わった後も、その場所の雪かきが終わらなかったので続けて作業する、という学生が現れたという。地域の人達との関わりが学生の意識や行動を変えていったのである。二つ目は、地域の人との交流の中で、学生が社会人として必要な社会性を身につけていったことである。かつてゼミ活動の中で、学生達と地域の町内会の人達と関わる中で、学生が動かずに教師が動いている様子を見た町内会の婦人部のおばちゃんが「先生にやらせずに、ちゃんとやれ」と学生達を大声で叱ったことがあるという。学生達は、自分たちがなぜ叱られたのか、自分たちのことを思って言ってくれていることは理解する。それから学生の様子が変わっていった。その数年後、そのおばさんが亡くなった時、その葬儀には多くの学生が自主的に参列したという。叱られることを含め、地域の人達と交流する中で、学生達が社会性を身につけていったのである。三つ目は、地域の中での大学教育の役割を考えさせられたことである。住吉学長がこの大学に赴任した頃、地域の中堅校の高校の先生から「今までは偏差値の高い高校や学生しか相手にしていなかっただろうけど、偏差値での中位層が社会のマジョリティだ。社会のマジョリティを育てられない大学教育は駄目だ」と言われた。地域の中で大学教育の果たす役割、マジョリティをどのように育てるかが重要な視点であると意識したのである。これらの3つの出来事を背景に、何に依拠して、どのように学生を育てるかについて、大学として検討を深め、理論化することで、それが地域の教育力を活かした大学教育の取り組みとして具体化していったのである(図表1)。

図表1

具体的な地域との教育カリキュラム「アウトキャンパススタディ」


図表2 AP の概念図

 大学教育と地域の教育力をつなぐ仕組みとして、取り入れた仕組みが「アウトキャンパススタディ」である(図表2)。学校内(イン)での授業・教育活動とつながった学校外の地域での活動を組織的な教育活動として取り入れるようにした。例えば、松本地域にはカーネーション農家が多い。商学・経営学を学ぶ中で、学校内での授業で理論的な内容を学ぶだけでなく、実際の生産者が市場でどのように販売しているのかを学ぶために、学校外の活動(アウト)としてカーネーション農家に行って話を聞く。そこで、その日の相場を見ながらどの市場に持っていくかを決めるという話を聞く。どの市場に卸すかはその日決める、というリアルな取引を学生は学ぶことができるのである。地域全体を通じて、大学内(イン)と実社会(アウト)で往還して学ぶ仕組みを取り入れるためには、大学の授業にも現場と結びつくテーマを取り入れていくことが必要となる。アウトキャンパススタディは、大学での教育内容を、地域の具体的な課題に結びつけ、実践的な内容としていくとともに、地域の課題を通じて、学生が学ぶことの意味や目的意識を培っていく双方向的な仕組みとなっている。このような考え方を理論的に整理し、概念化することで学内外に示し、教職員での共通意識を形成するとともに、GP等の各種補助金での採択につなげることで、持続的な教育改革や学習成果につなげてきたのである。

 また、このような学生達の地域での活動・取組は、地域の人達から常に見られており、そのことがさらなる学生の意欲つながっているという。松本地域には多くの地方紙・地域紙・ミニコミ紙があり、学生達の活動はそれらに掲載されて広く紹介されることで、地域の人達に知られているのである。地域の中でも、松本大学・松商短大の様々な活動が知られることで、学生や教員もこのような地域との連携が成果につながっていると実感している。


図表3 アウトキャンパススタディの概念図

 さらに、学生の学習意欲を高め、学習成果を高めるために、松商短大では、柔軟な科目群とするフィールド・ユニット制によるカリキュラムを導入している。フィールド・ユニット制とは、関連科目を入門・基礎・応用・実践にモジュール化したフィールドとして履修することで、修得する知識・能力を明確にするものである。「経理会計」「経済・金融」「情報専門」「経営・法律」「国際コミュニケーション」という基本フィールドに加え、「医療事務」「図書館司書」「福祉」「ブライダル」「ファッション」などの進路選択に対応したフィールドを含めた16のフィールドが設定されている。フィールドを軸に学生が自由に学べるカリキュラムとすることで、学生が自分自身の将来のキャリア選択に合わせた知識・能力の習得を行うことができるようになっている。地域とのつながりだけでなく、カリキュラムのあり方を含めて、学生の学習意欲を高める工夫を進めてきたのである。

学修成果の可視化に向けた取り組み

 2016年に採択されたAP事業では、「学修ポートフォリオ」や「ルーブリック」による学修成果の可視化を通して、学生が自分自身の成長を把握しながら主体的に学修を進める環境を整備するとともに、 学習成果を記述した「ディプロマ・サプリメント」を卒業時に発行することで、修得した能力を客観的に評価する仕組みの構築を進めてきた(図表3)。具体的には、卒業までに育成される能力をコア・コンピテンスとして「コンピテンス配分表」として学生に提示し、ルーブリック評価により学生自身が何ができるようになったのかを客観的な把握できるようにした。そして、その学修成果を、取得した資格などと合わせて「ディプロマ・サプリメント」として可視化して示すだけでなく、個々の学生の学習指導にも用いるようにしている。さらに、資格・検定試験に向けた集的的な学習を促進し、海外研修等の学外プログラムを行いやすくするために、4学期制を導入するなど学年暦の見直しを行い、授業科目の見直しを進めている。

教育哲学を持たないとルーブリックという「手法」にとらわれてしまう

 このような学修成果の可視化の取り組みを進めつつ、住吉学長は「ルーブリックも、PDCAも実施している。しかし、それらの形式を整えるだけの無意味な時間にならないようにしないといけない。学生にとってやらされ感のある学びではなく、自分からやりたいという学びとしてやっていかないと意味がない。そうではないと学生は伸びない」と、学生の学習意欲の大切さを強調する。そのため、学修ポートフォリオでの学修成果の可視化や授業評価アンケートなどを用いた授業改善を行う一方で、学生の学習意欲につながるカリキュラムとなっており、学生が意欲を持って学んでいるかを見るために、学科単位でのGPAの分布状況を確認している。そこから、学生が授業を面白いと感じ、意欲を持って学べば、1年次から上級生にかけて時系列的にGPAは上がり、そうでなければ下がっていることが見えてきたという。そして、「ルーブリックを取り入れれば、学生が本当の学びをやるわけではない。自分たちの教育哲学を持たないとルーブリックという手法にとらわれてしまう」と方法に依存することを戒めた上で、「目の前にいる学生をどうするかということで考えないといけない。うちの学生にあったやり方、学生に見合ったやり方は、オリジナルであるはず。そういうオリジナルなことでやっていかないと意味がない」と目の前の学生をどのように育てるかを重視する。そのための方法が、学生の学習意欲を高めるための地域と連携した教育であり、ルーブリックをはじめとする様々なツールを用いた学修成果の可視化なのである。

 このような松本大学松商短期大学部の取り組みは、現在、国の政策として教学マネジメント指針が定められ、学習成果の可視化が求められている中で、大学教育にとって何が重要なのかを改め考えさせられるものである。いろいろな大学で様々な教育改革のツールが取り入れられている。しかし、ツールを導入するだけでは「仏を作って魂を入れず」となってしまう。学生の学習意欲という大学教育の魂にこだわる松商短大の取り組みは教育の原点の重要さを教えてくれるものである。

(白川優治 千葉大学国際教養学部准教授)



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